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物語『星の王女さま』

 生きづらさを抱えている方々へ向けて「現実・現世を超越して、精神の自由なる空へ羽ばたくことができること」をお伝えする物語。
 中学3年生、橋口ノリコは「死んでしまいたい」と思うほど、苦しんでいました。
 ある日、ノリコの前に、『星の王女さま』が現れます。そして、王女さまはノリコを宇宙船に乗せて、自分の星へと連れていきます。
 やがて、王女さまはノリコに言います、「宇宙船を操縦して、宇宙を旅して回り、『自分の運命の星』を見つけなさい」と。ノリコは一人、宇宙へ旅立ちます。果たしてノリコは『自分の運命の星』を見つけられるのでしょうか? 
 ノリコは新しい見方・価値観を携える者として進化を果たし、地球へと舞い戻ります。そして、ノリコは世界を変えていきます。

第1章 星の王女さまの来訪

 八月十日、夜八時。私は台所に行って、母さんに言った。
「ちょっと散歩してくる」
 母さんは振り返って、私を睨みつけた。
「ノリコ。夜遅いんだから、やめときなさい」
 母さんにわからないように小さくため息をついた。なぜって、母さんはいつもうるさいから。
母さんはうるさいだけじゃない。太っていて、ふけていて、超ブス。そして悲しいことに、私は母さんにそっくり。私はおまけに頭も悪くて、運動神経も鈍い。
 息をゆっくり吸い込んで、無理に笑顔を作った。
「すぐに帰ってくるから。気分転換しなくちゃ、勉強進まないし・・・」
 母さんはだみ声でつぶやいた。
「あんた、気分転換ばっかりじゃない? 自分が受験生だってこと、わかってる? 半年後には私立高校の入試なのよ」
「わかってるよ」
 私は心の中で叫んだ、「うるせえ!」って。
 母さんは追い打ちをかけてきた。
「あんた、わかってないでしょ。 うちは貧乏なんだから、私立高校なんかやれないんだよ。県立高校に合格しなけりゃ、高校行けないんだよ。もっと勉強して成績上げないと。今のままじゃあ、県立高校合格なんて無理だよ」
「わかってるよ!」
 私は大声で叫んで、玄関に向かって走っていく。
 背中の方から声が飛んで来る。
「早く帰ってくるんだよ。もう、八時なんだから」
「はい。三十分以内に帰ってきます」
 大急ぎで靴を履いて、表に飛び出した。そして、振り返って家を見た。木造のボロボロの家。これを見るたびに思うんだ、「金持ちの家に生まれたかった」って。
 体を反転させて、海辺に向かって歩き始める。三分ほど歩いて、南房総の砂浜に着く。空を見上げた。薄黄色の月がポカンと空に浮かんでいる。雲は一つもなく、明るい夜だった。波打ち際を歩いて行く。
歩いているうちに、つぶやいていた。
「どいつもこいつも早く死ねばいいのに」
 いつもの癖だ。一人になると、知らないうちにこの言葉をつぶやいている。そして「ペッ」と唾を地面に吐き捨てる。
今日もいつもの独り言を言った後、いつも通り、唾を砂浜に吐き捨てた。
 その時、空が「ピカリ」と光った。思わず頭を上げて、光った方を見た。月が浮かんでいる辺りに小さな光の線が見えた。そして、その光はこっちに向かって流れてくる。最初は思った、「流れ星かな?」って。
その光は消えることなく、海に落ちていった。光が落ちた辺りをしばらく見続けた。しかし、海は真っ暗で、静かなままだった。
私は頭をかしげて、つぶやいた。
「めずらしいこともあるもんだ」
そう言ってから、再び歩き始めた。
夜に砂浜を一人で歩くと、本当に気持ちがいい。時折、涼しい風が吹いてきて、落ち込んだ気分を吹き飛ばしてくれる。私はいつしか口笛を吹き出していた。
 しかし、前方で何かが動いた。「ドキン」と心臓が飛び跳ねた。
息を飲んで前方を見つめる。月明かりの下を、誰かがこちらに向かって歩いてくる! 右手が勝手に握りこぶしになっている。そして、その握りこぶしは「ワナワナ」と震え始めた。
 知らない誰かの足が止まった。私の存在に気づいたんだ。背中が汗でびっしょりになっている。
長い長い沈黙。その後、小さな声が聞こえてきた。
「こんばんは」
 甲高い声。間違いなく女性の声。「ホッ」と息を吐き出した。
 そして、私は言った。
「こんばんは」
 向こうから小さな安堵の吐息が聞こえてきた。それから、声が聞こえてきた。
「今日は月がきれいですね」
「そうですね」
 私がそう言うと、彼女はゆっくりと歩き始めた。砂を踏みしめる音が私の方へ近づいて来る。左のこめかみの血管が「ドクンドクン」と波打った。
 彼女と私の間がどんどん詰まっていく。月明かりの下、目をこらして、彼女を見た。髪が長くて、痩せて背が高い。 
 どんどん彼女が近づいてくる。そして、ついに私から一メートルほど離れた所まで近づき、そこで立ち止まった。
彼女の顔を見た瞬間、体が一瞬にして「パキン」と凍りついた。なぜって、あまりに美しかったから。その美しさを何と言ったらいいんだろう? あえて言うなら「かつて見たことがない、別次元の美しさ」。この世の人とは思えないオーラが漂っていた。着ている服も見かけたことがないものだった。それは、「ピンク色のドレス」なんだけど、「普通」じゃない。彼女が動くたびに微妙に色が変わっていく。
思い切って尋ねた。
「あなた、誰? ここら辺りの人じゃないわよね? 観光客の人?」
「私? 私は『星の王女さま』」
 思わず「ハ、ハ、ハ」と笑ってしまう。
「笑わせないで。冗談はやめてね。あなた、どこから来たの? 東京の人?」
 彼女はニコニコしながら、言った。
「私がどこの星の王女さまか、知りたいの?  私の星は、『ジェイディーワン』という銀河にある、小さな星よ」
 「フフフ」と声を出して笑ってしまった。でも、心の中で思っていた、「この子、もしかしたら少し障害を抱えているのかもしれない」と。
 彼女は顔を上げて、右手の人差し指を突き出し、月の方を指差した。
「私の星までどれくらい離れているか、教えてあげましょうか? 132億8千万光年よ」
 それを聞いて思った、「やっぱり、この子、少し、変だ・・・」と。
私は言った。
「そうなの? そんな遠い所から地球まで飛んでこれるの? ねえ、本当のこと、言ってよ」
 だけど、彼女は両腕を胸の前で組んで、言った。
「私の宇宙船は特別なワープ機能があるのよ。だから、地球までひとっ跳びよ。あなた、さっき見たでしょ? 私の宇宙船」
 私は思った、「宇宙船って、さっきの流れ星のこと?」って。
 それで、私は言った。
「宇宙船? 冗談言わないでよ。さっき、流れ星は見たけれど」
「そうなの? あなた、宇宙船を流れ星だって思ったわけ?」
 私は頭をかしげてから、考えた、「この子とは今後二度と会うこともないだろうから、少ししゃべってもいいかな・・・」って。それで、私は女の子に向かって言った。
「ねえ、王女さま。あなたの本当の名前は何なの? 教えてよ」
「私の本当の名前? 本当の名前なんてないわ。私のことは、『王女さま』って呼んで」
 私は笑いながら、うなずいた。
「わかったわ。王女さま。私の名前は『橋口ノリコ』」
「ノリコね。わかったわ。ところで、ノリコ。夜遅くに歩いているのはなぜ?」
 私は両手の手のひらを空に向けて肩を上げ、つぶやいた。
「家から飛び出してきたの。私の今の生活は『最悪、最低』なのよ」
「ふーん。どうして?」
「どうしてって、ムカつくことばかりだから。私は思うの、『どいつもこいつも早く死ねばいいのに』って」
「えーっ! それって穏やかじゃないわね。なぜ、そう思うわけ?」
「世の中、ムカつく奴ばかり。一番むかつくのは父さんと母さん。二人はいつも私に言うの、『あんたはどうせダメな子だから』って。確かに私、頭悪いし、運動神経も鈍くて、何の才能もないし、おまけにブスでデブだけど。でも、それって親譲りで、しょうがないでしょ? 私、もっと金持ちの親のもとに生まれたかった。私は言いたい、『私がダメなのは、あんたたちのせいよ』って」
「あなたの両親、ひどいわね」
「そう言ってもらえると、うれしいわ。でも、ひどいのは両親だけじゃない」
「他にもいるわけ? ノリコ。話が長くなるみたいだね。座ろうか?」
「うん」
 王女さまは海の方を向いて、砂浜に座った。私も王女さまの横に座った。右手で砂を握って、海に投げた。そして、堰が切れたように話し始めた。
「学校の先生も、ひどいんだ。見た目や成績だけで生徒を判断する。そして、生徒を差別する。それから、クラスメートもひどい。みんな、大切なのは自分だけ。自己チューで、弱い奴をバカにしたり、いじめたりする。自分の利益ためなら、他の人をできるだけ利用するのよ」
「それは、大変ね」
「ひどい奴はいっぱいいるわ。私の周りの奴だけじゃなくて・・・」
「それ、どういう意味?」
「人間っていう生き物はみんな、ひどいっていうことよ。だって、人間って、みんなジコチューで、他の人間を『目に見えるモノ』でしか判断しないでしょ?」
 王女さまが頭をかしげて、言った。
「目に見えるモノ? それ、どういう意味?」
 私は「ハア」と息を吐き出した。
「例えば、他人を顔の可愛さとかスタイルの良し悪しだけでしか判断しない。あるいは、勉強ができるかどうか、運動ができるかどうか、仕事ができるかどうかっていう基準だけで序列をつける。その人が人間的に素晴らしいとか、思いやりがあるとか、努力しているとか、そんなもの、関係ないのよ。それに人間って、自分にとってその人が役に立つかどうかでしか評価しない。例えば、金をくれるかとか、自分の性欲を満たしてくれるとかいった観点からしか、他人を見ないし・・・。それから、どの人と付き合うかを決める時の根拠は『自分が世間から良く思われるか、どうか』っていうものでしかない」
 王女さまは「うん、うん」と言いながら、うなずいてくれる。
「それじゃあ、あなたが『どいつもこいつも死ねばいいのに』って思うのも、当然ね」
 私は首を回して王女さまを見た。
「わかってくれる? でも、死んでほしいのは、他人だけじゃないんだ」
「他人だけじゃない?」
 私は口をつぐんで、しばらく黙っていたけれど、思い切って言ってみた。
「わたし、時々、消えてしまいたいって思うんだ」
「そうなの・・・」
「生きていたって楽しいことはないし、苦しい事ばかり。思い通りになることなんて、何一つないんだもの。どいつもこいつも死んでほしい。そして、私自身も消えてしまいたい」
 そう言った時、どこからともなく一匹の蝶が飛んで来た。私の肩がビクンと震えた。よく見ると、それはモンシロチョウで、月の光を浴びながら優雅に「ヒラヒラ」と舞っていた。私は思った、「なんでこんなところに蝶がいる?」って。
思わず立ち上がって蝶を追いかけた。しかし、蝶は闇の中へ飛んでいき、その姿は「フッ」と消えた。まるで瞬間移動したかのように・・・
 私は王女さまに話しかけようと後ろを振り返った。しかし、王女さまはいない。
「王女さま! どこに行ったの?」
 私は叫びながら、辺りを見渡した。しかし、見当たらない。「ピッ」と小さく体が震えた。寒気がした。
 目の前に白いものが「ヒラヒラ」とひるがえった。蝶だった。さっき消えたはずの蝶が再び私の目の前へ飛んできた。
私の体は固まり、暗闇の中の白い蝶を目で追った。そして、その蝶を見ていると、頭が朦朧としてきた。フラフラとよろめき、立っていられなくなった。膝がガクンと曲がって、私の体は地面に向かって倒れていった。

