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祈り。

 塾講師のアルバイトをしている。しかも、教室に十数人の生徒を前に授業をさせてもらっている。いわゆる、集団授業。中学生真っ盛りの生徒たちはみな元気一杯で、生徒から元気をもらうことも多い。今日はそんな生徒と私の話。


 もともと、私は恐ろしく勉強のできない人であった。学生時代は、中高一貫校に入学したのをいいことに、ただただ遊びほうけた。当時、流行っていたモンスターハンターを学年最強と言われるほどまで没頭した。ジョジョブラキもソロで倒せた。授業中は、周りの席の友人達とただただ時間をつぶした。なんて生徒なんだろう。自分でもそう思う。

 そして、月日は流れ、高校生活も折り返しの高2。9月、数学の授業。当時の数学の先生はとても優しい人で、生徒のレベルにあわせて指名してくれるような先生だった。

じゃあこれ解いてくれ。

数学Ⅲの授業だったが、黒板には申し訳なさそうに、2次方程式がいた。

え?因数分解できます?わからないかもです。

ドッと笑いが教室を包む。普段は一緒に笑顔でいる先生が、初めて見るぐらい悲しい顔で一人私を見ていた。


 授業後、その先生に呼び出され、因数分解は中3で習うものであること、あと1年ちょっとで中学の範囲に高校3年間で学ぶべき範囲を加えた大学入試という試験があること、高校卒業自体も成績的に怪しいことを教えてもらった。

 そこで目が覚めた。そこから、必死に勉強した。周囲が受験勉強している横で中学生の検定教科書を必死に解いていた。結果、1年浪人し、なんとか希望の大学に通っている。


少し長くなったが、私はこんな感じである。


 去年、持っていたクラスの生徒に全く同じ状況の子がいた。中学2年生ながら、正負の混ざった計算ができない状態だった。ただ、飛行機だけは好きな子だった。航空宇宙科の私が話す雑談を誰よりも目を輝かせて聞いてくれ、時には航空機の見分け方まで質問してくる子だった。

 そんな彼も中2の夏に、習い事の野球をやめて勉強に専念したいがどうしていいかわからないと相談に来た。身体に電流が走った。私は、必死に相談に乗った。自分もそうだったことも話した。与えられる情報はすべて与えた。彼の目は、その日も輝いていた。ただ、飛行機を追うという選択が嬉しかった。

 そして、夏期講習も終わり、9月。彼は他クラスに移籍してしまった。模試の結果で決まるものだ。やむを得ない。彼は、中3は一番上のクラスに来てやると言った。精一杯のエールを送って別れた。その後、彼の情報はまだ習い事を続けているというところで止まってしまった。

 今考えるとどうかしていたと思う。私こそが目の前の生徒を変えれると思っていた。塾講師界で最も嫌いな思考、自己陶酔に陥っていた。人は変わるが変えられない。この大原則を忘れていた。私には祈るしかないのだ。与えるものを与えたら、最後は祈る。これだけ。



 そして、感染症に翻弄された2021年も9月になった。彼も受験生になったのだろう。彼は、元気だろうか。まだ、飛行機は好きだろうか。彼の進路に不自由がありませんように。そう願うばかりである。

 全国の受験生に幸あれ。

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