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宇宙でのバイオ実験を手軽に。指先サイズの顕微観察装置が加速させる、新たな宇宙利用【伊東せりか宇宙飛行士と考える地球の未来#18】

「宇宙開発」と一口に言っても、開発しているものやその目的はさまざま。

このシリーズでは、ワープスペースのChief Dream Officerに就任した伊東せりか宇宙飛行士と一緒に宇宙開発の今と未来を思索していきます。

第18弾となる今回のテーマは、宇宙バイオ実験です。宇宙バイオ実験の事業化を目指す、指先サイズの顕微観察装置を開発する日本のベンチャー、IDDKの創業者兼代表取締役CEOの上野宗一郎さんと最高科学責任者の池田わたるさんをお迎えして、宇宙空間を利用した科学実験の意義と魅力をうかがいました。

指先サイズの顕微観察装置が誕生するまで

©︎小山宙哉/講談社

せりか:上野さん、池田さん、よろしくお願いします!宇宙でのバイオ実験についてうかがえるとのことで、楽しみにしていました。おふたりはどういう経緯で宇宙でのバイオ実験に携わるようになられましたか。

IDDK 創業者兼代表取締役CEO 上野宗一郎さん

上野さん:私はもともと宇宙やロボットに関心があったので、大学では電気電子工学を専攻しました。人工衛星を開発するゼミに所属することになり、ある日先生から「ハイパースペクトルって面白いと思う?」と聞かれたんです。

ハイパースペクトルとは
連続する波長帯の電磁波を細かく観測して、波長ごとのデータを取得することが可能なセンサです。土壌や水、農作物に含まれる成分を推定することができます。

ハイパースペクトルの装置はゼミの先輩が研究に使っているのを触らせてもらったことがあり、応用性が広いなと思っていました。ですから「はい、面白いと思います」と即答しました。すると先生は「じゃあ明日からハイパースペクトルをやってくださいね」と言って、私の研究テーマが決まったんです(笑)。

最初は衛星に搭載して宇宙から地上を観察するハイパースペクトルセンサを開発していましたが、小型化させて航空機にも載せられるタイプのセンサも開発することになりました。その後、先生と一緒にハイパースペクトルを販売するベンチャーの創業にも携わりました。

大学発ベンチャーでの仕事がひと段落ついたタイミングで、半導体の製造技術を持つ総合電気メーカーに転職しました。ハイパースペクトルセンサの性能を向上させるのに一番効くのが半導体の部分だからです。

そして、研究を進めていくなかで生まれたのが、ワンチップで顕微観察ができる「MID(Micro Imaging Device)」です。社内での事業化は難しかったため、スピンアウトして2017年にIDDKを創業しました。社名は「いつでも、どこでも、誰でも使える、顕微観察技術」の頭文字から取っています!

IDDK 最高科学責任者 池田わたるさん

池田さん:私は修士課程までは生物工学、博士課程からは医学に転向し、助教や講師として大学で研究を続けていました。

博士課程の大学院生だった1990年代後半は、クラゲ由来の蛍光タンパク質(通称GFP)が研究に使われ始めた時期でした。この蛍光タンパク質がいろいろな工夫で目印となり、細胞のなかの物質の動きが捉えられるようになったんです。私たちの研究では、蛍光タンパク質を用いた細胞のタイムラプスイメージを撮影できる設備を導入しました。

それまでは細胞を固定してスナップショットを撮影していたのですが、生きた細胞の動きをそのままタイムラプスイメージで見られるようになると、想像をはるかに凌駕する知見が得られるようになり、感銘を受けましたね。

その後製薬メーカーの子会社にあたる研究所に転職してからも、細胞の動きを捉えるイメージング、顕微観察にこだわっていました。特に生きた実験動物の体内を顕微観察することに力を入れていて、例えば、がん細胞の成長過程や薬剤を投与した瞬間に細胞がどんな反応を起こすかなどを2光子レーザー顕微鏡で観察しながら、創薬研究などを行っていました。

上野さんと出会ったのは、MIDの営業で研究所の親会社から紹介されたときです。私は畳四畳半分くらいの巨大な顕微鏡を使っていました。だから、指先サイズのMIDを見たときは、思わず「これを体内に埋め込んだら、すごいことになるだろうな」と、使ってみたくなりました。

ただ、創薬は研究の段階によってイメージングが必要なときとそうではないときがあります。MIDを知ったときは盛り上がっていたんですが、その後、イメージング技術を活用する機会が減り、残念ながらIDDKとの協業は叶いませんでした。でも上野さんとは意気投合して、飲み友達として交流はずっと続いてたんですよ(笑)。

上野さん:そうですね。IDDKを創業した当初は、MIDを再生医療やラボラトリーオートメーション(実験や研究を自動化する取り組み)で活用していただこうと考えていました。でも将来的にはMIDの特性を活かして宇宙でのバイオ実験にも活用していただきたいとピッチでは話していました。

そうしているうちに、だんだんと衛星の打ち上げが身近になり、衛星で科学実験を行うサービスを掲げる企業も増えてきました。今までは再生医療やラボラトリーオートメーション向けに検討していたMIDを衛星に搭載すれば、「宇宙バイオ実験ユニット」が実現できるのではないかと考え、少しずつ舵を切り始めたところです。

池田さん:上野さんから「宇宙バイオ実験をやるから、兼業でアドバイザーとして参画してくれないか」と声をかけていただきましたが、前職では兼業がNGでした。でも、イメージングの業界にまた携わりたい、宇宙というワクワクしたキーワードに私も関わりたいと思い、IDDKへの転職を決めました!

小型の顕微観察装置で、宇宙でのバイオ実験を手軽に

せりか:MIDは指先サイズの顕微観察装置ということですが、特徴を詳しく教えてください!