第2章 宇宙船に乗って


 どれくらいの時が経ったか、わからない。「ブーン」という低い音が聞こえてきて、私は目を開いた。
 目に飛び込んできた景色は、見たこともないものだった。体全体が「ビクン、ビクン」と痙攣した。そこは狭い部屋で、乗り物のコックピットだった。天井も壁も床も、銀色に輝いていた。そして、赤、青、緑、黄色、紫、オレンジ・・・あらゆる色の計器・スイッチ・ボタンが並んでいた。そして、王女さまが運転席に座り、操縦桿を握っていた。
 王女さまの方を見て、何か言おうとして口を開けようとするけれど、口から「う、う、う」という音だけが洩れて出てくる。すると、王女さまが振り返って、私を見た。
「ノリコ? 目が覚めた?」
 深呼吸を繰り返して、呼吸を整える。何とか震えを治めて、王女さまに向かって言った。
「ここはどこ!」
 王女さまは能面のように無表情のまま、私を見た。
「宇宙船よ」
 目の前が黄色になって、揺れ始めた。口から叫び声が噴き出す。
「助けて! 助けて!」
 王女さまは何も答えない。
 私は王女さまにすがった。
「地球に戻して!」
「ごめんなさいね。もう戻ることはできない。どうしてもあなたに私の星へ来てもらいたいの」
 頬がブルブルと震え始めた。何をどうすればいいかを考えようとするけれど、できない。
「私をどうするの? 私は解剖される? 殺される? 一体、あなたは誰?」
 王女さまが「フーッ」と長い息を吐き出してから言った。
「言ったでしょう? 宇宙からやって来たって。私は宇宙人なのよ。今、私が何を言っても、あなたは受け入れられないでしょう? 落ち着いたら、話しをしましょう?」
 私は呆然とその場に座り込んだ。
 王女さまは肩をすくめた。
「ノリコ、安心して。約束するわ、あなたを傷つけたりしない」
「そんなの、信じられないわ! 今すぐ私を地球に戻して! お願い!」
 涙がほとばしる。
「ノリコ。落ち着いてよ。いつか、あなたを地球に戻してあげられる・・・と思う」
「『思う』ですって! ふざけないで!」
 私は近くにある計器を叩き始めた。
 王女さまが右手を上げ、手のひらを私の方に向けた。
「ノリコ。しばらく休んでちょうだい。目が覚めたら、落ち着いて話をしましょう」
 王女さまの手のひらから何か熱いものが発せられて、私の方へ向かってくるのを感じた。その見えないものが私に当たると、体から次第に力が抜けていき、体が宇宙船の床に倒れていった。
 暫くしてから、肩を揺すぶられた。目を開いた。目の前に王女さまがいて、微笑んだ。
「ノリコ。私を信じてほしい。そんなこと言ったって、今すぐに信じることはできないだろうけれど、でも、信じてほしい」
 私はその場でただ横になったまま、全く動けなかった。体全体がしびれていた。仕方なく、目を閉じた。正直に言えば、その時、私はすべてを諦めた、「私は宇宙人に捕えられ、そして、宇宙に連れて行かれて、殺されるんだ」と・・・
 王女さまが操縦席に戻り、操縦桿を握った。
 目を開いて、コックピットの窓から外を見た。真っ暗な宇宙空間に数えきれない星がきらめいていた。
 王女さまの声が聞こえてきた。
「今からワープ操行に入るわよ。ノリコ。椅子に座って、そしてベルトをロックして」
 私は言われるままに、椅子に腰かけ、ベルトをロックして、体を固定した。
 王女さまが操縦席の赤いボタンを押した。「ウィーン」という回転音が激しくなっていく。そして「ガクン」と宇宙船が揺れた。次の瞬間、私の体にものすごい重力がかかり、体全体が椅子の背に押し付けられた。体がガクガクと揺さぶられる。私は顎を持ち上げ、コックピットの窓から外を見た。数え切れない光線が後方へ飛んでいく。
 王女さまの方へ首を回して、言った。
「私をどうする気なの?」
「私は地球人について深く知りたいの」
「なぜ地球人のことを知りたいの?」
「地球人がすべての生命体を、それから地球そのものさえ滅ぼそうとするのはなぜか、知りたいのよ。あなた、わかる? わかるなら、教えてほしい」
 私は王女さまの疑問に対する答えを考えてみた。しかし、答えは出てこない。
 私が黙っていると、王女さまは言った。
「ノリコ。それじゃあ、もう一つ、質問していいかしら。宇宙は広いけれど、地球以外に生命体は存在すると思う?」
 私はしばらく考えてから、言った。
「わからない。でも、無限に近い数の星があるんだから、地球以外にも生命体は存在するんじゃないかって思う」
 王女さまは頭を左右に振った。
「ノリコ。私は思う、『生命体がいるのは、たぶん、二つだけ。私の星と、そして、地球』って。もちろん、私が宇宙の全ての星を探索したわけじゃない。でも、私は長年、宇宙を回ってきたけれど、生命体に遭遇できなかった」
 思わず叫んでいた。
「宇宙人はいないの? UFOが地球に飛来したというニュースを何度も聞いたことがあるわ」
 王女さまが目を閉じ、頭を左右に振った。
「地球で流されているニュースはガセネタよ。宇宙は広いけれど、生命体が存在するのは、たぶん地球と私の星だけ。それなのに、なぜ地球人は自分たちや動植物を絶滅させるの? 自分たちの住まいである地球自体をなぜ破壊するの? このままでは、いつか必ず地球の生命体は絶滅してしまうわ」
 私は叫んでいた。
「どうすればいいの!」
「わからない。それは、私があなたに尋ねたいことだわ。だからこそ、あなたに私の星に来てもらいたいのよ」
「王女さま。質問していい? 私をあなたの星に連れていったら、あなたの疑問が解決するの? そんなふうに思えないわ。私なんて、何の価値もない、普通の人間よ。もっと優秀な人間がいるのに。私をあなたの星に連れていっても、地球人の愚行の理由がわかるなんて思えない。なぜ私なの? 私なんかを連れていったって、何もならない!」
 王女さまは振り返って、私を見た。そして、頭をかしげて、笑った。
「ノリコ。その質問に対する答えは、しばらく保留させてもらっていいかしら? いつか、話しをするわ」
 息をゆっくりと吐いた。
「わかったわ。それじゃあ、私から質問させてもらっていい? なぜあなたは日本語を上手にしゃべれるの? それに、なぜあなたは日本人にそっくりなの? 肌の色も、髪の色も、目の色も。あなたは、地球人そのものだわ。あなたの星と地球とはすごく離れているのに、見た目も言葉も同じなんて、そんなこと、ありえないわ」
 王女さまは軽くうなずいて、言った。
「あるはずない・・・よね? その通りよ。私の星の文明は高度に発達しているの。特殊な翻訳機で、日本語を聞き取って理解して、しゃべっているの。それに私の今の外見は本物ではないわ。地球の日本人に見えるようにベールをかぶっているのよ」
 心臓が魚のように「ビクン」と飛び跳ねた。唾を飲み込んでから、ゆっくりと言った。
「じゃあ、本当のあなたの姿は、一体、どんな・・・」
 王女さまは口角を上げて、白い歯を見せた。
「それはお楽しみ。機会があれば、あなたにお見せするわ、本当の私の姿」
 そう言ってから、王女さまは運転席から立ち上がった。そして、右手を上げ、手のひらを床に向けて、「ヒラヒラ」と振った。
「ノリコ。こちらへ来て。あなたにこの宇宙船の運転方法を教えておきたいの」
「えーっ。そんなの、無理よ」
「簡単よ。とにかく、私の運転を見て」
 王女さまは私の腕を掴み、副操縦席に座らせた。王女さまは私の横で運転をして見せてから、私に言った。
「ノリコ。私と同じようにやってみて。大丈夫。私が付いているから」
 私は王女さまの真似をして運転する。王女さまが両手の手のひらを合わせ、「パチパチ」と拍手してくれた。
「ノリコ。できるじゃないの。あなた、筋がいいわ」
 思わず「ニヤリ」と笑いが出てしまう。
 王女さまが言った。
「それじゃあ、目的地を私の星に設定して、ワープ操行を始めましょう」
 王女さまが設定を行い、私がスタートボタンを押す。ものすごい加速で、体がコックピットに押しつけられた。背中が痛い。しかし、私は思っていた、「私は今、宇宙の彼方へ向かって飛んでいるんだ。間違いなく私は宇宙を旅しているんだ」って。
 コックピットの大きな窓から外を見まわした。私の知らない、新しい世界がグングンと開けていく。 

第3章 宇宙から地球を眺める

 王女さまに教えてもらい、自動運転のボタンを押した。その後、私は操縦席でうつらうつらしていたら、いつの間にか完全に寝てしまった。
 どれくらいの時間が過ぎたか、わからないけれど、王女さまの声が聞こえてきた。
「ノリコ。起きてちょうだい。そろそろ到着よ」
 私は目を開いて、操縦席の前に広がる星を見た。緑の星が目の前に浮かんでいた。思わず口をポカンと開けたまま、視線はその星にくぎ付けになった。緑の大地が広がり、そしてどこまでも透明な水が取り巻いている。あまりの美しさにため息が出てきた。
「ハアーッ。きれいな星ねえ。何ていう星だったっけ?」
「ジェイディーワン銀河のパポニア星よ」
 そう言うと、王女さまは操縦桿を握り、宇宙船をパポニア星にランディングさせた。
王女さまに促されて、私は宇宙船に降り立った。
「わぁー」
 私は息を飲んで、周りの景色を眺めた。見たこともない木々が生い茂り、広い海が海岸に押し寄せていた。
 星の王女さまが「コホン」と咳をしてから言った。 
「ノリコ。地球を見て」
 空には満天の星。私は首を回して、空を見渡すけど、どれも同じ星に見える。
「どれが、地球なの?」
 王女さまは右手を上げて、人差し指で空の一角を指差す。そして、王女さまはポケットから何か細長いものを取り出し、私に差し出した。
 私はそれを受け取りながら言った。
「何ですか、これ?」
「望遠鏡。これを使うと、132億8千万光年離れている地球を見ることができるわ」
「本当です?」
 私は望遠鏡を目に当てて、王女さまが指差してくれた方向に向ける。王女さまが望遠鏡の先を握り、方向と倍率を修正してくれた。すると、青と白のコントラストが美しい星が見えてきた。
「地球だ! なんて綺麗なの!」
「ノリコ。倍率を上げてみて」
 言われた通り、倍率を上げるスイッチを押してみる。すると、地球がどんどん大きく見えてくる。私は日本列島を見つけ、東京に焦点を合わせた。レンズの中に小さな小さな光の粒が山ほど見えてきた。その光は数えきれないほどあって、それは「パチパチ」と点滅していた。
私は王女さまに尋ねた。
「あの光は何?」
「あの光は『イノチの光』よ」
「イノチの光? それ、どういう意味?」
「人間や動植物たちのエネルギーよ」
「それが点滅しているのは、なぜ?」
「あれは点滅しているんじゃないのよ。一つの生命体の光が点いたり消えたりしているわけじゃないの。それってどういうことか、わかる?」
 そう言われて、私は頭をかしげて考えてみた、「『一つの生命体の光が点いたり消えたりしているわけではない』ということは、つまり・・・」と。
 そして、「フッ」と頭に浮かんだことを言った。
「一つの光は点いたり消えたりしないということは・・・、光が消えたということは、その生命体が死んでしまったということで、そして光が点くということは、別の生命体が生まれたということ?」
 王女さまは拍手した。
「すばらしいわ、ノリコ。つまり、光が灯っている間が、生きていられる時間。一日で消えていく光もあれば、百年間で消えていく光もある。でも、永遠に灯っている光はない。光っていられる機関に差はあるけれど、宇宙規模で考えれば、すべての生命体はアッという間に消えていく」
ため息が出た。
「ハアー。人間って、なんて小さくて、そして、はかないんだろう。人のイノチなんて、ロウソクの炎が吹き消されるように簡単に消えていくんだ」
「人間だけじゃないわ。動植物もいるわ。そして、それらのイノチは一瞬。あの小さな星に数えきれない生命体が存在している。そして、しばらくの間だけ生きて、死んでいく。同じ状態は長くは続かない。すべて変化していく。ねえ、ノリコ。ここから地球を見て、どう思う?」
「そうね。すべてとても小さいわね」
「それから、他にどう思う?」
「どう思うって、どういうこと?」
「そうね。生命体が存在できる唯一の星に一緒に住んでいる人間たちがしていることを見て、どう思う? 人間たちは、自分と他人を比較して競争し合ったり差別し合ったり、優越感に浸ったり劣等感にさいなまれたり、争って殺し合ったりしている。そうこうしているうちに、すべての人間がアッという間に死んでいく。そういうことについて、どう思うかっていうこと」
「そうね。人って小さなことにこだわり過ぎているのかもしれない。どうでもいいことにエネルギーを使いすぎているのかもしれない。私たちは他人の目や評価を気にして着飾ったり、大金を支払ってどうでもいい物に手に入れたり、世間の価値判断を盲信して金や地位や名誉を手にいれたりしている。自分という人間と他の人間の違い、自分の宗教と他の宗教の違い、自分の国と他の国の違いなどを重要視しすぎているのかもしれない。それって『違う』というか、『間違っている』と思う。もっときちんと言うなら、『賢くない』『独りよがりで、偏っている』って感じ」
 王女さまがうなずく。
「そう思う? そんなことしているうちに時は過ぎ、人々は老い、病気にかかり、死んでいく・・・。だけど、人間は自分と他者を比較し、見た目のわずかな違いで悩んだり、能力のわずかな違いで苦しんだりしている。だけど、苦しんでいるのは、人間だけじゃない」
 私は頭をかしげて、王女さまを見た。
「どういうこと?」
 王女さまは地球を指差して言った。
「あの光は人間だけじゃない。人間以外の動植物の光ででもあるのよ。動植物の光もどんどん消えていっている」
 私はつぶやいた。
「人間たちのせい?」
 王女さまは両手を上げて、肩をすくめてから、言った。
「人間の活動の結果、地球の環境破壊が進んでいることは間違いないわね」
 私は「フーッ」と息を吐いた。
「一体、私たちは何のために生きているのかしら? お互いに殺し合ったり、苦しめ合ったり、他の生命体を殺したり・・・。人間が生きていることに意味や価値はある?」
 王女さまは「チラリ」と私を見た。
「さあ、どうかしら」
 言葉が口から勝手に飛び出してきた。
「人間が宇宙という広い視点・長い時間軸から客観的に自分を見て、もっと賢く考え、賢く行動した方がいいんじゃないかしら。害になることや、しなくてもいい事はしないようにし、本当にやらなければならない事や本当に必要な事を優先して行った方がいいんじゃないか・・・って、思う。人間って小さいし、一人の人間が生きていられる時間は、宇宙の歴史から見れば、本当に『アッ』という間。一瞬だわ」
「そうかもしれないわね、ノリコ」
 私はつぶやいた。
「一人の人間が生まれて、そして、生きて死んでいくことに、意味や価値があるのしら? もしかしたら私なんてこの世に生まれ出ても、何の意味もないんじゃないかもしれない」
 王女さまは肩をすくめた。
「さあ、どうかしら?」
「宇宙から見れば、一人の人間は確かに小さな存在ね。だけど、この広い宇宙の中で『生命』がどれだけ存在するかを考えてみて」
「そう言われれば、宇宙に生まれて生きていることって、『奇跡』なかもしれないわね。『生まれる』とか『生きている』ってことは、宇宙レベルで考えれば、計り知れないほど貴重なことなんでしょうね」
「ハルカ。物事を多面的に見るって大切かも。つまり、一人の人間は小さな存在であると同時に・・・」
私は目を上げて、王女さまに向かって言った。
「王女さま。自分という存在は『小さな卑小な存在』である同時に『偉大な存在』であるっていうこと? いずれにしても、人間は、どうでもいいことで悩んだり苦しんだりすることは止めた方がいいんじゃないかって思った。だって、そんな暇はないもの。それから、人間は自分をもっと大切にした方がいいと思う。この宇宙に生まれ出ることができたっていうことは、どんなに貴重なことなのかを忘れないようにした方がいいと思う。私、思ってきた、『自分が生きているって当たり前で、ありがたいことでも何でもない』って。でも、ここに来て、わかった気がする。この世に人間として生まれ出ることがいかに難しいことか・・・って」
 王女さまは右手の人差し指を立てて、言った。
「生命体一つ一つは、ちっぽけではかない存在であると同時に、偉大な存在でもあるのかもしれないわね」
 私は「ハアハア」と激しく呼吸した。
「それから、私は思ったわ、自分に与えられた見た目・能力・宿命・環境のことに対して不満だらけだった。だけど、小さなことでクヨクヨ悩む必要も暇もないのかもしれない。なにしろ、人間のイノチの光はいつ消えるかわからないし、すぐに消えてしまうんだから」
「ノリコ。私たちは、ほんの一瞬だけ輝く光。自分のイノチが一瞬だからといって、刹那的になって快楽だけを求めてはいけないし、悲観的になって自殺してもいけないと思う」
 私はうなずいた。
「そうねえ。自分がはかない存在だと思ったら、快楽を求めて享楽にふけってしまうか、あるいは、絶望して自殺してしまうかもしれないわね。でも、見方を変えて、人間のイノチは一瞬だけど、宇宙の暗闇をきらめかせる閃光なのね。自分の一瞬の光が世界を明るく照らすことができるんだ。自分という存在のはかなさと偉大さ。そうした異なるもの、相反するものを同時に持つのが、『生きる』ということなのかもしれないわね。とにかく、つまらないことでクヨクヨ悩んだり、どうでもいいことをやって貴重な時間をドブに捨てたりしている暇は私たちには、ないみたいね」
王女さまはうなずいた。
「私達は生きている間、何をしたらいいと思う?」
 私は頭を抱え、「うーん」と唸りながら、考えた。そして、つぶやいた。
「生きている間に何をしたらいいのか? それは、それぞれの人間が考えることかもしれない気がする。自分自身の内なる声に耳を傾けて、自分の直感を大切にするのがいいかもしれない。内なる声や直観を、世間や他人の意見によってかき消されないようにした方がいいかもしれない」
「でも、こんな人が多くない? つまり、幼少期に刷り込まれた世間の価値観を盲信して生きている人。それでいて、自分の味方や考え方がいかに片寄ったものであるか、全く気がついていない人」
 私はうなずいた。
「そう言われれば、そうかもしれないわね。自分の考え方がベストで、間違いのないものだと思い込んでいる奴って、多いよね」
 私がそう言うと、王女さまは大声で叫んだ。
「ノリコ。今日が、あなたの人生の最後に日だったら、どうする?」
 喉を何か苦いものが滑り落ちていく感じ。胃がブルブルと震えた。
「えっ! 今、なんて言ったの? 今日、私が死ぬの?」
 王女さまが笑って、頭を左右に振った。
「仮定のお話よ。もしも今日があなたの人生最後の日だとしたら、あなたは今日という一日をどう生きたい?」
 私は両手で頭を抱え、うつむいて考えた。そして、頭を上げた。
「急に言われて、よくわからないけれど、もし今日が人生最後の日だとわかったら、私は自分が本当にやりたい事をやるわ。そして、自分が本当に大切にしたい事を優先的に行うわ。そのためにはまず、自分が本当にやりたいことが何なのか、そして、自分が本当に大切にしたいことは何なのかをはっきりさせていかなかければいけない」
王女さまはうなずいて、つぶやいた。
「なるほどね」
 私は独り言をつぶやいた。
「自分が求めていることが何なのかを明確にしていく必要があるわね。自分をもっと見つめなければいけないのかも・・・」
 私はコックピットの窓から地球を眺めた。

