見出し画像

Public RelationsからCommunicationsへ。職域の拡がりと企業コミュニケーション新潮流

「自分の立場は“広報”だけど、業務範囲が広がりすぎて何が何だかわからない」

そんな広報PR・コミュニケーション職の人がいま急増しています。メディアリレーションズだけやっていればよかった時代はとっくに終わり、伝えるための手法も使えるメディアも無限に増え続けています。

私はPRの仕事に触れて10年になりますが、この領域は過去10年間でもっとも激しい変化を経てきたといっても過言ではないかもしれません。グローバルかつアカデミックな観点からも、PRを取り巻く職種や業務範囲の捉え方はずいぶんと変わってきました。

業界の移ろいにだけは敏感なので、海外の大学やエージェンシーの見解も参考にしながら、最近の流れと考えていることをシェアします。

広報PRの基本はわかるけれど、もっと最新潮流や全体感を知りたい人、海外の流れまでは目を向けられていない人などには参考になるかと思います。

ジョブタイトルとしてのPublic Relationsの消滅

PR=Public Relationsの略。パブリック(公)との関係構築。

日本でもようやく、この認知が広まってきたところですね。しかしこの職種名、英語圏ではもう求人やジョブディスクリプションに使われなくなってきています。有名企業や“ブランド”を強く意識する会社ほど、ジョブタイトルとしてPublic Relationsと書くのをやめ、Communicationsという言葉を使うようになってきました。

これは今に始まったことではなく、3年ほど前から見られる動きです。実は政治の世界などでは2015年頃から置き換わる傾向が見られたのですが、一般企業にはコロナ禍をきっかけに普及し、2021年頃から流れが定着してきたのだと思います。

日本でも外資系企業ほど「広報・PR」とはいわず、「コミュニケーション」と表記するようになっています。役職名としてはコミュニケーション・マネージャー、コミュニケーション・ディレクターなどがよく見られるもの。

これはけっしてPublic Relationsという職種の需要が落ちたわけでも、重要度が下がったわけでもありません。むしろ、より上位概念であるCommunicationsに内包する考え方が主流になってきた意味合いが強く、PR系職種にとっては進歩ともいえます。

ジョブディスクリプションの書き方は、その会社のコミュニケーション系職域に対する理解度や考え方が投影されています。PRとコミュニケーションがどう違うのか、もう少し深堀りしてみます。

Public RelationsとCommunicationsの違いとは

「Public Relationsは常にCommunicationsを伴うが、Communicationsは常にPublic Relationsを伴うとは限らない」

この考え方がシンプルでわかりやすいです。コミュニケーションのいち手法として、PRがあるという形。

一度言葉に定着してしまったイメージというのは覆すのが難しく、どんなに「PRはリレーション構築、ステークホルダーとの関係づくりなんだよ」と主張したって、PRという言葉から一般の人が想起する仕事内容には限界がありました。

PRやPressという言葉に華やかなイメージが付きまとうのは日本も海外も同じ。メディアリレーションズやパブリシティが業務の中心で、芸能人やインフルエンサーを使ったイベントを開いたり、派手なパーティーに参加したりという印象が抜けず、人脈や人付き合いが命のキラキラした人が就く職業だと思い込まれています。

一方、従来から存在していたコミュニケーションという職種には、PRが向き合う“パブリック”の中でも、従業員など内部との間で行われるインターナルコミュニケーション、投資家やアナリストとのリレーション構築、会社としてのコーポレートコミュニケーション、レピュテーションマネジメントなど、より広範囲に渡る戦略的かつ包括的な業務のイメージがついています。

本来はひと続きのこれらの業務ですが、言葉に対する社会的認知がいつまでも変わらないからPRという言葉を手法・職種に限定し、PRが目指していた上位概念として「コミュニケーション」を立てるケースが増えていると考えてもよさそうです。

と、言葉の定義みたいになると少しアカデミックすぎるので、もう少し現場寄りの社会背景から捉えてみます。

Communicationsがより使われるようになってきた背景

言葉の充て方だけでなく、実際にこの職域における業務範囲は拡大しています。「仕事増えすぎ……」と思っている人は、それはもう世界的な流れなので、安心して大丈夫。背景にはいくつかの社会変化があります。

1.コミュニケーション手法とチャネルの多様化

ステークホルダーに何かメッセージを届けるためには、バーバル(言語的)とノンバーバル(非言語的)、今や数え切れないほどの手段がありますよね。

文章、映像、グラフィック、写真、Webデザイン、会話、ライブ配信、音楽、絵やイラスト、スライド資料、スピーチ、イベント、チャット媒体、ウェビナー、ギャザリング……

