生きる意味なんて見つけなくていい|【禅僧が教える心がラクになる生き方】
どーも!
わーさんです!
日曜日ですので、「2022年に読んだ本の紹介」をしていきます。
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『禅僧が教える心がラクになる生き方』
南 直哉
著者
南 直哉(みなみ じきさい)
・1958年、長野県生まれ。禅僧。
・青森県恐山菩提寺院代(住職代理)、福井県霊泉寺住職。
・早稲田大学第一文学部卒業後、大手百貨店勤務を経て、1984年に曹洞宗で出家得度。
・同年から曹洞宗・永平寺で約20年の修行生活をおくる。
引用元:Amazon
本書の概要
・人生の考え方を見直すきっかけになる
・悩みを変えることができる。
今回は、私が読んでタメになったと感じた部分を3点紹介します。
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■「自分を大切にする」ことをやめる
人はこの世に「たまたま」生まれてきた存在にすぎません。そんな自分と折り合いをつけ、苦しさに「立ち向かう」のではなく、苦しい状況を調整しながら、やり過ごす生き方があります。p.14
あなたは「自分」という存在をどのように考えていますか?
本書では、自分という存在を認める要因は「記憶」と「他人からの承認」だと述べています。
「記憶」は昨日までの記憶です。記憶がなければ自分という人間はどのような人間だったのかがわかりません。
朝起きた時に、記憶がなくなっていたら、自分という存在を認めることができるのでしょうか?
あなたが思っている「私」は存在しないはずです。
また、周囲の人があなたのことを別人のAさん言い出したらどう思いますか?
あなたはそれを受け止め、Aさんとして生きるか、精神を病むか、自死するしかなくなる。
それだけ、自分というのは脆いのです。
ただ、私たちには名前があり、住所があり、戸籍がある。
でも本書では、それはその地点での「属性」にしか過ぎないと述べています。
生まれた時から、私たちは「たまたま」を繰り返しているだけなのです。自分が生まれたいと願って生まれてきたわけではない。
たまたま生まれてきたのが、自分の親のところだっただけなのです。
そのため、自分の存在を感じる要因として、他人からの承認を得ることができるだけで意味のあるものだと読んで感じました。
たまたまその時、その場所に生まれた「自分」なのですから、ムリに折り合いをつけるのではなく、小さい他人からの承認を受けることができるだけで「自分」という存在を認めてもいいのだと思います。
■「生きる意味」は見つけなくていい
「意味のある人生」や「有意義な人生」を送らなければと、肩ひじを張らなくても大丈夫。生きる意味など探さなくても、人は十分幸せに生きていけます。p.20
著者は幼少期に病気を患っていて、「生」よりも「死」を覚悟することの方が多かったようです。学生時代も入退院を繰り返し、全てのことが遅れます。
そこで他の人たちとの距離感が生まれ、そんな自分に対して「なぜ生きなければならないのか」「自分とはなんなのか」。
そのような問いを考えていたようです。
著者が中学3年生の時に、平家物語の一文にある「諸行無常」という言葉に出会いました。
一般的には「この世のすべての出来事は変化していく」ことだと解釈されていますが、著者が感じ取った意味は違いました。
生きること自体に意味などない。
自分の存在には確かな根拠がない。
人の存在には確固たる根拠などない。
生きること自体に意味がないから、意味のある人生など意識して送る必要もないのです。ただ、そう言ってしまうと雑に扱い過ぎていると感じてしまうと思います。
どうしても生きる意味を考えてしまう。
仏教では「一切皆苦」という言葉があります。
この世の全ては「苦」である。釈迦はそう見抜いたそうです。
自分の生きづらさを無視できない人は、仏教に触れることで、私たちは「どうせ、たまたま生まれただけ」だと考えるようになれば、別に難しく考える必要もなくなるのです。
そこから、自分が楽しいと思うことをすればいい。たまたま生まれてきた存在に過ぎないのだからと思えばいいのです。
だから、無理に生きる意味なんて考えてなくていいのです。
■「なりたい自分」になれなくたっていい
もともと人は、「受け身」の存在です。駆り立てられるように積極的に生きるのは、無理なのです。「人生を棒に振ってもいい」くらいの気持ちでいればラクに生きられます。p.36
自分とは、もともと「記憶」と「他人からの承認」によって構成されています。そのため、自分というものがあるようで、実際にはない。
記憶と他人からの承認がなければ、自分という存在を確証づける根拠がないのです。そのため、無理に自分の人生を良いものにしようと意気込まなくてもいいのです。
本書にはそのように書いていますが、少し乱暴な感じもするので、私なりに考えると「思うように生きなさい」ということだと考えています。
何かに憧れを持つこともいいですし、やりたいと思ったことをやるのでもいいです。「思ったように生きる人生」にすることがひとつの道筋だと思いました。
誰かと別に競争しなくてもいいし、理想を追いかけるような人生にしなくてもいい。多少の出来事は別に自分の人生において問題のないことなのです。
自分がしたいと思った経験を積み重ねるような人生になればいいのです。難しく考えない。これをしないとダメとか思わない。
力を抜いて、やれそうなことをやればいいのだと私は感じました。
まとめ
今回は『禅僧が教える心がラクになる生き方』を紹介しました。表紙のサブタイトルにあるように「生きる意味なんて、見つけなくていい」と言う言葉がすべてを物語っているような本なのかと読んで思いました。
最初、読んでいる時は少し当たりが強いなと感じるところもありますが、それは私の価値観がそうさせているだけであって、実際は本書の通り、あまり深く考えなくていい。
私たちはたまたま生まれてきただけなのだからと、考えるようになれればいいのだと思うようになりました。
私自身も生きがいや価値などに悩み、真剣に考えた期間ありました。
それは自分が何をするために生まれてきた存在なのかをはっきりさせたかったと言う想いが強くなったことが理由でしたが、そんなことを求める必要もないのかなと本書を読んで思うようになりました。
人生は時として悩んでしまう人が多いと思います。
そんな時に、自分の人生を肯定も否定もせずに「そういうもんなんだ」とシンプルに教えてくれる一冊だと思いました。ぜひ、手にとって読んで欲しい一冊です。
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