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小説◆さよならMIRACLE

◈前書き◈

'97年1月に発行した某アーティスト様の同人誌。

その中の小説がアーティスト様のお名前を変えましたらオリジナル小説として成立する作品でしたので、今回そうして載せてみました。

小説自体は冒頭から1/3くらいは高校生の時に書いたもので、途中から成人してから書いていますf(^_^;

拙い部分もありますが、出来る限り原文を崩さない様に載せようと思っています。

過去作品ならではの時代を感じる部分もあるかと思いますが、「ああ、そんな時代だったんだ」なんて思いながら読んでいただけたら幸いです (^ω^)


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


1


「こんばんは、空也さんですね?」
 ピタリ、と空也は歩みを止めた。
 目の前には、高校生くらいの少女がたっている。
 白いワンピースが、彼女の眩しい微笑みを引き立てていた。
 ストレートの黒い髪は腰までのびていて、なんとなく透明感を感じさせる少女だった。
「空也、知り合いか?」
「いや……」
 隣にいた條の問いに空也は小さく答える。
「そうか……」
 だったら適当にやり過ごしてしまった方がいいぞ、と條は空也にそれとなく促した。
 空也と條、そしてもう一人尊の3人はプロのミュージシャンであり、ファンの人間に話し掛けられる事は珍しくない。
 だが、いつもファンサービス的な事などせず、愛想笑い程度で誤魔化してやり過ごしているのだった。
 空也と條のやりとりを見た少女の瞳は少し寂しげに揺らいだ。
「やだ、私の事忘れちゃったんですか、空也さん」
「え……?」
 空也は急に彼女に妙な懐かしさを覚え、自分の記憶の糸を手繰り寄せ始める。
(知っている様な、知らない様な……)
「空也、俺達先に帰るぜ」
 そう言って、條と尊は歩き出した。
「あっ、ああ…お疲れさん」
 二人の後ろ姿を見送って、空也は彼女に向き直った。
「誰だ……?」
 くすり…と、彼女は笑いをこぼすとこう言った。
「私はアリーファ、魔法使いよ」
「魔法…使い……?」



 それは数年前、空也がまだアマチュアだった時の事だった。
 ライブハウスを出、一人で帰路についていた空也の目の前に一人の少女が現れた。
「はじめまして、空也さんですよね?」
 見知らぬ少女に突然声を掛けられ、空也はドキリ…と、した。
「そうだけど、何か……?」
 そう問う彼を見、彼女は悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「素敵な声をしているんですね」
「ああ……、ありがとう」
 なんだ、ライブを見てファンになってくれた人かと、空也は肩の力を抜いた。
 そんな彼の様子を見、更に彼女の笑みが深くなる。
「歌ってる時の空也さん、とても生き生きしてる……歌うことがとても好きなのね」
「うん、大好きだよ」
 空也はあっさりとそう言った。
 一見ぶっきらぼうな様に見えるが、口元には優しい笑みを湛(たた)えている。
 そんな空也の仕草に彼女は見惚れた。
―やっぱり素敵な人だなあと……。
「ところで……」
 彼女の方へ向き直り、空也は口を開いた。
「時間も結構遅いし、人気もかなり減って来てるよ」 
  だから、早く帰った方が良いと思う……と。
 はっきりと彼女にそう言わなかったのは、彼女が『大きなお世話だ』とでも言いそうだったからだ。
 だが、どう見ても彼女はこの場所には似つかわしくないのだ。
 彼女はそんな空也の言葉に、気遣いなんかしなくてもいいのにと不敵な笑みを浮かべた。
「大丈夫よ。だって私、魔法使いだもの」
「…………」
 一瞬の沈黙。
 そして数秒の後、空也は大笑いをし始めた。
「何言ってんだよ、あんた……魔法使いだってぇ?」
「ああ、ひどーい!信じてないんですね?」
 彼女はむくれてそう言うが、空也の笑いは止まらない。
「ずいぶんふざけたジョーク言うね。今時そんなこと言うヤツがいるなんて……面白いよ、それ」
「冗談じゃありませんって、ほんとですってばぁ」
 空也の笑いを止めようと彼女はムキになってそう言った。
「そんなに言うんならさあ、魔法使って見せてよ」
「そうしたら、信じてくれる?」
「ああ、信じてやるよ」
 空也の返事を聞くと、彼女はどんな魔法を使おうかと考え始めた。
「ねえ、空也さん。プロのヴォーカリストになりたいと思う?」
「そりゃあ、もちろん」
 突然何を言うんだと、空也は小首を傾げた。
 それとは逆に、彼女は瞳を輝かせにっこりと微笑んだ。
「じゃあ、決まりね」
「まさか、魔法の力で俺をプロにしようって言うんじゃ……」
「そうよ」
 彼女は自信に満ちた顔で、きっぱりと彼にそう告げた。
「空也さん。片手、前に出して?」
「あ、ああ」
 空也は、半信半疑ではあったが、言われるがままに右手を彼女の前へ差し出した。
 少女は空也の右手を自分の両手で包み、目を伏せ、瞑想し始めた。
 空也は右手から全身へ温かな光が広がって行く様な、そんな錯覚を覚えた。
「これでいいわ」
 気が付くと彼女は手を離し、にっこりと微笑んでいた。
 ひどく時が過ぎたかの様に感じられたが、実際はほんの数秒だった。
「これで、魔法がかかったのか?」
「ええ、そうよ。いずれ効果が出てくるわ」
 まだ、身体の中に不思議な感触が残っていて、空也はただ呆然としていた。
「まだ信じてくれてないみたいだけど、効果が出たら信じてくれますよね?」
「ああ……」
 そんな空也の返事を聞くと、彼女は満足げに微笑んだ。
「絶対よ。絶対……約束ですよ」
 それだけ言うと、少女は姿を消した。
「消えた!……まさか、な……」
 そんな筈は無いと、空也は自分に言い聞かせた、呆然としている間に闇に紛れこんだのだと。
―そんな不思議な出来事も、毎日のあまりの忙しさに、いつの日か記憶の奥底へと追いやられていった。