池田さん:従来の顕微鏡はサンプルを拡大して見るために「対物レンズ」が必要です。サンプルをより拡大して見るには倍率が高い対物レンズを選びますが、倍率を上げれば上げるほど、視野が狭くなるのが課題です。

一方、MIDはフォトダイオード(光センサ)が細かく並んでいて、触れるくらい近くのものを直接顕微観察できるんです。つまり、設計したフォトダイオードの部分がそのまま視野になる……高い倍率でも、視野が狭くならないのが特徴です。

©︎IDDK

例えば、これはMIDでクマムシを撮影したものです。

©︎IDDK

上野さん:パソコンのUSBポートに挿すだけで使えるUSB顕微観察装置「AminoME」を、クラウドファンディングサイトを通じて販売したところ、「こんなものがあるんだ!」という驚きの声をいただきました。それから、一般の方だけでなく、大学の教員や研究者の方にも関心を持っていただくことができ、いろいろな方にアプローチできました。

池田さん:そして今、宇宙バイオ実験向けに開発しているのが「MID board」です。Raspberry Piというシングルボードコンピューターにケーブルでつなぐとカメラ用のコマンド操作で簡単に使える、いわば「コンピューター付き顕微鏡」です。名刺の半分ほどの大きさなので、1Uサイズの衛星にも収まります。

MID board ©︎IDDK

研究者の方々の目的や用途に応じてヒーター、ポンプ、流路などのモジュールを組み合わせて宇宙用の実験ユニットを作り、複数の提携先の宇宙輸送サービスパートナーの人工衛星などに搭載して、宇宙バイオ実験を成立させるのが私たちIDDKのサービスです。

©︎IDDK

せりか:宇宙でのバイオ実験はどのようなメリットがあるのでしょうか。改めて教えてください。

池田さん:せりかさんがISSでやっていたようなタンパク質の結晶を生成する実験はきれいな結晶ができやすくX線構造解析に有用とわかっていますよね。最近だと人工臓器の創出が期待される「オルガノイド」の実験は、種類によっては微小重力下の方が形成されやすいという報告も出てきていますね。

©︎小山宙哉/講談社

でも、宇宙での実験の意義はそれだけではありません。なぜひとが宇宙に行きたいかというと探究心や冒険心、好奇心を満たしたいから。極限環境にも耐えられるモチベーションがあるので、最低限の設備だけでも生活することができます。ただ、将来、宇宙が人類の生活圏となり宇宙での生活に慣れてくるとやはり足りないと感じるものも出てくるでしょう。設備や環境、衣食住を充実させていく必要がありますが、こうした宇宙でのクオリティオブライフ(生活の質)を向上させる研究は、まだ全然進んでいません。

研究の場であるISSは実施できる実験にいろいろな制限や制約のある狭き門であることは否めません。人類が宇宙進出を目指すために、私たちIDDKは、イノベーションに向けてひとつずつ積み上げていく……門戸を開いた実験・研究の場を提供していくべきだと思っています。

宇宙服や深宇宙探査機への搭載も?

せりか:IDDKのMID技術を通じて、社会にどのように貢献していきたいですか。

上野さん:私たちの生活は、顕微観察技術に支えられている場面が多くあります。例えば、飲み水の浄水に微生物を使い、その管理に顕微鏡が用いられています。何か製品を製造するときも、品質チェックに顕微鏡を使っている場合もあります。私たちの生活のありとあらゆる場面のバックグラウンドで顕微鏡技術が使われているんですよ。それがMIDのようにチップで観察できる新しい観察形態が登場したことにより、大型の装置がなくても顕微観察ができるようになりました。今までの制約がなくなって、顕微観察がもっともっと世の中で広く使えるようになっていくと思いますね。

その一例が宇宙でのバイオ実験です。従来の顕微鏡は大型だったため、いくつもISSに輸送するのは難しいと考えられていましたが、MIDなら例えば宇宙服の指先に付けていただいて、ピッと触った部分を顕微観察することもできますよね。探査機に積んでもらえれば、将来的には惑星や小惑星に生息している生き物を観察することもできるかもしれませんね!

せりか:宇宙服にMIDを付けて船外活動や月面探査ができれば、新しい発見に繋がりそうですね。

©︎小山宙哉/講談社

地上でもぜひ使ってみたいです。最後に今後の意気込みを聞かせてください!

上野さん:やはり、まずは宇宙バイオ実験を成立させること、そして「こんな実験が宇宙でできるんだよ」ということを世界に広げていきたいです。宇宙ステーションだけでなく、人工衛星も使うことで、宇宙のバイオ実験を世界中の人々ができるようにしていきたいですね。

この宇宙バイオ実験は、宇宙産業への貢献にもつながると思っています。今までの宇宙利用は大きく分けると、衛星を使った通信か、衛星を使った探査や観測のどちらかでした。宇宙バイオ実験が頻繁にできるようになると、新しい宇宙の利用方法が生まれ、宇宙産業がもう一歩広くなるのではないかと思います。特にバイオ実験のなかには3日間で成果を出せるものもあり、衛星のコストメリットを出しやすくなります。そうすれば宇宙をもっと使えるようになりますし、宇宙産業も大きくなっていくでしょう。

せりか:上野さん、池田さん、ありがとうございました!

せりか宇宙飛行士との対談シリーズ第18弾のゲストは、IDDKの上野宗一郎さんと池田わたるさんでした。

次回は東京大学にて教鞭をふるい、太陽系の宇宙資源の探査・研究を行う宮本英昭教授をお迎えし、宇宙資源やその研究が人類の暮らしにもたらす恩恵についてお話しをうかがいます。お楽しみに!


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