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安らげる味(@船橋競馬場の磯辺揚げ)

大井、川崎、浦和…そして船橋。「南関東4競馬場」のうち、唯一まだ足を運んだことが無かった船橋競馬場。ゴールデンウィークで多くの人々が移動する中、僕は1時間半の小さな旅を終えて、南船橋駅に降り立った。
隣接する商業施設へと向かう客が7割、そして競馬場へ向かう寂れた人が3割。そんな割合で占められた歩道橋を歩いていると、向かって右手側に小さなコースが見えた。おーっ、これが船橋か! 競馬場を遠くから「見下ろす」というアングルは、とても新鮮なものだった。

そして、競馬場へ近づいていくにつれて、僕は不穏な雰囲気を感じ取っていた。妙なピリピリ感。なんだろう、この感覚は…。競馬場の横には、オートレースの場外車券発売所があった。

派手に彩られた大井、背伸びしたスケール感の川崎、屋台の横で競馬をしている浦和。これまで訪ねた3つの地方競馬場を個人的に評すれば、このようなものだろうか。
では、船橋は? 大井や川崎の妙な規模感、そして、浦和ほどの穏やかさは、ここには無かった。
船橋にあるもの、それは「競馬とはギャンブルである」という、ギラギラとした緊張感だった。

船橋競馬場における最初のカルチャーショック。それは「禁煙室」の存在だ。飲食店で見かける「喫煙室」ではない、「禁煙」いわゆる「タバコを吸わない人」のための部屋…だから「禁煙室」である。
煙草を吸わない人がマイノリティという世界。うむ、ここでは社会常識は通用しないのか…。外でプカプカと煙を漂わせる人々を眺めながら、とりあえず僕は小さな部屋で、他の人々と肩を寄せ合いながら、大人しく競馬新聞を眺めることにした。

ところで、僕が「禁煙室」に籠っているのは煙を避けているというよりも、むしろ「風を避けている」という側面が強かった。この日の船橋は強風だった。雨は降っていなかったが、新聞や食べ物が吹き飛ばされそうなくらいだった。そして、風は冷たい。冷えは予想の大敵だ。でも、こんな部屋の中よりも、開放的なスタンドで競馬の空気感を味わいたいんだけどなあ…。

大体の予想は済んだ。さてさて、一通り馬券を買う前に、腹ごしらえをしよう。
が、その腹ごしらえも難航した。

船橋競馬場におけるセカンド・カルチャーショック。それは「どの売店に行っても、売っているものがほぼ同じ」ということである。
小さなスタンドの1階も、2階も、3階も、メインの商材は決まっていた。

「あんかけ焼きそば」。380円。

簡単に説明すれば、同じ値段で売っている焼きそばに、カレー風味のあんかけ(多少野菜や細切れ肉が入っている)をかけたものである。
美味しいのだろうか? というか、美味しい不味いの問題ではない。メインディッシュは限られているのだ。逆の発想をすれば、この競馬場を支配するくらいの一品なのだ。有無を言うのは野暮である。

ということで、食べてみた。うむ、食べられる。ちょうどこういう風の強い寒い日にはピッタリの温かさだ。
……食べているうちにふと疑問に思った。少し実験をしてみよう。

まず、焼きそばをあんに絡めずに食べてみる。うむ…
次に、あんかけを焼きそばに絡めずに食べてみる。ふーん…

弱きものが力を合わせて、強くなる。素晴らしい世界だ。でも、それそのものはやはり強くないと知ったとき、寂しさが増してきた。
とりあえず、器は空っぽになった。ただ、空腹感は胃の中を漂っていた。

この日は4レースのみ行い、3レース的中した。そう書けば聞こえは良いかもしれないが、内容が酷すぎた。単勝&複勝で買うべきところで何故か配当金100円台のワイドを当て、ワイドで買うべきところで安い複勝が2点当たる。こうして赤字だけが膨らんでいく。

どうも僕は、最後まで船橋競馬場の雰囲気に飲まれていた。ここには競馬しか無いのだ。時に熱く、時に穏やかに。それが僕が見てきた「地方競馬場」だったのだが、世の中にはそれに当てはまらない場所があるということである。素直にそれを認めなければならない。競馬は本質的にギャンブルなのだから。

で、その象徴が飲食店の寂しさではないだろうか。帰り道に気がついたのだが、競馬場の周辺には飲食チェーン店がたくさんあった。隣の商業施設まで足を運べば、もっと美味しいものがたくさん食べられるだろう。
ようするに、そういう環境のなかであるがゆえに、船橋競馬場は研ぎ澄まされているのである。

メインレースは東京ダービー(大井競馬場の東京ダービーである。日本優駿のほうの東京ダービーではない)のトライアルレース、東京湾カップ。ここはパーッと当てたいところだ。エターナルモールとトーセンブルの単複勝負で逆転を…。

券売機へ向かおうと、パドックに背を向けた瞬間、僕は建物の隅で、こそこそしている男を見た。小さな体は猫背でさらに丸めている。チェックのワイシャツとジーパンがなかなか不釣り合いな、僕と同い年くらいの見た目をした男。
その男が、口をモグモグと動かしている。にこにこしながら、割り箸に突き刺さった何かを食べている。


こういう食べ物あったっけ?

優勝ジョッキーインタビューが終わった。このウィナーズサークルにいる人数は、想定よりも少なかった。それよりも遥かに多くの人々が、パドックで次の予想に頭を痛めている。
メインレースは大外れ。はあ、とっとと馬券を小銭に換金して、今日は最終レースをやらずにもう帰ろう。今から1時間半後となると、もう寝る時間も近くなる。それに、明日は家の掃除をする予定だ。そのための体力を残さなければ…。

出口へととぼとぼと向かう。
ふと、売店が目に入った。隅に小さなフライヤーが置いてある。

あっ、あった。ちくわの磯辺揚げ。
長いちくわの磯辺揚げが、割り箸に巻き付くように刺さっている。
僕がさっき見かけた、あの小柄で猫背の男が食べていた、それが残り1本だけある。


さっそくがぶりついた。少し油を吸っていて、衣はサクサクではない。でも、弾力が丁度よいちくわと、青のりの風味がとても良いハーモニーを奏でている。
あー、良かった…。

この風が強い競馬場の片隅にも、優しい味は存在している。ホッとした。だから、僕は今、にこにこしながらこの磯辺揚げを頬張っている

どうもです。このサポートの力を僕の馬券術でウン倍にしてやるぜ(してやるとは言っていない)