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よき「老い方」ってなんだろう?大前提として、隠しだてをしない「話しあえる」文化をつくること。 #PositiveNIPPONプロジェクト

2019年4月13日(土)から始まった、限定15人の「ポジティヴヘルス」を日本に拡める伝道者研修「PositiveNIPPONプロジェクト」の参加者の1人、藤岡聡子です。

このマガジンでは、2019年4月13日、27日の国内研修、5月30日〜オランダでの現地研修、そして日本におけるポジティヴヘルスについて、個人の見地をアーカイブしていきます。
Day1:「ポジティヴヘルス」を日本に拡める伝道者研修「#PositiveNIPPONプロジェクト」の始まり
Day2 :自ら実践できないものを、人に強いることはできない。「クモの巣」を使った対話が、ポジティブヘルスの土台。
▶︎ (Interval)  よき「老い方」ってなんだろう?大前提として、隠しだてをしない「話しあえる」文化をつくること。
Day3: 自ら・そして人の強みに目を向ける習慣をつくっていく。
Day4: 「朝起きて、一番最初に頭に浮かぶ”やりたいこと”」から始まる対話で、患者の生きる力を引き出す医師の実践
・Day5:人を含めた地域全体が持続的に健康な状態であることを目指す実践こそ、持続的かつ確実な変化を促せる。

ポジティヴヘルスの3回目の研修と、実践事例のインタビューのため、オランダに向かっています。

ポジティヴヘルス~ の著者、シャボットあかねさんの「安楽死を選ぶ オランダ・「よき死」の探検家たち」の本から、改めて、「対話」する文化について、深めています。

日本でも、2019年、アドバンス・ケア・プランニング(人生の最終段階における医療・ケアについて、本人が家族等や医療・ケアチームと繰り返し話し合う取り組み)が、愛称:「人生会議」 として、現場での広がりを見せています。


「人生会議」のその名の通り、話し合う・という定点として捉えるだけでなく、対話、話し続けることが大事であり、そのプロセスが重要。

ポジティヴヘルスの概念を学びながら、もう一度、よい老い方ってなんだろう?を軸に据え図にしてみました。

この図で行くと、矢印の先端の結果として、オランダでは「安らかな死」としての安楽死が入るし、もちろんその他にたくさんの選択肢が存在するわけです。

今私たちが深めているのは、「人生会議」をする上での一つの手法としてのポジティヴヘルス。新しい健康の概念ということになります。

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オランダだから、対話して成り立つ文化なんだよね・・・でもそれって、果たしてその言葉だけで終わってしまって良いのでしょうか?

ポルダー(干拓地)モデル、オランダ・モデルとして、長い年月をかけて、一人一人が培ってきた文化だと言えるかもしれませんが、つまり、長い年月をかけて私たち日本人もまた、試みることができる、とも取れると思っています。

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少しだけ、オランダでの「安らかな死」、安楽死へ向かうプロセスを続けていきます。

まずは、オランダの医療制度と家庭医制度について。
*全て、「安楽死を選ぶ オランダ・「よき死」の探検家たち」より引用・抜粋させてもらっています。

プライマリケア(家庭医。日常的で身近な病気や怪我を診る、なんでも相談にのってくれる総合的な医療サービス)と、セカンダリケア(専門的な診療や入院が必要な病気や怪我を診る)に制度上分かれている
・オランダに在住する者は、必ず車で15分圏内の家庭医に登録しなくてはならない
・緊急の場合を除き、家庭医の紹介状がなければ、セカンダリケアを受けることができない
・家庭医は受けた相談の96%以上を解決する
・家庭医は患者が受ける医療サービスに関する全ての情報を把握し、生涯に渡り医療記録を保管する

オランダで一般的に安楽死というと、医学的決断である、「医師による安楽死」を指すといいます。
安楽死は「合法」、ただしかし、医師が明記された要件を満たす限りで、罰せられない、ということは注意して覚えておかねばならない点です。

詳しい説明は本に詳しいので、少しだけ紹介します。

医師が安楽死に関わる場合、守らねばならないのは、
・6つの注意深さの要件を守ること
・遺体処理法の規定にしたがって、その行為を自治体の検死医に通報すること
が主にあると紹介されています。

