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(私が)ドラマ映画は感動出来ず、ゲームは感動する理由 あとFF9についても少し




ドラマ、映画では作者の思惑が見えてしまう。邪推が入ってしまい没入感が薄れる



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上図は寿賀子節と呼ばれる独特の言い回しが好評だった「渡る世間は鬼ばかり」

親がこの作品大好きなので、居間で嫌々ながら目に入る事に。

結局最終回まで見てしまったけど知らない親戚が来て結局解決されない問題に「なんとかなるさ」

で片づけてしまううっちゃりは爽快感0だったなー

なお本作は序盤中盤終盤まで様々な鬱問題が降りかかり終始暗い作品です

視聴率がいいので好きな人も多いと思うけど、その人とは価値観を共有できそうにありません。




FF9って素晴らしいよね

とても良かったと思うFF9考察記事

FF9エンディング コメント欄に共感



私からは今更長く書く事はしません

今のこのキャラならここでこの台詞言うよなというのが完璧

簡単なようで、それが出来ている作品は少ない

特にドラマなんて自分の言葉ではないじゃないですか

だから嘘っぽく見えてしまうんですよ。


絶妙な音楽と情景の演出のマッチ

そしてなにより、作者の匂いを一切消している

ということは作品に没頭できるという事ですね

部屋を閉めてスマホをOFFにして一気にエンディングまでやりたい作品

とてもストーリーとしてよく出来ている



まとめ

ということで「ドラマ、映画を貶してゲームを上げる」という形になり、構成として結構見苦しい文章でしたが、私はどうしても映画やドラマを観ていると「ここで泣け」とか「ここが笑い所」というような本作以外の作者の意図部分に思考が行ってしまい、心の底から感動できないんですよね。

ゲームのエンディングの良さの本質に気づけない人はもったいないですね。これだと映画好きの人に「あなたは映画の素晴らしさに気づけないのは人生を損しているよ」って言われそうですがw

そういえばFF8のリノアル説過去にNOTEで書いてたかもしれない。記事下の#ゲーム批評シリーズ

タグをクリックすると私の記事がいっぱい出てくるかもしれない。

ふとした時に考察できる。余白を残した、余地のある奥行きのある作品は素晴らしいって事ですね。

追記

映画の2時間作品って自分に合わないのかもしれない

1か月ほど物語を楽しんで苦労して考察して、エンディングを見るのが合っている気長な人間なのかも。



























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