記事に「#ネタバレ」タグがついています
記事の中で映画、ゲーム、漫画などのネタバレが含まれているかもしれません。気になるかたは注意してお読みください。
見出し画像

【キネマ救急箱#9】パーフェクト・ケア 〜突き抜けた狂気は、恐ろしい生存本能のカリスマへ〜

こんにちは。
ニク・ジャガスです。

現在、ミニシアター・単館系などで上映中の『パーフェクト・ケア』

主演のロザムンド・パイクは、第78回ゴールデングローブ賞の「最優秀主演女優賞(コメディ/ミュージカル)」部門にノミネートされ、本作で見事受賞しました。

…それもそのはず、彼女の怪演が冴え渡りすぎている。

『ゴーン・ガール』の衝撃は、皆さまの記憶にも新しいでしょう。
(→劇場で見たのですが、エンドロールに入った途端、前の席にいた男性が「んぁはぁぁ…」とため息をついて座席に沈んだシルエットは今でも忘れません。)

同じ女性の狂気を扱った映画でも、『ゴーン・ガール』はサスペンス、『パーフェクト・ケア』はブラックコメディです。

観客のドン引きした顔を見て、ロザムンドは目元を動かさずに笑ってそうですよね〜。
今、女性の静かなる狂気を演じさせたら、彼女の右に出る人はいないでしょう。

※以下、『パーフェクト・ケア』のネタバレを含みます。ご注意ください。


あらすじ

法定後見人のマーラ(ロザムンド・パイク)は、判断力の衰えた高齢者を守り、ケアすることが仕事だ。常にたくさんの顧客を抱え、裁判所からの信頼も厚いマーラだが、実は医師やケアホームと結託し高齢者たちから資産を搾り取る悪徳後見人だった。パートナーのフラン(エイザ・ゴンザレス)とともにすべては順風満帆に思えたが、新たに獲物として狙いを定めた資産家の老女ジェニファー(ダイアン・ウィースト)をめぐり、次々と不穏な出来事が発生し始める。そう、身寄りのないはずのジェニファーの背後にはなぜかマフィア(ピーター・ディンクレイジ)の影が……。迫りくる生命の危機、まさに絶体絶命、マーラの運命は果たして――

公式サイトより

マーラという美しく、強烈な毒牙

本作の主人公であるマーラは「良心」「罪悪感」という概念を持ち合わせていません。
ひとつも悪びれることなく、明晰な頭脳で、高齢者の資産を鮮やかに奪い取ります。

正しい主張のはずが、「間違っている」と半強制的に飲み込まされる。
善人が報われない世界。
私は、そのような映画が苦手です。

当初、『パーフェクト・ケア』は、その典型のように思えました。

ジェニファーは決して認知症がひどいわけでなく、一人で十分に暮らすことのできる女性。
「自分に介護は必要ない」「自分はマトモだ」と主張しても誰一人まともに取り合ってくれない。
スマホも取り上げられ、外部との接点も遮断される。

私はすぐ、ジェニファーのような人に重ねて見てしまうのが癖で。
ケアホームに収容されるシーンは「濡れ衣」を着せられた気持ちになりました。

…なのですが。

本作には何故か、不愉快な感情を抱かなかったのです。

その要因はマーラの清々しいほどの執念と野心だと思っています。

いつの間にか、自分は彼女に視線を合わせて映画を見ていたのです。

マフィアという社会の闇に打ち勝った、マーラの生き様


『パーフェクト・ケア』は被害者側の目線をほとんど描いていません。
加害者側であるマーラから見えている世界、そして彼女が考える「正しい自分」を描写しています。
それが、まるで自分ごとのように観客に意識づけさせ、味方に変えています。

フランやジェニファーに「あんた、手を引かないと死ぬよ?」としつこく言われているのを、「何回も脅されてきたし、こんなの平気」と答えていたマーラ。

観客は思いますよね。

「あちゃ〜、軽く見ててやられるパターンか…」

法律を悪用した偽善者は、ジワジワと懲らしめられるのが映画の定石。
そのはずが、マーラにはいかなる脅しにも怯まず、マフィアから殺されかけても力いっぱい生き延びます。

最終的にはマフィアに一泡吹かせて、なんとビジネス・パートナーのお誘いを受けることになります。

法の悪用だろうが、なんだろうが誰の目もお構いなし。
自分の野心を成し遂げるためならば、手段は選ばない。

一見すると通用しないような偽善者の生き様が、マフィアという社会の闇に勝ったのです。

この爽快感が、異様な形のカタルシスとなって、観客の心を浄化します。
マーラのような恐ろしい生存本能を持つカリスマに魅了されてしまうのです。

あっけないラストで、観客の心を正しい位置へ

マフィアとの事業が大成功したマーラ。
テレビに出演したマーラは、自身の事業がどれほど社会にとって有益か語ります。

「現実世界でも、こんなものなのかな。」
自分が普段見ている世界が実は汚れているのかも?と思うと一抹の不安を抱く観客もいるでしょう。

ですが忘れてはなりません、これはコメディ映画です。
最後は、とうの昔に決着をつけたはずの相手から銃で撃たれ、あっけない最期を迎えます。

そのシーンを入れずとも、パートナーと車に乗り込み、颯爽と去って映画を終わらせることも出来たはず。

マフィアという巨大悪を味方につけ、無双状態に思えたマーラ。
「なんでそんなところ?」という小さな隙をつかれた彼女を見て、観客は我にかえり、日常に戻っていくのでした。


記事の上部に転載したゴールデングローブ賞の受賞式の様子ですが、ロザムンド・パイクだけドッシリ構えてますよね。
もはやドンと言ってもいいロザムンドは、リモートにも関わらず圧倒的なオーラを放ってました。

今回も、最後まで読んでいただき、ありがとうございました☺️




この記事が参加している募集

#スキしてみて

527,285件

#映画感想文

67,269件

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?