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「この施策、本当に効果あるの?」を検証。国際協力事業で普及する衛星データ【伊東せりか宇宙飛行士と考える地球の未来#2】

「宇宙開発」と一口に言っても、開発しているものやその目的はさまざま。

 このシリーズでは、ワープスペースのChief Dream Officerに就任した伊東せりか宇宙飛行士と一緒に宇宙開発の今と未来を思索していきます。

 第二弾となる今回のテーマは、国際協力。宇宙開発と国際協力は一見かけ離れた分野のように思えますが、途上国の社会インフラ整備を支援する事業では、人工衛星が撮影する画像の活用が拡がっているようです。

 途上国の支援事業の効果検証に衛星データによる分析データを導入している株式会社メトリクスワークコンサルタンツ所属のコンサルタント石本樹里さんに、せりか宇宙飛行士がいろいろな角度からお話をうかがいました。

医療分野で発展したインパクト評価が政策の効果検証に導入されるまで

せりか

©︎小山宙哉/講談社

せりか:はじめまして。石本さんは、「評価の専門家」だと聞いています。普段はどういうお仕事をされていますか。

石本さん:開発分野のコンサルティング業務が専門のメトリクスワークコンサルタンツで、地方自治体などが実施した国内政策の効果検証や国際協力機構(JICA)が行う途上国⽀援事業の定量的評価を担当しています。

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施策を行ったときに、本当に効果があったのか。目指していた目標を達成できたのかを可視化するお手伝いをしていると言うとわかりやすいでしょうか?

せりか:なるほど。その検証や評価はどのように実施しているのですか。

石本さん:事業が社会にもたらした影響を測定する「インパクト評価」というアプローチを用いています。

せりか:インパクト評価は、私も聞いたことがあります!

石本さん:実はインパクト評価は、医療の現場で発展したアプローチです。イギリスを中心に、投薬は本当に効果があるのか、人体に悪影響を及ぼさないかを検証するのに使用されてきました。投薬はひとの命を左右することなので、効果を厳密に検証する必要があったわけです。

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そのインパクト評価は、1997年から2007年まで続いたイギリスのブレア政権の頃から、政策の効果検証に盛んに使われるようになりました。アメリカではオバマ元大統領がインパクト評価の導入を推進したことから使われるようになり、最近は日本でもよく聞くようになりましたね。

これには、少子高齢化が進むにつれて、税金をより効果的に使う必要性が高まったことが影響しているのではないかと思います。

発電所建設や森林保全。国際協力の効果検証で活躍する衛星データ

せりか:ところで、衛星データはどんな場面で使われているのでしょうか。衛星データを使うきっかけは何だったのですか。

石本さん:初めて衛星データを取り入れたのは、前職のJICAで、カンボジアのある町の小水力発電所を建設する事業の事後評価をしていたときのことです。

普段は、相手国の政府や世界銀行などの国際機関、研究機関が公開している経済成長率等を表すデータを使って、事業の効果を検証します。ところが県や地区レベルのデータは集計されていないこともあるのです(苦笑)。

小水力発電所を建設した町は非常に小さくて、そもそも経済成長率が整理されていませんでした。それでは評価ができないと困っていたところ、衛星が撮影した夜景「夜間光データ」と経済指標は相関がある……つまり、夜間光が増加傾向にあれば、経済活動が活発化していると考えられることを知ったのです。

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衛星が撮影した夜間光のイメージ

実際にカンボジアの町の夜間光データを分析してみたところ、小水力発電所が建設された以降は夜間光の量が増えていたため、経済成長をしているという評価をしました。

せりか:発電所が整備されれば電気が普及するので、夜間光が増えるというわけですね。すごい! ほかには、どういう場面で衛星データを使っているんですか。

石本さん:マラウイの町の森林を保全する事業の評価にも衛星データを使っています。

この町は木炭が主要なエネルギーなので、住民たちは家事をするために木を伐採しています。

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違法な炭焼きや耕作・放牧等が原因で荒廃が進んだ森林 
出典:COSMA-DFR

すると、雨を堰き止めていた森林が減ってしまい、雨が降ると川に土砂が流れていってしまうようになりました。その結果、川に土砂が溜まってしまい、水力発電の発電量が低下してしまったのです。そこで、JICAが森林を保全する事業を立ち上げたのです。