第4章 暗黒の世界

 宇宙船で王女さまの星に辿り着いて、王女さまの星で生きていくしかなかった。地球にもどることはできない。だけど、この星での生活はそんなにひどいものじゃなかった。なぜって、王女さまは私のために寝る場所や食べるもの、飲むものや着るものなどを整えてくれたから。
 私は地球の生活と変わりなく過ごすことができた。そうこうしているうちに、「アッ」という間に何日かが過ぎていった。
 王女さまは私に言った。
「ノリコ。この星の生活はどう? 何か、困っていることはない?」
 私は笑って答えた。
「王女さま。特にありません。それどころか、時々、思うんです、『ここに来て、良かった』って。なぜって、ここじゃあ、うるさい父さんや母さんや先生もいないし、私にせがってくるクラスメートもいないし、学校にも行かなくてもいいし、受験勉強も入学試験もないし・・・」
 王女さまは頭をかしげた。
「そう? やることなくて、そろそろ退屈になってない? 早く地球に戻りたいんじゃないの?」
 私は頭を左右に振った。
「もう少しここにいていたいって思っています」
「そうなの?」
 私は王女さまを見た。王女さまの目が「キラリ」と青く光ったような気がした。目をこすって、もう一度、王女さまを見た。王女さまはいつものように「ニコニコ」と穏やかに笑っていた。
 王女さまが私に近寄ってきて、右手を私の顔の前に突き出した。
「ノリコ。目を閉じて」
「どうしてですか?」
「あなたに心の目を開いてもらいたいから」
「心の目? 何なの、それは?」
 王女さまは「クスッ」と笑った。
「体験すれば、わかるわよ。とにかく、目を閉じて」
 王女さまの右手が私の目の前で「ヒラヒラ」と揺れるのを見ながら、私は両目を閉じた。
 王女さまが低い声が聞こえてきた。
「ノリコの心の目が開かれますように。エイッ!」
 「ビリビリッ」と電気が体中を駆け巡った。体全体が小刻みに震え始めた。
「痛い! 熱い! 助けて!」
「ノリコ。大丈夫。すぐに回復するわ」
 瞼を持ち上げようとした。しかし、目は開かない。両手を瞼に当てて、持ち上げようとした。しかし、瞼はくっついたままだ。
「王女さま! 目が開かない! 助けて!  何も見えない! 真っ暗よ!」
 王女さまが手を伸ばして、私の肩を掴んだ。
「ノリコ。落ち着いて。大丈夫。しばらくの間だけよ。もうじき目を開けることができる。でも、今はそのまま、見て」
「何を見ろって言うの!」
 体中の血管が沸騰していた。寒いのか、熱いのか、よくわからない。ただただ体が「ブルブル」と震えて止まらない。
 王女さまが両手で私を強く押さえ付けた。
「ノリコ。深呼吸を繰り返して」
「無理!」
「大きく息を吸って、止めて、そして、ゆっくりと吐き出す! 繰り返して!」
 王女さまの号令に合わせて、私は深呼吸を繰り返す。そのうちに、体の震えが止まった。
 王女さまの声が聞こえてきた。
「ノリコ。私、言ったでしょう? 心の目で見るのよ」
「心の目? それって、何よ! そんなもの、わからないわ」
「心の目って、真実を見ることができる目よ」
「真実を見る?」
「私達が目で見るものは外見だけ。中身は見えないわ。だけど、大切なものは目では見ることはできない。見た目がどんなに美しくても、それは単なるうわべだけ。みかけに騙されてはいけない。それは偽り。騙されてはいけない。外観の影に隠れて見えない中身、本当の姿を見るのよ。真実は『感じるもの』なのよ。『見るもの』じゃない」
「真実を感じる?」
「そうよ。『本当の姿』『真実』を感じ取ることができるっていうことが大切。ノリコ。まず、私を感じてみて」
 そう言われて、考えた、「王女さまを感じる・・・って、一体、どうしたらいいんだろう?」って。それで、私は尋ねた。
「どうしたらいいの? どうしたら、王女さまを感じることができるの?」
 王女さまが吐き出す息の音がかすかに聞こえてきた。
「とにかく、目を閉じたまま、深呼吸を続けて」
 王女さまに言われ通り、深呼吸を繰り返す。吸った息の冷たい感じを、鼻の奥で感じた。また、大きく開いた口から暖かい息が出ていく時、体の中にあった疲れやイヤな気持ちがすべて体の外へ解き放たれていく感じがする。
 王女さまの声が聞こえてきた。
「そのまま、体を私の方に向けて、そして、意識も向けて、そして、私を感じて」
 私は体を王女さまの方に向けた。そして、自分の意識を王女さまに向けて集中させた。しかし、体に何も変化はない。
「王女さま。何も感じないわ」
「ノリコ。静かにありなさい」
「静かにありなさい? それ、どういうことですか?」
「黙って。真理は言葉にはない。本質は『沈黙』にあるの。自分自身を打ち壊すの」
 私は黙り込み、そして、ただただ深呼吸を繰り返した。
 どれくらい時間が経ったか、わからない。
王女さまが私の近くに居るという気配を感じていた。目の前は暗闇だったのが、何かが光った気がして、まばゆい『光』を感じた。そして、「温かい風」が吹いてくる感じ。
 私はつぶやいた。
「王女さま。暖かくて、光ってる。あなたはそこに居るのね」
 王女さまの声は聞こえない。しかし、その時、私は自分の内部に電気のようなビリビリした刺激を感じた。次の瞬間、頭の中に王女さまの意識が直接、伝わってきた。
「ノリコ。私は『居る』じゃない。『在る』のよ」
 私は叫んだ。
「王女さま! 何、これは? これが、『テレパシー』?」
 再び、頭の中に王女さまの意識が伝わってきた。
「ノリコ。言ったでしょ? 今はしゃべる時ではないのよ。沈黙の時」
 私は黙り込んだ。
 しばらくして、頭の中に王女さまの意識が再び浮かんできた。
「ノリコ。今度はそのまま、体を地球の方へ向けてごらんなさい。そして、地球を感じてみて」
 地球があると思われる方向へ体を向け、その方角へ意識を向けてみた。
 しばらくして体が全体、ポカポカと暖かくなるのを感じた。指先や足先がピリピリとしてくる。私は心の中でつぶやいた、「なんなの? これは?」って。
 すると、王女さまが黙ったまま、自分の思考を私に直接、伝えてきた。
「感じることができたみたいね、ノリコ?」
 私も黙ったまま、王女さまに答える。
「ええ。体全体が少しずつ熱くなってくる感じ。体の中心に熱源があって、そこから熱が放射されているみたい。そして、手の指や足の指がピリピリと震える。すこし痛みがあるわ」
「それが地球よ」
「地球?」
「それが、天地自然の本質。目に見えないエネルギーよ。風か、光みたいなもの」
「風? 光?」
「そう、風。あるいは、光。それって、心で感じることができるでしょう? 目には見えないエネルギーなのよ」
「エネルギー? 風のように見えないけれど、力を持っている。光のように物質ではないでけれど、明るさと熱を持っている?」
「そうね」
「それって、まさに・・・動いている!」
「そうね。ノリコ、その通りよ」
 しばらくして、王女さまが再び思考を送ってきた。
「ノリコ。今度は、もっと焦点を生命体に絞って感じてみて」
「生命体? 動植物や人間っていうこと?」
「そうよ」
 私はもう一度、地球に向き直った。そして、今度はもっと集中力を上げて、地球上に住んでいる生命体に意識を集中させた。すると、小さな光を感じることができた。その光は明るさと同時にわずかな熱を発している。
 しかし、次の瞬間、私は寒気を感じた。
「あっ、今、光と熱が消えたわ。それって、つまり、一つの生命体が消えてしまったということ?」
「そうね。多くのイノチが死んでいく。そして、多くの新しいイノチが生まれている。ノリコ。光が消えた時、その生命体が死んだという場合もあるけれど、必ずしもそうとは限らない。光と熱は消えても、風として活動を続けるのよ」
「風として活動を続けるって、どういう意味なの?」
「物質というより、動き続ける力、目に見えない力として活動している。私達、生命体は『肉体という物質を持つ』という側面も持っているけれど、それだけじゃないわ。生命体は、『光』や『熱』、そして、『風』という側面も持つ。ついつい、人間は『肉体という物質』の面だけを重要視しがちだけど」
「目に見えるものだけを重要視してしまうっていうこと?」
「そうね。だから、私は言ったでしょ、『大切なものは目には見えない』って」
「目にはみえないものを感じることが大切なのね」
 王女さまはしばらく間を置いてから、返事を送ってきた。
「そうね。ノリコ。それじゃあ、次は、もっとフォーカスを絞って、『あなたのお母さん』焦点を当ててみて」
「私の母さんに?」
「そうよ。地球上の光の点の中から、あなたのお母さんを探すのよ」
 私は再び地球に意識を向けて、地球上の光を見つめた。しかし、数えきれない光の粒はどれも同じで見分けはつかない。
「王女さま! どの光も同じで、見分けなんか、つかないわ」
「そうね。ここから見れば、一人の人間と他の人間の区別なんかつかないわね。肌や目や紙の色の違い、顔や体の形の違い、そして、性別や年齢の違いなど、問題にならない」
 私はすぐに返事を返した。
「『人間』と『人間』の違いっていう問題じゃないわ。『人間』と『人間以外の動植物』との違いさえ、わからないわ」
「そうね。ここから見れば、すべての生物がきらめく光として感じる。もっと正確に言えば、すべての生物が風のように流動している。それはともかく、ハルカ。数多い光の中から、がんばって、あなたのお母さんの光を探してみて」
「えっ? 全く同じ光の粒の中から、私の母親を探せって言うの? そんなの、無理! だって、光の粒はみな、同じだよ!」
「いいえ、ノリコ。もっとよく感じて」
 私は数えきれない光の蠢く中で、母さんを探してみた。
 王女さまのメッセージが頭の中に伝わってきた。
「ノリコ。心で感じるのよ」
 私は意識を研ぎ澄ませた。すると、一つの光が急に明るさを増し、暖かさを送ってきた。
「王女さま! あれが、私の母?」
「そうよ。わかったじゃない! ノリコ!」
「なぜわかったのか?」と問われても言葉で説明することはできない。自分でもその光と他の光の違いを言葉にすることはできない。「ただ、そうだと感じた」と言うしかない。強いて言えば、「第六感」。私はただ、一つの小さな光の点に例えようもない親近感を感じた。
 王女さまの思考が伝わってきた。
「ノリコ。今度は、私を感じて」
「王女さまを?」
「そう。私を感じるのよ」
私は目を閉じたまま、王女さまの声が聞こえる方向へ体を向けた。そして、王女さまに向けて意識を向けた。王女さまの姿は目には見えないけれど光っていた。そして、暖かい熱が伝わってくる。そして、そこに間違いなく風が吹いていた。そこに・・・私のすぐそばに王女さまのエネルギーが確かに存在しているのが私には感じられた。
