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【幸福とは騙されること? -- 解説『星の子』『完全教祖マニュアル』を読んで】

◆各書籍の感想はこちらから。

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【解説】

 宗教という特殊な環境下を通して、社会にある「騙される側」と「騙す側」の両者の心理を知りたく、この2冊を書かせていただきました。ちひろの両親は、ちひろの難病を治してくれたことで特別な水「金星のめぐみ」を生む教団「ひかりの星」に信仰します。その心理状態の経緯について、『完全教祖マニュアル』で想定よりも多くの回答を得ました。

 ちひろの家はインテリ家庭ではないけど短絡な底辺でもない、サラリーマンと主婦のごく一般的な中流家庭です。ただひとつだけ特殊なのが、ちひろが生後間もなく原因不明の奇病に見舞われることです。そのことで両親は精神的に参ってしまい、簡素的な怪しい誘いにすら飛びつくほど、まともな判断すらできなくなってしまいます。

『完全教祖マニュアル』の感想で、「人は「前提」さえ納得すれば後は適当な論理で信仰する」と述べましたが、今回の場合、ちひろの両親にとって「娘の奇病を完治させた事実」が前提に当たります。奇病を治した上に私たち夫婦も風邪をひかなくなったから水の効能は本物だと信仰するわけですが、その奇跡は本当に水が起こしたのでしょうか?(これはフィクションなので科学考証とか持ち込むのはナンセンスなんですけど…)

 ただ単に「身体の急激な成長による体調の変化と偶然タイミングが合った」だけではないか。

 個人的な話ですが、自分は幼少期に重度のアトピー性皮膚炎を患っており、肌着や洋服や幼稚園の制服を血と膿で何十回も汚してしまって、激しい痒みによる夜泣きで家族に迷惑かけてしまいました。そして家族からしたら青紫色の粉吹く肌で痒みにもがき苦しむ息子の姿に心を痛めて、色んな皮膚科の先生に処方箋を書いてもらって、噂で聞いた民間療法も試したり、幼少期の自分は苦闘の毎日でした(こうやって書くと境遇が似ている)。

 そして中学生のある日、苦闘は突然終幕を迎えます。抱えていたアトピーが完治したからです。しかも薬でも民間療法でも水でもなく自力で。どういうことかというと、思春期による第二次性徴の急激な体質変化でアレルギー反応が変わる場合があるらしく、アレルギー反応の一種であるアトピー性皮膚炎が治まる可能性があるらしいです。けど、それは稀なケースで、その稀なケースに当てはまって、私はアトピーとお別れしました(逆に思春期から急にアトピーになる人もいる)。

 これは思春期の第二次性徴に限らず、乳児期(生後0日から満1歳まで)の第一次性徴でも当てはまる可能性があります。それまで原因不明だとしても体質変化で急に治まる場合もある。

 ちひろが完治したのは、文中にある母親の当時の日記によると…。

◆「顔に謎の湿疹:生後半年」
◆「一週間かけて全身に広がる:生後半年と1週間」
◆「職場に相談した翌日に同僚に水を渡される:生後半年と1週間と(仮に)3日」
◆「渡された翌日から一日二回、水を浸したタオルで撫で始める:生後半年と1週間と4日」
◆「三日目、湿疹がひき始める:生後半年と2週間」
◆「水を変えて二カ月目「治った! これは、治ったといえる!」と記載:生後約9か月」

 おおよそ生後9か月目として第一次性徴による変化の可能性もあります。タオルで撫でたタイミングと重なった点は奇跡としか言いようがありませんが…。

 湿疹がひき始めた3日目から同僚の薦めで両親は飲み水や調理用にも使い始めます。そして風邪をひかない・水がほんのり甘く感じると感想を言っていますが、湿疹が治まった印象によるプラシーボ効果で無意識に免疫力アップ&自己催眠による味覚の勘違いもまた否めません。しかし、そのおかげで両親は重い苦悩から抜け出すことに成功します。

 もしかしたら「金星のめぐみ」が本物だったというパターンもありますが、ならば、ところどころに出てくる「ひかりの星」の運営システムや揉め事に疑問も感じます。研修施設「星々の郷」にある三角堂の一件とか。やはり、すべてが偽りだからこそ暴力性が際立って、小説でないと許されない不条理さが本作をさらに面白くさせます。ただ一部の被害者にとってはリアルかもしれないので、そういう意味では人を選ぶ小説でしょう。

