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【サーフィン小説】ビジタリズム|第13話

<12ラウンド目 フルスーツ

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13ラウンド目 ワイプアウト

結局、力丸は15分ほどの時間をビーチで潰した。

オッキーと被りたくないという思いから、普段やらないサーフィン後のストレッチなんかをしてみたが、それは、そうしている間に和虎が上がってこないかな、と考えたからだ。

しかし——予想通りではあるが——和虎は来なかった。

(まあ、これだけ波がよければ無理もないか)

波打ち際でゆるいオフショアを浴びながらサーフィンを眺めるのは気持ちが良かったから、もうしばらくこのままでいようかとも思ったが、それはあまりにも時間を無駄にし過ぎだろう。

力丸は立ち上がり、ステップワゴンが停めてある場所を目指した。

ビーチの砂を踏みしめながら、この2時間ばかりの間に起きたことを反芻する。

激ウマな少女ナミノリ、前野り、凶暴なローカル(しかも警察官)、117シェイプス、ヒゲもじゃのオージー、怪しい客引き中国人ロングボーダー、そして、再び前野り。

脳裏に浮かぶのは、乗った波のことより、トラブルおよび話しかけられたクセの強いサーファー達のことばかりだ。

疲れた。たぶん、波には10本も乗っていないだろう。だから、この疲労感は精神的なものだ。

(そりゃこれだけ色んなことが起きれば疲れるよな……)

肉体疲労と違って、精神的な疲労には爽快感が全く伴わない。爽快感が伴わないサーフィンなんて、力丸にとって死ぬほど貴重な週末1ラウンドの無駄遣いである。

いつの間にかステップワゴンの前にたどり着いていた力丸は、ボードをアスファルトの上に慎重に置くと、カップから伸びたリーシュの切断面をつまみ上げた。

(もう1ラウンドしたいような、したくないような……)

ビーチに直接面している駐車場——と、言っても、ただの空き地のように見えるこの場所が駐車場なのかどうか確信は持てなかったが——からは、万里浜の南側が一望できる。

スポットを振り返った力丸の目には、波が、相変わらず規則正しくブレイクしていく美しい光景が飛び込んできた。いくら万里浜の地形がキマっていると言っても、別の日にこのコンディションが拝める保証はないだろう。

(やっぱもう1ラウンドだな。どうせカズもやる気満々だし)

と、なると、リーシュをなんとかしなくてはならない。力丸は予備のリーシュを持っていなかった。

何はともあれ、一旦着替えることにしよう。カズが戻ってくるのを待って、近くのサーフショップか、海辺のコンビニまでリーシュを買いに行く必要がある。それに、濡れたウェットを脱げば気分も変わるだろう。

ステップワゴンのロックを解除し、リアゲートを開けるために車の後ろに回った力丸は、ギョッとして立ち止まった。

ステップワゴンの死角になって気付いていなかったが、自分の北側30メートルほど離れた場所にパトカーが停まっていたのだ。

この時間帯、この場所で、パトカーの存在は違和感がありすぎる。これが別の場所だったら、車上荒らしでもあったのか、と訝るところだが、今の力丸が考えたことはもちろん、“オッキーがあれに乗ってサーフィンしに来たのではないか?”ということだった。

あのいかにもジャイアン的な、人に厳しく自分に甘そうな粗暴な男なら、仕事の備品を公私混同で使用することなど屁とも思っていなさそうである。

力丸の直感がそう働いたのには、パトカーの車種のせいもあったかも知れない。それは街中でよく見かける、クラウンなどのセダンではなく、ワゴンタイプのものだったのだ。

少なくとも力丸にとって、ワゴンタイプを見るのは初めてだったが、白黒のツートンにカラーリングされ、ルーフに赤色灯が乗っているのだから、パトカーであることは間違いない。しかし——

(いや、まさかね……)

ボールペンみたいな備品ならいざ知らず、流石のオッキーもパトカーを公私混同で使うことはないだろう。それが許されるとするなら、日本の警察を今後一切信用できない。

力丸は、脳裏に浮かんだ馬鹿げた想像を振り払おうと首を振った。

と、なると、やはりこのパトカーは何か事情があってこの場所に停まっていることになる。それはそれで物騒な気がしないでもないが、力丸にそこまで想像を広げる気はさらさらなかった。

改めてリアゲートを開けようとした時、今度は、パトカーのさらに北側に建っている、白い箱型の建造物が目に入った。

いや、その存在自体は、ここに車を停めた時から気づいていたのだが、夜明け前の時間帯だったこともあり、その時点では公衆トイレだと思っていたのだ。

しかし、どうやらそれはトイレではないようだった。

万里浜のほぼ中央で、ポイントを見下ろすように建っている箱型の建物はどうやら2階建で、その道路側には階段が伸びていた。そして、階段の下に、夜明け前にはなかった立て看板が出ていたのだ。

(お店……?)