「まさか。お前、あの時の……!」
「やっと思い出してくれたんですね?」
 アリーファは嬉しそうに目を細めた。
 暫く、空也は驚きでただ立ち尽くしていた……が、突然何かに弾かれたかの様にアリーファへと一歩踏み出すと口を開いた。
「ちょっと待てよ……じゃあ、まさか俺が今こうして……プロとして歌っているのは……」
「うん、そう。私の魔法の力よ」
 楽しげに微笑む彼女とは反対に、空也は愕然として呟きを漏らした。
「そんな……」
 アリーファは、空也の様子がおかしいのを、最初は魔法の事の所為だと思っていたがどうやら違うらしいので、言葉を付け加えた。
「…でもね、私は空也さんがプロになれる様にきっかけを作っただけなの。だから、結局空也さんは実力でプロになったのよ」
「そうなのか?」
「ええ、そうよ。だって、あんまり力の使う魔法は使っちゃいけないし、結構タブーも多いから」
「ふうん……」
 半信半疑に空也が呟くと、アリーファは悲しげに瞳を陰らせた。
 そんなアリーファの様子に、空也はどうしたのだと彼女を見た。
「私、空也さんに、悪い事してしまったのかなあって思ったの……困ったみたいな顔してるから……」
 俯きながらそう言う彼女の髪を、少し冷たい夜風が撫でていった。
「確かに驚いたけど……、でも……」
 空也は、いつもの眩しい笑顔が消えた彼女をなんとか元に戻そうとしたが、上手い言葉が見付からない。
 強くなってきた夜風が、二人の間を吹き抜けていく。
 最初に口を開いたのは、アリーファだった。
「さっき言った事は本当よ。空也さんの歌素敵だから、それだけで十分だと思ったの。空也さんなら絶対プロになれるって……」
 一生懸命言う彼女の姿を見、空也は微笑んだ。
「もう、いいよ。もう……分かったからさ。色々あるけど俺、大好きな歌を歌って、それを多くの人に聴いてもらえて満足してるよ」
「本当に?」
「ああ」
 空也のそんな返事を聞くと、アリーファはいつもの様ににっこりと微笑んだ。
「空也さん、地下鉄……乗るんですか?」
「あ、うん」
 先程から二人とも、地下鉄の入り口前に立ち尽くしたままだったのだ。
 彼女に言われ空也は、少し湿った地下鉄の乗り場への階段を下りだした。
 一歩遅れてその後を、アリーファが続く。
 人影の無いそこに、二人の足音が響く。
「アリーファ…だっけ?あのさあ……なんでそんなまわりくどい魔法を使った訳?」
「……まわりくどいって?」
 空也は一瞬立ち止まり、アリーファと並んでから再び歩き出した。
「だって、効き目がはっきりするのに時間が掛かる魔法じゃ無くて、あの時すぐに判る魔法を使えば話は早いじゃないか。出来るんだろう、そう言う魔法も?」
「ええ、出来るけど……でも人の為になる魔法以外はあまり使っちゃいけない事になってるの。さっきも言ったけど、色々とタブーが多くて」
「ふーん、そうなのか」
 結構面倒くさいんだなと言いた気な顔で彼は呟いた。
「じゃあ、あの時の魔法は俺の為になるから使えた訳?」
「ええ、まあ……空也さんの為でもあるけど、私はね、もっと沢山の人の為にあの魔法を使ったのよ」
「沢山の人の為……?」
