新規上場企業がデットファイナンスを利用している比率は?/2022年新規上場企業のデットファイナンス考察
「目論見書分析note」とは
目論見書分析noteは、起業家、スタートアップで働く方、スタートアップ企業の成長背景に興味がある方を主な読者として、noteを書いています。
「IPO企業は、どんな業績変化をだとってきたのか」
「過去の資本政策でどう工夫をしてきたのか」
など
スタートアップ企業に関わる方・興味がある方に、ヒントになる情報を提供させて頂くことを目的としております。
※記事の内容については個人的な感想となることを理解の上で読んでもらえるとありがたいです。
今回、2022年に東証グロース市場(マザーズ市場)に上場した企業の目論見書から、新規上場企業が上場前にデットファイナンス(銀行借入・社債発行)をどれくらい活用しているのか調査しました。
調査した結果からわかることは以下の4つです。
1:このテーマを取り上げた背景
デットファイナンスに注目が集まっています。
スタートアップが、ベンチャーキャピタルや事業会社からエクイティファイナンスによる資金調達を実施してプレスリリースをするのはよく見かけることがあると思います。
それに加えて最近では、株式会社UPSIDERがデットファイナンスで467億円調達、株式会社タイミーが183億円調達するなど、3桁億円のデットファイナンスのニュースが相次いでいます。
スタートアップにとって、デットファイナンスも資金調達手段のひとつとして考えられるものの、エクイティファイナンスほど調査データや解説記事があまり出回っていません。
そのため、いざデットファイナンスを進めようと思っても情報が少なく、銀行との条件交渉のための材料が十分用意できないことがあります。
今回の記事では、新規上場企業のデットファイナンスを網羅的に調査して、成長企業におけるデットファイナンスの活用状況を可視化してみました。
デットファイナンスを検討したいスタートアップ企業の方、スタートアップを支援されている方々が今回の記事を読んで頂き、デットファイナンスに対する理解が促進されて、デットファイナンスの活用による資金調達が広がることを願っています。
2:調査結果
今回の調査対象範囲は以下になります。
・2022年東証グロース市場に上場企業した73社
・目論見書の「借入金等明細表」「後発事象」等から借入金残高を確認
◼︎デットファイナンス実施企業数
対象企業73社のうち、90%以上にあたる66社が銀行借入を行っています。調査前の筆者の感覚としては70%くらいと思っておりましたので、想像していたよりも多いなという印象です。
当座貸越設定とは、銀行側とあらかじめ決めた限度額までは会社側の都合により自由に借入が出来ることです。コミットメントライン契約などとも言います。
例えば、note株式会社では、5億円の当座貸越設定があります。
当座貸越枠の利用状況は、5億円の当座貸越枠に対して借入金残高は1.6億円です。下記は、2021年11月末現在の借入金残高になります。
当座貸越枠の利用シーンとしては、事業拡大によって売上増加(売掛金の入金)が見込まれるものの、仕入、製造コスト、人件費などで一時的な先行投資が発生する場合です。
企業が、必要なタイミングで借入を実行することによって機動的に資金を確保できます。借入していない枠については金利コストがかからないため、調達コストを抑えることができるのも特徴です。
◼︎借入条件について考察
ここからは、借入条件について調査したことを解説していきます。借入金がある66社を対象に条件を確認してみました。
上記からわかることを整理すると、
・20%強の企業が、借入に担保設定している
・50%強の企業が、代表者の連帯保証を付けている
・9%の企業が、借入先に新株予約権を発行している
借入にあたって何かしらの条件をつけて借入しているのが半数以上です(=逆を言うと、無担保・無保証で借入をできている企業は半数以下)。
これを踏まえると、タイミーはかなりの好条件で調達できていることがわかります。
◼︎担保付債務について
担保付債務とは、具体的に何を担保に入れているのでしょうか。