『完全教祖マニュアル』をさらに読み漁ると、「水」にまつわる小話が。

 これまで世界75か国で250万部以上が発行され、小学校の道徳授業にも使われたと言われる江本勝の著作『水からの伝言(1999年)』。

 内容を簡単に書くと、水に「ありがとう」「ばかやろう」などの声をかけてから、複数のシャーレに一滴ずつ垂らして冷凍し、摂氏マイナス5度の冷蔵室に移して倍率200倍から500倍の顕微鏡に取り付けたカメラで撮影する。(その中から一つを選んで)出来上がった結晶の写真を見てみると、「ありがとう」と声かけた結晶は美しく写り、「ばかやろう」と声かけた結晶は醜く写るとのこと。他にも都会と田舎の水道水を比べると「田舎の水の結晶の方が美しいですね」とか、ハードロックを聴かせると結晶が醜く濁るとか、しまいにはマザーテレサとヒトラーを書いた各紙を見せたら前者が美しくて後者は醜いという記述も。

 科学的な面で申しますと、その水の純度以外では水は水でしかない。しかも複数の写真から選んでいるし(江本氏は「見本となる写真を選んでいるだけだ」と主張)。まあ今回の論題で重要なのはそこではなくて、『水からの伝言』の面白さは「結晶の美醜」という婉曲的媒体で江本氏の主張や価値観を読者に伝道しているところです。

 文中に掲載されている写真には読者全員が綺麗と思う結晶が数々ありますが、なかには判断が微妙な結晶もあります。そういう結晶に江本氏は「美しい」「汚い」と価値判断を先に下すことで、読者は「ああ、これは美しいんだ(汚いんだ)」と無意識な範囲で刷り込ませていきます。この構図は社会心理学的な観点で見ると、教祖の美醜観で社会の物事を決めつけている行為にかなり近いです。

 一応忠告しておきますと、別に『水からの伝言』が怪しい宗教だと言いたいわけではなく、部外者から見た同書のシステムが結果的に似てしまったということです。江本氏自身は印税と講演料以上の儲けがあるわけではないので、単に「一種のポエム(江本氏もインタビューでそう答えている)」だと考えば大変ユニークな興味深い作品だと、架神氏・辰巳氏の主張と同様に私も思います。

 ただ、「顕微鏡で撮ると」など科学的根拠(もちろんエセ科学)を匂わせているので、ポエムの範疇を超えている感は否めません。また、無神論派と名乗る人たちは「科学」という超巨大な宗教神話の狂信者だったりするので、(たとえエセでも)そういう人ほど「科学的データ」にコロッと騙されてしまう危険があります。現に通販CMでも無駄に「検査結果」を強調してますし(羽毛布団のサーモグラフィー画像とかコラーゲン化粧品の爆上げグラフとか)。

『星の子』のちひろの両親も、ちひろの健康を介して「水」を信仰しますが、物語の序盤で水を紹介してくれた同僚の家へ家族で遊びに行きます。そこで水のさらなる威力を知ってもらうために、リビングで林一家は水を浸したタオルを温泉に浸るときのように頭に乗せます。

「ア……、ア、なるほど……」
「どうですか」
「なるほど。こういうことですか」
「巡っていくのがわかるでしょう」
「わかります」
(中略)
「女性会員のなかにはこれで赤ちゃんを授かったっていうかたもいらっしゃるんですよ」奥さんがいった。
「ほんとに……、すごい……」
「特別な生命力を宿した水ですからね」
「そういわれてみれば……」
「お感じになりますか」
「ええ、うまくいえないですけど……、冷たいんだけど、あったかいっていうか。こう、今も肩のあたりがじわじわじわっと……。ねえ、ねえお父さん」
「うん、わかる」
 父が目を閉じてこたえた。
『身体のなかで宇宙に一番近い部位にあり、また全身の神経が集まる場所でもある頭頂から直接働きかけることにより、血液中のリンパ球がより一層刺激される』……と、パンフレットにはこんなふうに書かれているのだった。

 この部外者から見たら荒唐無稽としか思えない一連のやりとりに『水からの伝言』のエッセンスが重なります。

 そして『完全教祖マニュアル』では、このエセ科学に関する新規信者への騙し方(?)《科学的体裁を取ろう》が載っており、要約すると「「私は科学的な話をしているのです」と、しれっと言い放ってやれば無条件で信じるところからスタートするので超オススメっすよ」と、一般人の抱える「科学に対する純潔なイメージ」の威力を教えてくれます。

 たとえば脳神経学者である森昭雄のベストセラー著作『ゲーム脳の恐怖(2002年)』。「テレビゲームやりすぎると良くない」という当たり前なこと、新興宗教なら相当薄味な教義でも「科学的体裁」を与えることで説得力はグッと上がります。そのおかげで同じことを宗教団体が言っても、これほど受け入れられないだろうのレベルで世間から熱い支持を集めました。