 どういう事だ…?と、空也は彼女の方を向き、問う。
 アリーファも空也の方を向き、自信に満ちた声でこう言った。
「素敵な空也さんの歌を一人でも多くの人に聴かせたかったの。空也さんの歌は、きっと多くの人に感動をあたえるって……そう思ったの」
「成る程ね、そっか……。でも、なんか照れちゃうな……そんなにきっぱりはっきり言われると」
 そう言いながら彼はそそくさと歩き、改札口を抜けた。
 本当に照れている様だった。
 そんな空也の後を、アリーファは慌てて追いかけた。
「―だけど、さあ……」
 ホームの外れで電車が来るのを待ちながら空也は言った。
「俺、あんたが言う程の凄い奴じゃないよ。ほんとに、さあ……」
 くすりと笑いながら、彼はゆっくりと煙草を口にくわえる。
 ただ、それだけの仕草にも、アリーファの鼓動はかすかに速度を上げる。
「やっぱり、違うよ……」
「ん?」
 空也は煙草に火をつけながら、彼女に言葉を聞き返した。
「空也さんはそう言うけど、やっぱり私からしてみれば違うよ。絶対……すごいよ」
 彼女の言葉に、彼は照れ笑いを浮かべながら、こう呟いた。
「まあ……憧れなんて、そんなものだよな」
 “憧れ”―その言葉に、アリーファは微かに身を震わせた。
「…だったら、いいのに……」
 ぽつり、アリーファが呟く。
「何が?」
 空也は、彼女の発した言葉の意味が分からなくて、そう問いかけた。
 が、彼女は何も言わず、ただゆっくりと首を横に振るだけだった。
 その表情があまりにも切なげで、寂しげで……、空也はもう何も言えなくなってしまった。
『“憧れ”だったらいいのに……』アリーファは、心の中でもう一度呟いた。
 “憧れ”胸の内に秘めた想いは、もうそう呼ぶ事が出来そうにもない。
 そんな筈はない……と、どんなに否定しても、高鳴る想いを止める事は出来なかった。
 これは恋なのだ、認めたくはないけれど…………。
―やがて、ホームにアナウンスが響き渡り、生暖かい風と共に電車が到着した。
「じゃあ、俺、この電車で帰るから……」
 そう言いながら、空也はゆっくりと電車に乗り込んだ。
「空也さん?」
 呼び止められて、彼は彼女の方を振り返る。
「あの……また、こんな風に会ってもらえますか?」
「えっ……ああ、別に構わないけど」
 そう返事をすると、アリーファは満足げに微笑んだ。
「じゃあ、また会いに来ます。絶対、約束ですよ」
 太陽の様な眩しい微笑みを浮かべ、彼女は手を振った。
 すると出発の時刻になり、電車のドアが閉まる。
 空也は手を振り返そうかと、ドアの窓越しに彼女の立っているホームに目を向けた。
 だが、既にそこには彼女の姿が無かった。
 “本当に魔法使いなのだろうか?”
 そうでなければ納得出来ない―風のように現れ、消える……不思議な少女。
 彼は、彼女のペースにすっかり乗せられてしまった自分に気づいて、ふっと笑いをこぼした。
 『アリーファ…か』
 どこか変わっているがなんだか憎めなくて……本当に不思議なコだ。
 窓に映る自分の影を見ながら、たまにはこんな気分も悪くはない……と思った。
 そして、そのまま瞳を閉じ、電車の揺れに身を任せた。