事業の効果を検証するために、衛星データを使って事業の実施前と後の森林面積を比較しました。

せりか:森林面積も衛星データで把握できるんですね。衛星データを取り入れる前は、どのように調査していましたか。

石本さん:森林面積のデータがないときは、支援事業を行う村落を一つひとつ周って、「どのくらいの森林がありますか」とヒアリングをしていたんですよ。対象の地域が10箇所くらいなら、なんとかなります。でも、対象の地域は200箇所、多いときには800箇所もあって、とても周りきれないんです。

とはいえ、事業は税金で賄われているため、調査にはコストがかけられないのが実情。限られた時間のなかでヒアリングできた情報に頼って、評価をしていました。事業を検証する評価者にとっては、もちろん全部のデータを確認できるに越したことはありません。衛星データで必要な情報を得られれば、より正確に事業の効果を検証できるようになります。

国際協力における衛星データ利活用の未来

せりか:衛星の打ち上げ機数はどんどん増えていて、画像の撮影頻度も上がってきています。さらに、画像の解像度も良くなってきていますよね。事業の評価には、どのくらいの撮影頻度と解像度があると、十分だと言えそうですか。

石本さん:農作物の生育を調べるなら、週に1回程度画像を撮影する必要があります。先ほどのマラウイの事例のように、森林の面積を調査するのであれば、年に1回画像を撮影できれば良いです。

でも、光学衛星の画像は雲がかかるとその下は見られなくて、たとえば年に1回しか撮影の機会がない場合、その1回の画像に雲がかかってしまうと、該当の年のデータは取れなくなってしまいます。なので、画像の撮影頻度は多ければ多いほど、データを取得できるチャンスが増えるわけです。

画像の解像度については、何のデータを取得するかにもよりますね。特に農業分野では高解像度の衛星データが必要です。地上分解能10m以下……できれば5mの画像が手に入れば、圃場単位で農作物の生育状況を調べられるでしょう。

分解能

途上国に農業の技術を移転する事業では、対象となる地域の全ての農家を支援することは難しいので、いくつかの農家に絞っています。ところが、効果を検証するときは、地域全体の農地の生育状況の平均値しか算出することができません。なので、実際のところは効果を水増しして評価しているかもしれないですし、逆に効果を低めに評価してしまっているかもしれないのです。

高解像度の衛星データを使えるようになれば、対象の農地だけに絞ったデータが得られるようになるので、より正確に事業を評価できるようになります。

せりか:今はまだ、高解像度の衛星データは高額かもしれませんが、衛星の機数が増えたり、地上との通信の機会が増えたりすれば、自ずとデータの価格は下がっていきそうですね。

石本さん:そうですね。それから、私が担当するのは事業が完了した後の事後評価が中心ですが、衛星が撮影したデータをリアルタイムにダウンロードできるようになれば、事業を実施中のモニタリングにも使えるようになるかもしれません! 

進行状況をずっと現地でモニタリングしなければならなかった事業も衛星データでリアルタイムに様子を見られるようになれば、現地へ渡航する回数も減らせますし、その分の人的リソースをほかに充てられるでしょう。

せりか:なるほど。それはかなり生産性が上がるのではないでしょうか。リアルタイムでの観測ができるようになれば、衛星データの利活用はさらに広がりそうですね。

石本さん:今回はカンボジアの小水力発電所の建設事業とマラウイの森林保全事業、そして農業の支援事業を紹介させていただきましたが、ODA(政府開発援助)事業には様々なものがあります。衛星データが使えれば、活用できる場面は多いと思います!

せりか:国際協力の現場ではもちろん、農業や建設業をはじめとする業界でも、衛星データは業務の生産性を向上させてくれそうですね。ありがとうございました!

宇宙飛行士との対談シリーズ第二弾のゲストは、メトリクスワークコンサルタンツの石本樹里さんでした。石本さんのお話から、衛星データは事業を評価する際に必要な情報の選択肢のひとつになっていることがわかりました。撮影頻度や解像度が向上することで、衛星データでできることの幅は広がっていきそうです。 

衛星データの利活用事例について紹介した第1弾と本記事に続く、次回第3弾のテーマは「宇宙開発の必要性」です。せりか飛行士たちの熱い議論をお楽しみに。

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