ボランティアを職業にする人になり、3年目、過去とこれから
2年前の夏、僕はボランティアを職業にする人になりました。
ボランティアを職業にする人って何??
やばくない??大丈夫??
頭おかしくなったの??
友達みんなに笑われて馬鹿にされました。
あれから2年。
いまだに、ボランティアを職業にする人です。
最近は、馬鹿にされることも少なくなったかなと思います。
そんな僕の人生22年とこれからを綴ります。
少し長くなるかもしれません。
経歴
・東京理科大学4年(休学中)
・COCOCOLORE EARTH代表
・フリーライター
※COCOCOLOR EARTHは「社会貢献を仕事に」をコンセプトのもとソーシャルに携わる多様化したキャリアを伝えるインタビューメディアです。
1章.生い立ち
1998年誕生。
大阪で生まれて、幼稚園からは神奈川県で育ちました。
小学生時代はサッカーに励み、30人くらいのチームの中で一番下手でしたが、ある必殺技を身に付けて、6年生の最後の大会ではスタメンになれました。
この時の話はこちら↓
サッカー部で一番下手くそだった僕が、手でボールぶん投げてスタメンになった話
中学でもサッカーに打ち込みましたが、膝と腰を痛め、全治1年の怪我を負ってしまいました。
怪我で最後の大会には出れず、時間を持て余していた僕は本を読み漁っていました。
始めは小説を読んでいたのですが、一通り読んで飽きてきたので自己啓発本に手を出したのです。
自己啓発本を読む変わった中学生は、たまたま経営の本を読み、なんとなく経営者になりたいなと思い始めました。
その後、勉強を頑張り自称進学校に入学。
サッカー部に入ったが、怪我に悩まされ、軸を勉強に切り替えて受験勉強に励みました。
特に深く考えることもなく、経営者になるため経営学を学べる国立大学を目指しましたが、受からず東京理科大学の経営学部に進学しました。
2章.ボランティアを職業にする人誕生秘話
大学に入学してから1年間(2017年)は、特に何もせずひたすら遊んでバイトをしていました。
しかし、遊びながらも「このままでいいのか」と皆さんも一度は感じたことがあるであろう「焦り」を僕も感じていました。
また、大学の授業を受けていて経営者になれるのかなという疑問もあったのを覚えています。
何か変わるきっかけがほしい。
そう思って2年生の春休み(2018年)、僕はタイに旅立ちました。
とにかく安く海外に行ける方法を探して見つけたのが、タイの孤児院でのボランティア。
半強制的に友達を連れて申し込みました。
このタイでの経験は一つの原体験です。
孤児院では、日本語の授業や配膳などをしました。
この時に感じたのが、みんなそんなに困ってないことです。
楽しそうで、食べきれないご飯を残したり、スマホを持っていたり。
何しに来たんだろうと思いながらも、孤児院での生活を楽しんでいました。
しかし、帰りに立ち寄ったバンコクでは、路上にたくさんの子どもが物乞いをしていました。
はっと、胸に刺さるものがありました。
帰国して活動を始めるかと思いきや、1年生の時と同様にバイトと遊びの日々が始まりました。
ちょっと海外でボランティアをしたくらいで人生は変わらないみたいです。
そんな日常を変えたのが高校の友達からの連絡。
なんと、その友達は起業していたのです。
その時に、今動かないと一生このままだと思いました。
(この流れマルチに引き込まれる典型的なやつ笑)
幸いなことに友達はマルチの勧誘ではなかったです。
思い立った僕は、たくさんの経営者に会いに行きました。
ある経営者に
「なんで起業したいの?」
と当たり前で根本的なことを聞かれ、この時に
「なんでだっけ?」
答えることができませんでした。
振り返ってみると、中学からこれまで理由なく経営者になりたいとぼんやり思っていただけだったのです。
帰ってすぐ原点に返り、なぜ経営者になりたいか考えました。
そして、経営者になりたいのではなく、「社会に貢献しているという実感を得たい」のだと気づきました。
どうやったら社会貢献をできるのか、すぐに思いつくのはボランティアです。
しかし、タイでの経験から、ボランティアでは難しいだろうと潜在的に感じていました。
頭をフル回転させて導き出した答えがNPOでした。
(当時はNPOとNGOの違いすら知りません。)
