読書感想『ロスト・ケア』葉真中 顕

前代未聞、43人を殺した男に死刑判決が下った。
その報を知ったとき、正義を信じる検察官の大友の耳の奥では『悔い改めろ』という叫び声が響いた。
戦後犯罪史に残る殺人鬼の≪彼≫は、何故そんな犯行に及んだのか‥‥
43人を殺すに至った男の人生は、現代の抱える闇に取り込まれたものだった――


テーマになるのは介護、である。
物語は43人を殺した男に極刑が下るところから始まるが、大半はその殺人の描写ではなくそこに至ってしまうだけの理由があるのだという絶望を知らしめてくるようなストーリーである。
43人を殺した≪彼≫は介護現場で働いている職員なのである。
この物語は2010年前後のため、現在よりも10年以上過去になっているのだが、現状はきっとあまり変わっていないだろう…。
描かれるのは介護をする職員たちの過酷さや、在宅介護の抱える問題、そしてそんな介護をビジネスにしてしまう心無い人たちや、現状を知ることもなく介護は愛をもって行うものだという無言の圧力が中心となる。
すでに家族の顔さえあやふやで会話は成立しないものの、まだ身体には余裕のある親を自宅で介護する過酷さが綴られており、その絶望の中で親だけでなく世話をする人までも壊れて行ってしまう様子が非常にリアルに描かれているのだ…
僕も最近、祖母を亡くしたのだが…その祖母はもうここ2年ほどは僕のことが誰かもわからなくなっていたのでなんかほんと他人ごととは思えないストーリーである。
我が家の場合は幸いにも自宅介護に限界が出た時点ですんなりと施設に入ることができたためここまで大変な思いはしなかったのだが、それでも心理的負担はやっぱり大きかったのも事実である。
この物語は、大事な家族が自分を忘れてしまっただけではなく、自分の実生活を侵食しあらゆる余裕を奪っていく様は身体的にも金銭的にも、そして精神的にどんなに辛いかが描かれているのである。
自分には現時点では関係がなくとも、誰もが避けて通れない人生の終末を描き、そしてその中で守らるべきであろう人の尊厳について考えさせられる一冊となっている。
まぁ若干、事件を起こす理由についての話が多く、事件の描写や発覚のプロセスはとってつけた感はありましたが、この作品自体、書きたいことはそこじゃないんだろということがバチバチに伝わってくるのであまり気にはならないかと。
いやぁ、しんど…
だいぶ前に一回読んでて久しぶりの再読だったんですが、自分の状況の変化などでその重みが前よりも増してる気がしました。
何度も読みたいタイプの本ではないですが、何年も明けて読み返すほどに重みの増していく一冊じゃないかと思います。

・辻堂 ゆめ『二人目の私が夜歩く』

・逢崎 遊『正しき地図の裏側より』

・天祢 涼『希望が死んだ夜に』

社会的弱者って言葉で片づけてくれるなよって思う、様々な事象を小説で読んでは胸が痛む…でも小説で読んで疑似体験してるだけの僕はその厳しさを現実的にはわかってないんだろうなって思う。

この記事が参加している募集

読書感想文

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?