小さな庭の小さなおはなし 2
コッコちゃん、おはよう!
小さな鶏舎に声をかける。新築の中では、元気にコッコちゃんが右に左に気ぜわしく動き回っている。
私は戸を開け、頭を少し入れて「よく眠れた?」と尋ねてみたけれど、驚いたようで返答はなかった。それでも艶やかな白い羽に触れてみたくて手を伸ばしてみたら、狭い小屋の中を揃って逃げてしまった。
「なんでやね~ん!」
悔し紛れに突っ込んでみた。
つばきちゃんもおっきいちゃんも、見開いたまん丸い目は真っ直ぐにこちらを見ているが、私との間を取って拒否している。当たり前の事だが、すぐには距離が埋まらない・・・
父ちゃんが小屋の周りに何本かの杭を打ち、それに沿ってネットで囲うと、早々とコッコちゃんの遊び場が完成した。
先ずは小さめのスペースから徐々に拡げる予定で、格安の可動式になっている。やるね、父ちゃん!
私は遊び場にいるコッコちゃんを、張り巡らしたばかりのネットにへばりついて見ている。鶏には初心者ということもあって、飽きることがない。用事を思い出してやり始めても、気になって何度も様子を見に行ってしまう。
そんな動きを数日していると、そのせいか、自分の領域にやって来た鶏に警戒していたはずのモモが、少しづつ前進してネットまで来るようになった。
モモはやはり猫。動くものには素直に反応してしまう。
モモがせわしなく動くコッコちゃんに、私以上に引き寄せられるのは仕方のないことかもしれない。しかも相手はかなりの大物で、なんとなんと!モモのテリトリーの中にいるのだから。
そんなモモが動物愛護センターに来た経緯を、私は今だに知らない。
プライドが高いのか、ずっと黙秘している。
個人情報の観点から尋ねることを慮ったが、ここで過ごした日々に沢山の景色が混ざり合って、そんなことはモモから消し去っていったに違いない。
春にやって来た女の子の誕生日を三月三日と決めて、名前をモモとした。
この訳ありのモモだが、実はイケてる狩りの名人だった!
それはギネスブックに推薦したいくらい狩りがとても得意で、仕留めた獲物の数の多くは、畑によくいる小さなハタネズミ、そしてスズメ、たまにモグラがいる。
獲物の臭いを確信すると、寒くても畑や畦に身をかがめ、身動きもせずにその時が来るのじっと待っている。実に根気が良い。
モモは獲物を捕まえると、褒めてほしくて鳴きながら帰ってくる。
それを戸口に置いたり、履物の横に並べてくれたり、時には気遣って部屋まで運んでくれたりする。(たまに死んだ素振りをして横たわっているハタネズミが、ほとぼりが冷めたころにつぶらな瞳をパッチリ開けて、部屋の中で動きだすときがある。私はなぜかホッとする反面、今度は私がそれを捕まえる羽目になる。なんでこうなるの!悲壮な気持ちで必死に確保すると、お隣さんの田んぼに行ってもらっている)
「アッ——!!・・・・偉いね!頑張った!頑張った!」
私はうかつにも驚く方が先行してしまう。その後、それを打ち消すように褒め言葉を並べ、更にモモの頭をナデナデしてごまかしていた。
ところが、ここ数年の間に様子が変わっていった。黙って庭に獲物を置いている。見つける私は相変わらず慌てふためいている。
モモからのお土産を私が喜んでいないことに、モモは悟ってしまった。
戦利品をくわえて、いそいそと帰って来るモモにも、おもち帰りが今だに叶わない獲物がいる。これだけは毎回敗北の臭いを強烈に漂わせているから、すぐにわかってしまう。
その時のモモの慌てぶりはいつもと様子が違っていて、帰って来ると急いで毛づくろいをし始めるが、すでに身体からは悪臭が放たれ、モモのペロペロではかき消すことが間に合っていない。部屋は無惨にも、普段では有り得ない臭いで満ち、暗黒の世界と化している。
それはイタチから放たれた、あのイタチの最後っ屁!!