「コミュニケーション」という一見ふんわりとした職種名の傘下にはたくさんの職種があり、いろんなタイプのクリエイターが必要です。彼らをディレクションし、ツールを総合的に使いながらコンテンツを作り、特定のメッセージを伝えて企業・ブランドの周辺に望ましいパーセプションを築いていく。それがコミュニケーターの仕事です。業務範囲が広がっていると感じるとしたら、PRからコミュニケーションの領域へ、業務が上昇しているから。

たとえば「広告」はPRとは違いますが、コミュニケーションの一種ではあります。会社の中で最も「外からの見え方」に敏感な人が、チャネルも手法も多様化する「広告」にも関わるようになっていくのはごく自然な流れです。

このように最近増えている「広報PR担当の仕事かもしれない業務」を上げればキリがなく、コミュニティ向けのイベント開催、コーポレートサイトの制作・リブランディング、ソーシャルメディアモニタリング/リスニング、映像やグラフィックのディレクション、オンラインコミュニティの運営、さらにはコーポレートアイデンティティやブランドメッセージの策定などなど、もうカタカナだらけ。

「noteで書いた記事をTwitterで流す」「WebサイトのURLをInstagramストーリーズに貼って誘導」「プレスリリースをメルマガでも配信」「制作した映像コンテンツを広告化」といった、クロスチャネル型のコミュニケーションも当たり前になり、メディア横断でクリエイティブかつ魅力的なコンテンツをデザインする編集力・企画力、マルチメディアに対応できる適応力やデジタル知識まで求められます。コミュニケーション戦略を考える上で、かつてはマーケターの仕事と考えられた市場調査や業界リサーチもとても大切になってきます。

だからコミュニケーターの仕事内容は、会社のフェーズ、季節やタイミング、事業特性などによって全然違うものになったりします。「もはや何屋かわからない」状態になっているとしたら、それ。施策を遂行するためには組織内の部署間を横断したインターナルコミュニケーションも不可欠……ということで、連鎖的に次の項目へ。

2.インターナルコミュニケーションの重要性の高まり

もうひとつの背景に、対外的な発信だけでなく、内側に向いたコミュニケーションがもっと大事になってきたことがあります。これまで、Public Relationsが対象とする「パブリック」には、社員や従業員とその家族、業務委託やスポットで仕事を頼んでいる外部取引先など、内側のステークホルダーもすべて含むとされてきました。

しかし「パブリック=公共」なので、やっぱりどうしたってインターナルコミュニケーションを想像しづらい。私も「PRのプロ」という期待値を持たれて企業さんと向き合うと、求められるのは対外的なほうであることが多く、インターナルも含めた提案をすると驚かれてしまったりします。

日本では「社外広報」「社内広報」なんて分け方もありますが、ソーシャルメディアの台頭により、社外と社内をシームレスに繋いだコミュニケーションも可能になりました。スタートアップ企業がnoteで「オープン社内報」をやったりしているのがいい例です。また、コミュニケーション施策自体も多様化・複雑化しているので、社内間(ときに提携先企業など含む)の調整の難易度がかなり上がってきています。

会社の中で部署間を接続していく動きなどは企業規模によってもやることが違うし、企業文化にあわせたメッセージづくりやストーリー開発のスキルも求められるなど、インターナルコミュニケーションは単体でも専門スキルになりつつあります。

なのに、外部と内部を「パブリック」とひとつに括ってしまうと、スキルセットの過小評価にも繋がります。言葉のイメージからくる期待値のずれは、あまり良い結果を招かないため、定義づけを見直すという意味の動きでもあるのです。

3.マスの消失──分断されたインターネット上でのクラスタの細分化

そして各所でいわれている「マスの消失」も関連しています。かつてPRがメディアパブリシティ(メディアに企画提案して露出を獲得すること)を指していたのは、大衆とのコミュニケーション手法がそれしかなかったから。今はSNSで誰でも情報を届けられ、そのコンテンツ形態もさまざまで、あらゆるコミュニケーションの形があります。

このように複雑な情報流通が当たり前になった世界では、人びとの見るインターネット社会は、どんどん分断されたものになっていきます。友達のYouTubeやInstagramの画面を見たら、自分がまったく知らない人ばかりをフォローしていて、驚いた経験があるかもしれません。電車などで皆一律にスマホを見ていると思っても、一人ひとりまるで違う画面を見て、全然繋がらない別々の世界で過ごしているのです。

皆が一斉にひとつの流行りを追うようなことも減り、「トレンド」の重要性もかつてよりは薄くなりました。PRにおいてゴールとして言われる「話題化」という現象もなかなか起こらず、「テレビ露出」「雑誌掲載」だけでモノが爆発的に売れたり話題になったりするかといえば、厳しい時代です。

