【小説】暗黒(通勤途中に渋滞に巻き込まれた話)

 小説投稿サイト『破滅派』に短編小説を投稿しました。
 同サイト内で開催されている公募のお題に合わせて、「通勤途中に渋滞に巻き込まれた話」というテーマで書いた作品です。
 https://hametuha.com/novel/86957/

題名:「暗黒」

あらすじ

 渋滞に巻き込まれたタクシーの中で、運転手が客に恫喝される。

執筆年

2023

冒頭

 青白い三角形
 を
 目印に
 道を進め、
 と注文を出してくるのだからそれらしい看板を探してみたものの、そんなものは一向に道路沿いに現れようとはしなかった。客が、道路標識のことを回りくどく「青白い三角形」呼ばわりしているのだと気がついた時には、俺が運転するタクシーは、ちょっとやそっとでは動きそうもないしぶとい渋滞に巻き込まれていたのだった。
 「お客さん、こりゃ、なかなか抜けられそうにないですよ」と俺は言った。
 「それは困る、とても困る! なぜ困るかと言うと、今、通勤途中だからだよ」
 妙に説明的な口調で、独り言をつぶやくかのように客が答えた。しかし、はじめからわかりやすい道案内をしてくれていれば、混雑する時間帯、わざわざ大通りを走ったりはしなかったのだ。客の自業自得だろう。
 カーラジオから、犬の鳴き声がひっきりなしに聞こえてくる。何かのドラマなのだろうか、それともペット屋のCMなのだろうか。渋滞のまっただ中、ナレーションもなく、ただ動物の声だけを聞かされるのはあまり気分のよいことではない。客は、苛立たしそうに俺にぐちを言った。
 「なあ、なぜもっとしっかり『青白い三角形』を探してくれなかったんだ? ひどいじゃないか、おかげでこっちは、大事な仕事に間に合いそうもない! なんとかならんのか?」
 自分の説明不足を棚に上げた言い方に、俺の苛立ちもつのっていった。
 「お客さん、道案内するときは、標識なんかじゃなく、建物や看板を目印にしていただきたいですね。『青白い三角形』ですって? そんな回りくどい言われ方をしたって、こっちは何のことやら分からないじゃないですか」
 客が何も返事しなかったので、俺はバックミラーを覗いた。
 俺は息を呑んだ。
 客の右手には、切れ味の尖そうなナイフが握られていた。
 強盗に体中を滅多刺しにされたタクシー運転手についてのニュースを思い出して、俺は、顎が震えだすのを止めることができなかった。
 「あんまりにも混んでいるから――」と客は言った。「ここで弁当を食わせてもらうよ」
 客は、左手にフォークを握り、いつの間にか膝の上に出されていた弁当箱を突き始めた。
 俺はホッとした。
 カーラジオからは、相変わらず犬の声が聞こえてくる。喉から振り絞ったような、苦しそうな鳴き声だ。
 俺は、二年ほど前に飼っていた犬のことを思い出した。ある雨の日、妻が、道に捨てられていたのを拾ってきたのだ。黒い犬だったので、俺は「クロ」と呼んで可愛がった。妻も、俺の命名のセンスを絶賛した。もしも、思わず押したくなるようなボタンが犬の体についていたなら、ボタンを押すときの擬音に合わせて、俺は犬に「ポチッ」と名付けていただろう。俺は、周囲のものに変わった名前をつけるのが好きなのだ。
 だが、クロはある日突然消えてしまった。おまけに、妻までが、何の偶然か、同じ日を境に実家に帰ってしまった。クロと妻を、俺はその日以来一度も見ていない。
 クロが消えた日、家に帰ると、テーブルの上にはドッグフードが散乱していた。言葉を使えないクロなりの書き置きだったのだろう。
 「なあ、運転手さん」と客が言った。食べながらしゃべる客の口からは、くちゃくちゃという音も一緒に聞こえてくる。「あんた、さっき、私の道案内について何か言っていたな」
 バックミラーを見ると、客は、眉間にシワを寄せて俺を睨んでいた。[…]


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