私の鼻が、低い鼻が・・・
(イタチの屁を初めて体験した時のことは、今だに忘れられない。新鮮な空気を求めて走って、走った!この時のがむしゃらな走りは、きっと自己最速記録を出していたはず。これは火事場のくそ力ではなく、まさにイタチの屁力だったと思っている。)
・・・強烈すぎる臭いは、今ではお馴染みさんになっているが、モモがいただいてくる度に、私の鼻は声を上げて笑ってしまう。
ここではイタチをよく目にする。昼間でもチョロチョロと動いている。おそらくモモの勝利が訪れる日は、永遠の課題になるような気がしてならない。
コッコちゃんの遊び場が正方形の小さな形から始まって、長方形の長めの遊び場に変わるのには、時間はかからなかった。
ネットまでやって来るモモに、コッコちゃんも引かないで、その内側から真正面で見るようになっていた。
モモはネットの中に入りたくて仕方がない。入っている私の姿を見て鳴いているが、仲良く異種交流を始めようとしている気配ではない。モモの目は狙っている。
さて、どうしたものか・・・一度、四者会談を実現しないと・・・
つばきちゃんはとても積極的でフレンドリーな性格だと思う。おっきいちゃんは怖がりで、リアクションが面白い。
二羽はごはんを運ぶ姿を見つけると、われ先にと走ってこちらにやって来るようになった。フワフワの羽に覆われたお尻を振りながら、走って来るのがたまらなく可愛い!
食べ物をいつもと違う見慣れない器に入れて差し出すと、おっきいちゃんから太い叫び声があがる。
「グッェ!」
それから、しばらくの間は1ミリたりとも動かないで固まっているおっきいちゃんの、そんなところもなかなか愛しい。
コッコちゃんは空模様には関係なく、朝から夕暮れまで小屋と遊び場を自由に動いている。
小屋の中でも外でも虫を見つけるのが速く、小さな虫でも超高速でついばんでいく。
私が遊び場の中に入り枯れた草をよけていると、近くにやって来て虫を探し始めている。
いつの間にか好奇心旺盛なつばきちゃんが、しゃがみ込んでいる私の真横に来ていて、気づいたその瞬間に左の頬にジャブが飛んでいた。
やっ、やっ、やられたーー
不覚だった!突然の出来事に尻餅までついてしまった。
「痛い!」と言葉にしたが、即座につばきちゃんの行動が理解できて、あとは笑いが止まらなかった。
つばきちゃんは私の頬にあるホクロを虫と思い込み、くちばしは頬に付いている黒い色を確実に捉えていた。なんと目がいい!うん?虫とホクロを間違えたから目がいいのか??
笑いすぎて、頭の中で温めていた卵がコロコロと回っていた。
桑原、桑原、しばらくはマスクを着用すること、と自分に義務付けてみたが、それでもコッコちゃんの視線が気になって仕方がなかった。
この頃には遊び場にも止り木ができ、そこで身体を覆っている羽のメンテナスを念入りにしている。時には身体の割には小さめな翼を、バタバタと羽ばたかせ、ご機嫌のように振る舞っている。
そんなコッコちゃんを、父ちゃんは離れたところから見ている。
毎日観察をしているわけではない。どちらかと言えば、この新しい世界に距離を置いている。ただ見守っている。
「いつも居心地の良いようにしてあげないと。」
父ちゃんから優しい言葉が語られるのは、それが元来、父ちゃんの内なるものからきていると感じてならない。
小さなスペースから、できる限り長めの遊び場を切り取り、そこに止まり木を立てた父ちゃん。
「これが生の風見鶏やね。」と私が言うと、顔が緩んだように見えた。
この風見鶏は風が吹いてもクルクルと回らない。そればかりか、毎日北の方角に向いている。時には頭上に現れるカラスやトビをじっと見ている。
空を飛ぶ想いは、今もあるのだろうか・・・
もし止まり木から飛びたてば、空を飛ぶつばきちゃんとおっきいちゃんは何処まで行くのだろう・・・
こんなことを思い描く頭の中で、卵は静かに眠っている。
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