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【#Real Voice】 「人として」 4年・上川琢

来年からの自分の職業はプロサッカー選手だ。
 
だが、自分はサッカーだけで生きていけるとは全く思っていない。
 
サッカー選手になるのにサッカーだけにならないというのは矛盾している気はするが、
これは事実だ。
 
高校までの自分だったら単純に嬉しく光栄に思っていた。
しかし、大学の4年間を通じて、サッカー選手の持つ力や魅力、
存在意義について様々な部分から見たときに、
「サッカーだけではいけない」
と感じた。
 
では、サッカーだけではないのならば何を大切にすべきなのか
それは「人として」の部分だと思う。
ここだけは絶対にブレてはいけない所だと常に言い聞かせている。
 
1年生の頃から3回部員ブログを書いてきた。
 
人との出会い

ありがとうを口に出して伝えること

自分のことについて


毎年書いてきたブログを振り返ってみると
3つのブログに共通して言えることは「人」に対してのことを書いてきた。
こうして振り返ってみると、1年生の頃から考え方の基盤や大切にしていることが変わっていないことを感じられたのは嬉しいことです。
林くん、このような機会を設けてくれてありがとうございます。
 
 
 
 
2021年は前期の試合を全て棒に振る大怪我をしたおかげで、改めて自分にとって人という存在がどれだけ大きいかを実感した。
 
去年の経験を経て、今年は必ず活躍する意気込んだシーズン前。
練習参加や新たなトレーニングを取り入れ、毎日を積み上げられ成長を感じられていた。
その矢先に第五中足骨の疲労骨折。グラウンドの櫓から降りただけで、そんな大怪我をするとは思ってもいなかったし、怪我をしたシチュエーションも笑えるほどおかしくて、最初は怪我をした現実を受け入れられていなかった。
手術が終わり、グラウンドに顔を出せるようになり、リハビリやサポートをしていたときに、外池さんからチームの得点力が課題だったこともあり「攻撃のセットプレーもオーガナイズをして欲しい」と促してもらった。いつもは守備のオーガナイズだけであったが、自分なりに資料やデータを集め、映像などを用いてチームに落とし込みをした。取り組んだ直後の桐蔭横浜と法政との試合でセットプレーから点が取れたときは今まで感じられなかったような感情が込み上げてきたし、法政戦を1-0で勝てたときは人生で一番叫んだと思う。自分が出ていない試合でチームが勝つことはもちろん嬉しいが、今年4年生として貢献できなかったチームの勝利に少しでも貢献できた気がして、ピッチに立って勝利を実感するとは違った喜びを感じることができたのは今後のサッカー人生に響くと思う。外池さん、あの時は本当にありがとうございました。
 
後期の開幕戦前に復帰を果たし、ピッチに立てたときにグラウンドの広さや外の景色、見に来てくれた観客の1人1人の表情、ピッチ上で戦う選手の気持ち、姿勢、苦しみながらも勝利したときに全員で分かち合う喜びを感じられた時はとてもとても嬉しかった。
 
しかし、勝負の世界だから、負けたときの悔しさも味わうことになった。早慶戦で味わった敗北は今までで一番悔しかった。早稲田として慶應に負けたことも当然悔しかったが、舞台を整えてくれた人たち、自分たちの勝利を願ってくれた人たち、悔しい思いをしてもなお自分たちに頑張れといってくれた人たちの思いに応えることができなかったことに、4年生として、後半からピッチに立ち、終了間際にゴールを決められたGKとして、今でも腹が立って仕方が無い。
 
それでも自分たちのことを応援してくれる人たち、勝利を信じてくれている人たちはいてくれた。2日後の拓殖戦に勝利したときは思わず拓矢と抱き合って泣いてしまった。苦しい中でも全員が一丸となって闘えて期待に応えることができて、嬉しかった。

図1




人が人に与えるパワーってとても大きいものだと思う。
それはその人と関わっていた年月や内容が違ければ、その程度も多少なりとも変わってしまうかもしれないが、自分は絶大だと感じる。
自分が親しい人からの言葉だったら何でも頑張れる気がするし、逆にあまり親しくない人からの言葉であったら、イラつきすらも覚えるかもしれない。
 
だからこそ、自分をより豊かにしてくれる可能性のある「人との出会い」は大切にしなければならないと思う。
その関係性の中で欠かせないことは「ありがとうを言葉にして伝える」ことだ。
自分の中で感謝を感じてもそれを言葉にしなければ相手には伝わらないし、ありがとうを伝えることによって、相手に対しての意思表示となる。人と人との関係性が深いものになってくると思う。それは自分の大切な人たちだけではなく、もう二度と会うことはないかもしれない通りすがりの人に対しても同じである。
また、自分の考えや正しいと思っていたことが人から真っ向から否定されることもあるだろう。でも、その時に話を聞かないのではなく、耳を傾けて聴いて自分で受け止めること、考えることはどんな相手だろうと怠らない。時にはそれはめんどくさくて怖いことかもしれないが、もしかしたらそれがきっかけで自分の人生が変わるかもしれない、また違った景色に出会えるかもしれないワクワク感があれば聞かない手はないだろう。
 
自分はこの4年間で様々な人と関わることで、多くの景色や道を見ることがでいたと感じている。それは大学を卒業してからも変わらないことだし、社会人となった時の方がより重要なのかもしれない。
早稲田大学ア式蹴球部の哲学にある
「WASEDA the 1st」~サッカー選手である前に、人として一番であれ~
これは自分の胸にしまい、社会人となった来年以降も大事にしていきたいと考えている。
 
人に対して批判をするのは簡単だし、毒を吐くと気持ちよくなるからいつでも言いたくなることは間違いないが、言ったところで状況が変わるわけでもない。その代わり自分にベクトルを向けるのはしんどいし、現実と向き合うのは辛いことかもしれないが、状況が変わることは間違いない。笑顔より真顔にこそ用があることもある。
 
嘘をついたり逃げたりしても人を責めたりしても人は笑えると思うけど、
それでも人として受け止めて何かを信じ続けてかっこよく生きて笑って生きたい。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
最後に、ブログを読んでくださっている今まで自分に関わってくれた人たちへ
 
上川琢という人間は今まで自分に関わってくれた人たちのおかげで成り立っています。
今まで本当にありがとうございます。
今、大学サッカー人生が残り1週間半になるか、1ヶ月半になるかの瀬戸際に立っています。4年間共に走り続けてきた優しくも自分たちに厳しい同期たち、やんちゃでありながらもサッカーを純粋に楽しみでは頼りがいのある後輩たち、自分たちがサッカーする上で素晴らしい環境を準備してくださっているスタッフの方々と共にまだまだサッカーをしたいです。
苦しくても闘い、ドライブし、勝利して全員で喜ぶ早稲田大学ア式蹴球部の姿を目に焼き付けてください。

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上川琢(かみかわたく)
学年:4年
学部:スポーツ科学部
前所属チーム:湘南ベルマーレユース


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