 私は言った。
「王女さま。そこにいるのね」
「そうよ。私はここにいるわ。モノとしてあるのではなく、目には見えないエネルギーとして、イノチとして、ここにいるわ」
「目には見えないエネルギー」という意志が伝わって来た時、私は妙に納得した。私は思った、「そうだ。目で視覚的に見える、自分から半径三十メートルの範囲の上っ面だけを見ても、ダメなんだ。『単なる外見』より、『目に見えない本質』に迫らなくてはいけないんだ」と。
その時、王女さまのメッセージが私の頭の中に送られてきた。
「いよいよあなたの番。自分自身を心で見るのよ」
「えっ?」
「あなた自身を感じてみて」
「やってみるわ」
 私は深呼吸を繰り返してから、ゆっくりと「自分」に意識を向けてみた。 
 そこに「いる」のは、いつも鏡で見ている自分ではなかった。確かに肉体はそこにあった。しかし、「私」の本質は肉体ではなかった。そこにある肉体は単なる骨や筋肉や血液で、「モノ」であり、「生きて」いないし、「生かされて」もいなかった。肉体の内側に「いる」のは、光であり、熱であり、風であって、手でつかめないもの、目では見えないものだった。
「私は空気のように透明で、流動している風なんだ」
 王女さまが考えを送ってきた。
「ノリコ。本当のあなたって、何?」
「本当の私? 今、ここにいる私。今、ここに生かされている私。目には見えないエネルギー、それが私の本質、本性。それは、他の風と分離されたものではないわ。それは、他の風とまったく同じもの。生まれてきて、私は肉体という形・物質として存在しているけれど、大いなる息吹、風が吹き込まれて生まれてきて、死んだ後は全体の風の元に戻っていくんだわ」
「そうね。あなたは確かに他の人間や他の動植物と分離した個別的存在でもあるわ。だけど、それだけじゃない。あなたは個体であると同時に、全体の一部でもあるのよ。『あなた』は宇宙の一部、自然の一部。あなたは一個の独立した『小宇宙』。だけど、その『小宇宙』は、『無限の宇宙の一部』なのよ。他者と分離した『個として私』という自我意識を手放すのよ。『皮膚の内側が自分である』という雑念・妄念を解き放つの。『私』と『私のもの』という感覚を全く無くして、自由になるの。思考作用を停止させるの。頭を空っぽにして、自我意識を捨て去る。そうね、簡単に言うと、『身体意識』を超えて、『エゴ』を忘れなさい」
「エゴを忘れる?」
「『皮膚の内側が自分である』という認識から自由になるの。皮膚の外側も皮膚の内側も、つながっているのよ。一つなの。本当のあなたは、無限定の純粋な存在。それなのに、皮膚の内側と外側を分離させ、皮膚の外側の人間を『他人、自分でない存在』と見なして、自分と他人を比べて落ち込んだり劣等感に浸ったりして、苦しむ必要がある? 外見上は分離しているように見える生物たちと『自分』を比べて、見た目や才能の違いや学習成績や進路先や就職先や肩書や地位や評判を競い合ったり、自分を卑下したりしている人間たち。地球上には、そういう人たちであふれている。自分が本当は何者であり、何をしてはいけないのか、何をした方がいいのか、考えなくてはいけない・・・って、私は思う」
 王女さまの沈黙の声を聞いて、私は何度もうなずいた。
「私も、そして、生きとし生けるものがすべて『イノチ』。みんなが全体の一部分として、今ここに生きているんだわ。と言うより、今、ここに、生かされているんだわ」
「ノリコ。それを忘れないで。大切なことは目には見えないのよ。それじゃあ、日常の世界へ戻って」
「はい」
「私が『イチ!、ニー!、サン!』と掛け声を掛けるから、そうしたら目を開くのよ。オッケー?」
「はい」
 私はうなずいた。
 王女さまがすかさず返信を送ってくる。
「行くわよ! イチ! ニー! サン!」
 私は目を開いた。目の前に王女さまの姿が見えた。目が二つ、鼻が一つ、口が一つ。人間のような顔をした美しい女性が、ブルーのドレスを着て、そこに立っていた。
 私は王女さまに向かって、頭を下げた。
「王女さま、ありがとう」
 王女さまは白い歯を見せて、目を細めてみせた。
「ノリコ。いつも『静かであること』を忘れないようにしてほしい。そうすれば、あなたは『自分が本当は何者か』を思い出すことができる」
 私はその場で振り返り、視線を地球に送った。そして、目を閉じた。

第5章 孤独

 王女さまが私に「心の目を開くように」という話をしてから、何日かが過ぎた。
 私は王女さまに尋ねた。
「私がこの星にやってきて、どれくらいの月日が経ったの?」
 王女さまは肩をすぼませた。
「あなたが考える『時間』は『地球の時間』よね? 地球が一周自転すれば一日になるって、考えるんでしょう? 『地球人が考える時間』と、『宇宙全体の時間』は違うのよ」
「それじゃあ、地球の時間で考えれば、どれくらいの時間が経ったの?」
 王女さまは目を細めた。
「残念だけど、それは秘密」
 私は「フーッ」と長く息を吐いた。
 王女さまは私を「チラリ」と見た。
「ノリコ。地球に帰りたくなった?」
私はうなずいた。
「はい。私が急にいなくなって、父さんも母さんも心配していると思うし・・・。そろそろ地球に戻ってもいいかなって思っています」
 王女さまは首をかしげた。
「ノリコ。あなた、言ってなかった? 『どいつもこいつも早く死ねばいいのに』って?」
 首を縦に振りながら、答えた。
「確かにそう言っていました。毎日、父さんも母さんは私と顔を合わせるたびに口うるさくののしっていたから、うざくてたまらなかった。でも、小言を言われないっていうのも、少しさびしい気がしています」
 王女さまは目を細めた。
「そんなこと言っているけど、地球に戻って、以前と同じように批判されたり言いがかりをつけられたりしたら、イライラがつのるんじゃないの?」
 私は目を閉じて、考えてみた。しばらくして、目を開けて、つぶやいた。
「そうかもしれない」
 王女さまが子供っぽく無邪気に笑った。
「そうなるに決まってるわ。ここに居続ければ、『死んでしまえばいいと思っていた人たち』は誰もいないし、死ぬまで会うこともないわ。つまり、この星の状況は、『死んでしまえばいいと思っていた人たちはみんな、死んでいる状況』だわ。あなたを苦しめる人は誰もいない。苦しめられることはないわ。ずっとここにいなさいよ、ノリコ」
「うん? そうかもしれない。ちょっと考えてみる。『やっぱり地球に帰りたい』と思った時は連絡するから、その時は私を地球に戻してくれる? 王女さま?」
 そう言ってから、私は上目づかいに王女さまを「チラリ」と見た。王女さまの目が緑色に「キラリ」と光った。
「ダメよ」
 王女さまが冷めきった声で言い放った。
 体が「パキン」と凍りついた。
「えっ?」
 王女さまは目を細めて、私を睨みつけた。
「ダメ。あなたは地球にはもう二度と戻れないのよ」
 頭の中の血液が沸騰した。
「ひ、な・・・なぜ、ほ・・・そんなこと、ゆ・・・ゆう・・・」
ろれつが回らない。私は両手を上げて、王女さまに詰め寄っていった。
王女さまは私の手を払いのけた。
「ノリコ。あなたはこの星で一人で暮らすのよ。あなたも知ってるとおり、この星に食べものも飲みものも住む所も着るものも十分あるから、大丈夫。私は別の星で暮すから。じゃあ、バイバイ」
 そう言って、王女さまは私の背を向けた。そして、宇宙船に向けてツカツカと歩いていく。
 私はその場に倒れたまま、王女さまの背中に向かって大声で叫んだ。
「私を一人にしないで!」
 王女さまは振り向きもせず、宇宙船に乗り込み、搭乗口のドアを叩き閉めた。「バン!」と、大きな音がして、体が「ビクッ」と震え、耳を押さえた。「ウィーン」という起動音がしたと思ったら、すぐに「ズドーン」という爆音がした。地響きが襲ってくる。宇宙船がみるみる遠ざかっていく。そして、宇宙船は小さな点になり、やがてその点は満天の星の彼方に消えていった。
「王女さま」
 口からつぶやきがもれた。涙さえ出てこなかった。私はその場にうつぶせで倒れたまま、動くことができなかった。

 それからどれくらいの時間が経ったか、わからない。体が「ビクン」と震えた。寒気が襲ってきて、私は意識を取り戻した。上半身を起こし、辺りを見渡した。そこは王女さまの星で、宇宙船は見当たらない。
 頭の中はボーッと霞がかかって、何も考えられないまま、立ち上がった。宇宙ステーションに向かって夢遊病者のようにユラユラと歩き始めた。
 それから、一人きりの生活が始まった。
 一人きりになって、私は自分に向かって言った、「自由に過ごせるし、静かに過ごせるから、最高だ」と・・・。
 しかし、実際に一人で暮らし始めると、現実は違っていた。朝、目覚めても誰もいない。「おはよう」のあいさつなんて、もちろんない。朝食は一人で取る。午前中はステーションを出て、星を散歩。だって、することが何もないから。学校はないし、友達もいない。ずっと黙ったまま、一人で黙々と歩く。
時間が過ぎていくのが遅い。長い間歩いてから、ステーションに戻って、昼食。もちろん、一人きりで黙々と食べる。食後は昼寝。目が覚めたら、ステーションを出て、また、散歩。テレビがもしあるのなら、「くだらない番組でもいいから見たい。そして、能天気に笑いたい」と思った。ゲームがもしあるのなら、「面白くないゲームでもいいから、時間をつぶしたい」と思った。マンガや小説がもしあるのなら、「何でもいいから活字や絵を見たい」と思った。しかし、そんなもの、ここには一つもない。他のものもない。部活動もないし、カラオケもない。ケンカしてもいいし、イヤごと言われてもいいから、「誰かにそばにいてほしい」と思った。
そして、散歩から帰って来て、夕食。食べることと飲むことだけが唯一の楽しみになってくる。夕食後、ベッドに入るけど、昼寝のせいで、なかなか寝付くことができない。
 そのうち、やることがなさ過ぎて、イライラし始めた。知らぬ間に爪を噛み、貧乏ゆすりをしている。独り言を言うようになった。しかし、返事はない。そのうち、独り言さえ言わないようになった。やがて全くしゃべらなくなって、言葉を忘れていく。それに、笑うこともなくなった。
私は思った、「このまま毎日毎日、同じことを繰り返して、時が過ぎ、そして、私はここで一人淋しく死んでいくんだ」と。
涙が出てきた。私の頭の中に、ある考えが浮かんでくるようになった。それは、「未来も希望もなければ、自殺した方がいい」という考えだ。
いつしか、散歩することもやめてしまった。何もする気がしない。ただ、ステーションの外に出て、地面に座って星空をボーッと眺める。何も動かない。「何か動くものがないかと期待すること」も、とうにやめてしまった。私は蝉のぬけがらのように、地面にジッとうずくまっていた。

