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小説◆哀夢 a Rock’n Roller

《1994年~1995年作》


    幾粒かの汗が、冷たいコンクリートに染み込んでいく。

    薄暗い倉庫に人気がないことを確認すると、彼は適当な物陰を見付け、そこへ身を潜めた。

    どれだけ走り続けたのか判らない。

    ただ、ひどく息が、苦しい。

    全身の感覚がほぼ無くなっていた…が、それでも彼は逃げなければならなかった。

    彼―ミリオン▪レーンは現在警察に追われの身である。

    かといって、別に彼は犯罪を犯した訳ではない。

    “罠に嵌められたのだ”

    警察と対峙した瞬間、彼はそう理解した。

    だからこそ彼は逃げた、逃げなければならなかった。

    罠でなければ『何かの間違いです』と無実を主張し、それを証明して、すぐに釈放されたに違いない。

    だが、これは“罠”なのだ。

    無実を主張したところで、何処いずこからか無き事実が出来上がって来て、自分はそれを突きつけられ、無き罪に問われるのだ。

(そんなのはまっぴらごめんだ!)

    ミリオンは、無実の証明の為に駆けたのだ。

    そして、祈り続けた―どうか早く、真実が明らかになりますように……と。

   そう、いつまでも警察の手から逃げ切れるものではない。

    現に身体は疲れ果ててボロボロで、今まで走り続けて来た事さえも信じられないくらいだ。

    駆けている時、まるで足が不思議な力に操られているかのような気がした。

    “絶対に捕まりたくはない”その自分を守る為の本能というべき精神力だけが彼を動かしたのだ。

    だから彼は祈り続けた。

    空しいと知っていながらも祈り続けた。

    そうすることで、絶望という名の闇に一条の光を宿らせ、精神力を持続させたのだ。

   遠くから、幾人かの荒い足音が聞こえてくる……ここが見付かるのも時間の問題であろう。

    彼は背負っていたギターをゆっくりと降ろした。

    逃げ出す時、即座に背負った大切なギター。

    それも自分と同じように疲れ果てボロボロであった。

    それでも、遠い日からずっと積み重ねて来たミリオンの夢を奏でていた。

    手放したくはなかった。

    けれども、これ以上持っているのは困難だろう。

    彼は、ギターケースの内側にいれてある一番の宝ものを取り出し、それをしっかりと握り締めた。

(これさえあればいい)

    彼は再び駆け出そうとした。

    その瞬間、倉庫の入り口の方から、乱暴に開けられるドアの音を聞いた。

(やっぱり来たか!)