とりあえず話が聞きたいと思い、近くのNPOをたずねたり、イベントに参加したりして情報を集めました。
そして分かったことが、「社会貢献してる人で平均以上の年収を稼いでる人ほとんどいない」ことです。
(今は知識も情報も集まって、多くの方が平均以上稼いでることがわかっています。)
話してくださった方々みなとてもいい方でいい活動をしているのに、十分な収入を得れていないことに違和感を感じ、この問題を解決したいと思うようになりました。
社会貢献を仕事にしようと決めました。
ただ、社会貢献という言葉があまりキャッチ―ではなかったのでボランティアに代用。
決めたからには宣言しようと思い、ツイートをしてボランティアを職業にする人になりました。
ここまでがボランティアを職業にする人になるまでのお話です。
ちなみに僕自身、アンチボランティアというわけではありません。
ただ、選択肢として、社会貢献を職業にできる社会を目指したいです。
3章.ボランティアを職業にする人がCOCOCOLOREARTHを立ち上げるまでの迷走期
3章の目次は以下の4つに分かれています。
・お金をばら撒きかける
・環境コミュニケーターになる
・環境用語を超ざっくり辞書を作る
・旅に出る
①お金をばら撒きかける話
ボランティアを職業にする人になると決めた大学2年の夏。
何からしたらいいのかさっぱり分かりませんでした。
はじめに絞りだした僕の考えは、社会貢献をしている人にお金を渡す。
毎月自分のバイト代5万円を渡して、その渡すという行動やその人の活動を発信することで、5万円以上稼げればいけるとガチで思ってました。
今考えると恐ろしいことです(笑)
そう考えた僕は、誰にお金を渡そうかと、またいろんな人に話を聞きました。
その中で、今もお世話になってるNGOの代表に出会い、お金を渡すだけではダメだということを教えていただき踏みとどまることに。
②環境コミュニケーターになる話
お金をばら撒くことが未遂に終わった僕は、再びどうすればボランティアを職業にできるか考えました。
次の考えは、自分の専門分野を見つけて展開することです。
たまたま、そのNGOで開催される環境分野のイベントを運営として参加させていただけることになりました。
そのイベントを通して環境分野に興味を持ち、とりあえず環境分野で専門性を持とうと決めました。
専門性を持つ第一歩として、登壇者に教えてもらった環境コミュニケーターという資格を取ることになったのです。
環境コミュニケーターとは、
正式名称:地球温暖化防止コミュニケーター。
環境省が主催する国民が自発的に環境問題について伝えられる人材を育成するもので、資格を取るとイベントを開催できるようになり、国から登壇依頼が来ることも。
さっそく勉強して無事に資格に合格。
これは違う、、、
言語化できない違和感を感じて、資格を取っただけで僕の環境コミュニケーターとしての人生は終わりました。
③環境用語を超ざっくり辞書を作る話
環境コミュニケーターには違和感を持った僕だったが、環境分野はまだ好きったので、辞書を作り始めました。
辞書を始めた理由としては、環境用語は無駄に難しく書いてあり、もっとわかりやすくしたいと思ったからです。
今となっては本当に血迷った行動だなと思います(笑)
この時はどうすればボランティアを職業にできるかわからなすぎて、僕の中で辞書を作る=思考の放棄でした。
最終的には3か月くらいで300語の環境用語を解説していました。
その時の血迷った行動の結晶はこちら
しかし、300語目の解説を過ぎてから逃避するのはやめようと思い、また考え始めました。
④旅に出る話
そして、僕は大学3年(2019年)の春休み旅に出ました。
鹿児島県から神奈川県までゆっくり北上しながら、行きたいところに気の向くままに1週間くらいフラフラ。
期待満々に行った旅でも何も見つけられませんでした。
もうやめよう。
ほんとに直前まできてました。
しかし、そんな僕を励ましてくれる仲間がいました。
仲間がいなければもうとっくにやめていたなと思います。
感謝しかないです。
そして見つけた手段は、メディア『COCOCOLOR EARTH』
4章(COCOCOLOREARTHの立ち上げから現在)
大学3年生(2019年)の春のある日ふと、
すでに社会貢献を仕事にして活躍している方々にボランティアを職業にするためのロールモデルになっていただく。
びびっとこれだ!