話題になったとしても日本全国に波及するようなことは少なく、限定的でクローズドな場所で盛り上がり、そのための手法はひたすら細分化しています。マスメディアがダメならSNSだ!という簡単な話でもなく、クロスチャネルで戦略的にコミュニケーションをとっていかないと、もう人の心は動かせない。

これは私自身も仕事をしながら、日々強く思っていることです。特定の業界ならではの情報流通経路、独特なコミュニケーション手法というのがあり、マス露出よりも狭い世界での流通のほうが意外な効き方をしてしまったりと、すごくドメスティックで再現性のない世界になってきている。ケーススタディは役に立たず、あれこれ試しながら新しい道を切り拓いていくしかないのです。

手法としてのPRは、戦略的コミュニケーションの一部に

以上が「PR」から「コミュニケーション」になってきた背景です。

こうした社会変化のもと、Public Relationsは今まで以上に「手法」として捉えられるようになり、Strategic Communication(戦略的コミュニケーション)の一部として内包されていきます。

最後に少し上級者向けの話をすると、ここでいう「戦略的コミュニケーション」はかつての「統合型マーケティング」が目指したものに近いです。

マーケティング・コミュニケーションの中に広告、ブランディング、販促キャンペーン、広報・PRなどを含め戦略的に考えていこうという、IMC:Integrated Marketing Communication。

2010年代には、マーケティングと広報を横断的に学ぶ学部や、ビジネスパーソン向けのトレーニングプログラムなどが世界的にも増え、日本でも「IMC戦略」や「統合型マーケティング」とタイトルについた書籍が出たりして一定の認知を得ました。

かつては「商品・サービスを売る」ということの優先度が高かったため、カスタマージャーニーの一番手前で「認知獲得」をするための効果的な手法としてPRが注目され、マーケティングの大きな傘の下に置かれました。

しかし最近の企業やブランドは、目先の売上よりもコーポレートイメージや社会的認知、定性的なレピュテーションを重要視するようになったので、マーケティングとPRの主語が入れ替わった形だと捉えています。

入れ替わったところにさらに大きな「コミュニケーション」という冠が充てがわれたのには、関係を構築すべき人が増えすぎたことも影響しています。パワーのある個人など、リレーション構築対象が増え、従来のPRのスキルだけでは企業やブランドとしての一環したメッセージングがしづらくなってきています。

PR職の専門性はさらに高まる

こうした変化の中でPRを手法として捉えると、PRはより一層、言語化力・文章力が求められる職種になっていくと考えています。

今までのPRパーソンも、プレスリリースをはじめ、取引先や株主に対しての文書、ときに謝罪レターなど、文章力が求められてきました。社会的信用を獲得するためのコミュニケーションには膨大な情報量を要するため、テキストで的確に伝えるべきことを伝える力が欠かせません。映像やグラフィックでブランドの世界観を表現することはできても、人の心の中で企業やブランドに対する認知を変える=パーセプションチェンジを促すには、やはり「文章」の力が強いのです。ここに特化して職種としての独自性や専門性が担保されていく気がしています。

PRは今まで以上に高いレベルで専門スキルとしての需要が増しつつ、一段上でコミュニケーション全体を司る人も求められる。人材単位でいうと、今「ひとり広報」の人が向き合っている仕事は、異なる専門性をもった3〜4人チームを1人のコミュニケーション・マネージャーが率いて行うべきボリュームに既になっているのです(なのに日本はいまだに「広報」ひとりでなんとかしようとする)。

戦略的コミュニケーションは、企業だけでなく、政治家や政党のPRキャンペーンやメディア戦略、非営利団体のコミュニティ活動や資金調達などにも役立ちます。「アピール」や「宣伝」とはまったく違うものとして、PRやコミュニケーションの重要性が伝わっていけばいいなと思っています。

────

長くなりましたが、そんなところです。私自身は、今までどおりPRは専門として磨きつつ、コミュニケーション全体を見れる人になったほうが何かとよさそうなので、肩書をPR CoordinatorからCommunications Coordinatorに変えてみました。英語圏では一般的な肩書ですが、日本人にとっては長すぎるし意味不明なので、もうちょっと日本語ならびに日本の業界が追いついてくれればという期待も込めて、書いてみました。

いろいろな考え方があると思いますが、広報PRの人がキャリアを考えたり、経営者が自社のコミュニケーション体制を見直したりする上で参考になれば幸いです。それではまた👋

この記事が参加している募集

広報の仕事

さらに書くための書籍代・勉強代に充てさせていただきます。サポートいただけると加速します🚀