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【SmallSat Symposium 2023】安全保障だけではない光通信の需要とはー光通信が地球観測に革命を起こす新技術の鍵となる可能性ー

 2022年は、宇宙空間での光通信技術を語る上で歴史的な一年になったことでしょう。

 アメリカ宇宙開発局(SDA:Space Development Agency)は大規模な軍事衛星のコンステレーションを用いて情報を地上に送ることを目指し、「国家防衛宇宙体系(NDSA*1:National Defense Space Architecture)」構想を発表しました。そこで鍵となる技術こそ、宇宙空間での光通信技術です。光通信端末市場には巨額の予算が投入され、宇宙空間での光通信の実用化へ、一気にギアが上がりました。
(*1: 2023年1月、NDSA(National Defense Space Architecture)はPWSA(Proliferated Warfighter Space Architecture)へ名称変更されました。アメリカ宇宙軍の発表記事から、「大規模な軍事衛星コンステレーション(Proliferated Warfighter)により、陸海空を統合した軍全体(The joint warfighter)を宇宙からサポートする」という目的をより明確にするための変更と理解できます。)

 その背景には、およそ一年前、2022年2月24日、ロシアによるウクライナ侵攻の勃発があります。欧米に対し一向に退く姿勢を見せないロシア、領土の奪還を掲げて抗戦の意志を見せるウクライナ。熾烈を極める両者の戦闘の中、2022年3月19日、ロシア国防省は極超音速ミサイルを使用しウクライナ軍の地下弾薬庫を破壊したと発表しました。従来のミサイル防衛システムは、放物線を描く形で飛翔する弾道ミサイルの迎撃を前提に開発されていますが、極超音速ミサイルは既存の弾道ミサイルよりも低い軌道を描いて飛翔するため、従来のミサイル防衛システムでの迎撃は困難を極めます。そのため、極超音速ミサイルの探知及び追尾を目的とした、大規模な軍事衛星のコンステレーションの実装が急務となりました。

 「安全保障」という強烈なドライビングフォースにより加速成長する宇宙空間での光通信端末市場。そのような環境の中で、ワープスペースは2023年も、民間で世界初となる地球中軌道における光通信によるデータ中継サービスを目指す事業者として、そのアクセルを緩めません。

 弊社CSOの森は早速、2月7日〜9日に、アメリカ合衆国カリフォルニア州のマウンテンビューにあるコンピュータ歴史博物館(Computer History Museum)にて開催される、小型衛星事業者向けのイベント「SmallSat Symposium 2023」に参加しました。主催は、人工衛星関連の幅広いニュースを扱うメディアであるSatNews社です。

 SmallSat Symposium 2023は、昨年11月に開催された24th Global MilSatComとは異なり、安全保障に関連する内容は少なく、マネージメントや産業の現場に携わる方々が多く参加しています。本稿では現地参加した森が、小型衛星アプリケーションの最新技術や市場の動向などを皆様にご紹介します。

アメリカに集い始める光通信端末事業者

 会場にはキーノートスピーチやパネルディスカッションが行われる一つの大ステージに加え、40-50にのぼる事業者らによって展開される大きなブースがあり、産業系、事業開発系のキーパーソンが各所で商談やミーティングを繰り広げています。日本からは水を推進剤とする小型衛星用エンジン技術を開発するPale Blue社がブースを出展しており、海外展開の意欲を感じさせます。

 一方で、光通信に関連する内容では、「衛星間、衛星ー地上間光通信の運用(Optical Comms for Inter-Satellite and Satellite-Ground Operations)」というテーマでのパネルディスカッションに注目です。宇宙空間での光通信端末開発のフロントランナーであるMynalic社、Skyloom社、Cailabs社、SA Photonics社、Tesat Spacecom社といった民間事業者のトップエグゼクティブの方々により、光通信の重要性が語られました。

 また、冒頭でも述べた通り、2022年には国の安全保障の方面から大いに盛り上がりを見せた光通信ですが、安全保障色の薄い今回のシンポジウムでこれだけの事業者が集まっていることも注目に値します。宇宙空間での光通信技術は、大容量のデータを素早く、安全に扱うことができるため、地球観測に加え宇宙ステーション関連事業者など、安全保障にとどまらない需要があることを改めて実感しました。

光通信に関連する「衛星間、衛星ー地上間光通信の運用(Optical Comms for Inter-Satellite and Satellite-Ground Operations)」というテーマでのパネルディスカッションの様子。

 その上で、今回集まった光通信端末事業者にはこれまでアメリカのイベントには参加してこなかった欧州に拠点を置く事業者も多くありました。昨年までは、光通信事業者はドイツのMynalic社やアメリカのSA Photonics社などの数社しか見られませんでしたが、今年度はドイツのTesat社やフランスのCailabs社など、欧州の光通信端末事業者がシリコンバレーに集まり始めてる様子が伺えます。この動きについて、森は、

「これまでのアメリカの宇宙開発戦略としては、レーザー光を用いた測地や、電波通信に力を入れていた一方で、光通信事業においては他国に対して遅れを取っている様相であった。その点、このような形でリソースを投下しアメリカ国内に外国の民間事業者を呼び込むことで、自国で不足している光通信技術を補完しようとしている動きが背景にあるのではないか。」

と分析します。またこの動きに対応してか、ESAなどの欧州の主要な宇宙機関が光通信を重要な開発項目に選定する動きもあり、投下できる予算がアメリカほどは大きくないにせよ、欧州、アメリカの間の光通信端末事業者の囲い込みは今後より熾烈になっていくことが予想されます。