力丸の立っている場所からでは距離が遠過ぎてハッキリとは見えないが、立て看板の上部の文字は「Surf Shop」と書いてありそうだった。

力丸はステップワゴンのリアゲートを跳ね上げボードを無造作に車内へ突っ込むと、裸足のまま小走りで白い建物に近づいた。

立て看板との距離が近づくにつれ、ぼやけていた文字が像を結んだ。

(やっぱりサーフショップだ!)

加えて力丸は、その立て看板は手描きのチョークアートであることに気がついた。歩みを緩め、洒落た手描き文字に目を走らせる。

(Surf Shop……WIPEOUT……Manri……ワイプアウト?)

なんて縁起の悪い名前をつけるのだ、ここのオーナーは。

すべてのサーファーが、サーフィンをしている時に最も避けたいこと。それを看板として掲げているとは。「不吉な名前のサーフショップ選手権」があったら間違いなく日本一だろう。いや、世界一だって夢じゃないかもしれない。

(この看板、逆効果なんじゃないのか……?)

よほど趣味が悪いのか、それとも単なる捻くれ者なのか。いずれにせよその名前は、力丸に入店を躊躇させるのに十分な効力を発揮した。力丸同様、この店名を見て入店をやめたサーファーは数知れないだろう。

しかし同時に、今朝の1ラウンドで出会ってきたクセの強すぎるローカルサーファーの面々のことを考えると、この名前は、万里浜に店舗を構えるサーフショップに相応しいような気もしてくる。

看板の下部には“We're Open”とある。おそらく夏場は朝一サーファー達に合わせて7時、あるいは6時ごろから営業をしているのに違いない。

まだ万里ではほんの数時間を過ごしただけだが、これまで感じだと、このワイプアウトというサーフショップも、きっとスタッフ含めて相当クセが強いだろう。

正直なところ、入店したいとは到底思えなかったが、かといって他のサーフショップを探す気力もないのが本音だ。

(リーシュ1本買うだけだしな……)

力丸は意を決した。

しかし、階段に向かって一歩を踏み出した時、自分がまだウェットスーツのままだったことに気がついた。

いかにクセが強い(と、勝手に決めつけているだけだが)サーフショップといえども、流石に濡れたまま入店するのは礼儀に欠いた行為だろう。ひとまず着替えに戻らねば。

力丸は踵を返し、自分のステップワゴンへ向かって歩き出した。

その時、件のパトカーが再び目に入った。近くで見ると、それはekワゴンのようだった。

(やっぱ珍しいよな、こんなパトカー)

何気なく、車内に視線を向けた時、力丸はパトカーの助手席が倒れていることに気がついた。

まさか——

嫌な予感がして、足早にパトカーへ近づくと、力丸は素早く窓から中を覗き込み、目眩がしそうになった。

——はたして、倒された助手席から後部座席に跨って、真っ赤なニットケースに包まれたサーフボードが鎮座していたのだ。

ケースに包まれブランドは確認できないが、見た目の長さ的にも、ほぼ間違いないだろう。

当の本人はどこにいるのか知らないが、十中八九、このパトカーはオッキーがここまで乗りつけてきたものであることが確定した瞬間だった。

〜〜つづく〜〜

14ラウンド目 入店>

ビジタリズム
作=Ario Ike/池 有生
イラスト=ミヤタジロウ

ある時、ふたりのサーファーが初めて訪れた「万里浜(まんりはま)」。そこは、異色のサーファーたちがひしめくワケありのポイントだった!?クセの強いローカルサーファーに翻弄されつつも、そこで割れる最高の波、そして人々に、ふたりは徐々に惹きつけられていく——

ビジターサーファーの視点を中心に、ポイントで交差する様々なサーファーたちを描く、日本初?のリアルサーフィン群像劇。

ビジタリズム(visitorism)」とは、ビジターサーファーとしての振る舞いや考え方を意味する造語。決して「ローカリズム」と対立するものではなく、それぞれ海への距離感は違えど、最終的にはサーフィンを通じてリスペクトし合える世界を実現したいという祈りも込められています。


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