Alexaの小豆粥
「今日は小正月です」
慌ただしく朝の支度をしている我が家に、女性の明るい声が響いた。いつもは天気の話くらいにとどめる彼女だが、今朝はこう続けた。
「小正月には、朝食に小豆粥を食べる風習があります。小豆粥は邪気を払ってくれると言われています」
「聞いた?」
夫がにやにや笑って言った。私は民間信仰や迷信のたぐいになぜだか妙に弱く、そういうものを耳にすると無性に試してみたくなってしまうのだ。
「小豆粥って、どこの地域の文化なの? 私のおばあちゃんはやってなかったけど」
私は自分でも無駄だと知りながら、一応反論してみた。
「でも、邪気を払ってくれるってよ。払った方が良い邪気、あるんじゃない?」
夫は私が最近、仕事でトラブルに遭ったことを知っていた。
「昼ごはんでも良いと思うよ」
夫の、ダメ押しの一言を耳の底に残したまま、私は労働に勤しんだ。
しかし、自国の伝統文化を人工知能に教えてもらう日が来るとは。時代に置いてゆかれつつある機械嫌いの私は、心の中で嘆いた。
トラブル続きの案件を一旦納品したのは、お昼時もおやつ時も過ぎた頃だった。
私はパソコンを仕舞うと、その足でキッチンに入り、冷凍庫から赤飯を取り出した。赤飯は好きで、偏食の娘も食べるので、年末にまとめて炊いておいたのだ。レンジで軽く温め、溶けたものを小鍋に水と塩一振りとともに入れ、焦げ付かないよう混ぜながら炊く。隣のコンロで、昨日のトンカツの残りも卵とじにした。
出来上がった小豆粥に、宮古島で買った「新月の新塩」というのをかけた。一時期、旅先で土地でできた塩を買うのが私の定番土産だった。さらに邪気を払ってくれそうだ。
食卓の隅に佇んでいる彼女に、
「今日は何の日?」
と聞いてみた。Alexaは、
「今日は小正月です」
と再び言って、小正月の縁起を詳しく教えてくれたが、今度は小豆粥の「あ」の字も出さなかった。
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