2


 日がだいぶ傾きかけた頃、空也は目を覚ました。
 昨日、仕事場(スタジオ)から帰って来た時刻がかなり遅かったのだが、そんな事お構い無しにいつもの様にあれこれとMTRに録ってしまっていて……。
 気が付いたら、いつの間にか太陽が「こんにちは」と言っていたものだから、この時間まで寝ていてもなんだかまだ気だるいのだが……。
 なんとかベッドから起き上がり、勢いでカーテンを開けると、部屋に少しだけ眩しい光が射し込んできた。
 まだ半分寝ぼけている目を擦りながら、ゆっくり窓の外を見る。
 別になんて事も無い、いつもと変わらぬ午後(とき)が流れていた。
 ステレオの電源を入れ、とりあえずFMをBGMにする。
 今日は特にこれといったスケジュールのある日ではないので、比較的のんびりとしていた。
 牛乳を飲みながら、さて…今日は何をしようかと考える。
 少々散らかっている部屋を片付ける気にもならないし……どうせまた夜になれば散らかるんだから。
 『面倒な事は全て夜にしよう』典型的な夜型人間の彼はそう考えてしまう、実際に行動するしないは別として。
 じっとしていても仕方ないので、とりあえず空也は出掛ける事にした。
 外へ出ると、そこには見覚えのある後ろ姿があった。
「あれ……、アリーファ?」
 声を掛けると、少女は嬉しそうに振り返る。
「あ、空也さん。お出掛けですか?」
 眩しい笑顔で彼女はそう言う。
「まさか、俺の事待ってた訳じゃ……」
 そんな空也の言葉に、彼女は慌てて首をぶんぶんと横に振った。
「待っていた訳じゃ無いんですけど……気が付いたらいつも空也さんの前にいるんです」
 無邪気に答える彼女の様に、空也はまいったなといった表情で首を傾げる。
「なんだよ、それ。魔法で俺の行動でもよんでるとか……」
「いや、そうでも無いんですけど……」
 アリーファは返答に困ってしまった。
 実際、自分がどうしてここにいるのか解らないのだ。
 そんな彼女の姿を見、空也はそれ以上は聞こうとしなかった。
「とりあえずさあ、俺に会いに来たんだろう……一緒に来る?」
 その彼の言葉にアリーファは、瞳を輝かせて頷いた。
「何処に行くんですか?」
 彼女に負けないくらい無邪気に笑って、空也はその問いに答える。
「ライブ、見に行くんだよ」



 街中にある、四角張った小さなライブハウス。
 もう既にかなりの人が集まっていて、二人はギリギリ後ろの席に着けた。
「よくここに来るんですか?」
 アリーファは周りをきょろきょろと見渡しながら空也にそう尋ねた。
「うん…まあ……ぼちぼちね」
 遠い目をして、記憶を探りながら彼は言った。
「最近はあんまり来て無かったなぁ……家かスタジオか……こもりっぱなしで、全然出掛けてなかったから」
「そうなんですか……曲作りで忙しいですものね」
アリーファは、空也の言葉に納得して頷いた。
 空也はうーんと低く唸ると、頭の後ろで手を組んで考える様に少し俯いた。
「忙しいって言うか……曲を作るに当たって無責任ではいられないから。待っていてくれる人の為にも頑張らなきゃって思うし、何より自分自身で納得がいかなきゃ絶対許せないし……。少しの時間も惜しいというか、やれる時にやらなきゃ……ってね」  
  『お分かりいただける?』そう言いたげにニッと口角を上げてアリーファに向き直る空也。
 何よりも音楽を大切にしている……そんな想いが彼の紡ぐ言葉の一言一言から痛いくらいに伝わってきて、こくんとアリーファは強く頷く。
 目の前の空也が眩しくて仕方ない。
 そんなやりとりの間に、周りが騒がしく動き出す。
「お、始まるな!」
 空也は立ち上がり、アリーファもそれに続いた。
―ちょうど、その時だった。
 ガンとしたギターの音が、その空間の空気を引き裂いた。
 所狭しとばかりに、コンクリートの壁から壁へと音がぶつかり、全体の空気を揺らす。
 アリーファは、響き渡るその音に自分も空気と同じ様に揺り動かされているみたいな感覚を覚えた。
(こんな感覚、初めて……)
 そう、彼女は思い、そしてその瞬間、自分の中にひどい矛盾がある事に気が付いた。
 アリーファが空也を初めて見た場所はライブハウスだった筈…………それなのに、何故……。
「どうして、私……」
 アリーファは、記憶が正しいのか、今感じた感覚が正しいのか解らなくて困惑する。
 そんな彼女に気付いた空也は、心配げにその顔を覗き込んだ。
「どうした、アリーファ。気分でも悪くなったのか?」
 その言葉で我に返ったアリーファは、慌ててかぶりを振った。
「ごめんなさい。大丈夫、何でもないです」
「なら良いんだけど……」
 空也は本当に何でもないのだろうかと思いつつも、とりあえず視線を再びステージの方へと向けた。
 『不思議なコだな』と思う。
 太陽みたいな眩しい微笑みを見せたかと思うと、突然真っ黒な雨雲にでも隠されたかの様に陰ってしまう……本当に不思議なコだ。
「何かあったら、ちゃんと言えよ?」
 そう一言、空也は付け加えた。
 音にかき消され、はっきりとは聞き取れなかったのだが、アリーファは彼が自分の事を心配してくれているのが痛いくらい分かった。
 だから、彼女も全てを忘れステージへと目を向けた。
 軽快なロックが会場全体を揺らしていく……。
 空也は、そんなステージを見ながら、時々遠い日の自分を思い描いていた。
 そんな彼の表情は、まるで少年の様だった。 
 その隣で、アリーファも周りと同じ様にはしゃいだ。