第6章 王女さまからのミッション

 ある日、私は望遠鏡を取り出し、地球を見た。青い水の惑星、この上もなく美しい地球。私は叫んだ。
「ああ、地球に帰りたい。このままここで一人で死んでいくなんて、いや!」
 勝手に涙が出てきて止まらなかった。
 涙が枯れた時、かすかな音が聞こえた。私は顔を上げて、星空を見た。小さな光が流れていた。と、思ったら、その姿はどんどん大きくなり、やがて私の方へ近づいてきた。宇宙船だった。王女さまの!
 宇宙船はステーションの近くに着陸した。私は走っていく。
「王女さま!」
 声の限り、叫んだ。
 王女さまがタラップを降りてきた。体が勝手に震え続ける。私は「ゴクン」と唾を飲み込む。
フッと思った、「王女さまは一体、何をしに戻ってきたんだろう? 私を助けてくれるのか? あるいは、もしかしたら私を殺すのかも?」と。なぜだかわからないけれど、頭の中はグシャグシャになり、鼻が「ヒクヒク」と小刻みに震え続けた。
 王女さまがタラップを降り、私の前に降り立った。その顔は能面のようだった。私は黙ったまま、王女さまの前に膝まづいた。
 低い声が聞こえてきた。
「ノリコ。一人きりの生活はどうだった?」
 私は顔を上げて、口を開けようとした。しかし、言葉が出てこない。涙が勝手に流れ出てきて、止まらない。
 涙が枯れ果てた時、王女さまが「フーッ」と息を吐き出した。
「それで、ハルカ。あなた、これからどうするの? どうしたいの?」
 王女さまの目を見た。王女さまは鋭い目つきで私を見ていた。
 私が黙っていると、王女さまが右肩を上げて、首を「グルリ」と回した。
「ノリコ。黙っていたって、わからないわ。あなたはここで一人で生き続けるの? それとも、ここで自殺するの? どっちなの?」
 体が「ビクン」と震えた。私は困惑した、「二つの選択肢しかないの?」と。
 私は叫んだ。
「地球に帰りたい。このまま、ここで死んでしまうのはいや。たった一人で生きていくなんて、耐えられない。私を地球に返して! 王女さま! お願いします!」
 王女さまは右手の人差し指の先を私の顔に向けて、突き出した。
「地球にいた時、あなたは言ってたじゃない、『どいつもこいつも早く死ねばいいのに』って? あなたは周りの人に死んでほしかったんでしょ? それに、あなた自身も死にたかったんでしょう? 違う? 『生きていたって仕方ない』と思っていたんでしょう?」
「そうだけど・・・」
「だったら、ここで一人で生きて、そしてここで一人で死になさい!」
「いやだ! 地球に戻りたい!」
「あなた、一体、どっちなの? 他人に煩わされたくないの? それとも、他人と一緒に生活していきたいの? 『一人でいるのもイヤ、それでいて、他人に煩わされるのもイヤ』なんて無理なのよ。そんな要求、通用するわけない!」
そう言ってから王女さまは右手を上げ、遠くの地球を指差しながら、私に言った。
「でも、もう遅いわ。どうにもならない。見てごらん、ノリコ。今、地球で何が行われているかを。あなたの帰る場所はないのよ。おまけに地球は近いうちに・・・」
 そう言って、王女さまは私に望遠鏡を手渡した。私は接眼レンズに目を当てて、地球を見た。地球が目前にあるかのように見えてきた。倍率を上げていく。日本が、そして、関東地方が大きく見えてくる。私は千葉県の実家を探す。
「えっ!」
 思わず叫んだ。父さんや母さんが喪服を着て、涙を流している。お坊さんが仏壇の前で御経を上げている。親戚や近所の人や学校の先生も喪服を着て、手を合わせ、神妙に頭を下げている。
「お葬式? 一体、誰の?」
「あなたに決まってるわ。あなたは行方不明になって、見つからない。海で溺れて流されてしまったと考えられた。長い時が過ぎて、遺体は見つからないまま、葬式が行われているのよ。わかる? 地球ではあなたはもう死んだことになっているのよ。あなたはもう二度と地球に戻ることはできない。わかる? あなたは死んだのよ」
 頭の中の血管が切れた。体中が熱い。私の口から大声が飛び出してくる。
「そんな! 私は今ここで生きている! それなのに、なぜ私の葬式が行われるの!」
「おかしいって思うかもしれないわね。でも、あなたは今、この星にいる。地球にはいない。『地球で活動していない』っていうことは、『生きていない』ということになるわね」
「『地球にいない』っていることは、『死んでいる』っていうことになるの? それじゃあ、私を地球に返してよ」
 王女さまは答えない。黙ったまま、ジッと私を見つめている。私も王女さまから目を離さずに見入った。
 長い長い時間が過ぎて行った。
 王女さまが「スーッ」と息を鼻から吸い込んだ。
「ノリコ。あなた、本当に地球に帰りたい?」
「帰りたい! 帰りたい! 私を地球に帰して下さい! お願いします! 王女さま!」
 私は地面にひれ伏し、声を限りに叫んだ。
 王女さまの声が聞こえてきた。
「本当に帰りたいの? 地球に帰れば、イヤなことが待っているわよ。あなたの運命や能力も思い通りにならないし、あなたの周りの人間たちも思い通りにならない。それでもいいの?」
 私は何度も頭を上下に振った。
「地球に帰ることができるだけでいい。それ以外、多くは望まないわ。地球で生きていられるっていうだけで幸せ。それ以上のことは望まないわ!」
「生きているって、今、ここでもあなたは生きているじゃない?」
 私はかぶりを振った。
「生きているって、ただ一人で息をして動き回るってことじゃないわ。それじゃあ、生きているっていうことにならない」
「そうなの? 地球に帰れば、間違いなく苦しみが待ち構えているわ。それに、すべての人と別れる時がすぐにやって来るわ。みんな、遅かれ早かれすぐに死んでいくのよ。周りの人も、そして、あなたも。ノリコ。それでも、いいの?」
「もちろん!」
 私は王女さまの目をジッと見る。
 王女さまは目を閉じ、「フーッ」とため息をついた。
「私には『愚かな選択』に思えるけど、あなたがそこまで言うのなら、地球にもどしてあげてもいいわ。ただし!」
 大声で、体がビクンと震え、私は後ろにのけぞった。
 王女さまが私を睨みつけた。
「ただし、一つだけ条件があるわ!」
「条件? 何ですか、それは?」
私は「ゴクン」と唾を飲み込んだ。
王女さは人差し指を立てて、言った。
「地球に戻る前に、あなたにミッションを与えるわ。私の宇宙船に乗って、宇宙を駆け巡るの。そして、『あなたの星』を探すのよ」
 そう言われた瞬間、私は口を「ポカン」と開けたまま、頭の中を高速回転させて考えた、「『私の星』って何なの? それに、宇宙船を運転するって、どういうこと?」って。
 私は大きく息を吸って、目を閉じ、頭を左右に振ってから、つぶやいた。
「王女さま。すみません。王女さまが言っていることがよくわかりません。まず、王女さまは『私の星を探せ』っておっしゃいましたが、それって、一体、どういうことなんですか?」
 王女さまは目をクルクル回してから言った。
「それじゃあ、わかりやすく言ってあげるわ。『あなたの星』っていうのは、『あなたの運命の星』のことよ。あなたに私の宇宙船をあげる。あなた、私の宇宙船を上手に運転できるでしょう? それに乗って、宇宙を駆け巡るのよ。そして、『自分の運命の星』を探して、そして、見つけるのよ。そして『自分の運命の星』を見つけたら、私に報告するのよ」
 頭がクラクラして倒れそうだったけど、私はこらえて、王女さまを見上げた。
「すみません。私に理解できるようにもっとわかりやすく言って下さい」
「『自分の運命の星』っていうのはね、言葉で説明するのは難しいわね。それは、『知的に認識する』というより、『感覚的にわかる』と言った方がいいわね。『自分の運命の星』を見つけた時、直感でわかるのよ、『ああ、これが私の運命の星だ』って」
 私は言った。
「それって、つまり、『自分の運命の星』がどの星なのかは、私が決めるっていうことですか?」
 王女さまは「ハアー」とため息をついた。
「あなたがその星を実際に見つけた時、最高に気持ちのいい居心地の良さを感じることができる、『ああ、これがふるさとだ』って。宇宙には多くの星があるのは承知しているわ。でも、探せば見つかるのよ。最初から『見つけられっこない』とか、『そんなものはない』なんて決めつけないで。『私の運命の星は必ず存在する。私はそれを見つけられる』って信じて、探し続けるのよ。そして、それに辿り着いた時、何とも言えない充足感、これ以上ない満足感を感じることができる」
 意識が「ボーッ」としてきた。
「無理よ。宇宙の星すべてを見て回って、たった一つの星を見つけ出すなんて・・・そんなこと、できるわけないわ。絶対に無理よ。それに、もし仮に運命の星を見つけることができたとしても、それが一体、何になるっていうの? そんなことしても意味がない。一体なんのために『運命の星』を見つけるの? それに、そもそも『運命の星』って、何なのよ!」
 私は絶叫して、泣き崩れた。
「ノリコ。旅に出る前に、すべてを見通すことなんてできない。何もかも予定通りに進むなら、最初から旅に出る必要もない。あなたは思っているでしょ、『旅に出て、苦労しても自分の運命の星を見つけることができなかったら、どうするんだ。良い結果が得られなければ、挑戦する意味も価値もない』って」
「そうよ! 探しても探しても見つからなかったら、どうするの? 見つからなくて、私は宇宙船の中で年老いて、一人で死んでいくの?」
「行為の結果を期待しないで」
「行為の結果を期待しない? そんなこと、できるわけないわ! ふざけないで! 不可能だと最初からわかっていることにトライすることは無意味だし、無価値だわ!」
 王女さまは目を閉じ、頭を強く左右に振った。
「いいえ。果報を期待することなく、自己の義務を果たすのよ」
「私の運命の星を探すことが私の義務だっていうの? そんなこと、あるはずないわ!」
