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YELL

「人生で一番暗かった時期はいつですか」と訊かれたら、私は迷わず「中学時代」と答えると思います。

そんな中学時代を、たったひとつの記事で書ききろうだなんて、なかなか無謀なことだなあ、と前回の記事を振り返って思うものです。


小学校を卒業し、今までよりほんのちょっとだけ早い春休みを迎えていた頃。

なんとなくつけていたテレビで、その年のNHK合唱コンクールの課題曲が発表されていました。

中学生部門の課題曲は、「YELL」。
いきものがかりの、水野良樹さんの作詞作曲。


小学生の時から、いきものがかりはなんとなく知っていて、修学旅行の頃、友人が「ブルーバード」を口遊んでいたりしたことも、未だに覚えていたりします。

私がいきものがかりを好きになったのは、「気まぐれロマンティック」を聴いてから。

それはもう、一目惚れのように、心を掴んで離さなくて。

好きだな、と思うより前に、メロディが頭から離れなくって。気がついたら虜になっていたのです。

シングルはすぐには買わなかったのですが、同じ月に発売された『My song Your song』は、文字通り、円盤が擦り切れるほど聴き、歌詞カードがボロボロになるほど歌詞を読み込んだものです。


NHKのその番組を見たのは、ちょうど私がいきものがかりを好きになった直後のこと。
なんとなく、“縁”を感じたのでした。


晴れて中学校に入学し、配られた学年プリントには、一番上に「YELL」の文字が。

それは、そののち三年間、私のいた学年の主任を続けていた、先生の好きな言葉でした。

主任の先生が好きな言葉だから、それがあなたたちの学年目標だよ、と言われ、受け止められたのは、まだ中学生になったばかりの、素直さからなのでしょうか。
はたまた、そんなものどうでもいいよ、という、芽生え始めた小さな反抗心からなのでしょうか。

少なくとも私は、前者だったと思います。

まして、好きになったばかりのアーティストが、中学生の合唱コンクールに、と書き下ろした曲のタイトルと同じなのだから、なおさらのこと。

一人で縁を感じて、一人で噛み締めていました。



忘れられないのは、そんな偶然だけではなく。

学年主任の先生が、「YELL」という学年目標に込めていた意味。


それは、
「誰かを応援できる人であってほしい、誰かに応援される人であってほしい」
というものでした。

他の誰かを応援できる、心のあたたかさ、器の大きさ。
それだけでなく、他の誰かに、応援してもらえるような人であること。


例えば、何かに一生懸命向き合い、取り組んでいる人って、応援されやすい気がするんです。その熱意に触れると、応援したくなるというか。スポーツ選手を応援することは、それに近いと思うんですけど。

もちろん、特定の何かがなくても、ぼんやりしていても、ただ、生きることを諦めずにいる姿は、なんであれ美しいと思うし、応援したくなるし。

果たして私は、そういう人間であれているか、と。
そういう生き方をできているか、と。

そして、誰かを心から応援できているか、と。


「応援」の仕方って、色々あると思うんです。
「好き」の表し方が、色々あるように。

好きなコンテンツに、たくさんお金をつぎ込むことを、「応援」だとする人もいれば、ひっそり想い続けることを「応援」だとする人もいるはずで。

どっちが良いとか悪いとかじゃなく、その人なりの「応援」の仕方や、「好き」があっていいと思っています。

その気持ちを伝えることが、得意な人もいれば、苦手な人もいる。

どっちだっていいと思うんです、その人の中に、たしかに大事な気持ちがあるのなら。

そこは寛容でありたいなと思っています。他人に対しても、自分に対しても。


私はわりと、一度好きになった人やものを、ずっと好きでいる方なんですね。

正確には、嫌いにならない、という感じなんですけど。

「好き」という感情には、どうしても波はあります。今はそっちにはそこまで関心が向かないな、みたいな。

でも、根っこの部分で「好き」だということに変わりはないんですよ。

実際に、一度は好きになって、なんとなく冷めた感じがして手放したけれど、何年かしてから“再熱”したコンテンツもあるし、ある時ものすごく仲良くして、一度は別れて、また繋がった人の縁もあるし。

そういうものだと思っています。

いいじゃないですか、「好き」に色んな形があって。「応援」の仕方が色々あって。

本当に縁のある人やものには、また出逢えるから。


少なくとも私は、そんな風にありたいと思っていますし、好きな人やものを、応援し続けられる自分でありたいと思っています。

今日もどこかで生きる、大好きな人たちの味方であれますように。


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