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<ヴァロットン 黒と白展> やはり行くことにしました:黒と白はどこから? 肖像画における引き算について その4

前回の記事から続く)

 今回の記事で最後になります。
ヴァロットンの卓越した分野に肖像画があります。その1で示した全体感想の中から今回補足説明する箇所を抜き出して下に示します。

4)肖像画における線描の表現の変遷
 ●初期は、西洋絵画の伝統に従い、陰影による立体表現だったのが、木版画を制作するにつれて、どんどん陰影や余計な線を引いていき、最小限の線で人物を表すようになった。本美術展では如実にその変遷を見ることが出来た。

<ヴァロットン 黒と白展> やはり行くことにしました:
黒と白はどこから? 肖像画における引き算について
その1より引用

4)肖像画における線描の表現の変遷

 <線スケッチの立場で美術展を鑑賞してみた>と題してヴァロットン展の記事を書いてきましたが、これまでの記事、その1からその3までは、直接<線>とは結び付かない話題でした。
 今回の展覧会では、展示された木版画の一連の肖像画を見て、いかにヴァロットンが初期の伝統的な西洋の線描から、日本の浮世絵の影響を受けてどんどん無駄な線をそぎ落とし、最後には最小の線で人物の性格までを表現することに成功したのか、その過程を追うことができました。
 具体的な作品を示してその過程を追ってみることにします。

4)ー1 初期のドライポイント

 以下に、展示された作品を示します。

図11 初期のドライポイント(右下のレンブラント自画像模写はエッチング)
出典:全て wikimedia commons, public domain

 強弱はあるものの、人物の陰影はすべて線で表しており、伝統的な陰影描法で描いていることが分かります。

4)ー2 リトグラフによる肖像画

 次に1891年から1894年にかけて制作されたリトグラフを下に示します。

図12 リトグラフによる有名人の肖像画
出典:全て wikimedia commons, public domain

 ここに描かれた人物は、リスパンを除いて若い頃に教科書や本など何らかの形でその名前を見たり聞いたりしたフランスの著名人です。

 直接本人の顔を見たことがないのに、これらの絵を見ていると、そのような顔つきだったろうと信じたくなるほど巧みな肖像画だと思います。
 リスパンリラダンを除いて、全員がその目をこの絵を見る人に向けており、著名人のオーラというのか見るものを威圧します。

 単に「そっくりに」描く似顔絵ではなく、それ以上のものを感じます。頭を大きく、身体部分を極端に小さく描いているので、戯画、風刺画すなわちカリカチュアとも取れますが、人物の顔の描写からは作者の人物論批評性を感じるのですがいかがでしょうか。

 いずれにせよ、このままでも非凡なものを感じますが、ヴァロットンはさらに先を目指します。

4)ー3 初期の木版画の肖像画

 上で述べたリトグラフの作成時期に木版画による肖像画を模索します。初期の作品を下に示します。

図13 初期の木版画の肖像画
出典:全て wikimedia commons, public domain

 木版画については、すでに記事その2その3で木版画の作品制作にまい進したのは見てきたとおりです。
 これらの木版画の肖像画を上に示したリトグラフの作品に比べてみると、全体に柔らかな印象を受けます。

 もちろん木版画の場合は、彫りの都合上線が太くなるために柔らかい印象を受けるのでしょう。また木版画では描写のための線が少なくてすみ、木版画らしい風合いになります。

 例えばリトグラフの肖像画では多くの線で陰影を表しています(図12)。しかし、上に示した木版画の場合、まだ陰影に線を使っていますが、数が少なく、ざっくりとした暖かみのある木版画の良さが出ています(図13)。

 また記事その2で紹介したように、右上、右下の人物画において放射光を持つ太陽や、横線による空の描写など新しい表現を試みています。

 その後「アンティミテ」「楽器」の連作の木版画の頂点に向かっていくように、肖像画においてもさらに進化をしていきます。

4)ー4 進化を遂げた肖像画

図13 1985年以降の肖像画
出典:全て wikimedia commons, public domain

 図12で示した作品に比べて、「アンティミテ」「楽器」の連作と同じように黒ベタの地が強調され、しかも線の数が整理されて最少の線で人物像が描かれています。

 黒地を活かした黒と白の表現は、ヴァロットンが到達した木版画の表現ですが、限られた線で人物を表現するのは、まさに写楽の役者絵を代表とする日本の浮世絵肖像画そのものです。

 私が受けた線スケッチの教室では、人の顔の輪郭、構造、表情を描く練習として自分の好きな有名人を選んで顔を描く方法を習いました。
 その際は、線スケッチの描き方の基本、下書きなしにペンで直接描くのではなく、最初は鉛筆で陰影を付けた西洋式のデッサンで描きます。正確な顔の構造と表情を学ぶためです。
 次に、サインペンで鉛筆の線をなぞりペン画に仕上げていきます。この場合、鉛筆の線全てをなぞるのではなく、陰影部分は描かないか一部にする、そして残りの線も、輪郭や最小限の線でその人物を表現するように、線を引き算していき、最後には鉛筆の線を消してペン画として表現します。

 以上が人物の顔の線描の練習方法ですが、私が習ったこの方法は、まさにヴァロットンが上に述べた「ドライポイント」⇒「リトグラフ」⇒「木版画」の肖像画の流れと一致します。

 「線スケッチ」を描いていて感じるのは、活きた線で物の形を描く難しさです。

 ヴァロットンの場合、西洋人として日本の木版画の影響を受けてゼロベースから作風を変えていったことを考えると大変なことだったと思います。
 あえて言えば私たちが感じる線スケッチの難しさを克服したよい例ともいえるでしょう。

 以上の作風を完成した後、ヴァロットンは木版画の仕事を中断し油彩に専念します。しかし第一次大戦が勃発し、戦争を主題とする木版画を作成することになります。その当時の軍人を描いた肖像画がありますので、下に紹介します。

図14 軍人の肖像 (1915)
出展:全て wikimedia commons, public domain

おわりに

 以上、ヴァロットンの人物木版画を見てきました。私自身は普段、電車や公園などで人物をスケッチをしていますが、モデルを前に人物(肖像)を描くことを最近していません。

 人物を描くのは本当に難しいと思います。参考までに4、5年前にスケッチ仲間をモデルに描いた私の数少ない人物スケッチ例を下に示します(下書きなしでで直接ペンで描いています。なお、モデルのポーズの時間は10分程度でした)。

図15 人物スケッチ
フライングタイガー・スケッチブック ペンとインク

(おしまい)

前回の記事は下記をご覧ください。


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