「無償の行為を行うのよ。自分の行った行為に対する報いやふさわしいお返しを求めないで、ただただ自分が行うべきことを行うの。そのことに意味がある」
「そんなバカな!」
「いいえ。『生きる』ってそういうことでしょう? 報酬のためじゃない。頭の中を空っぽにして自分を完全に忘れ去り、自分に与えられた活動を遂行し、宇宙全体に奉仕するのよ」
「言ってることがわからないわ!」
 王女さまは答えない。
 長い長い沈黙が続いた。
 王女さまが口を開いた。
「今は言葉の時ではないわ。行動の時よ、ノリコ。これ以上、何も言わない。私はこの宇宙船から降りる。あなた一人で、この宇宙船を運転し、宇宙を巡るのよ。あなたが自分の運命の星を見つけた時、すべてわかるわ」
「そんな!」
「大丈夫・・・って、言ってあげたいけれど、そんなこと、言えない。ただ、最善を尽くすのよ、ノリコ。忍耐力と熱い情熱を持って」
 全身から力が抜けていく。
「万が一、私が運命の星を見つけることがで、きたとしたら、その時はどうすればいいの?」
「その時は、私を呼んで。通信して。『王女さま! 見つけました!』って叫んで。そうしたら、私、飛んで来るから」
「でも、もし、見つからなかったら・・・」
「ノリコ。そんなこと考えて、何になるの? 見つかるかもしれないし、見つからないかもしれない。でも、そんなこと、やってみないと、わからない。それに・・・」
「それに?」
 王女さまは頭を左右に振った。
「ううん。もう何も言わないわ」
「王女さま。何か言おうとして途中で止めたでしょ? 何を言おうとしたの? 教えて!」
 王女さまは白い歯を見せて、目を細めた。
「ノリコ。言うことは何もないわ。さあ、もう出発の時間よ。宇宙船に乗って!」
 王女さまが宇宙船を指差した。
 私は動き出せずにいた。その場にたたずんだまま、時間が過ぎていく。
王女さまは右手を上げて、額に手のひらを当てて、言った。
「それじゃあ、ノリコ。私はそろそろ行くから。あとはあなた次第よ」
 王女さまは「クルリ」と体を回転させ、私に背を向けて、歩き始めた。思わず叫んでいた。
「待って!」
 王女さまが足を止め、体を回して私の方を向いてくれた。
 私は王女さまに向かって言った。
「もし私が自分の運命の星を見つけたら、王女さまは私を地球に戻してくれるの?」
 王女さまは答えない。深い静けさが続いた。
 長い時間が過ぎ、王女さまが口を開いた。
「ノリコ。なぜ、なんのために自分の運命の星を見つけるのか、考えてみなさい。あなたはなぜ生まれ、なぜ生きていくのか、考えてみなさい。そうしたら、結果のことなど考えもせず、期待もせず、自分の運命の星を探すことができるはずよ。それじゃあ」
 王女さまは右手を上げて、左右に振った。そして、「クルリ」と体を回転させて、私に背を向けた。そして、ゆっくりと歩き始めた。
 王女さまの背中がどんどん小さくなっていく。やがてその姿は点になり、そして、地平線の向こうに消えた。
 私は王女さまが言った言葉を思い出し、そして、その意味を考えた、「王女さまは言った、『なぜ、なんのために自分の運命の星を見つけるのか、考えてみなさい』と。そもそも『自分の運命の星』って、一体、何なんだろうか? そして、一体なんのためにそれを探す必要があるんだろうか?」と。
 私は思った、「まず、『運命の星』っていうものが一体、何なのか・・・、それがわからなければ、それを探す意味や目的もわからない」って。
 私は考えてみた、「運命の星って、一体、何なんだろう?」と。そして、次に思った、「そもそも『運命』って何だろうか? 運命って、自分では変えられない、自分の境遇とか才能、持って生まれたもの? それとも、将来のめぐり合わせとか、定め?」って。
私は考え続けた、「それに、『運命』と『星』という言葉がセットになって一つの言葉になっているのはなぜ? なぜ『運命』が『星』とつながるわけ?」と・・・。
 考え続けても、何もわからない。
 どんどん時間だけが過ぎていった。
 やがて私は悟った、「ここでこんなふうに座り続け、頭の中で考え続けていたって、何にも変わらない。とにかく、行動するしかないわ。宇宙に飛び出して、自分の運命の星を探したって、答えは見つからないかもしれない。だけど、見つかるかもしれない。いずれにしても、このままここにいたって、何にも始まらないし、変わらない。行動しなくちゃ」と。
 私は意を決して、宇宙船に向かって歩き始めた。そして、タラップを登り、宇宙船に乗り込んだ。
 コックピットの操縦席に座り、私は目を閉じて、大きく息を吸い込み、吐き出した。
「さあ、行くわよ」
 私はエンジンをかけ、離陸ボタンを押した。地響きがして、体全体が小刻みに震える。体の全血液が沸騰しているのがわかった。
 体全体に重力がかかり、私は操縦席の背もたれに押し付けられていく。背骨が折れる感じ。
「ドドドーーーン」
 地震のような音と振動に襲われ、宇宙船が動き始めた。やがて体が軽くなり、私はコックピットの窓から外を見た。星々が後ろに流れて、消えていく。私は王女さまの星から飛び立ち、宇宙へ飛び出していた。
 私は自分自身に向かってつぶやいた、「さて、どちらへ行ったらいい?」と。そして、自分に向かって答えた、「私の気が向いた方向へ進むしかない。自分の直感を信じるしかないわ」って。私は操縦桿を握り、直感の命ずるままに操作した。
 私は顎を上げて首を左右に回し、コックピットの窓から星を見渡した。星々の多様さは私の想像をはるかに超えていた。大きな星もあれば、小さな小さな星もある。色も様々。オレンジ、ブルー、緑、グレー、ピンク、赤、茶・・・ありとあらゆる色の星がある。それから、無数の星が集まっている星雲もあれば、他の星から離れて「ポツン」と一つだけ浮かんでいる星もある。私は口を「ポカン」と開けたまま、しばらく我を忘れて「うっとり」と星々を眺めていた。そして、正気にもどって、宇宙船を飛ばして、宇宙空間を駆け巡った。
宇宙の神秘は私を引き付け、夢中にさせた。
様々な星を見渡している時、ふと心をときめかす星に出会う。私は操縦桿を握り、その星に向かってスピードを上げる。星が近づくにつれて、胸がドキドキと高まる。「これが私の運命の星かもしれない」と思ってしまう。
私は宇宙船をその星に着陸させ、タラップを降り、星の上に立つ。私は自分の心に問うてみる、「この星が私の運命の星だろうか」と。
しかし、何も起こらない。心は、森の奥にある湖のようだった。完全なる静寂。時間のない世界に紛れ込んだように、何一つ変化するものはない。やがて私は「フッ」と我に返って、頭を左右に振る。私にはわかった、「ここは私の運命の星ではない」と。
私は思っていた、「『ここが私の運命の星ではない』ということは自分で何となくわかる。これが王女さまが言った『直感でわかる』というなんだろうか? しかし、『運命の星じゃない』ということがわかるだけではダメだ。『これが間違いなく私の運命の星なんだ』とわかるだろうか? 私が自分の運命の星に辿り着くことができたとしても、『これが正真正銘、私の運命の星なんだ』と確信をもって認識することができるのだろうか?」と。
 そんなことを考えながら、私は宇宙船のタラップを上り、操縦席に乗り込む。
 次の星を探して、私は出発する。そんなふうに、私は宇宙船を飛ばして、『私の運命の星』を探し続ける。時々は自動操縦に切り替えるけれど、食事をする時間も寝る間も惜しんで、宇宙船を飛ばす。そして、窓の外の星を見て、心に「ピン」と来た星には迷わず近づいていく。そして、着陸し、降り立ってみる。しかし、星の上に立っても、その星から私の心に『ビシビシ』と伝わって来るものは何もない。
来る日も来る日も同じようなことを繰り返す。
 ある日のことだ。私は自動運転に切り替えて食事を取った。それから知らない間にうつらうつらして、いつの間にか寝込んでしまった。そして、夢を見た。夢の中で私はヨボヨボのおばあさんとなっていた。何十年間も宇宙船を飛ばし続け、広い宇宙をあちらこちら飛び回ったけれど、「運命の星」を見つけることができずにいた。いつのまにか、腰が曲がり、髪の毛はまっ白になり、体中の皮膚は皺と染みだらけになっていた。足腰は弱まって、宇宙船の中を歩くこともおぼつかなかった。少し歩くだけで、「ハアハア」と息が切れた。そして、ある日、私は歩行中に床の出っ張りにつまずき、倒れてしまう。立ち上がろうにも立ち上がれないまま、私は床の上でうつ伏せになったままだった。私はつぶやいた、「このまま、ここで死んでいくのかもしれない。明日・・・、いや、今晩にでも死んでしまうかもしれない」と。視界がぼやけていく。私は目を閉じた・・・
寒気がして、目が覚めた。私は自分の体を見回した。皺もなければ、染みもなかった。鏡も見た。私の顔は以前と変わらず、若いままだった。
 しかし、次の瞬間、思った、「すぐに時は過ぎ、変化するんだ。私は『アッ』という間に年老いて、病気にかかり、死んでいくんだ」と。
「どうせ死ぬのなら、いっそ、今、死のう。どうせ、運命の星なんて見つかるはずないんだから」
 私はつぶやいていた。
 知らぬ間に私の心は変わっていたのだった、「頑張って探し続ければいつか星を見つけることができる」という思いから、「頑張って探し続けても見つけることはできない」という思いに。
 積極的な意欲も情熱もなかった。ただただ惰性に流されて、宇宙船を飛ばし続けていた。一つの星に降り立ってダメだったら、次の星を目指す。ワープ操行を繰り返し、なんとなく気に入った星に着陸して、その星を感じてみるという作業を繰り返した。
 そんなことを繰り返していたある日、私はふと思った、「こんなことしていたって、何にもならない。運命の星が見つかるかどうかもわからないのに、こんなこと続けたって無意味だ。もう死のう」と。