SpaceXの一人勝ちか?小型衛星ランチャー業界の抱えるリスクとは

 また、光通信の他には、小型衛星ランチャー業界におけるVirgin Orbit社の存在感がますます大きくなっている点が注目されます。

 現在、衛星ランチャー業界にはスタートアップをはじめとする数多くのプレイヤーが参画していますが、業界全体としてその打上げがなかなか成功しない苦難の時期が続いています。小型ロケットを開発する米Astra社の「Rocket 3.3」は、4回の打上げのうち2回失敗しており、Firefly Aerospace社が開発した「Alpha」ロケットも初の飛行試験では空中で機体が回転、爆発する結果となっています。また、スタートアップに限らず、昨年12月にArianespace社の中型ロケット「Vega C」の打上げが失敗し、日本でも、昨年秋のイプシロンロケット6号機の打上げ失敗や、今年に入ってからのH3ロケットの打上げ延期も多くの人々の記憶に残っているでしょう。

 そのような中で、Virgin Orbit社は今年1月の「Launcher One」の打上げで、衛星を軌道には投入できなかったものの高度100km以上の宇宙空間に到達しています。そこで、SmallSat Symposium 2023ではここぞとばかりに大規模なブースを展開していた点が印象的だったと森は語ります。

Virgin Orbit社のブースの内装。Virgin Orbit社は大分県とパートナーシップ契約を結び、大分空港を同社の宇宙港として選定しランチャーワンを打ち上げることになっています。森は大分県の宇宙事業のアドバイザーも兼任しており、大分への誘致にも関わっています。

 また特に「手頃な価格の小型衛星打上げミッションの実現方法(Achieving Optimal Affordability in SmallSat Launch Missions)」のパネルでは、ランチャー事業に取り組むMansat社、Virgin Orbit社、Arianespace社、Avio社、Rocket Lab社、Firefly Aerospace社が登壇しましたが、それぞれの直近の打上げの結果も相まり、会場は独特な雰囲気に包まれていました。そのブースで特に強調されていたのは、

「ある有名ランチャー企業(おそらくSpaceX)の打上げ価格が安すぎて、他の小型衛星ランチャー事業者が太刀打ち出来ない現状がある。」

という意見です。これ以前も度々このような議論は語られてきたようですが、直近の打上げ失敗が続く状況も相まって、その声はいよいよ大きくなってきました。ペイロード側の心理としてはランチャーの失敗を何よりも恐れるため、失敗した場合に返金されるような保険をかけますが、一度失敗したランチャーは保険料が高くなるため、廉価な打上げ機会の提供がより一層厳しくなります。それによりSpaceXの一強状態がより一層確実になるという流れがあり、

「衛星ランチャー業界は技術だけではなく経営の観点からも未成熟であり、この状況を放置しては、SpaceX以外が淘汰され、業界内で競争が起きなくなってしまう。」

という危機感が共有されていました。各プレイヤーが今後、この状況を如何に打開するかに注目が集まります。

ハイパースペクトルカメラの可能性とともに高まる光通信への期待

 今回のSmallSat Symposium 2023で特に注目を集めたトピックは「ハイパースペクトルカメラ」です。これまで衛星による地球観測では、可視光である赤、緑、青に加え、赤外線のバンド(波長帯)を用いて観測する手法が主流でしたが、ハイパースペクトルカメラは100を超える数のバンドで観測し、地上の様々な物理化学的データを取得します。例としては、大気に含まれる窒素酸化物や硫黄酸化物、二酸化炭素や水分の存在量、土壌中の窒素やリンの存在量などが挙げられます。これらを踏まえれば、ハイパースペクトルカメラによる観測は、地球観測衛星の質的な解像度を飛躍的に向上させうる技術です。この技術を用いた衛星が、民間の地球観測衛星事業者の中で利用され始めている点に注目が集まっています。

 (ハイパースペクトルカメラについては、こちらのページが参考になります。ケイエルブイ株式会社HP:「ハイパースペクトルカメラ」と「マルチスペクトルカメラ」の違い

 そのように書くとハイパースペクトルカメラがあたかも夢の技術のように聞こえますが、欠点もあります。それは、膨大なデータ量です。従来の地球観測衛星よりもバンド数が桁で多いということは、衛星自体が収集するデータも桁で増えることを意味します。また、赤、緑、青などのこれまでよく知られたバンドであれば、軌道上で解析し、データ量を落として地上へダウンリンクする「オンボード・プロセッシング」も可能ですが、ハイパースペクトルカメラの場合は未だ解析手法が確立されていません。そのため、ハイパースペクトルカメラを用いる場合は、膨大な量の生データを地上へとダウンリンクする必要があります。しかし、現時点のデータ量ですら、地上局の不足や通信レートの制限から、地球観測衛星のデータのダウンリンクの遅さが重大な問題になっています。ハイパースペクトルカメラの技術ではそれがより顕著になってしまうのです。したがって、このような通信の問題を解決するため、光通信技術の確立が必須になるわけです。

ワープスペースHPより。現在主流の電波通信では、衛星が地上局と通信できる時間が90分に10分程度と限られていたり、電波の通信速度の問題から、データダウンリンクがボトルネックとなってしまっています。ハイパースペクトルカメラによる膨大な量の地球観測データの取得は、この問題をより浮き彫りにします。

 今回のSmallSat Symposium 2023でのハイパースペクトルカメラに関連するパネルでは、光通信の重要性にまで踏み込んだ議論は展開されていませんでしたが、ハイパースペクトルカメラを用いたミッションが今後さらに注目されれば、光通信の需要はより一層増すことになります。2022年はミサイルの防衛という軍事に密接した観点から注目を集めた光通信ですが、2023年は人々の生活を豊かにする情報を届ける手段として、また別の角度から脚光を浴びるかもしれません。

(執筆:中澤淳一郎)

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