という感覚が急にきました。
これまでの経験から潜在的にヒントを得ていたのだと思います。
そしてたった2人で立ち上げたのが、COCOCOLOREARTHです。
その当時は、「インタビュー」も「メディア」も「ライティング」も知識ゼロで何もわからない状態でした。
しかし、活動してみるとそんなことは、まったく関係なかったです。
無限にやる気が出てきて、勝手にどんどんスキルが身に付きました。
今では、フリーのライターとして案件が取れるほどの成長です。
やりたいことが見つかるとこんなに人って変わるんだと自分自身でも実感します。
無名メディアとして駆け出しだったにもかかわらず、たくさんの方々がインタビューを無償で受けてくださいました。
立ち上げから4か月ほどで毎週ロールモデルを紹介できるようになり、ほんとに周りの皆様に感謝しています。
2020年に入ると、メンバーは増え、プロジェクト制度の導入が始まりました。
僕個人としては、COCOCOLOREARTHを中途半端な状態で就活することができず、大学4年生を休学しました。
休学中は、COCOCOLOREARTHと個人ブログ、フリーランスの3本柱で回しています。
日々のルーティンをこなしているので、休学中の面白い話は特にないです。笑
COCOCOLOR EARTHの必要経費は、イベント主催とわずかな広告収入で最低限何とか回しながら現在に至ります。
設立から1年半経った現在、メンバーは学生・社会人スタッフ含め30名を超えています。
農林水産省やUNESCO(国際連合教育科学文化機関)、NPO法人HERO、株式会社ボーダレスジャパンなど様々なキャリアを歩む60人以上の方に取材を行いました。
インタビュー一覧
https://cococolor-earth.com/interview-summary
5章.これから目指す2つの目標
そんな僕、いや僕たちが目指すこれからの話にようやく移ります。
これからの僕たちが目指すものは大きく2つあります。
社会貢献を仕事にするサイクルを創る
社会貢献を仕事にするサイクルは、COCOCOLOREARTHのコンテンツを通して、読者がロールモデルを見つけ、実際に行動に移す。
その後してインタビューを受ける立場となり、自らがロールモデルとなる。
このサイクルを創ることで社会貢献を仕事にするサイクルを目指します。
社会貢献に特化した採用メディアを作る
社会貢献に特化した採用媒体を長期的に創っていきます。
ロールモデルを伝えるだけではなく、働く場を見つけられる場所を目指します。
特に目指したいことが、国際協力や環境問題など解決したい課題を軸に会社を選べる仕組みです。
現在の就職活動は、IT、金融などの業界ごとや営業、エンジニア、企画などの職種ごとに会社を選ぶ仕組みになっています。
しかし、それでは社会貢献を仕事にすることは難しいです。
業界や職種はあくまで手段の違いであり、その根本には「どのような課題を解決したいか」があるはずです。
このような解決したい課題を軸に会社を選べる媒体を作っていきます。
実は、さらにまだ発表していない壮大なビジョンもあります。
ECサイトや社会課題に特化した大学設立、社会活動家が集まる街づくりなど、やりたいことがたくさんあります。
6章.活動存続の危機
このようなビジョンを持って活動している僕たちですが、活動存続の危機が訪れています。
ビジョンである社会貢献を仕事にするサイクルを創るには、よりわかりやすいサイトとロールモデルの数を増やすことが必要不可欠です。
よりわかりやすいサイトを作るには、読者が自分に合った多様化する生き方、働き方を見つけられるように、現在の無料テンプレートでは難しい配置やデザインを作り込みます。
また、ロールモデルを増やすことで社会貢献を仕事にするサイクルは初めて成り立ちますが、現状では週に一度ロールモデルを紹介できるかどうかという状態です。
これでは、多様化したキャリアを紹介するにはまだまだ足りません。
ロールモデルを増やすには、安心してインタビューを受けていただけるよう信頼のあるNPO法人への登記と継続的に更新するためライターへの報酬が必要です。
これまでの活動資金は、毎週記事を更新し続けることを重視しているとどうしてもマネタイズに力を注ぐことが難しく、Google広告とイベント収益のみで月に3000~5000円ほどで活動してきました。
現状では、週に1人のロールモデルの紹介を持続的に続けることは難しく、サイトも今の状態が限界です。
これでは、社会貢献を仕事にするサイクルの創出はできません。
この度、クラウドファンディングを行うことになりました。
より良い社会を実現するため、皆様に力をお貸しいただきたいです。
このクラウドファンディングは、今後活動が続けられるかがかかっています。
よろしくお願いします。
長くなりましたが、僕の22年の人生を最後は告知で終わらせてしまいましたが、最後まで読んでいただきありがとうございました。
活動費として使わせていただきます。 応援したいと思った方よろしければお願いします。