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『三体Ⅲ 死神永生』はスケールのデカいSFだ。そして素晴らしいSF作品は人々の想像力をインスパイアし、やがて世界を変える。

宇宙は想像力のかがやきに満ちている。

5月25日に日本語版が発売された『三体Ⅲ 死神永生』をさっそく読んだ。「面壁計画(ウォールフェイサープロジェクト)」をめぐる心理戦めいたサスペンスにドキドキした『黒暗森林』とは趣が変わり、今回の話は宇宙、次元そして物理だ。イイ。宇宙はイイぞ!


なお、三部作の三巻目の感想という都合上、もう二巻までの話の内容は知っている前提として進めていく事となる。つまりネタバレ注意というやつだ。ストーリーを順に説明するようなことはもちろんしないが、やはりおすすめなのは、まっさらな状態で本を手に取ることである。もちろん、優れた作品の魅力は多少のネタバレ程度では全く損なわれない。『三体』三部作もそういった傑作であることは間違いない。

ちなみに、現在『三体』『三体Ⅱ 黒暗森林』はkidleストアで半額セール中で、非常にお買い得となっているので、未読で興味がある人は、取り敢えず何も考えず、ポチっておくべきである。



本作の主人公は、「程心(チェン・シン)」という女性。時は、「三体世界」の存在が知られ、人類世界が危機の状態にあることが知られたころにさかのぼる。彼女は「階梯計画(ラダー・プロジェクト)」なる計画に関与していた。「面壁計画」と同時期に開始された、「三体世界」に探査機を送る壮大なプロジェクトである

程心は航空宇宙エンジニアとして、計画の核となるスゴイアイデアを思い付いた優秀な人物だ。しかし、感性は案外普通っぽい。いや、なんというか、優しいタイプなんだろうか。『三体Ⅱ 黒暗森林』の主人公であり、「面壁者(ウォールフェイサー)」であった「羅輯(ルオ・ジー)」のような、超人めいたところがないのだ。

羅輯は登場した当初は、確か、しょうもないやつのように描かれていたはずだ。まあ、そういうやつが、世界のなんかヤバいトラブルを解決する話も悪くない。昨今のライトな小説はたいていそうだ。トラックにひかれたときに、たまたま握ってたスマホとかが魔法のアイテムになったりするんだろ?わかってるぜ。おれも当初はそんな程度に思っていた。

しかし羅輯は違った。最終的にやつは、ラッキーや偶然などではなく、考え抜かれた秘めたる深謀と、宇宙人を恫喝するとんでもない胆力、そして覚悟、という己の力により、見事に人類のピンチを救って見せたのだ。そのことは、二巻までの話で描かれ、羅輯がとんでもなくスゴイやつだということは、物語の中だけではなく、現実世界でも世界中の読者に広く知れわたっている。

羅輯がいなければ、人類はとっくに滅んでいて、三体に三巻はない。我々がこの想像力のビッグバンとでも言うべき第三巻を手にすることができるのも、ある意味羅輯のおかげなのだ。なんて偉大なやつだ。やつの活躍が人気になったことも、もしかしたら二巻以降の内容に影響を与えたかもしれない。例えば、予算が潤沢になって、思い切った挑戦が・・・まあ映画じゃあるまいし、そういうことではないと思うが。

ともかく、羅輯は、すごいやつだ。そして彼は、三体世界の侵略を止めたあとも、人生をかけて偉大な仕事を続けている。

対して程心は、一見してそういうタイプではない。彼女を特徴づけるのは、物語中でも語られるとおり「やさしさと責任感」だ。それが災いしたのか、彼女は大きなトラブルの渦中の人となる。そればかりか、結局は、どんどんスケールがデカく、ヤバくなっていくこの話の結末を、最後の最後まで見届ける責任を担うこととなるのである。

読者は、この物語はいったいどこまで行くのだろう?と思いながら、次々と描かれる今まで見たこともないような未来、謎めいた宇宙の姿・・・未知なる物理の世界・・・に魅せられ、程心と共に時間、そして距離を超えた果てのない旅をする。そんな物語だ。


作者、劉慈欣(リウ・ツーシン)も出版社も、当初は第三巻のビジネスをすっかり諦めていたらしい。なぜかと言うと、『三体』が書かれる前、中国ではもともとSFはパッとしないジャンルになっていたからだ。そんな状況で、広大な宇宙とか次元とか物理とかの難解な話がウケるわけがないと。

そのため、二巻の話までは広く読者を惹きつけようと、わりとリアルな物語になることを意識して書いたそうだ。その結果、一瞬も油断できない心理戦バトルのような素晴らしい二巻の物語が生み出された。しかし、三巻はそうはいかない。

油断のならない宇宙人が息をひそめる宇宙。そこでは、我々地球文明の想像を超えるようなスケールで生存競争が行われている。そのロマンと恐怖を描こうと思うと、どうしても我々の日常感覚を離れた、まだ見たことも聞いたこともないような世界を描かなければならない。そして、ページ数が一巻の二倍になる。とても一般ウケするとは思えない、というわけだ。

しかし、結果的に、『三体』を押しも押されぬ人気作品にしたのは、このSFファンに向けて書かれたこの三巻だったのだ。


本作の魅力は、なんといっても劉慈欣の想像力の輝きそのものだろう。いまだ人類が到達していない、観測し予想するしかない宇宙。我々の親しんだ三次元世界を超える高次元の世界。歪んだ空間。未来の人類の姿。そして異星人のポエミーで圧倒的な科学力。そういったものは、ほとんどまだ存在が確認されていないし、仮に理論の中にはあったとしても、触れることも目にすることもできない。言葉や物語で伝えることも容易な事ではない。

しかし『三体Ⅲ』は、そういったものに果敢に挑み、よくわからないが何かしらすごい世界を描いて見せた。ちなみに、どういう世界かと言われると全く答えられないが、それは問題ない。こういうのは、わかるわからないではないのだ。読者の想像力をいかに刺激するものか、ということが重要なのである。

『三体Ⅲ』が教えてくれるものは、我々の認識している世界の「外」へ視線を向けることである。我々は、まだまだ当分の間、三次元世界のひとつの惑星の中とごく近い周辺にとどまり続けるであろう。しかし、その狭い世界の中でも、見たこともないサービス、製品、新しい考え方、そういったものがどんどん生み出されている。

創造する者たちは、日々、まだ日常の中にないもの、発見されていないものを探しているのだろう。そういう目を持っているから、新しいことを見出すができる。そして、そういう今まで見えていなかったものが、ひとたび発見され、人々の前に提示されると、今までなかったのが不思議になるぐらい、あっけなく多くの人が認識できるようになっていく。そうやって、世界は徐々に作り替えられていくのだ。

何もないと思われていたところから、新しいものを拾い上げるために必要となる重要な能力。そのひとつが想像力である。想像力は誰もが持っている。では、想像力を働かせるためにはどうすれば良いだろうか?それは誰かの想像力に触れることではないだろうか。その輝きが強く、熱量が大きいほど、照らされた人の想像力も輝きを強め、多くの人に伝播していく。そんな風に思う。

素晴らしい想像力に触れることは単純に楽しいだけではなく、日常をインスピレーションに満ち溢れたものにしてくれるきっかけをくれる起爆剤でもある。望むと望まざるとにかかわらず、今を生きる者は未来を作る役割の一端を担っている。そんな現代人にとって、SF作品がいかに多くのものをもたらしてくれるか、それを改めて感じさせてくれる作品であった。





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