 イベントが終演し、ライブハウスを出、人気のない道を二人歩いていた。
「どうだった、ライブ?」
 空也がアリーファにそう問う。
 2バンドによるイベントだった為、アリーファは記憶を手繰り寄せながら答える。
「うーん、2番目の方が上手かったけど、最初のバンドの方がなんか将来期待出来るかな…って気がしました」
「なかなか鋭いね、俺もそんな気がする。2番目の方はさあ、すごくまとまってるんだけど、これといって強いバンドの色ってのが無いんだよね。1番目の方は面白い…良いもの持ってるよ。きっと、これからだろうな……うん」
 バンドの話をしている時の空也は本当に楽しそうだなとアリーファは思った。
「それに1番目のバンドのドラムの人、結構上手いですよね?」
「うん、上手かったよな。なかなか見る目あるじゃん、アリーファ」
 空也の言葉にアリーファは照れ笑いをした。
「ノド…乾いてない?なにか、飲もうか?」
 前方の自販機が目に付いたので空也がそう言うと、アリーファも同意を示した。
「何がいい?」
「あ、ウーロン茶……」
 空也の問いに、アリーファは小さく答えた。
「私、足も疲れちゃった」
 そう言いながら、彼女はガードレールに腰を掛ける。
 空也はそんな姿を見、笑いながら彼女にウーロン茶を差し出した。
「ありがとうございます」
 アリーファが受け取ると、空也もその隣に腰掛けジュースを飲む。
 ひんやりと乾いた喉に広がって、それはとても心地良かった。
「ねえ、空也さん?」
 彼女は俯きながら問う。
「本当に、数年前に私と出会ってた?」
 その言葉に、空也は一体どうしたのだと首を傾げる。
「本当に会ってた……って、『私の事、忘れちゃったんですか?』って言って来たのお前じゃん。どうしたんだよ?」
 変な冗談でも言っているのではと思い、苦笑いをしつつ彼はアリーファを見る。
 しかし、彼女の顔はとても冗談を言っている様な表情ではなかった。
「さっきね、ライブハウスでライブ見るの初めてだと感じたの。それが本当だとしたら、私……アマチュア時代の空也さんなんて知らない筈でしょう?だから…………」
「何言ってるんだよ、勘違いだろう?だって、俺ちゃんと覚えてるよ。お前が一人で覚えているのならともかく……それともお前の魔法で、俺に偽りの記憶を植え付けたとでも言うのか!?」
 そういう空也の口調は、半ば怒った様な風だった。
 しかしアリーファは、それを気にも止めもせず、更に深く俯き、頭を抱え込んだ。
「そう……かも、知れない。でも私、魔法の使い方なんて解らないんです」
 そんな彼女の言葉に、空也は苦笑いを浮かべた。
「しっかりしろよ、アリーファ。記憶喪失になった訳でも無いだろう?」
「そうじゃないと思います。……あ、でも私、空也さんと一緒にいる時の記憶しか無い…………」
 また一つ、自分の矛盾を見つけてしまった……と、アリーファは愕然とした。
