見出し画像

【SATELLITE 2023】米国最大級のカンファレンスで見える通信衛星業界の新展開とは

 2023年3月13-16日に、世界最大級の衛星産業カンファレンスSATELLITE 2023が今年もワシントンD.C.で開催されました。SATELLITEは衛星関連情報メディアであるVia Satelliteが主催する40年以上続く歴史があるカンファレンスで、例年4月に開催されるSpace Symposium、例年2月に開催されるSmallsat Conferenceと並び、米国の人工衛星分野では3本の指に入る非常に大きなカンファレンスイベントです。
 世界がコロナ禍の影響から少しずつ回復してきたことを背景として、今年のSATELLITEには約14000人もの人が集いました。驚くべきことに、そのうちの1/3が新規の参加者であり、この事実は宇宙分野に新規参入する企業の多さを端的に表しています。日本からは伊藤忠商事やAGC、横河電機やキヤノンなど、昨年までのSATELLITEでは見られなかった企業が参加しています。また分野としては通信業界が多く、人工衛星産業の業種の割合を表しているようにうかがえます。各企業のブース出展も300以上に上り、世界各国の人糸が集まる、非常に大規模なカンファレンスイベントであるといえます。
 このように世界中の事業者が注目する中、SATELLITE 2023では、数多くの重大な発表がなされました。また、ワープスペース・CSOの森は、パネルディスカッションにも登壇し、衛星間、衛星ー地上間光通信の重要性や利点、そして課題について議論しました。ワープスペースは本カンファレンスにて、Rocket Labなどと並びVia Satelliteが選ぶ「The 10 Hottest Satellite Companies in 2023」に選定されています。本記事では、カンファレンスで発表されたニュース、及び森が登壇したパネルディスカッションのダイジェストをお届けします。
 (森が昨年参加した「SATELLITE 2022」のレポートはこちらです。)

Amazonの衛星ブロードバンドサービス「Project Kuiper」。「Starlink」とは異なるその強みとは?

 SATELLITE 2023で発表されたニュースのうちまず1つ目にご紹介するのは、Amazonのデバイス・サービス担当上級副社長であるDave Limp氏による、衛星ブロードバンドサービス「Project Kuiper」に関する発表です。「Project Kuiper」はAmazonが2019年からスタートした、3000基以上の人工衛星で地球を取り囲む衛星コンステレーション計画です。これにより、全人類の95%がブロードバンド通信を使用可能にすることを目的としています。発表では、今年5月に最初の試作衛星2基が打上げられ、また2024年に衛星の製造が本格化し、2026年半ばにはコンステレーションの半分以上が完成する予定であることが述べられています。
 また、この「Project Kuiper」において最も注目すべきは、アマゾンが提供するクラウドサービスである「Amazon Web Services(AWS)」との連携です。Limp氏は、

「Project Kuiperが処理する情報の多くは、おそらくAWSのクラウドに移行される。そして、情報がクラウドに移行すると、そのままデータセンターになる。」

と述べ、このAWSとの連携こそ、「Project Kuiper」が地球低軌道(Low Earth Orbit:LEO)での通信衛星コンステレーションにおける先行企業であるSpaceXやOneWebを相手にした際の、独自の強みになると主張しました。

SATELLITE 2023ではProject Kuiperにて提供されるアンテナについても発表されました。Project Kuiperのアンテナは、最大100Mbpsの小型のアンテナから最大1Gbpsの高性能なアンテナまで、顧客側が自由に選択できるシステムになっています。写真は「超小型用端末」のイメージ図。【引用】Amazon Project Kuiper 

新市場「Satellite Direct-to-Cell」は衛星通信市場に風穴を開けうるのか?

 多くの衛星関係者が集まったパネルディスカッション 「The Satellite-Cellular Convergence - A New Era for the Telco Industry?」では、携帯電話を衛星に直接接続し、携帯電話ネットワークの外でメッセージングや4G、さらには5Gの接続を可能にする「Satellite Direct-to-Cell」について議論されました。ディスカッションには、衛星通信事業者 Iridium Communications、CEOのMatt Desch氏、SpaceXの「Starlink」プロジェクトのコマーシャルセールス担当副社長のJonathan Hofeller氏、Lynk GlobalのCEO Charles Miller氏などの面々が参加しています。こうした「Satellite Direct-to-Cell」といったサービスは、上述のAmazonによる「Project Kuiper」やSpaceXの「Starlink」と比較して通信速度は低いものの、携帯電話を直接通信衛星と接続できることから、最終的には世界中の顧客が携帯電話の電波がほとんど届かない場所でも携帯端末を使えるようになる、と述べられています。
 Iridium Communicationsはモバイル通信技術関連企業のQualcommと提携し、2023年後半に発売が予定されているAndroidスマートフォンなどに双方向メッセージングを導入すると発表しています。また、Lynk Globalは現在、地球周回軌道上に3基の衛星を保有しており、2025年までに1000基の衛星を配備するための資金を求めています。一方でSpaceXは8月、米国で携帯電話会社T-Mobileの周波数帯を利用してデバイスへの直接接続サービスを行う提携を発表した際、早ければ2024年にテキストメッセージから始まる初期サービスを開始できると発表しています。

