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青い炎【小説】第八話

 かつきの人生が大きく動き始めて四日目の夜。かつきの家に、一本の電話がはいった。ドアがノックされる。
「はーい」
「かつきちゃん? はいるね」
香織だった。ベッドの上で、灰谷健次郎の「兎の眼」を読んでいたかつきはゆっくり起き上がった。香織は受話器を持っている。
「だれ?」
「辰実さん」
 普段、自分たちには興味のない父親からの電話に、かつきは面倒にならなければいいけど、と思いながら出た。
「なに?」
「なに? じゃねえよ。そっちは大丈夫か?」
「直撃は明日だからね」
「明後日、台風が過ぎたら、そっちに行く。なにか買ってくか?」
「いらない」
「……ふん! なにか用事があったら電話しろ」
 声で不機嫌なのは、嫌と言うほど伝わってきた。嫌なのはかつきも一緒だった。しかし、確かめておかなければならないことがあった。
「お父さん」
「なんだ?」
「基地建設に、お父さんが噛んでるって本当?」
「……だったらどうなんだ?」
「別にどうも」
「ふん! 子どもが親の仕事に口出すな!」
 それだけ言うと、電話は切れてしまった。進路のこと、家のこと、自分のこと、聞きたいことは山ほどあったけれど、そんなことを求めても無駄な相手で、そしてそれだけ溝が深いことは、かつき自身が一番よく分かっていた。蝉も鳴かない晩だった。

 台風襲来。そんな言葉がよく似合う朝、かつきはいつもの時間に目を覚まし、風呂に入ると朝食を食べ、新聞とニュースを見る。電話が鳴る。香織がとると、それは学校からだった。察したかつきは、ヨシの部屋へむかった。
「失礼します。おばあさま」
「なんですか?」
「学校が休みなので、今日はうちにいます」
「わかりました」
「失礼します」
 自室に戻ると、なにをしたいのかもわからないまま、マンガを一話だけ読んだり、勉強しようとノートを開いてみたり、好きなユーチューバ―の動画を見たりしていたかつきだったが、ついに退屈さに負け、昼食後、布団にはいった。
「わっ!」
 夜。目が覚める。夢に驚いたのかわからないが、声に出して飛び起きていた。ちいさなかつきの胸がバクバクいっている。そして、自分の寝汗が一瞬のものではなかったことに気づく。クーラーの排気口が開いたままなのに、電源の青いボタンは灯っていない。
――停電か。
 冷静になったかつきは、枕元のスマホを拾いあげ、ライトをつけた。現在の状況を知ろうと一階へおりる。
「あ、かつきちゃん」
 階段の途中で、電気ランタンを持った香織と出くわした。充電がもったいないので、かつきはライトを消した。
「ヨシさん、寝てるから静かにね」
 そう言われて、忍び足でリビングへ。ほかの使用人はみな自宅にいるらしく、家には三人だけだった。
 香織がガスで沸かした熱湯にティーバッグをいれ、かつきに出してやる。かつきはラジオをいじった。FMからは風速二五メートルだと言っている。
 それから、しわりじわりと這ってくるように、退屈が押し寄せた。なにもせずにじっとしていても、汗ばんできて、足の裏が湿気でべたべたした。台風の中、豪雨は激しく降り続く雨音は日常の音を隠すカーテンになり、静寂をもたらしてくれた。しかも停電ではなにもできないので、残酷にもかつきに与えられた時間はただただ自分を見つめ直す時間だった。電池が減るのが嫌で、――なにかあったときにと思い、スマホもいじらなかった。一時間は経っただろう、とスマホをひらくと十五分もたっていない。まさに夜露の中の静けさはこころの疲労が蓄積されていく。
かつきの目には、ろうそくの炎が灯っている。ラジオでは台風情報しか流れていなかった。そのとき。
――!
 かつきははっとなって香織を見た。
「なに?」
「ひとの声、聴こえませんでした?」
「脅かそうとしてるの?」
 香織はとりあってくれない。
――!
「やっぱり!」
 かつきは玄関へとむかった。
――かつきー!
 ドアを開ける。風で勢いよく開いた。そこには広夢がいた。驚いたかつきだったが、とにかく広夢を迎え入れる。
「あや子がゴンドウの様子見に行ったって!」
「!」
 それを聞いてかつきは飛び出した。ただでさえ、あの低い岬は危険だ。島民でもこんな日は近寄らない。ふたりは香織の声も聞き入れずに走った。痛いほどの雨風もふたりを止められなかった。
「いた!」
 広夢が叫ぶ。ふたりは灯台のところに、うずくまるあや子を見つけた。かつきが目の前に飛び出るとあや子は顔をあげた。不安に押しつぶされた顔だ。とっさにかつきはあや子を抱きしめた。まるでそのすべてに恐怖した顔が、鏡に映った自分と同じだったから
「――心配だったんだからな!」
「ごめん! かつき、広夢」
「立てるか?」
「大きな波がきて、腰ぬけちゃって」
 広夢がしゃがむ。かつきは、あや子を抱き上げ、広夢の背中に乗せてやる。すると、バンがやってきた。運転席にゴリ松がいて、助手席には香織がいた。
本当なら、補導だからな。そう言いつつゴリ松は運転している。ワイパーが飛びそうだ。
「ごめんね。かつき」
「いいけどさ」
「からだ、拭いて」
 香織がタオルをとり出した。かつきはまずずっと雨に打たれていたであろう、あや子のことを拭いてやる。広夢は、上着を脱いだ。
「台風情報やってるかな」
 香織がFMをいじると、台風情報が流れてきた。暴風域はぬけたとのことだった。かつきが窓の外を見る雨は降っていたが、日常のスコールほどでもなかった。
 すると、ハガキを読んでいたラジオのパーソナリティが、リクエストを流した。あいみょんの<マリーゴールド>がかかった。
「なんか、青春だね」
 香織が笑って言った。みんななんとなく安心する。香織はすこしだけボリュームをあげて帰路についた。

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