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【#Real Voice 2024】 「本物」 1年・戸祭博登


はじめまして。
この度、部員ブログを担当させていただくことになりました、ア式蹴球部1年戸祭博登です。
よろしくお願いします。






私は、4年間で本物になる。






「本物」とは何か。


1.にせものや作りものでない、本当のもの。また、本当のこと。
2.見せかけでなく実質を備えていること。本格的であること。


辞書には、このように記載される。






私の恩師の1人である森泉監督(早稲田実業学校サッカー部・森泉武信監督)は、高校時代「本物」という言葉をよく口にした。
その意味を本質的に理解できているか、体現できているかと言われれば決してそうではない。


このリアルボイスで何を書くか、色々な選択肢があった中で悩んだ末、テーマを「本物」とした。この4年間で「本物」になりたい。「本物」の意味はまだまだ理解できていないが、それを探していくとともに体現したい。そう思ったから、このテーマで書き進めることにした。


まず、簡単な私の経歴をその時々に感じていた想いと共に説明し、最後に、なぜ「本物」を追求するのか、今自分自身が思う「本物」を記したいと思う。






私のサッカー人生は、朝霞いずみサッカースポーツ少年団という小さな街クラブで始まった。
もともとボールを蹴るのが好きだったことと兄の影響で小1からサッカーを始めた。
ここで、サッカーの基礎と楽しさを学んだ。
仲間と共に、毎年数回開催される市大会優勝を目指したあの時間は幸せだった。



朝霞いずみでエースとしてプレーしていたこともあり、もっと強いチームで挑戦したいという思いから小4で新座方山フォルティシモ少年団に入ることにした。



はっきり言って死ぬかと思った。
練習から帰ってきて何回か玄関で爆睡した。
週6でチームの練習、週1でFC東京のアドバンススクール。
しかもチームの練習はただの練習じゃない。
とてもハードで、たくさん扱かれた。


新座方山以上に厳しいチームは、この当時存在しなかったと思う。


でも、この2年間で自分は大きく成長した。
ドリブルが上手くなった。
1人で打開できるようになった。
そして何より、「根性」が鍛えられた。


新座方山に入ったことで、自分のサッカー人生は大きく変わった。


全国大会にも出場し、何度か県大会でも優勝した。
そして、ナショナルトレセンなど様々な活動にも選ばれた。
U12サッカー日本代表があれば、もしかしたら選ばれていたかもしれない。
それほど無双していたし、サッカーでは誰にも負ける気がしなかった。
新聞やテレビに載ったり、何度かプロのスタジアムでプレーしたりもした。
戸祭という苗字が珍しかったのか、今でも色々な人から「小学生の頃から知っていた」と言われる。


この頃は、プロになるのは当たり前。どれだけプロの世界で活躍できるかを考えていた。






しかし、現実はそんな甘くはなかった。






中学はFC東京U15むさしでプレーをした。
最初の頃は、自分の学年でスタメンで出ていた。
しかし、学年が上がるにつれ、試合に出られなくなった。


チームの練習は全力で取り組んだし、自主練も欠かさなかった。試合に出られない時期は誰よりも練習した。けど、中学卒業まで立ち位置は変わらなかった。


悔しかった。苦しかった。
慢心があったのかもしれない。
実力が足りていないことは、自分自身が1番わかっていた。
周りの人は、応援してくれるし期待してくれる。
けど、結果が出ない。


このようなことは、スポーツをしている多くの人が経験するのかもしれない。
けど、自分にとってはこの落差がとても辛かった。



高校は早稲田実業学校高等部(以下、早実)に進学した。
小さい頃から文武両道を大切にしていたし、ア式蹴球部でサッカーをすることも考え、早実を選んだ。


早実では、1年生の頃から少しずつ試合に出させてもらった。
早実は、レベル的には決して高くない。
部員数は100人もいないし、推薦も1学年3、4人程度だ。
しかし、ここでは人として、一サッカープレイヤーとして、多くのことを学ばせてもらった。
「利他の精神」「自分にベクトルを向ける」「感謝力」などなど。
中学生の時は、ずる賢いやつが上に行く、実力の世界。
そう思っていた自分に、人として大切にしなければいけない芯の部分を教わった。
毎週日々前進ノートを書き、月1の木鶏会で自分たちの意見を交換し合った。
自然と自分と向き合う時間が多くなり、人としての基盤が少しずつ、つくられていった。
早実では、とにかくチームが勝つためにプレーをした。


