農業、都市インフラ…人工衛星が守る私たちの暮らし【伊東せりか宇宙飛行士と考える地球の未来#1】
「宇宙開発」と一口に言っても、開発しているものやその目的はさまざま。
このシリーズでは、ワープスペースのChief Dream Officerに就任した伊東せりか宇宙飛行士と一緒に宇宙開発の今と未来を思索していきます。
第一弾となる今回のテーマは、年々打ち上げられる機数が増え、身近なものとなりつつある「人工衛星」です。人工衛星がさらに普及することで、私たちの暮らしはどう変わっていくのでしょうか。伊東せりか宇宙飛行士とCEO常間地の対談形式でお届けします。
衛星データで農作地を“見える化”する
せりか:人工衛星といえば、最近ではお米や野菜、果物の栽培に観測データが使われ始めているようですね!
ブラジルのオレンジ農園では、衛星が撮影した画像で病害虫の被害を
モニタリングしているそうです。Credit:Planet Labs
常間地:おっしゃる通りです。衛星が観測したデータを使うと、田畑の土壌や農作物の生育状況を分析して、適切な散布の量を決めたり、収穫のスケジュールを見通したりすることができます。
今もまだ多くの分析は実証の段階ですが、世界ではビジネスで使用されるケースが出てきているようです。衛星による観測の頻度が増えれば、さらに分析の精度は上がっていくはずです。
せりか:観測の頻度を増やすには、やはり人工衛星の打ち上げ機数をさらに増やしていく必要があるのでしょうか。
常間地:それもありますが、通信環境を整備することで、宇宙空間にある衛星を“使い倒す”ことができるようになります。現在はまだ衛星と地上の通信体制が整っているとはいえず、貴重な観測データを地上に送信できないまま破棄しているケースもあります。通信できる環境が当たり前になれば、観測の頻度はさらに上がっていきます。
これまではその土地のことをよく知っていないと農業に取り組むのは難しいと言われていました。土地の特徴を衛星データによって“見える化”していくことで、自動化できる作業が増えていきます。衛星の特徴は、一度に広い範囲を観測できること。ドローンや農業機械と上手く組み合わせていけば、第一次産業の生産性を大きく向上させられるでしょう。
せりか: なるほど! 私たちの暮らしに役立つことはもちろん、飢餓問題の解決にも繋がりますね。
まちづくりの基盤としての衛星データ
©︎小山宙哉/講談社
常間地:それから、衛星は「まちづくり」にも役立てられているんですよ。
私は、SDGsの目標にもある「住み続けられるまちづくり」とは、住みたい場所に、安心して住み続けられることだと考えています。近年は、地球温暖化の影響で、世界のあちこちで災害が増えていますが、それを理由に住みたいまちを離れなくてもいい。自分の意思で住む場所を決められることこそが重要です。
私たちは、地球上で起こっていることのごく一部しか知りません。洪水や山火事などの災害は自分の目で見るか、報道を通じて知るのが一般的。限られた情報をもとに手探りで生活している状況です。例えるなら、真夜中に猛獣がいるサバンナで、ライトで照らされて見えている情報を頼りに歩いているかのよう。それが人工衛星による地球観測技術を使えば、より多くのことが“見える化”され、安心して住めるまちの土台を地球規模で整備できます。
せりか:今後はリアルタイムでの情報取得も可能になるかもしれません。そうすれば、さらに災害対応でも衛星が活躍しそうですね。
衛星が捉えた山火事の様子。Credit:Planet Labs
常間地:そうですね。今は、数時間から数日おきにしか、衛星が観測した特定のエリアのデータを地上へ送信できません。それがリアルタイムで情報を取得できるようになれば、土砂崩れの予兆を察知したり、山火事は火種の段階で発見したりできて、被害を最小限に抑えられるでしょう。突然起きる災害の被害を軽減することが、サステイナブルな経済活動につながるのではないかと思っています。
宇宙空間でできることの幅を広げる通信
せりか:衛星には、通信を目的としたものもありますね。国際宇宙ステーション(ISS)に滞在している宇宙飛行士たちは、インターネットを使って管制官とやりとりをしたり、家族と連絡を取ったり、YoutubeやTwitterに生活の様子を投稿したりすることもできます。実はこれらには、静止衛星を使った通信技術が使われています。
©︎小山宙哉/講談社
昔に比べれば、ISSの通信環境はよくなったと聞きますが、大容量の実験データを地上に送信するのには時間がかかってしまうことがある状況です。
©︎小山宙哉/講談社
常間地:そのようですね。ISSと地上の通信を中継する衛星を増強していけば、通信速度は上がりますし、通信障害が起こることも減っていくでしょう。
ただし、通信に使われている電波は拡散される特性があるので、広範囲に届けるには有益な通信方式なのですが、電波同士の干渉が起こってしまいますし、膨大なエネルギーを消費してしまうというデメリットがあります。さらに、地上のアンテナにも、コストがかかってしまいます。
そこで私たちワープスペースが目を付けたのが「光通信」です。光による通信は情報をピンポイントに届けるのに向いている上に、エネルギーの消費量が少ないというメリットがあります。つまり通信機を小型化できるので、開発や宇宙空間に打ち上げるのにかかるコストを抑えながら、高速通信を実現させられるというわけです。
せりか:宇宙空間で通信を自由に使えるようになるのは、いつ頃になるのでしょうか。
常間地:私たちがどれだけ頑張るかにもかかっているところではありますが、2027年から2030年にかけて、安定的に通信が使えるようになっていくでしょう。最初は衛星など無人機向けに通信を提供していく想定ですが、将来的には宇宙ステーション向けにも提供していければと思っています。
せりか:ISSの実験設備は、少しずつ民間向けに開放され始めています。さらに、ISSや企業が独自に開発する宇宙ステーションに旅行客が訪れる構想も計画されています。それらと並行して、通信も安定していくわけですね。
©︎小山宙哉/講談社
そうすれば、宇宙空間で万が一のことがあったとしても、地上から遠隔で宇宙に滞在する方を診断したり、さらにはロボットを使って手術を行ったりすることもできるようになるかもしれません。通信は、宇宙でできることの幅を広げるインフラだと言えそうですね。
せりか飛行士とワープスペースのメンバーによる対談企画第一弾は、暮らしや社会課題の解決、将来の宇宙開発で期待されている人工衛星の役割を紹介しました。次回のテーマは「宇宙開発の必要性」です。せりか飛行士たちの熱い議論をお楽しみに。
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