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『白鯨』 上・中・下 全三巻 (岩波文庫) 文庫 ハーマン・メルヴィル (著), 八木 敏雄 (翻訳) 翻訳者八木敏雄氏が、小説『白鯨』に取り憑かれたエイハブ船長みたいで、文庫冒頭主要人物紹介で盛大ネタバレをしているのが最高に面白かったです。

『白鯨』 上・中・下 全三巻 (岩波文庫) 文庫 – 2004/8/19

ハーマン・メルヴィル (著), 八木 敏雄 (翻訳)

Amazon内容紹介はね、岩波文庫版には無いんだわ。

なのですぐ僕の感想。

 読むにあたって、どの文庫で読むのがいいか比較しているサイトを見て、岩波がなんと新訳で読みやすいよ、挿絵もついているよ、ということでそんならば岩波で読もうと思ったわけ。

 じっさい、挿絵がたくさんあって、楽しく読めました。それはいいんだけどね。

 この翻訳者の八木敏雄さんという方がね、故人なのだが、なんかもう、エイハブ船長みたいな方なのね。小説『白鯨』に取り憑かれて、生涯追いかけた、みたいな感じがする、鬼気迫る解説というか『白鯨』論・論文、といっていいくらいのが、下巻の巻末についている。のはそれはいいんだけどさ。

 各巻全部に、ということは上巻の冒頭にも、「主要登場人物」紹介と、地図付き「ピークオッド号の航跡」と、すごく細かい図解「捕鯨船の船体と索具」「捕鯨船の帆」「捕鯨船の甲板」「捕鯨ボート図解」が載っているのね。すっごく親切なんだけどさ。

 一つ前の読書感想文『ロリータ』の巻末注釈は、「ネタバレあるから二度目読むとき用にね。一回目は見ちゃだめよ」って、ちゃんと断り入れてくれていたんだけど、あっちの翻訳者・若島正さんは。

 しかーし、1930年生まれのエイハブ船長的おじいちゃま八木敏雄先生に読者へのネタバレを配慮するなどという考えはまるでないのである。というか、『白鯨』の物語や結末を知らないなどという読者がいることすら想像できないくいらい『白鯨』に取り憑かれていたんだと思う、この八木敏雄先生。だって、主要登場人物人物紹介を読むと、結末も、そこでのすごく大事な「びっくり要素」も、全部、書いてあるんだもん。誰が生きて誰がどういう形で印象的に死ぬか、書き手がどうなるか。ぜーんぶ、上巻、本を開いて初めに出てくる「主要人物紹介」に書いてあるからね。よいこのみんなはこの部分は読まないようにね。おじさんから注意しておくよ。ネタバレ嫌な人は、人物紹介、読んじゃダメよ。

 小説自体はね、ものすごく面白かったのと、135もの短い章に分かれているので、読みやすい。長編を読む苦労はほとんどない。

 というかね、これ、小説としての物語は、あんまり、無いのだわね。

 たとえばまあ映画『タイタニック』といったら「豪華客船が氷山にぶつかって沈む。だいたいみんな死んで少しだけ生き残る。」というお話だって、見る前に分かるじゃん。『タワーリングインフェルノ』だったら、高層ビルが火事になってだいたいみんな死んで少しだけ生き残る。白鯨も『でっかくて白いクジラをおっかけて、だいたいみんな死ぬ、ちょっとだけ生き残る』じゃん。そういうお話なわけだ。『ジョーズ』もすごくでっかいサメが出て、人が食われて、退治しようとして、退治しようとした人も何人か死んで、何人か生き残る。そういう話じゃんね。

 アメリカの映画とか文学って、筋をいっちゃうと、そういうわかりやすいというか、筋があんまり無いという大作ジャンルがあると思うわけ。そういうのの、草分け、原点だと思う。この『白鯨』。

 ただまあ、当時の捕鯨という事業や、クジラについての、ものすごく博物学的知識がかかれている章、登場人物、主役も脇役も、それぞれをメインに据えた章、などなど短い章が積み重なって、本としては分厚いのが上中下三巻になるわけだ。でもお話は、シンプルなの。

 シンプルだからつまらないかというと、そんなことは無いわけだ。『タイタニック』だって『タワーリング・インフェルノ』だって、めちゃ面白かったじゃん。アメリカ映画や文学は、なんだが、こういうシンプルな筋立ての大作を、ものすごく面白くするという独特の伝統芸を持っているのだな。

 どこがどう面白いのよ。と言われるとねえ。なんなんだろうなあ。すごくでっかいものの前では、どんなに意志の強い人でも、執念の塊みたいな人でも、人間ってちっぽけな存在なのよ。でっかい自然や運命の前で人間は無力で小さい。それでも人間は自然に立ち向かうのだよ。アメリカの小説や映画では。

 最近、フォークナーの『野生の棕櫚』の感想でも書いたけど、ちょっと昔に、バッファロー狩りを描いた『ブッチャーズ・クロッシング』の感想文でも書いたけど、立ち向かわなくちゃいけない自然のサイズがあまりにデカいから、アメリカ人て自然を破壊しまくるとか生き物を殺しまくることに、罪悪感がないというか、歯止めが効かないというか、そういう独特の心性があるみたいなんだよな。地球温暖化対策にアメリカだけすぐ後ろ向きになるのも、なんかそういう伝統に根ざしているところがある感じがするんだよな。そういう意味で、アメリカ文学の、アメリカ文化の、ひとつの原点・原典みたいな作品だと思います。

 読みやすいし面白いから、「分厚い古典」読書の入門として、読むのおすすめ。しかし、「主要人物紹介」はものすごいネタバレだからね。要注意。


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