 同書で森氏は次のように主張している。

「テレビゲームによって脳の前頭前野の働きが悪くなる。なぜなら画像処理により刺激は前頭前野で処理されない(目視情報は視床から視覚野に入り運動野に伝わる。そして延髄を経て、目的である手足の筋肉をすばやく収縮させる)。普通なら前頭前野と運動野の間にも神経連絡があるので視覚系が働いても簡単には前頭前野の働きが悪くならない。しかしゲームの操作では直感的に手が動き、視覚系の神経回路が頑固になると、前頭前野の必要性が減ってしまう(ただし読書は思考行為があるので前頭前野が働く)。」

 また、テレビゲームしている人に森氏開発の脳波計を付けて調べると、テレビゲームしている人の脳はベータ波が減少・アルファ波が上昇した状態で、これは痴呆患者の脳波と類似している。つまりテレビゲームに夢中の人の脳は痴呆患者と同様であり全く活性化していない。と、200ページの新書にまとめています。

『水からの伝言』のパターンと同じで、検証手段が自己流かつ自己申告なので信憑性が低い。アルファ波がベータ波を上回ることが問題視すべきであるかは科学的に定義されているわけではなく、アルファ波はリラックス状態で多く出現することから、危険な脳波ではなく脳がリラックスした良い状態なのではないかと『脳を鍛える大人のDSトレーニング』でおなじみ川島隆太教授など多くの研究者から否定されています。

 フタを開けてみれば、これほどお粗末な内容でも「ゲームに否定的な考えを持つ両親」には「ゲームは悪」という前提を満たしてくれて、なんかそれっぽい科学的根拠で「社会の問題点」を口悪く罵ってくれる同書を「聖典」として神格化します。わざわざ「『ゲーム脳の恐怖』に対する科学的反論記事」など検索しないだろうし、「それ変じゃない?」と思う周囲も機嫌を損ねるリスクを冒してまで無理に反論しようとしないので、この両親がエセ科学に気づく可能性は低いままで、信仰している間は幸福でありつづける。つまり、『水からの伝言』と同様に『ゲーム脳の恐怖』もまた結果的に一種の宗教なのです。

 ちひろの両親はちひろを救った「ひかりの星」を信じて、ちひろだけが大好きな両親を信じます。

 この一家の信仰を否定するのは簡単ですが、たとえ過ちでも信仰を止めさせたところで一家が幸福になるのか分かりません。生活そして人生を指する組織に依存しているので、おそらく自己判断力はもうありません。支柱を外された家が崩れるように、信仰を外されたこの一家も崩れるでしょう。それかまた新しい信仰に依存するしか、もう生きていく術がないのです。

 信仰とは何か。幸福とは何か。人類が長らく問い続けた命題に今ここでポンと解答できませんが、この2冊から「信仰と幸福」について考えてみるのも、残酷な社会に生きていく上で大きなヒントを与えてくれるかもしれません。

 ちなみに先ほどの解答(書評『完全教祖マニュアル』末文参照)ですが、白米は果肉ではなく「胚乳」と言い、精米するときに取り除く先端の「胚芽(芽になる部分)」の成長に必要な養分(炭水化物・デンプンなど)が貯蓄されている部分です。卵で言うと「黄身」に当たる部分になります。

 また、胚乳の栄養価は玄米(精米する前のお米)全体の5%ほどしかなく、それに対して胚芽は全体の66%も占めており、タンパク質・脂質に加えてGABA(脳の興奮を抑え、睡眠改善などリラックス効果を与える成分)・ビタミン群(糖質をエネルギーに変えてくれるB1、発育を促進するB2、うつ病に関係すると言われるセロトニン分泌を助けるナイアシン(B3)、免疫機能の正常な働きを維持するB6、老化防止の効果あるE、赤血球など細胞の生産や再生を助ける葉酸)・食物繊維(肥満症改善)、ミネラル類(カリウム、カルシウム、ナトリウム、マグネシウム、鉄分、亜鉛)・不飽和脂肪酸(高血圧症改善)など、その栄養価の高さから「完全栄養食」と呼ばれています。また、独特の食感から噛む回数が増えるため、自然と健康的な食生活を送ることができます。

 そんな貴重な情報、学校で教えてくれなかった?

 むしろ知らなかった方が幸せだった?

 残念ですが、これは紛れもない事実です。そして知らなかった過去に戻ることはもうできません。もちろん事実を無視するのも自由です。何を信仰し、どこに幸福を見出すかは、すべてあなた次第です。

およそ人間は、自分が信じたいと望むことを、喜んで信じるものである。 

ジュリアス・シーザー

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