2023年3月時点での「Satellite Direct-to-Cell」市場の動向

 また一方、SpaceXの「Starlink」のコマーシャルセールス担当副社長のJonathan Hofeller氏は、

「SpaceX社は今年中にスマートフォンへの直接接続サービスのテストを開始する予定であり、その際はSpaceXが持つ衛星を迅速な配備を何度も繰り返せる能力(「ファルコン9」など再使用ロケット技術)から恩恵を受けられるだろう。」

と述べています。このような発表から、「Satellite Direct-to-Cell」という新興市場の発展が確認されます。しかしそれと同時に、パネルディスカッションではSpaceXの「Starlink」のような、顧客用の地上アンテナと衛星が通信するビジネスモデルとのコンフリクトについても議論されました。もちろん、「Satellite Direct-to-Cell」は携帯性の観点から大きな利点がありますが、通信速度は「Starlink」には及びません。しかし、「Starlink」を利用する場合は顧客がアンテナを購入、設置する必要があります。このように、携帯性と通信速度の間にはトレードオフがあります。市場としての需要がどこにあるのか、ここが、今後の衛星通信市場の動向を見通す鍵となることが改めて認識されました。

「Satellite Direct-to-Cell」は、この1年で実証実験やパートナーシップ締結が開始され、劇的に活動が活発化した分野です。Apple、T-Mobile、Qualcomm、Samsungなどの通信業界の大企業が参入を進めています。【引用】Via Satellite

「The 10 Hottest Satellite Companies in 2023」受賞のワープスペース。SATELLITE 2023での動向

 また、光通信に関しては、「All About Laser: Optical Inter-Satellite Links and Space-to-Ground Communication」と題されたパネルディスカッションにて、光通信業界のメリットや課題について議論されました。パネルには、衛星通信事業者であるRivada Space Networks CEOのDeclan Ganley氏、衛星通信機器メーカーであるMynaric CCOのTina Ghataore氏、同じく衛星通信機器メーカーであるTESATのGeneral ManagerであるJustin Luczyk氏、光地上局関連事業者であるCailabsのCEO Jean-François Morizur氏に加え、弊社CSOの森が登壇しています。パネルでは、光通信がなぜ従来利用されている電波を用いた通信よりも注目されているのかについて、ゼロベースで話し合われました。電波に比して高い通信速度や、衛星に搭載する端末の小型化が容易かつ電力消費も小さいため、通信速度に対するコストが小さいことに加え、通信を傍受されにくいといったセキュリティ面など、多方面から光通信の重要性が確認されました。一方で、そうした一見バラ色の技術である光通信がなぜ実現しないのかについても議論されています。その理由としては、衛星ー地上間光通信における大気のゆらぎの影響の補正技術や、衛星間や衛星ー地上間通信を行う際に、ピンポイントで相手を指向して通信を確立させるトラッキング技術に課題があることが整理されました。光通信の利点や業界が抱える課題は、通信端末メーカーや光地上局関連事業者だけの視点からでは見通しにくい側面もあるため、光通信サービスを提供するオペレーターであるワープスペースなどが会する中で改めて意見共有されることにより、業界全体の理解度が高まっていくことが期待されます。

「All About Laser: Optical Inter-Satellite Links and Space-to-Ground Communication」に登壇した面々。左からRivada Space Networks CEOのDeclan Ganley氏、Mynaric CCOのTina Ghataore氏、TESATのGeneral ManagerであるJustin Luczyk氏、弊社CSOの森、CailabsのCEO Jean-François Morizur氏。

 SATELLITE 2023の参加者は過去最多で大きな盛り上がりを見せました。ワープスペースは光通信に関するパネルディスカッションでも存在感を示し、加えて前述のとおり、Rocket Labなどと並びVia Satelliteが選ぶ「The 10 Hottest Satellite Companies in 2023」に選定されています。ワシントンD.C.へのオフィス開設や、2022 Japan-U.S. Innovation Awards ProgramでのInnovation Showcaseの受賞、更にその他の展示会での積極的な発信などにより、着実に米国での存在感を高めることに成功していることが確認できました。ワープスペースはこれからも、宇宙空間、そして宇宙ー地上間光通信という発展途上の市場で、国際的な挑戦を続けていきます。

(執筆:中澤淳一郎)

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?