文武両道を目指して入学した自分は、「全国大会出場」「早稲田大学政治経済学部進学」の2つを目標とした。


自分は、今までサッカーも勉強も量をこなしてきた。
高校3年生の時は、毎朝5時前に起き、1時間朝練をし、授業、放課後は部活をし、その後19時から図書館で2時間勉強、ご飯の時間も電車に乗っている時も休み時間も単語帳を開き、サッカーも勉強も全力で取り組んだ。


そして、その努力が実り、「全国大会出場」「早稲田大学政治経済学部進学」の2つの目標を達成することができた。








嬉しかった。努力が報われたと思った。






けど、心の底から喜べない自分がいた。






選手権の全国大会1回戦で広島国際学院に0-2で敗れた。完敗だった。何もできなかった。
その後もテレビで他の試合も見た。
はっきり言ってレベルが違った。
早実では東京都3部や4部、地区リーグの高校との練習試合がほとんどだった。
全国で自分の力が全く通用しなかった。
早実は、個々の力の足し算で全国出場できたのではなく、チームとして、組織として一体感を作り上げられたからこそ東京都で優勝できたのだ。
全国出場できて、なんとなく喜んでいたが、中学の頃から自分自身の立ち位置は変わっていなかったのだと気付かされた。



最後の選手権が終わり、サッカーを辞めた。大学でサッカーを続けるかとてもとても悩んだ。中途半端にやるくらいなら絶対にやらないと決めていた。ア式蹴球部という高いレベルでまた現実を突きつけられ、苦しむことが怖かったのかもしれない。色々考えて自分がサッカーを辞める理由を探した。


サッカーをやらない2週間、あれこれと熱中できるものはないか探した。友達ともたくさん遊んだ。


そして気づいた。自分はサッカーしか熱中できない。サッカーのためにしか努力しようと思えない。


そこからア式蹴球部に入部しようと決めた。






長くなってしまったが、ここからが本題。



「本物」とは何か。



今現在、私自身が考える本物は


「どのような環境でもチームのために自分の力を発揮し続けられる人。どんな逆境でもチームを勝たせられる人。」


である。



偽物は、監督が、コーチが、環境が、周りが、と言い訳を並べる。本物は、与えられた環境で力を発揮できる。実質的な力を持っている。劣勢な状況を打破できる。そんな人だと思う。


森泉監督は、早実のBチームの人たちにこのようなことをおっしゃっていた。


「Aチームに入りたい、Aチームの試合に出たい、と思う人はBチームのまま。Aチームに入って自分がチームを引っ張りたい、勝たせたい。そう思う人がAチームに居続けられる。」


まさにその通りだと私も思う。


上手くいかないと周りのせいにしたくなるのが人間の習性だ。でも、本物は違う。本物であれば、どんな環境、どんな逆境も乗り越えられる。
そんな本物に私はなりたい。






このア式蹴球部に相当な覚悟を持ってきた。
だからこそ、4年間で必ず成果を出す。











次のブログの担当者は、野田隼太郎(1年・県立藤枝東高等学校)です。
日本高校選抜で主将を務めた経験もあり、豊富な運動量と落ち着いたプレーが特徴の選手です。彼のプレーは、決して誰も真似できません。普段あまり表に出さない彼の内に秘めた想いが見られることは間違いないでしょう。お楽しみに!


◇戸祭博登(とまつりひろと)◇
学年:1年
学部:政治経済学部
前所属チーム:早稲田実業学校高等部


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