確認してみたところ、自社所有の建物や土地、販売用不動産を担保にしている企業はありますが、担保設定でもっとも多いのは預金です。
預金を担保に借入するのは、やや矛盾に感じるかもしれません。1億円借入をして、預金が1億円そのまま担保になっていれば、借入している意味が全くありませんので。
実際は、各社の状況にもよりますが、数億円の借入に対して、数千万円の担保だったりします。「預金の一部を定期預金に入れてください」という銀行側の依頼に対して応じているという場合が多いのではないでしょうか。
株式会社フーディソンの例を見てみると、借入金合計7.8億円に対して、担保設定されている預金の額は1,000万円です。
◼︎経営者保証について
経営者保証とは、銀行から融資を受ける際、経営者個人が会社の連帯保証人となることです。会社が倒産した場合に、返済しきれなかった借金を経営者個人が背負うことになり、非常に重い負担です。
借入金のある66社のうち、半数以上の36社に、経営者保証(債務被保証)が付与されています。
中小企業庁が経営者保証をつけない融資を金融機関に促すような仕組みの導入が検討されているような動き(2022年11月29日付日経新聞記事)がありますが、その中身をみると、保証解除に向けた条件はまだ緩くない印象を持っています。
保証解除に向けたチェックポイント
このチェックポイントの中の「財務基盤の強化」は、先行投資型の企業にはやや厳しい内容です。
赤字先行で事業拡大を目指す企業は、保証を外すために、将来の黒字化計画をしっかり提示したり、エクイティファイナンスを織り込んだ資本政策表を提示するなど、財務状況が改善することを明確に示すことが必要になりそうです。
◼︎金利・借入期間について
今回調査対象の66社について、金利及び借入期間は以下のとおりになってます。
多くの企業の金利は1%前後で、長期借入金の返済期間は5年から8年くらいでした。これをみると、上場前のレイターステージの企業であれば、金利1%、借入期間5年という低コストでの資金調達が実現できそうです。この結果をみると、筆者の所感ですが、条件面については強気で交渉してよいかな、という印象を持ってます。
具体的な条件例を2つほどあげます。
INFORICHは、2021年12月期の当期純損失が▲22億円の赤字企業ですが、無担保・無保証で金利1%台で当座貸越枠の設定ができています。
ファインズは、黒字企業で、日本政策金融公庫(日本公庫)から、金利1%で4億円、借入期間10年の調達に成功していました。
3:赤字企業のデットファイナンス
上場申請期まで赤字を続けている企業でも、デットファイナンスをしている企業はあります。
2022年7月に上場したエアークローゼットについて、財務状況をみながら、デットファイナンスをする背景を考えてみます。
上記P/LおよびB/Sからみると、エアークローゼットは、デットファイナンスの活用によりキャッシュポジションを維持し、事業拡大のための先行投資も行いながら新規上場を実現できた実例です。
4:終わりに
ミドルからレイターステージでは、多くの企業がデットファイナンスを活用しています。その目的は、運転資金確保であったり、株式発行による希薄化を避けるための方法としてだったり、理由はさまざまだと思います。
エクイティファイナンスを実施している企業は、今一度、デットファイナンスの活用を検討してみてはいかがでしょうか。以下のポイントを参考にしながら、検討を進めてもらえればよいかと思います。
もしかしたら、アーリーステージの企業や銀行取引が少なく窓口担当者と設定が少なかった企業がいきなり強気の交渉をするのは難しいかもしれません。
その場合は、まずは、少ない金額・短期借入で取引実績を作ってみてはいかがでしょうか。そして、借入実施後に正しくタイムリーに財務情報を提供したり、借入以外の銀行取引(振込や入金等)を積み上げていきましょう。よい条件を引き出すのと同じように、よい関係性を維持することが大事です。
最後まで読んで頂いてありがとうございました。
今後も、スタートアップ企業のファイナンスをイネーブルメントするべく、情報発信を続けていきますので、引き続きよろしくお願いします!