 だが、どんなに思い出そうとしてもよみがえってくるのは、空也といるほんの僅かな時間の記憶だけなのだ。
 空也は、彼女が本当に記憶喪失になってしまったのではと考え、すぐにその考えを否定した。
 そうであっては困るのだ。
 第一、自分は彼女の事を何も知らないのだ、アリーファという名前以外なにも……。
「とりあえず、落ち着いて考えてみろよ……な?」
 彼は諭す様に落ち着いた声色で語りながら彼女を見た。
―その刹那…………。
「あれ……?」
 空也は最初、目の錯覚だと思った。
 しかし、幾度か瞬きをしても、それは変わらなかった。
 そんな彼の様子を見、アリーファも自分の変貌に気が付いた。
 彼女の姿は、今にも消えそうになっていたのだ。
「……もう、ダメみたいね」
 アリーファは悲しげにそう、呟いた。
「アリーファ…………」
 空也はどうする事も出来なくて、ただ、そう、彼女の名を呼んだ。
「あのね、私……これだけは解るの。私、空也さんが大好きで、だから、どうしても空也さんに会いたかったの。だから今、ここにいるの。私、魔法を使ったんじゃ無くて、きっと奇跡を起こしたのよ」
 そんなアリーファの言葉を、黙って空也は聞いていた。
「私ね、空也さんと……、そうね……お友達になりたかったの」
 はにかんだ様な淡い笑みを浮かべ、彼女は言う。
 その言葉に空也は、なんだそんな事かと微笑み返した。
「俺たち、友達だろう?」
「空也さ…………」
 アリーファは胸がいっぱいで、声が出せなかった。
 空也の言葉からも微笑みからも、痛いくらいに優しさが伝わってくる。
 アリーファの瞳から、温かな滴がひとつ、輝きながら零れ落ちた。
 その滴だけが実体となり、アスファルトに染み込んでゆく……。
 彼女は、やっとの思いで、最後に一言こう告げた。
「ありがとう、空也さん。もう会えないかも知れないけど……私、空也さんに会えて本当に良かった。今、私とっても幸せなの。本当に……ありがとう…………」
 最後の方は殆どかすれていたのだが、空也にははっきりと聞き取れた。
 やがて、彼女の姿は真っ白な光となり広がって、空へと伸びていった。
  空也はただただその様を、呆然と立ち尽くしながら見届けた。
「アリーファ……」
 一人きりになったその空間に、彼の声だけが響く。
(夢でもみてたのか……な?)
 そんな事考えた時、ガードレールの下にある飲みかけのウーロン茶の缶が目に映る。
「やっぱり、夢じゃないよな」
 そう呟いて微笑む。
 空也は暫くその缶を見詰めていたが、やがて歩き出した。
 本当に、もう会うことは無いのだろうか?
 いや…………。
「また、人が忘れた頃にひょっこり現れたりして……」
 なんとなく有り得そうな話だと思い、空也はふと笑いを溢した。
 なんだか、真っ直ぐに家に帰る気がしなくて、彼は遠回りをしていた。
 ゆっくり、ゆっくりと人気のない道を歩き続けた。