   心の中でミリオンは叫んだ。

    そう、来たのは事実を知らぬ愚かな警察たちだ。

    ミリオンは素早く、入り口とは反対側の非常口のドアを開けた。

   瞬間、少し強い風が彼の長い髪を靡かせた。

    その風に逆らうように、彼は外へと踏み出す。

    そこは、赤土が一面に広がり、ところどころに砂利と雑草があるだけの荒れ地だった。

    ミリオンは砂利に時々足を取られながら、ただひたすら真っ直ぐに走り続けた。

    だが、そこで彼は天から見放された。

    何処までも広がっているかのように見えた荒れ地……その果てが意外にあっさりとあったのだ。

    大地の裂け目―谷という名の荒れ地の果て。

    その谷はかなり深いらしく、底は真っ暗で、永遠に闇が続いているかのように見えた。

    ミリオンは谷と追手に挟まれ、もう何処へも駆け出す事が出来なかった。

「ここまでだ、ミリオン▪レーン。おとなしく降参しろ!」

    でなければ怪我を追わせてでも署に連れて行くぞとばかりに銃口をミリオンに向け、一人の刑事は言った。

    ミリオンは何も出来ずに、ただ谷底のゴーゴーという風の音を聞いていた。

「ミリオン、麻薬を何処へやった?家の中にも、倉庫に投げ捨ててあったギターやギターケースの中にもなかったが」

「まやく……?そんなもの俺は持っていない」

    怪訝そうな顔で、ゆっくりと首を横に振りながら彼はそう答えた。

    『まな板にのせられた鯉』などとよく言うが、その言葉の如し彼は落ち着いていた。

    今更じたばたしてもどうにもならないというのもあるが、それだけではなしに妙に落ち着いていた。

    不思議な気持ちだった。

    そんな彼とは裏腹に、刑事たちは苛立ちを隠せずミリオンを責めた。

「しらばっくれたって無駄だ。いいかげん白状しろ!」

    今にも掴み掛かろうとしている若い刑事を、年長の刑事が制した。

「待て!ミリオン、お前……右手に何か持っているな?」

    ぴくり……と、ミリオンの身体が動いた。

「これは……」

    『宝ものなのだ』と、彼は心の中で叫んだ。

    そう、それは、今までミリオンを支えてきたものであり、彼を成形してきたと言ってもいいような、とても大切なものである。

    だが、他の人たちにしてみればただのガラクタなのだ。

    だから、彼はそう言葉にすることが出来なかった。

「これは、お前らなんかに見せられるモノじゃない!!」

    苛烈な目を向け、彼はそう告げた。

    すると、今まで落ち着きを見せていた年長の刑事が、目の色を変えて前へと歩み寄って来た。

「おい、お前は麻薬など知らんと言ったな」

「ああ……」

「では……それが麻薬でないと言うのなら、我々に見せられる筈だ!」

「…………」

「さあ、おとなしく手の中の物を見せるんだ!」

    言いながら、刑事はゆっくりとミリオンに歩み寄って来る。

「近寄るんじゃねえ!!」

    刑事が言い終わるや否や、ミリオンは叫び、手の内のものを更にしっかりと握り締めた。

「お前らなんかに、俺の夢が分かるもんか」

    彼の言葉に、いきなり何を言い出すやらと刑事は鼻で笑い、あっさりとこう言った。

「知っているさ、プロのミュージシャンになりたかったんだろう?」

そんなもの▪▪▪▪▪じゃねーよ!」

    ミリオンは切なげに瞳を陰らせて呟いた。

    そして、ふと……空を見上げた。

    鮮やかだが何処か色褪せたブルーは、今の彼の瞳の色と類似していた。

    そのまま彼は突然歌い出した、即興で作り出した歌を…………。

俺は    Rock'n Rollerに   なりたかった
本物のRock'n Rollerに   なりたかった

何の為でもなく
ただ、自分自身の為に
それだけが    全てだった
他には    何も     いらなかった

ああ、そんなささいな望みさえも
    叶わぬのなら
せめて    星屑になろう
自ら    星屑に    なろう……

    誰も、何も、出来なかった。

    別に何でもない歌なのに、何故か皆、それに惹き付けられた。

    ただ呆然とその歌を聴き、歌が終わった後も動くことが出来なかった。

    その中でただ一人だけ、ゆっくりと背後へ歩みを進める者がいた。

    ―ミリオンである。

    それにいち早く気がついた年長の刑事が、慌てて彼に声を掛けた。

「ミリオン、お前……何をする気だ!」

    そんな言葉に彼は、ひどく穏やかな笑みを浮かべて答えた。

「星屑になるだけだよ」

    その表情は優しすぎて、今にも消えてしまいそうで、周りの者達を切なくさせた。

「待て、ミリオン!なにも、そんな…………」

    その刑事の言葉に、彼は無言で首を振った。

    もう、既に遅かったのだ。

    ミリオンは、そのまま大地の裂け目の奥深くへと落ちていった。

    ―そして、遠い空の彼方へと飛び立った…………。



「何も命を捨てることまでなかったのにな……」

    ぽつり……年長の刑事が呟く。

    彼は、今までに何度か犯罪者に銃を 向け……その手で殺めた事さえあった。

    だが、これほどに罪悪感に襲われたのは今回が初めてである。

    自分の手で殺めた訳ではない、ミリオン▪レーンは自ら望んで命を断ったのだ…………そのことがとてもショックでたまらなかった。

    それ程までに自分は、あの青年を追い詰めていたのだ。

    しかし、全ては終わってしまった、もうやり直しは利かない。

「警部、ミリオン▪レーンの遺体が見つかりました」

    若い刑事がそそくさと彼の所へやって来た。

「そうか……で、麻薬ぶつは見つかったのか?」

「それが…………、ヤツが手に持っていたものはこれでして…………」

    そう言いながら、その若い刑事は困却しつつ彼にミリオンが持っていたものを差し出した。

「なんだ、これは……」

    あまりにも驚き過ぎて、彼はそう言うことしか出来なかった。

    ミリオンが大切に握り締めていた物は、古びた一枚の紙だったのである。

「どうやら……ライブのチケットのようですね。かなり前のものみたいですが…………」

    なんとなく分かった。

    それは、ミリオンがロックンローラーになりたいと思うきっかけになったライブのチケットなのであろう。

「何ということだ……」

    彼は、そうひとこと呟いて目を伏せた。

    後悔に打ち拉がれる彼の胸に、ミリオンが最期に見せた淡いほほ笑みが浮かび上がった。

      ―俺は、本物のRock'n Rollerに
                        なりたかったんだ………


―END―

◈あとがき◈

若かりし頃に書いた小説でした。

……いや、色々問題作ですよねf(^_^;

