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まぬけな憑依の話 1

私は1996年から2013年10月まで17年間憑依されていて、それに気づいたのは2023年1月、今から4カ月ほど前だった。
スピリチュアルを毛嫌いし、否定していたことがその結果を招いたと、今なら判る。
 
気付いたきっかけは、私の子育てについて母親から非難され、責められた事。
母には母で、私にそう言うだけの理由があり、当たり前のことを言っただけだ。
 
言われた事は自分でも十分わかっている事で、とても辛く悲しかったが、それを言わなければならない母も辛かっただろうと思う。
子ども達に対しても、母に対しても、申し訳ない。
 
その少し前にも一瞬だけ憑依について思い出していたが、その後すぐにその「憑依されている」という気づきはすっかり頭の中から消えてしまっていた。
母の叱責をきっかけに思い出し、母は、そういう形で私を導きヒントをくれる存在だと、その時はじめて気づいた。
 
今でこそ、こうして自力で思い出して文章が書けるようになったが、気付いた当初は思い出そうとすると体がこわばり、言葉が出て来なくなり、何を書こうと(話そうと)していたのか忘れてしまう状態だった。
 
後日夫に話す時も、長女に話す時も、その度に何を話すのだったか判らなくなり、「あれ?何だっけ?何話すんだっけ?」と、軽いパニック状態となった。
そのくらい、その憑依は強く私の中に入り込んでいたのだと思う。
 
母をきっかけに思い出した時は血の気が引き、震え、言葉も出ず、母から叱責されても、何を言われても頷くことしか出来なかったが、後日、エネルギーのキレイな山の中のホテルに宿泊した時、夜明け前ごろに目が覚め、切れ切れに思い出したことをスマホでメールの下書きに記録していった。
 
今書いているような書き方では言葉が出て来ず、母に伝える手紙のように書くと何故か記述できた。
頭に浮かぶ言葉は何かに奪われるように消えていきそうだったが、何度も冒頭から読み返し、続きを何とかしぼりだした。
その手紙は言い訳にしかならないと思い母には送っていないし、今も、これらについて記述しようとすると混乱して文章がうまく書けない。
(今掲載している文章は、何度も書き直しをしたもの)
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母への手紙(一部抜粋)

※個人名を長男、長女等に書き換えています。( )内は付け加えた補足です。
 
私と長男には、もしかしたら長女にも、○○の借家に住んでいた時(1992年3月頃入居)から幽霊、もしくは強い念がついています。
その住宅に入居したはじめ、北側の私達が寝ていた部屋には、中指くらいの長さの太いクギが100本はあるかと思うくらい、柱や鴨居に打ち付けられていました。
引越しを急いでいた私は、とにかく全部のクギを抜きさえすればいいと思っていたけれど、今から思えばその時すでに憑依の影響を受けていたんだと思います。

私達の前にそこに住んでいたのは息子と父親の2人だったと近所の人から聞いた事があります。
 
そこに住んでいた頃から私は少しずつ怒りっぽくなり、自分でも怒りながら「何でこんな小さな事で、こんなに怒らなければいけないのか?」と思う程、感情のコントロールが効かず、誰にも言えず、助けてとも言えず、「死ななきゃ治らない」と思いつめる程どんどんおかしくなっていき、何故か「早く再婚してここから出よう」と闇雲に考え、今から思うと本当に私とは合わない男の人とばかり付き合っていました。
 
私がこれ(霊障)に気付いたのは、マヌケな事に、昨年末、頻繁に長男が頭に浮かんでいた時でした。
 
私は夫と出会い、夫にアチューメントという儀式のようなもので、沢山憑いていた幽霊をとってもらい、人生の流れを変えてもらったので、だんだんと穏やかに生きられるようになりました。
今では長女には別人のようだと言われますし、自分でもこんなに穏やかに楽な気持ちで生きられるようになるとは思いませんでした。
 
長女もアチューメントを2回受けたので、悪い人との縁が切れ、本来の生き方ができるようになって来たようです。
 
長男は元々とてもキレイで強い魂で、それが偏屈さと頑固さにもなります。
だからこそ、幽霊がついていても難しい試験に合格出来たと思いますが、人生の邪魔はこれでもかというくらいされてしまいます。
 
いくら私に霊障があったからといって、私のしたことが許されるとは、全く思っていません。
私自身が子ども達を不幸にした自分を許せないからです。
 
私はどんなに責められても何を言われても仕方が無いし、自分の罪から逃れられるとは思わないし、一生会えなくても仕方ないけれど、子ども達には幸せになって欲しい。
 
私にしか判らない事があるので伝えます。
 
お願い出来るのはお母さんだけなので、この手紙を書きました。
勝手ばかりいって申し訳ないけれど、おりを見て長男に伝えてください。
 
そして、本当は夫のアチューメントを受けてもらいたいけれど、長男はスピリチュアルな話も、夫の事も毛嫌いしているので、それは難しいと思います。
出来れば一緒に神社に行ってお祓いをしてもらってください。
 
どうか、どうかお願いします。
 
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まぬけな話

これは言い訳にしかならないと思い、母には伝えていない。
夫に相談しても私と同意見だった。
私自身、どんな理由があったとしても、自分のした事を許せないし、自分のしたことが恐ろしい。
今も思い出すとフラッシュバックし、恐ろしくて両手で顔を覆って落ち着くのを待つ必要がある。
 
息子は、例え母を通してだとしても、私の言葉に耳を傾けはしないだろう。
 
2013年秋に夫・流輝先生のアチューメントを受け、そこから私の人生も、私自身も大きく変わった。
それまでの私は「スピリチュアル」な物事を否定し、霊的な話に耳を傾けないようにして生きていたが、アチューメントをきっかけに、元々あったスピリチュアルな感覚が抑えきれなくなり、私は霊的な物事を受け入れるしかなくなった。
 
こんな私と今も友好的に付き合ってくれる長女からは「お母さんは優しくなった」「全くの別人のよう」だと言われる。
穏やかな性格になり、怒らなくなった当初は長女から「この人誰?」「お母さん、どうしちゃったの?」とよく言われた。
その後、仕事や人間関係、病気等大変な思いをしていた長女もアチューメントを2回受けて憑依を取り除き、健康を取り戻し、少しずつ本来の自分の人生に歩き出せるようになった。
 
憑依がとれてからは、段々と長い夜が明けるように、穏やかに生きられるようになっていった。
けれど、元の自分の非道な行いの原因に、憑依があったとは最近まで全く気付かなかった。


これは私への霊的影響というより、長男への憑依の延長線として、長男に知らせないようにするためなのかもしれない。
 
今もこの文章を書いていると頭が混乱してくる。
 
本当に、マヌケな話である。
 
(まぬけな憑依の話2に続く)
 
2023年6月1日 記述
カテゴリ「母子関係」

わたもりの参考記事(外部リンク)
私の不幸や苦労と「未来のあなた」の話
人生で一番ブスだった日は夫に出会った日

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わたもり
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