ただし、
・安楽死は患者の権利ではない
・医師には患者の安楽要請を実施する義務はない
ここも、私たちは忘れてはいけない点だと思います。

オランダ・安楽死の5つの特徴が、本文中に紹介されていました。

①安楽死の脱タブー視。
1960年代に花咲いた、中絶、売春、セックスの脱タブー化の波に便乗化したようなかたちで、それまで誰も語りたがらなかった死というタブーから国民は脱した。
社会の世俗化は、それまで神に属する信じられていた生と死を、自己決定権の対象とすることによって、口にすることを容易にした。

②安楽死の合法化が必然であるという見方。
社会全体の自由化があれよあれよという風に実現したのだから、次のテーマである安楽死の容認も、絶対実現されるという雰囲気が社会にあった。
討議は長くなっても合法化は時間の問題で、安楽死は民主主義と人間らしさを追求する社会的プロセスの一貫だと国民の多くが心の中で思っていた。

③「隣人愛」。
これは患者に対する隣人愛でもあり、主治医を含む周囲の人たちに対する患者の隣人愛である。

④自己決定権。
本人の自発的な要請に基づいていることが、何よりも大切な点だ。自己決定は、自己責任。
医師や愛する人たちに迷惑がかからないように意思声明書を準備し、熟慮された要請であるという要件を満たせるよう死のタイミングを選ぶ。オランダの自己決定権は隣人愛、つまり愛する人々との関係も考慮に入れたうえでの、オランダ・モデルの自己決定権だ、だからこそ、「死ぬ権利」より、「安らかな死」を強調するのだろう。

⑤検証性。
乱用されない「責任ある安楽死」であるためには、検証が不可欠と最初から思われていた。そのためには法律よりも、正直に、隠さず話し合える枠組みの方が重要。
この思想のもとに、「安楽死法」の施行30年前から、検察、医療関係の当局、医師会などが話あって、これを守れば原則的に訴追されないというプロトコルを規定し、判決がそれを固めていった。決定に関わった人たちは、小グループの顔馴染み。その信頼関係と、社会的地位の高い医師に対する信頼感が、このようなとり組みを可能にしたのだ。

「安らかな死」に関わる家庭医の実践が綴られています。
本文中にあった家庭医の言葉を紹介します。

「死は敵ではない。”訪れることを願う友人”(と言い換えることができるという意)だ。安楽死を実施したとき、ヘンク(家庭医)は一度も患者に死をもたらしたとは感じていない。本当だったらとっくに到着していたはずの友人である死が、なんらかの理由で遅刻している。その死の背中をそっと、あと押ししてあげるような気持ちで、安楽死を実施する。」
「安楽死は、患者と医者がともに苦しみながら、くるべきはずだった死がこない、他の選択は全くないと、お互い納得し抜いて選ぶ道だ。合法化の前も後も、安楽死は決して患者の権利ではないし、患者の自己決定権の行使ではない。
「死はスピリチュアルなものだ。機が熟すのを待たなくてはならない。合法化されたからといって、患者が安楽死実施を医者に命令する権利はない。もし患者がそう思うのだったら、それは生命の冒瀆だし、医者は応じるべきではない。」
安楽死は決して簡単にしてはいけない。患者も医者もジレンマと格闘しながら選ぶものだ。ジレンマなしには、正しい選択をする叡智は得られないのだから。いずれにせよ、生命の終焉が近づいたら、まず必要なのは緩和ケアだ。緩和ケアがさらに充実して、安楽死の要請が減ることを願っている。」

患者と医師はジレンマと格闘しながら、選ぶーーー。
最も倫理的な生死に関わる話を、対話を用いて、お互いにとってよいと思える選択肢としていく。

非常にタフで、大きな、大きな勇気のいる、対話だと思います。

隠しだてをしない、話し合える文化は、自らの生き方そのものに通じていくのですね。


藤岡聡子
福祉環境設計士⁑軽井沢町・ほっちのロッヂ 共同代表⁑PositiveNIPPONプロジェクトメンバー

また書くぞ!って気持ちになりました。ありがとうございます。
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福祉環境設計士。85世代/夜間定時制高校出身。24才で介護ベンチャー·老人ホーム創業メンバー。現在は「福祉の再構築を」㈱ReDo代表取締役 /医)オレンジ理事/「親の思考が出会う場」KURASOU.代表. US,NZ,DNK留学。写真は英国・ストックウエルにて。
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