第7章 私の運命の星

 私が「死にたい」とつぶやいた時、私の背後で「ブーン」という音がした。そして、何かが動く気配を感じ、後ろを振り返った。
 最初は床の上の空間に白い線が現れ、揺れ動き始めた。そして、それは次第にはっきりとした面になり、やがて立体となった。それは人の形となった。その人は白いワンピースを着て、両手で頭を抱き抱えながらうずくまっていた。しばらくして、手を下ろし、頭を持ち上げ、立ち上がった。なんとそれは、王女さまだった。
「ギャッ」
 私は思わず声を張り上げ、動けなかった。
王女さまは頭を私の方に向けて回し、私を睨みつけた。
「ノリコ。あなたは『自分の運命の星』を見つけたの?」
 私は「ブルブル」と震えながら、小さな声で言った。
「いいえ、まだ見つけていません」
「まだ、見つけていない・・・。あなたは今まで一体、何をやってきたの?」
「ずっとずっと探してきたわ! 休む暇なく宇宙船を運転し続けてきたわ! 寝る間も惜しんで『運命を星』を探してきたわ! でも、見つからないんです! 私はこのまま生き続け、そして、宇宙を巡り続けなければならないの!」
 王女さまは右手の人差し指を天井に向けてから、私の頭の前に突き出した。
「ノリコ。思い出して。大切なものは目に見えないのよ。目を閉じて。そして、あなたの運命の星を探すのよ」
 そう言うと、王女さまの「パッ」と消えてしまった。
「王女さま!」
 私は叫んだ。しかし、返事はなかった。
 私は目を閉じ、ゆっくりと息を吸い込んだ。そして、少しずつ息を吐き出しながら、王女さまの言葉を思い出して、一人、つぶやいた。
「王女さまは言った、『目を閉じよ』って。そうだわ。人生において何が大切かをはっきりさせる時、自分の外ではなく、自分の内側を見つめなければいけない。他人の意見に惑わされないで。目を閉じて深呼吸を繰り返すのよ。そして、自分の心、直感、内なる声に従うんだ!」と。
 思い切って私は宇宙船のエンジンを止めた。そして、宇宙船の運転レバーから手を離して、目を閉じ、深呼吸を繰り返した。
 私は自分に問うた、「私は何を大切なものとして考えているか? 私が本当に愛しているものは何なの? 私が本当にやりたいことは何よ?」と。
 頭の中にいろいろな言葉が浮かんでは消えていく。「お金」、「外見的な美しさ」、「進路」、「評判」、「知性」、「理解力」、「学歴」、「運動神経」、「健康」、「友情」、「就職先」、「仕事の満足」、「性的な満足」、「恋人」、「結婚」、「子ども」、「質の高い生活」、「独立」、「勇気」、「信頼」、「幸福」、「許し」、「心の平安」「自制心」、などなどなど・・・。
 自分が何を大切したいかをはっきりさせようと、私は内なる声に耳をすませた。私の頭の中に『私の運命の星』のイメージが形作られた。それはどこまでも透き通ったブルーの星。私はその星に『心の安らぎ』という名前をつけた。
 宇宙船のエンジンに点火した。
私は唱えた、「私が『私の運命の星』を見つけると言う強固な決意を、誰も阻止できない。私は『私の運命の星』を見つけることができるのだ」と。
 そして、私はワープ操行のボタンを押した。
宇宙船の加速がグングン増していく。ものすごい重力が体にかかり、背中がコックピットの椅子に押し付けられる。体中がきしんで、よがんでいく。
 そうして、私は何度もワープ操法を繰り返し、宇宙の端から端までひたすら飛び続けた。「ウィーン」という音がして、ワープ操行が終わった。
 宇宙船がゆっくりと動き始め、目の前にたった一つだけ星が浮かんでいた。それは透き通るようなブルーの星だった。体が小刻みに震え始め、熱を帯びていく。目がくらくらとくらみ、その場に倒れそうだった。
口から勝手に言葉が飛び出してきた。
「なんだかわからないけれど、この胸の高鳴りは何だろう? 私に『ピッタリ』とくる、このフイット感は一体、どこからやって来るんだろう? 理由なんてわからないけれど、これこそ私のために作られた星だわ。私と一体の星。やっと見つけたわ。これが『私の運命の星』。諦めないで、探し続けて良かった。何者も私を止めることはできないわ」
その時、背後から声が聞こえた。
「なぜ、これがあなたの運命の星なの?」
 懐かしい声。王女さまの声だった。
 私は振り返った。王女さまが笑っていた。
 私の口が勝手にしゃべり始める。
「私が本当に求めるもの」
「あなたが本当に求めるもの? それって、何?」
「私が本当に大切にしたいもの。私が本当にやりたいこと。私の理想。私の目標。私の希望。そう、それは『今』そして『未来』だわ。 私が今日、優先して行うこと。今日が人生最後の日だとしても、私はやりたい、『今、ここで、私にピッタリとくるもの』『私の理想の未来を創造していけるもの』『私が本当にやりたいこと』『私が本当に大切にしたいこと』『私が本当に愛するもの』を!」
 長い沈黙の後、王女さまが口を開いた。
「ノリコ。ついに見つけたわね、『自分の運命の星』」
「はい。『運命』って、『宿命』なんかじゃなかったんですね。それは、生まれながら与えられたものでもないし、変えられないことでもない。運命って、自分の意志ではどうにもならないものでもないし、あきらめるものでもない」
「うん?」
「運命の星って、将来のなりゆきっていうか、将来の運というか、将来のめぐり合わせというか・・・自分が今、努力を重ねて、未来を創造しいていくものなんだ。運命とか命とかいうものは自分から努力して切り開いて創っていくもので、幸福は自分で追及していくものなんだ」
 王女さまが「コクン」と顎を下げてうなずいた。
「ノリコ。自分に与えられたものを自分のものとして主体的に受け入れるのよ。そして、自分の『命』『使命』『天命』を知って、人間として真剣勝負するのよ」「
「はい。運命って、変わるもの・・・、変えられるもの・・・なんですね、自分の努力によって・・・」
 王女さまは大きく息を吐き、そして、白い歯を見せて笑った。
「もう大丈夫ね、ノリコ。ところで、自分の運命の星を見つけることができて、どんな感じ?」
「なんだか、安らかな感じがしています」
「そうでしょうね。ノリコ、だけど、わかってる? 大切なのは、これからよ。あなたらしい理想、あなたにぴったりの希望、自分が本当に愛するもの、あなたの天命を明確にできたんだから、自己の天命を遂行するために時間を使っていくのよ。余計なことをしている暇はないわ。人生は短いし、人はいつ死ぬか、わからない。そしていつか必ず死ぬ。すべては変化し、命が尽きる前に自分の天命を果たすのよ」
「はい。私は行為の結果を捨て、自分と地球を救うために無償の行為を行っていきます」
 王女さまはうなずいた。
「ノリコ。すばらしいわ。自分にとって本当に大切なもの、自分が本当に愛するものを明確にすることができたら、次はその実現に向けて時間を使うの。理想の実現のためにあなたの努力を向けるのよ。その理想はあなたの理想でもあるけれど、宇宙全体の理想でもあるの。だって、あなたは全体の一部なんだから。あなたは自分のためにも、そして同時に全体のためにも、奉仕していくの。そうすれば、いつ死が訪れても、あなたは後悔しない。心の安らぎを保つことができるわ」
「はい」
 王女さまが続けて言った。
「内なる声を聞いて、あなたが本当に何になりたいのか、あなたが本当に優先したいこと、あなたにとって最も大切にしたいものをはっきりさせることができたら、あとは為すべきことを為すだけよ」
 私はうなずいた。
「結果なんて考えずに!」
 王女さまが笑ってうなずいた。
「それじゃあ、時間よ。地球に向かいましょう」
 王女さまは運転席に座り、ハンドルを握った。
「地球に向けて出発!」
 宇宙船がワープ操行に入った。
それから何度も何度もワープ操行を繰り返した。そして、目の前に真っ青に輝く星が現れた。
「アッ!」
 思わず声が出た。それから何か言おうとしたけれど、言葉がうまく出てこない。美しく輝く星を指差しながら、王女さまの顔を見た。
 王女さまは「ニッコリ」とうなずいた。
「そうよ。地球よ。帰ってきたのよ」
 涙が頬をつたう。体の中を「ジンワリ」とした温かさがゆっくりと広がっていく。温泉に浸かった時のような、解放された感覚。目を閉じて、ゆっくりと息を吐き出した。
 王女さまの声が聞こえてきた。
「ノリコ。これからが大切。いい? ノリコ、地球に派遣されるということは、地球で人間として生まれ、生き、そして死ぬということ。死の時が来たら、また、ここへ・・・宇宙へ戻って来るのよ。昔のあなたは一度死んでしまったのよ。そして、宇宙へ戻って来た。そして、再び地球に戻るのよ。そのことは、人間として『再生する』ということ。新しい出発。昔の自分のことなんてスッパリ忘れるのよ。新規まき直し!」
「再生? 新しい出発? 昔の自分のことを忘れる?」
 王女さまは「コクン」と顎を下げた。
「頭の中を空っぽにするの。そして、余計なことは考えない。ただ、今ここで自分が行っていることに集中するの。無我夢中になって取り組むの。忘れないで、過去は変えられないっていうことを。そんなこと、考えても何もならない。生きるということは、今ここであなたがどうあるか、ということ。わかる? あなたは一度死んで、宇宙に戻ったのよ。そして、宇宙の隅から隅まで駆け巡り、運命の星を見つけて、『自分が何者であるか』ということに目覚めて、地球に凱旋するの。進化した者として、あなたは地球に帰還するのよ。そして、地球を救うのよ」
「地球を救う? 私が? ちょっと待って! それ、どういうこと?」
 王女さまは目を細めてつぶやいた。
「この地球に生まれるということは、為すべき『天命』があるということなのよ。地球に派遣されているわずかな間に果たすべき『任務』が、あなたには与えられているのよ。自らの頭の中を空っぽにして、自己の『義務』を遂行するのよ、ノリコ」
「ちょっと待って。私は単なる一人の人間でしかないわ」
「あなたにはあなたの天命、生きがいがある。あなただけじゃないわ。すべての人間一人一人に、その人独自の天命があるの。言ったでしょ? あなたは唯一無二の存在。かつてもこれからも、あなたと同じ人間は決して現れない。あなたにしかできない天命を果たしていくのよ。他の人だって、そう。だから、全ての人間が意識を進化させなくてはいけない。うーん。『進化』という言葉じゃあ、足りないわね。すべての人間が『真に自己を変容させて、他者のためになる存在として生まれ変わらなくてはいけない』のよ。それが、地球に派遣されるということ。それが、『生きる』ということ。わかる、ノリコ?」
 王女さまは目を細めて、「フーッ」と息を吐き出して、私を見た。
「ノリコ。あなたは不撓不屈の鎧を身に付けた、平和の使者として地球に帰還しなくてはいけない。意味のないことで悩んだり、無駄なことに時間を費やしたりしないで。あなたは今晩にも死んでしまうかもしれないのよ。思考作用を停止して、エゴを忘れ去り、定められた行為に専心するの」
「定められた行為? 王女さま、あなたはさっき『天命』とか、『任務』とか、『義務』とか、言ったわね。それじゃあ、私の任務は何なの、王女さま? 教えて下さい」
 王女さまは鼻をピクンと動かしてから、右手で鼻の先をゴシゴシとこすった。
「ノリコ。あなたの天命を決めるのは誰だと思う?」
 私は即答した。
「王女さまじゃないんですか?」
 王女さまは目を閉じ、頭を左右に振った
「それぞれの生物が為すべき義務は、『与えられるもの』と表現しては不適切でしょうね。それは、『見いだすもの』って言った方がいいわね」
「見いだすもの?」
「そうよ。見いだすもの」
「誰が見いだすの?」
「誰だと思う?」
 そう言って、王女さまは私の目をジッと覗き込んだ。私はちょっと考えてから、言った。
「私?」
 王女さまは目を細めて、うなずいた
「その通り。あなたの任務が何なのか、それはあなた自身が自分で見いだすもの」
「自分自身で見いだす?」
「そう。あなたの任務、あなたの人生の目的、それは、他の誰も知らない。あなたの任務、あなたの果たすべき天命、それは、あなた自身が見つけ、はっきりさせるものなの。あなた以外の誰かが決定して、あなたに強制するものではない。そういう意味では、それは『天命』でもあるけれど、『生きがい』でもあるわね。『自分がやらねばならぬと思うもの』と『自分が本当にやりたいと思うこと』とは一致していて、それに喜びをもって自主的に取り組んでいくのよ」
「そうした『天命』というか、『生きがい』というものを自分自身で明確にしていくの?」
「そうよ。自分の決意と願いを、自分自身に表明するのよ」
「自分の決意と願いを表明する?」
「そう。自分の人生の目的・・・自分の決意と願い・・・を見いだすためには、何が必要だと思う?」
「自分の人生の目的を見いだすために必要なもの?」
私はそこまで言って、言葉に詰まってしまう。王女さまは言った。
「ノリコ。邪念がある限り、あなたは自分の決意と願いを見いだすことはできない。心を真っ白にするのよ」
「心を真っ白にする?」
「それって、『本当の自分を知る』って言ってもいいわね」
「本当の自分?」
「あなた。『本当の自分』って何なのか、もうわかっているでしょう?」
 私は考えを巡らせてから、王女さまの顔を見て、言った。
「風?」
 王女さまはうなずき、右手の親指を立てて、私の胸に向かって押し出した。
「ノリコ。準備完了よ。あなたを地球にもう一度、派遣する時間が来たわ。さあ、振り返って、もう一度、宇宙全体を見渡して。宇宙船から宇宙全体を見るのは、もうこれが最後なんだから。あなたは今から地球に降り立つの。さあ、ノリコ。広い広い宇宙を見渡して、生命体が存在する星を探して!」
 私は首を上げてぐるりと回し、コックピットの窓から宇宙全体を見渡す。そして、顎を引いてからゆっくりと言い放った。
「地球以外には、ない!」
「宇宙の中で唯一、生命が存在する地球へ、あなたもう一度、派遣するわ!」
「感謝の気持ちもあるけれど、少しこわいわ」
「こわい?」
「はい。肉体を持つ生命体として存在させていただくということは、恵まれたことだということはわかりつつも、少しこわい」
「何がこわい?」
「思い通りにいかないこと、そして、イヤなことや苦しいことが私を襲ってくる」
「そんなこと、承知の上でしょ? だけど、それもいつか必ず終わる時が来るのよ。それに・・・」
「それに?」
「それに、あなたに起こるすべてのことは、あなたに利益をもたらすわ。だから、何が起ころうと、静かに受け入れるのよ。何が起ころうと、それと共に流れていきなさい。あるがままに流れていくの」
「わかりました。最後に聞いていいですか? 私は一体、何のために地球に派遣されるのですか?」
「ノリコ。あなたがやるべきことは、頑張って自分の志、自分の天命を探究し続け、それを見いだし、それを果たすために、ただ努力を続けること。結果なんかどうだっていいの。大切なことは最善を尽くすこと。あなたが自分の天命を果たすために尽力し、そして生命が尽きる時が来たら、宇宙へ戻っていけばいいの。忘れないで。あなたはいつかすべてを置いて、すべてを手放して死んでいかなければいけない時が来る。天からの配慮をすべて受け入れることができるか、それは、あなたが今この瞬間、全力を尽くすことができるかどうかにかかっているのよ」
 私は小さな声でつぶやいた。
「今この瞬間、自己の天命に専心する!」
 私はコックピットから地球を見た。
 地球がどんどん近づいて来る。広いユーラシア大陸の東側の島国、日本が見えた。私は思った、「今から私はあそこへ降り立つんだわ」と。
 王女さまが私を見て、言った。
「アー、ユー、レディ?」
 私は目を閉じ、うなずいた。右手の親指を立てて、王女さまに向かって突き出した。
「オッケー!」
 王女さまが笑った。
「ヒア、ウィ、ゴー」
 宇宙船が爆音を立てて、日本に向かって降りていく。まっ白な雲の下に房総半島が見えてきた。黒い海の所々に白い波が輝いて見える。
 「ゴー、ゴー」という、耳をつんざくようなエンジン音が響き渡った。
 目の前に房総半島沖の海がグングン、近づいて来る。

