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m.books!日記【とりあえずマラサダ食べよう】#01

はじめまして。こんにちは。

本当は、ラジオをやりたかったのです。ユキちゃんと本や料理や映画や、これからやってみたいことなんかの話をたらたらとしゃべってみたかった。面倒なことを一瞬忘れて、ほっとした日常にちょっとだけ戻れる時間。けれど気軽に会えない状況はまだまだ続くようで、オンラインで作業するような進歩的なことはわたしには出来なくて、まずは文章で始めてみることにしました。

さて、1回目は何を書こうかと悩んで、まずは大好きな八重山の旅のことを、と思い途中まで書いたのだけど、『深夜特急』と絡めて高校時代まで遡ったら10代後半の色々なものが蘇ってきて重くなってしまったのでやめました。またいつか。

それで、ちょうど最近だいすきなマラサダを食べて『ホノカアボーイ』のことを思い出したりしていたので、それにまつわる旅のことを書くことにします。


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『ホノカアボーイ』を観たのは盛岡の映画館。ちょうど30歳を迎える誕生日の週末でひとりで岩手へ行っていた。

目的は“クラムボン”という名の小さな喫茶店と、宮沢賢治ゆかりの“光原社”、そして“北ホテル”に泊まること。それ以外は特に決めないで思いつくままにぶらぶらしてみようと思っていた。30歳になることをあの頃はなかなか受け入れられなくて(今思うと若くて若くて仕方ないのに)、夫との間には離婚の話がたびたび出ていて、働いてはいたけど仕事はパートタイムで、いったい自分の30代がどうなっていくのかなんにも見えなくて、いつもそわそわ、宙ぶらりんな時期だった。

通信業で働いていた夫は毎日帰りが遅く、休日出勤もしょっちゅう。なので誕生日はいつもひとりだった。既婚だと気を遣ってくれるのか友人たちからお誘いが来ることも減り、だからと言って自分から誰かに声をかけるのも何だか侘しくて若かったわたしはそれが出来ず、さみしくつまらない誕生日を何度か過ごしていた。普段の夕食はとっくにひとりで食べることに慣れていたけど、せめて誕生日は誰かと食卓を囲みたかった。(その後は年齢とともに誕生日だろうが何だろうがどんどんひとりで楽しむことが出来るようになってくる笑。)

30歳になる事は、とても大事な一歩を踏む記念日のような気がして、どうしてもそれまでのような気持ちでひとりで過ごすのは嫌だった。なので盛岡行きを企画したんだと思う。旅がだいすきな自分だから、それなら寂しくないだろうと思って。

3月の盛岡はとてもとても寒かった。でも大きな川があって、白い鳥がいて、街は静かで落ち着いていて、道は広くて、この街好きだなあと思った。憧れの“クラムボン“は川沿いの良い感じの場所にあった。(常連さんの集まるお店という感じが漂っていて緊張して一度通り過ぎてしまった。)好奇心旺盛な自分が、ものすごくドキドキしながらドアを開けたのを覚えてる。たしかおじさんが2人いて、ひとりは豆の焙煎をしていた。わたしは空いていたカウンターに座って、プリンとチャイを頼んだ。自家焙煎の喫茶店なのに、なぜ珈琲を注文しなかったのか、後からかなり後悔したけれど。

※クラムボンのマスターは2019年の元旦に亡くなったことを去年、ある方のFBで知りました。今は娘さんが後を継いでいるそう。また行きたい。珈琲を飲みたい。

夕方、目的の“北ホテル”にチェックインして、さっそくレイトショーを観に繁華街へ向かった。夜ご飯は映画のあとにどこかで軽く食べるのもいいな。お酒も飲んじゃおうか。だってお祝いだもの。これぞひとり旅の自由!緊張と興奮で少しテンションのあがったわたしはわくわくしながら映画館へ入った。映画は家を出るときから何となく『ホノカアボーイ』にしようと思っていた。週末だったせいかほぼ満席だったけれど、どうにかど真ん中にポツンと空いていた席が取れた。

ホッとしたところで映画が始まり、蒼井優ちゃん怒ってもかわいいなぁ、ハワイの大自然はやっぱりたまんないな、深っちゃんも相変わらずかわいいし松坂慶子の食べっぷり最高、外国のおうちってなんでこんなに色がきれいなんだろう、なんて思っているうちにどんどん引き込まれて、ビーさんのつくるやさしいごはん(お料理の監修は高山なおみさんだった◎)、憎めないエッチなコイチさん、潤ちゃんのフラのシーンは美しくてまるで時間が止まったみたいで、くすっと笑ったり泣きそうになりながら知らない街での映画鑑賞を夢中で楽しんでいた。

ところが。そんなわたしに突然、強烈な腹痛はやってきた。ジーザス。

寒いのに、お昼に食べた冷麺がいけなかった??トイレに行きたくて行きたくてたまらなかったけど、席はどまんなかで満席状態。隣は若い男の子。しかも映画は佳境に入っていた。目を離したくない。

わたしは気合いで乗り越えることにした。脂汗をかきながら、定期的にやってくる腸の大運動はスクリーンの中のハワイの波よりも激しかったけれど、ラストまで戦い抜いた。Tシャツとマラサダがとても心に強く残った。

映画が終わるとダッシュでタクシーに飛び乗りホテルへ直帰、トイレへ駆け込んだ。お祝いどころじゃない記念日の夜はせつなく更けていった。

翌朝はすっかり体調も戻り、大好きなウインナーコーヒーでおいしく朝食のビュッフェを食べ、ホテルをチェックアウトした。意外にこじんまりとした啄木新婚の家を見学したあと、念願の“光原社“へ。民芸品をじっくり堪能し、となりの“可否館“でお茶と名物のくるみクッキーを食べる。建物が本当に可愛らしい。毎週通いたいな。なんて思いながらもふとした瞬間にうまくいかない夫婦関係のことが浮かんでくる。あぁ、わたしはどうして旦那さんと同じ映画を見て感動したり、おいしい珈琲を一緒に飲んだり、こんな風に小さな旅をしてぶらぶら散歩をしたり出来ないんだろう。

旅の最後は、せっかくなので周遊バスで市内を一周してから帰ることに決めた。

「盛岡よありがとう、また来るね。」

ところがまたしても。わたしが選んだ市バスは、映画「スピード」の撮影なの?盛岡バージョンが始まるの?と思うほどの暴走っぷりで何度か死を意識することに。市バスで体があんなに斜めになる体験をしたことはそれまでなかったし、あったらダメだと思う。

旅の最後、気がかりを抱えながらも30歳をついに迎えたわたしに、センチメンタルな車窓時間をあのドライバーは与えてくれなかった。


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物思いにふけってみても、悲しくても楽しくても、充実していても失敗つづきでも、ひとりでも大勢でも、どこにいても、時間は全員に平等に過ぎていく。「人生は贅沢なひまつぶし」だと昔からの男友達がよく言っていた。若いわたしは好きになれない言葉だったけど、今はそうなのかもなと思う。その通りだなとも思う。

コロナ禍のなかオンラインでマラサダを注文してあの時のことを思い出し、いつの間にか10年以上も経ってしまったことにしみじみしながら、その間にあったいろんな出来事や信じられないニュース・災害を振り返って、わたしもみんなも、どうにか生きてるじゃんと思う。

わたしたちって案外強い。大丈夫。

何かあったらとりあえずおいしいのを食べよう。自分が大大大好きなもの。無心でね。

わたしはまたマラサダ食べます。


次回はユキちゃんです。ユキちゃんの自由な文章はとても好き。おたのしみに。





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