書いた当時はコピー本作っただけだったのであまり気にしてませんでしたが、「これ、noteネットに載せて大丈夫か?」とちょっと迷いましたが、この前久々に小説書いたら楽しくて、何も書いてない現状が寂しくて、とりあえずこれでも載せようとかと思い今に至ってます。

この作品は部屋の片付けをしていた時にあるイベントのチケットが出てきて「これは私の一生の宝物だな」って思って閃いたもので、その当時の頭の中では短い映画のように目まぐるしく画面が展開してパッと終わってしまうイメージを抱いていて、本当はマンガにして描きたかったんですけどあまりに画力がなくて小説にしたものです。

当時描いたミリオンのイラストがこちら↓

ほんっとに画力ないでしょ?f(^_^;

で、このイラストは小説のあとがき的なフリートークのページに描いていたものだったのですが、そのページにこんな事書いてました。

『本当に中身の濃い作品なんですよ。読む人によって色々な取り方があるし……。彼の自殺した理由が一番難しい所なんですけど、ほとんどの方は“生まれ変わって夢を追い掛けたいから”なんて思うかも知れませんが、それは違います。彼はリアリストなタイプですから生まれ変わりなんて信じません。正しい理由は彼の夢がどんな夢なのかを考えればきっと分かると思うんですけど……』

…………

「は?」となってしまいました、書いたの自分なのに(笑)

自殺した理由……あれ、なんだったっけ???

……や、ヤバいぞ、これは詞だけじゃなくて小説も誰かにかかされているかも説がなりたってしまうかも⁉️( ̄▽ ̄;)

(詳しくは過去記事『詞は誰かにかかされているかも説』をご覧下さい)

思い出せそうな、思い出せなさそうな……Σ(゚Д゚;≡;゚д゚)

ひーん、こわいよー(笑)

あともう1つ、そのあとがき的なのにこんな事も書いてました。

『書いてる私自身“本物のRock'n Roller”という彼の想いが深すぎて理解しきれていない様な気がします』と。

うん、今回入力してても、そこが一番難しいなと思いました。

単なるプロのミュージシャンじゃないんですよ、そんなものじゃないんですよ。

で、この話の続きのストーリーも当時閃いていたのですが、そこでミリオンの想いが語られる筈だったのですが………

はい、何にも覚えてません‼️(笑)

プロットとかも何も残してないので書けません(; ̄ー ̄A

なんとなく覚えてるのが、ミリオンの弟が主人公になるのと、警部が真相を解いてミリオンの無実を証明して、お墓参りして「お前は本物のロックンローラーだったよ」って声掛けてあげるのと、ミリオンの弟が兄に憧れて歌を歌ってるんだけど、ミリオンのファンだった女性が弟の前に現れて「あんたはミリオンなんかじゃない!」って怒るんだけど、それは弟が一番良く知ってて「兄のようには歌えない、兄には敵わない」って言って……後にこの二人は恋人同士になって、んで、ラストはみんなの心が救われるというお話だった筈なんです。

覚えてないので、誰も救えません
(; ̄ー ̄A
ごめんなさい_(._.)_

ただ、この話のプロローグ的な話は当時シノプシスを書いてとってありましたので、これからそれを見ながらきちんとした小説にしようと思います。

短いお話なので、たぶんそんなに日数はかからないかと思いますが、仕事が繁忙期になるのでいつ書き終えれるかは判りませんf(^_^;

が、また読んでいただけると嬉しいです、お願いいたします_(._.)_

一枚のチケットからこんなにお話が膨らんでしまったのですが、ミリオンにとっては“宝物”でも刑事たちからしたらただの“紙切れ”……そんな価値観の違いは生きてる限り常にあるんですよね。

誰かの宝物をただのクズと思って踏みつけてしまう事がないように生きていきたいなと、今回文字を入力しながら深く思いました。

価値を理解できなくても、ある人の宝である事だけは否定しない人間でありたいです😊

話は変わりますが、この前UPした小説「変わりゆく景色」なのですが、エピローグ(◈9)がかなり書き足りなくて3日後くらいに加筆しておりますf(^_^;

ですので、UPされてすぐに読んだ方はエピローグだけでも読み返して下さるとありがたいです、すみません😢⤵️⤵️

次作からはそうならないように頑張ります(; ̄ー ̄A

では、また次の記事でもお会い出来る事を願って……。

2021.12.12