第8章 さようなら、星の王女さま

 宇宙船は無事、房総半島沖の海に着陸した。私達は宇宙船を降り、海を泳いで海岸に辿り着いた。
 砂浜に立ち、空を見上げた。夜明け前の薄黒い空に黄色い月が「ポカン」と浮かんでいる。遠くから虫の鳴き声が聞こえてくる。
王女さまは「フーッ」と長く息を吐き出した。そして、私を見て、言った。
「着いたわね」
 うなずいて、答えた。
「帰ってきました」
 私は目を閉じて、鼻から大きく息を吸い込んだ。「地球」の臭いがした。私の皮膚を包み込む、なんとも言えない爽やかな風。体中の細胞がすべて踊り出し、全身が歓びを感じている。
王女さまは顎を上げて、月を見た。私もつられて、顔を上げる。月の横に小さな星が浮かんでいた。王女さまはうなずいてから、言った。
「いつまでもこうしてはいられないわ」
 そして、王女さまは私に向き直った。
「それじゃあ、ノリコ。私は帰るわ」
 その瞬間、左の膝が貧乏ゆすりを始めた。
腰を曲げ、左手の手のひらで膝を抑えた。しかし、貧乏ゆすりは止まらない。
 私は口を開いた。しかし、言葉が出てこない。でも、思った、「何も言わないまま別れるなんていやだ」と。
私は声を絞り出した。
「また、会えますか!」
 王女さまは私の目をジッと見つめた。
「ノリコ。私たちは遠く離れている。でも、私の中に流れている風も、あなたの中に流れている風も同じものなのよ。私たちは、別々じゃない」
「私達は、ひとつ・・・?」
 王女さまがニッコリと笑った。
「ノリコ。目を閉じて」
 私は目を閉じた。
 頭の中にイメージが押し寄せてきた。
一本の木。大きな大きな木。しかし、やがて、その木は灰色に変色し、そして、所々、まっ黒になっていく。そして、腐れて、最後にはミシミシと音を立てて、倒れていく。
思わず叫んだ。
「ああ! 倒れていく。何なの! 王女さま!」
 私は目を開け、王女さまを見た。
 王女さまはうなずいた。
「形あるものはいつか壊れていくわ。すべては変化するの。変化しないものなどないわ。時間は流れ、やがて滅びていく。それが定め」
「あの木は・・・・、もしかして地球?」
王女は静かに顎を下げた。
「いつか滅びていくのなら、何をしても意味がないとか、そのまま放っておいていいとかっていうことにはならない」
「どうしたらいいの?」
 王女さまは肩をすくめた。
「ノリコ。もう一度、目を閉じて」
 私が目を閉じた途端、頭の中にイメージが現れた。大木が次第に変色していく。茶色の木肌は、まっ黒になっていく。浸食された部分はどんどん広がり、大木の樹皮はすべてまっ黒になってしまう。
「ああっ!」
 思わず叫んでしまう。
「目をそむけないで! よく見て、ノリコ」
頭の中のイメージを追い続けた。じっと待っていると、まっ黒になった幹の皮から緑の小さな針が一本現れて、伸びてきた。そして、その針が膨らみ、紙のように広がっていく。
「何! あれは?」
「ノリコ。希望の若葉よ」
「希望の若葉? それってつまり、私達の後に何かが生まれてくるっていうこと?」
「そうかもしれないし、そうでないかもしれない。未来のことは誰にもわからないわ」
「何も生まれてこないかもしれない。でも、新しい何かが生まれてくるかもしれない。どちらか、わからない。どちらにしても、私達はただ自分たちの風を燃やし続けていくしかないんだ。新しい風が形あるものを創り上げるかもしれないんだから!」
王女さまはニコッと笑い、うなずいた。
「運命を天にゆだねるのではないわ。運命は創造するもの。そして、自分を忘れ去って、質の良い行動を取り続けるのよ。それじゃあ、そろそろ、お別れね」
足が勝手に動き始め、私の体は王女さまに近づいていく。両手を差し出す。
「私達は自由なのよ」
 どこからともなくメッセージが送られ、頭の中に響き渡る。
「あなたはもうすぐ死ぬわ。残された時間はあとわずか? 何をする?」
「私はやがて消えて、無くなる。それでも、 
私が生まれて来た意味はある?」
「ノリコ。『あなたという個』はいつか死んでいく。それは、まぎれもない真実。しかし、今、生きているということも間違いがない真実。今、生きているのなら、あなたは考えることができる、そして、行動することができる。死んだら、できない。しかし、今なら、できる。生きていて、そして、考えたり行動したりすることができる今、考え、そして、行動するのよ。永遠に死なないのなら、あなたは急ぐ必要はない。しかし、あなたはいつか死ぬ。だったら、今この瞬間、自分が本当に愛することを愛し、自分が本当にやりたいことをやり、自分が本当になりたい者になるのよ。それから・・・」
「それから?」
「それから、『あなたという個』が消えてしまっても、『風』は吹き続ける。忘れないで、そのことを」
 胸の中がゾワゾワした。餅が喉につっかえたような、変な感じ。「この感じは何なんだろう?」と、私は目を閉じた。すると、胸の中が温かくなってきた。私は思いついたことを口にした。
「王女さま。質問していい?」
 王女さまがうなずいた。
「もちろん」
「私が最初に宇宙船に乗せられた時に尋ねたこと、憶えていますか?」
 王女さまは目を細めた。
「ええ、もちろん。あなた、言ったわ、『なぜ私を宇宙に連れていくの? なぜ私なの?』って。あなたの尋ねたいことって、これでしょ?」
 私は首を強く縦に振った。
「その通りです。あの時、王女さまは言ったわ、『いつか、その話をしてくれる』って」
「確かにそう言ったわね」
 そう言ってから、王女さまは「ふーっ」と息を吐き出した。
「あなたが私の星に行くことになったのは、あなたの天命だわ」
「天命? 何ですか、それ?」
「言葉で説明するのは、むつかしいわ。あえて言うなら、『運のめぐり合わせ』とか『運命』とかいうものかしら」
「どういうことですか?」
「私があなたを選んだというわけではない。あなたが宇宙に行くことはきっと『必然』だったんだわ。私が地球に降り立ったあの日、あなたがたまたま海岸を歩いていた。それって、『偶然』なんかじゃない。私が降り立った時間と場所に、あなたがいた。そうして、私があなたを宇宙船に乗せた。全ては『そうなるように決まっていた』・・・っていうことね」
「私以外の誰かが宇宙に行くことはなかった。世界で八十億の人間が生きているというのに」
 王女さまがうなずく。
「あなた以外には考えられない。あの時、あの場所にあなたはいた。そして、今ここにあなたはいる。『そうなるようになっていた』ということね。自分に押し付けられたものをあるがまま受け入れて、抱きしめるのよ」
「運命を進んで受容する?」
 王女さまが黙ったまま、うなずく。「
「あなたは唯一無二の独自性を持つ存在として、今ここにいるのよ。『あなた』という存在は、かつていなかったし、今もあなたしかいないし、そして未来にもあなたと同じ存在は現れない。あなたはオンリーワンの存在なのよ」
 乾いた唇を舌で「ペロリ」と舐めた。
「私が自分の運命を進んで受容するっていうことは、つまり・・・」
「つまり? そのあとは、あなたが考えて、あなたが決めるのよ」
 私は視線を地面に落として、つぶやいた。
「私は宇宙に行って、王女さまの星から地球を見た。しばらく一人きりで生活をした。そして、宇宙船を運転して、宇宙中を回り、自分の運命の星を探し回った。なぜ、そうしたことを体験することになったのか? その理由はどうでもいい。とにかく、私はこの体験を地球人に伝えていかなければいけないんだ。人は信じるかどうか、わからないけれど、そんなこと、どうでもいい。最善を尽くすだけ」
 私は頭を上げて、王女さまを見て、言った。
「王女さま。こんな考えでオッケーですか?」
 王女さまは頭をかしげ、肩をすくませた。
「さあ、どうでしょう? それはあなたが決めることでしょう? もし、そうすることになったら、あなたは何を伝えるの?」
 私はうなずいた。
「それは、たぶん、こうだわ。これから、地球に生きる人たちが『何をするか』、そして、『それを行う時にどのように行っていくか』っていうこと・・・」
 王女さまは黙ったまま、私を見つめる。
 私は何かに取り憑かれたようにしゃべりつづける。
「他人や全体のためになることをやっていくの。そして、その取り組み方は、『イヤイヤではなく、困難へのチャレンジを楽しみながら、最善を尽くすよう集中する』だわ」
「最善を尽くすよう? それって?」
「行為した結果がどうなるのかなんて、心配しない。大切なことは、思考活動を停止して余計なことは考えずに、自己の天命を遂行することだわ」
「なぜ?」
「なぜって、私の本性は・・・本当の私は、『イノチ』だから」
「イノチ・・・」
「そう。確かに私は『一個の個体』という側面もあって、有限な存在。だけど、私の本質は、『永遠のイノチ』という全体の一部だわ。本当の私は、目に見えないエネルギー・・・風。永遠に続いていくイノチのために、個としての私は尽力していくのよ」
「自分の子どもや孫・・・っていうこと?」
 私は頭を左右に強く振った。
「血縁に限定されないわ。まだ生まれてもいない、未来の人間たちや動植物、地球全体のために・・・」
王女さまが私の目をジッと見つめた。
「ノリコ。それを聞いて、安心した。私、何の心配もなく、自分の星へ帰れるよ」
王女さまはゆっくりと歩いて私に近づいてきた。そして両手を伸ばし、その手を私の肩に回し、私を抱きしめてくれた。王女さまの体が私の体にピッタリと触れ、温かな熱が私の全身を巡っていく。
しばらくして王女さまは肩に回して手を緩め、私の肩に手を当てた。体中の細胞がブルブルと震え始める。意識が遠くなっていく。一つに溶け合う、この上ない陶酔感。形も色も消えていき、無限に広がっていく。
王女さまは私の目をジッと見つめてから、目を細め、右の口角を上げてニコリと笑ってくれた。そして、顎をカクンと下げてから、私の肩に当てている手を離した。そして、クルリと反転し、海に向かって歩いていく。
 王女さまが海の中を宇宙船に向かって歩いて行く。波がザワザワと寄せては引き、王女さまを濡らしていく。王女さまは「ザブザブ」と音を立てながら、水の中を進んでいく。体中の血液が「ドクドク」と鳴り続ける。
 王女さまが海上に浮かんでいる宇宙船に達した。そして、タラップに上がり、ドアに手をかけた。
 その時、私は思いっきり叫んだ。
「ありがとう! 元気で!」
 王女さまは宇宙船のドアを開けて、宇宙船に乗り込んでから、振り向いてくれた。搭乗口に立つ王女さまに向かって、私は叫んだ。
「王女さま! 最後にお願い! あなたの本当の姿を見せて! あなたは私の前では地球人というか、日本人の仮面をかぶっていたんでしょう? 本当のあなたの姿を見せて下さい!」
 王女さまは右手の親指を立てて私に向けて押し出した。次の瞬間、王女さまの姿が次第にぼやけていく。『消えた』と言うべきか、『透明になった』と言うべきか、良くわからないけれど、とにかく王女さまの姿が薄くなり、見えなくなった。私は両手で自分の目をこすってから、もう一度、宇宙船の搭乗口を見た。だけど、王女さまの姿は見えない。それから、「ヒューッ」と柔らかい風が吹いてきたと思ったら、搭乗口のドアが「バタン」と閉まった。
やがて「キュルルーン」という機械音が鳴った。宇宙船から僕音がして上昇していったしばらくして、一瞬、空中に停止した。次の瞬間、宇宙船は光線となって、ものすごいスピードで飛び去っていった。
私はその場に立ち尽くして、動くことができなかった。
「宇宙の風・・・」
私がそうつぶやいた時、目の前にまっ白な蝶がどこからともなく飛んできた。そして、その蝶は「ヒラヒラ」と私の周りを飛び続けた。それを目で追っているうちに頭がクラクラし始めた。意識が遠のいていく。やがて立っていることができず、私はその場に倒れた。

どれくらいの時が経ったか、わからない。寒さで体がビクンと震え、私は目を開いた。そして、立ち上がり、辺りを見渡した。誰もいない。明るい空を見上げた。まん丸の月がポツンと浮かんでいた。
私は歩き始め、家に向かった。
家から少し離れた所で立ち止まり、目を閉じ、深呼吸を繰り返した。右のこめかみの血管が「トクトク」と波打っている。私は思った、「家を飛び出したまま、長い間帰らなくて、父さんや母さんは心配させてしまった」と。
私は歩き始め、家の玄関前に立つ。
私は叫んだ。
「ただいま」
 すると、母さんがゆっくりと歩いてきて、顔を見せた。母さんは別段、驚いた様子も見せない。私は思った、「私がいなくても心配なんかしてなかったのか・・・」と。
 母さんはあくびをしながら言った。
「お帰り、ノリコ。散歩はどうだった?」
 私は母さんの顔を見て、言った。
「えっ? 母さん! 私、長い間、家を留守にしていたでしょ?」
 母さんは頭をかしげてから言った。
「あんた、何、言ってんの? 寝ぼけてる? 九時に帰ってくるって言ったけど、もう九時半よ。早く風呂に入って寝なさい」
 その時、体の中で何かが「グシャン」という音を立ててつぶれた。
「母さん。今日は何月何日なの?」
 母さんは頭をかしげ、目を細めた。
「今日は八月十日!」
 私は台所へ向けて走っていった。そして、テーブルの上に置いてある新聞を見た。新聞の日付は「八月十日」となっている。掛け時計を見た。母さんが言った通り、午後九時半だった。
後頭部を殴られたような吐き気がした。 
「嘘でしょ? 母さん。私、八時頃に散歩に行ったよね? あれから一時間半しか経ってないっていうの? 私、長い間、家を留守にしていたでしょう?」
「そうね。ちょうど一時間半ね」
 左足の膝がガクガクと勝手に動き始めた。喉がカラカラに乾いて、舌がヒリヒリとしびれ始めた。
 頭の中を勝手に思考がグルグルと走り回る、「私は本当に宇宙に行ったんだろうか? それとも、私は単に砂浜で寝てしまって、夢を見ただけなんだろうか?」と。
 私は自分の部屋に戻り、窓を開けた。そして、窓から頭を突き出して、空を見た。
 まん丸の月が出ていた。そして、その横に小さな星が並んでいた。
その星が「キラリ」と光った。
その時、私はわかった、「いいえ。夢なんかじゃない。私は間違いなく星の王女さまと一緒に過ごしたんだ。きっと宇宙での時間の流れ方は地球とは違うんだ。それはともかく、今ここで、私がやらなきゃいけないことがある」と。
私は机について、パソコンを取り出して、「ワード」を立ち上げた。そして、題名を打ち込んだ。

『星の王女さま』

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