3


 意識の遠くからベルの音がする。
 頭が冴えてくる度にその音が大きくなり、やがてそれが電話の音である事を空也は認知した。
 まだ睡眠を欲している身体を無理矢理起こし、彼はやっとの思いで受話器を取った。
「はい…」
「あー、空也やっといた~!」
 聞き慣れた、しかし少し興奮気味の條の声に空也はまだ寝惚けながらも小首を傾げる。
「なした……條?」
「空也、昨日何処行ってたんだよ?」「き、のう……」
  ぼんやり言いながらも空也ははたと気付く。
「……あれ?昨日、俺……何してたんだろ?」
 懸命に脳裏の奥底から記憶を呼び起こそうとしたが、どうにも思い出せなくて空也は呆然とした。
「おい、空也……冗談いってるんじゃないよな?」
 心配げに條は言う。
「うーん、冗談だったらとても良いんだけどね……」
 徐々に意識は覚醒していくのに、どうにも昨日の記憶は霧に包まれたままで、参ったなと空也は頭を抱えた。
 その瞬間、テーブルの上のライブのチケットの半券が目に止まる。
「ああ、そっか……俺、昨日ライブ見に行ったんだった」
「何のライブ?」
「アマチュアバンド……」  
 そう條の問いに答えたものの、空也はまだ自分の記憶の中に足りないものがあるのを感じた。
「誰かと一緒に行った気がするんだけど……尊かな?」
「ブッブー。残念でした、尊は昨日俺と一緒」
「マジで?んじゃ誰だろ……」
  ふぅっと深く息を吐きつつ一緒に行きそうな人達を思い浮かべるが、誰もピンと来ない。
「解らないな……」
 その空也の呟きに、條も困ったものだと頭を垂れる。
「大丈夫かよ、空也。若年性アルツとかじゃないだろうな?」
「いやいや、流石にそれはない……と思いたい」 
 ぽりぽりと頬をかきながら自信無さげに答える空也。
「それよりさ、條……俺に何か用事あるんじゃないのか?」
 考えても解らない事はとりあえず置いといて、昨日から自分を探してたという條の要件を聞こうと空也は話を切り替えた。
「そうそう、昨日ね、良い曲出来たんだ!絶対、空也気に入ると思うな」
 興奮気味に話す條に空也の胸は躍る。
「マジ!どんなん?」
「早く聴きたいだろ?今からテープもってそっちにいくから……」
「OK、待ってるー」
 意気揚々と話し、互いに受話器を置く。
 そうして空也は部屋を見渡し、結構散らかってる現状に気付いた。
「やっば、條が来る前にある程度片付けよう」
 …と、立ち上がり掃除を始めて空也は思い出す。
 昨日も部屋の片付けをしようと思ったものの、面倒になって止めた事を。
 そして、もう一つ……MTRの電源が入りっぱなしになっているという事は……。
「昨日帰ってきてから使ってたんだよな、うん」
 少しずつ記憶が蘇って来て、空也は安堵を覚える。
 解らないのはただ一つ。
 ゆっくりとテーブル上に置いてあるライブチケットの半券に手を伸ばし、しげしげと眺める。
 だが、考えても思い浮かばないという事は、誰かといたというのは自分の勘違いで、きっと一人で行っていたに違いない。
「そう、だよな」
 なんとなく胸にぽっかりと穴が空いた様な感じがするのを打ち消す様に、空也はそう声に出して言った。
 やがてインターホンが鳴る。
 空也は来た人が待っていた人物である事を確認し、ドアのロックを外す。
「お待たせ!」
 條は言うが早いか、カセットテープを空也に差し出した。
 空也も素早くそれを受け取り、デッキに入れ、再生する。
―そうして、いつもの様に曲作りが始まった…………。


▪END▪


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

いかがだったでしょうか?
少しでも気に入っていただけたら嬉しいのですが……。
入力しながら思った、『ああ、高校生じゃなきゃこんなストーリー思い浮かばないわ』と。
ちょっぴりタイムトリップした様な懐かしい気持ちになりました😊
アリーファ、可愛いですね、自分で産み出したキャラですがf(^_^;
素直で真っ直ぐでいいコ✨
この小説を載せていた同人誌の後書にも書いてましたが『私はアリーファにはなれないな』(笑)
で、アリーファの正体ですが、それも本の後書に書いてましたが秘密にしておきます、ご想像にお任せします😊
名前のアリーファの由来ですが、考えていた時に聴いていた曲が『G線上のアリア』だったのでアリアをもじったものだと、それも後書に書いてました、それ読むまで自分で忘れてました、はい(笑)
携帯電話のない時代、カセットテープの時代。
そして、この小説原文はワープロ(ワードプロセッサー)で書いたものですf(^_^;
ワープロはルビふれるけどnoteじゃ無理なので()で書きましたが、若干違和感を感じましたね、ルビが好きf(^_^;
あと、たぶんインディーズとかメジャーとかって言い方してなかった時代なんですね…って若かり日の私が無知なだけだったらごめんなさいですがf(^_^;
ただ、極力原文まんまのつもりが最後の空也と條の会話はほぼ全部書き直しました( ̄▽ ̄;)
なにせ、やりとりの内容が元々のアーティスト様ならではな感じだったので、あまりにも無理過ぎました(; ̄ー ̄A
次の小説も同じ年齢くらいの時に書いたものを載せようかと思います。
次回のはキャラなども100%オリジナルです。
また、読みに来て下されば嬉しいです。
推し音楽の記事とかもまた書きたいなぁ(´▽`)
あ、もし、小説だけ気に入って下さった方いらっしゃいましたら、小説だけ載せてるマガジン用意してますので、そちらをフォローいただけたら嬉しいです✨
あ、ただし、プロフに書いてますが私はフォローバックはいたしませんので、それ目的の方はご遠慮くださいませ、ごめんなさいm(_ _)m