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【第14話】リナ 22歳 あなた、解剖、殉愛歌

 タカヒロから、ついに、「別れ話をされるんだろうな」っておもうLINEがきた。
様子がおかしいと思い始めてから、2ヶ月後くらいだったか。
 実際に、仕事が忙しかったのもあって、あんまりよく覚えてないけど、いろんな辛いことから逃げたくて、最近は薬を飲む量が増えていた。

 彼がなにを話すのか、わからないけど、あたしはなんて答えるべきか。
ずっと好きだったことを伝えるべきか。
それとも、潔く身を引いて、新しく好きになれる人を探すべきか。

 もうすぐ23歳になるあたし。世間ではまだ若いって言われるけど、それはきっと「大学を出て、新社会人として生きているひと」のことを指すんだとおもう。
あたしみたいな、専門学校を中退してフリーター、しかもガールズバーで働く女の子を指すなら、もうおばさんなのかもしれない。
 昔の仲間や同級生で、ママになってる子もいる。大変そうだけど、子どもは他に変えられない存在だって言うし、子どもから必要とされることに、自分の存在意義や幸せを感じるらしいし、あたしもそうなれたらいいのにって、何度も考えた。


 そんな風に考えを巡らせてるうちに、ついにタカヒロに会う日がやってきた。
暑さの名残も徐々におさまってきた、9月の後半。
待ち合わせはいつもの駅で、いつものように彼の家で話すことになった。

 改札に現れたタカヒロは、なんだか少し、服装とか髪型の雰囲気が変わっていた。以前みたいなチャラさが減って、年相応の大人に近付いてるような、そんな雰囲気になってた。好きな女の影響なのかな。
そもそも、こんな長い間会わなかったのも、初めてだ。

 「久しぶりだね。元気にしてた?忙しそうだったけど、体調崩してない?」
 相変わらず、優しくて気遣いのできる男。
 「なんかさー、お店の新人が立て続けに辞めちゃって、その穴埋めでマジ忙しかった。客のセクハラに耐えられないとか言って、突然消える子とかさあ」
 まるで、学校から逃げたあたしみたいだ。どうして世の中には、若い女と見ると、突然に態度を変えて、横暴に振る舞ったり、女性を軽視するような発言をする男が多いのか。
 あたしの父親も、お母さんが話したがらないような人ってことは、そんな人だったのかな。
 「そっか、大変だったんだね。お疲れさま」
 タカヒロの優しい言葉に、涙が出そうになったけどぐっと堪えた。気づかれないように、窓の外に視線を向けた。


 家に着くと、お茶淹れるから座って待ってて〜と、いつもとは違うよそよそしい感じで、促された。
いよいよか……。あたしも、覚悟を決めなくちゃいけない。

 あたしの好きな、カモミールティーを淹れてくれて、テーブルに置かれた。
 「でね、今回話したいことなんだけど……」
 「うん」
 「なんとなく、気付いてるとはおもうけど、俺、彼女ができました」
 「へえ、やっぱり、そうなんだ」
 「うん。俺ももういい歳だし、そろそろ、先のこと真剣に考えようと思って、さ」
 「まあ、そうだよね。タカヒロ、あと2年ちょいで30歳だもんね」
 「うん。だからさ、もう、リナとは今までみたいには会えない……
今まで、ほんとうに感謝してるから、直接言いたかったの。ありがとうって」

 「……。」

 うつむいたまま、顔をあげられなかった。なにを言えばいいかも、わからない。
 もう会えない。辛すぎる。このまま、タカヒロとお別れ?信じられない。
自分でももう、自分をコントロール出来そうにないな……って思った瞬間、口から出た言葉は、

 「もう会えないなら、最後にセックスして。そんで、中出ししてよ!
認知しろなんて言わないし、シングルマザーでもいいから。あたし、タカヒロの子どもがほしい」
 「は?……何言ってんの?どうしたの、ちょっと落ち着いてよ」
 「タカヒロの彼女って、人妻でしょ?それってどうなの?あたし、全部知ってるから」
 「はあ?なに?どういうこと?」
 「タカヒロが酔って寝てる間に、指紋認証でロック解除して、LINEとか全部みたの」
 「え……なにそれ。それって、人として最低なことしてるって、わかってる?」
 「わかってるよ!!それでも、止められないくらい、ずっと前から好きだったの!」

 しばらく沈黙が続いて、口を開いたタカヒロは、
 「ごめん、むり。そんな理由で生まれた子が幸せになれるわけないし、それに」
 うっうう……
 むせび泣くあたしに向かって、彼は言った。
 「LINEみたならわかると思うけど、俺の好きなアリアはライターだから、色々詳しいんだわ。
最近は遺伝子検査が進んでるから、認知しなくても後々厄介なことになるケース、多いらしいよ?」
 「……なによ!!なんだよ、アリアなんて、クソババアじゃん!しかも既婚者とか、平気で不倫する女なんか、クズじゃん。なんで?なんであたしじゃダメなの!?」
 涙が止まらない。感情が爆発して、脳味噌と声帯をつなぐ電気信号が麻痺していて、言いたくもないことも勝手に口から飛び出してしまう。

 「……俺さ、リナの、他人のどうすることも出来ない部分っていうの?それこそ、年齢とか、そういうのの悪口とかは絶対言わないところ、好きだったんだけどな。
でも、ごめんね。今のは俺が言わせちゃったんだよね。
今日はもう、帰って……」

 そう言って、あたしに背を向けたタカヒロの後ろ姿を見たら、もう、本当に、離れ離れになっちゃう……と思うと、自分でももう訳が分からなくなった。

 テーブルに置いてあったスミノフの空き瓶。
あたしが、タカヒロの恋を確信した、インスタのストーリーの写真。
他の女に取られるくらいなら、いっそ、二人で……


 


 気付いた時には、頭とお腹から血を流したタカヒロが、床に倒れていた。
あたしの手には、血まみれの割れたスミノフの瓶が握られていた。

 ああ、やっちゃったんだ、あたし。すごいじゃん、まるで林檎ちゃんとか、あいみょんの歌詞の女じゃん。
太宰治だっけ?あの人も確か、女と心中したんだよね。
あたしはどうやって死のう?この瓶はもう使えないから、包丁?

 今まで何度も見てきた自殺サイトで、手首を切るだけじゃ滅多に死ねないって知ってるから、やっぱり首かなあ?
血が出るところを見るのは怖いから、目をつぶって思いっきり刺そう。

 そう考えながら、倒れたタカヒロにぎゅっと抱きついて、耳元で、
 「あっちで会おうね」
 そう呟き、さっきのシュミレーションどおり、彼の真横に仰向けに寝て、ぎゅっと目を閉じて……固く握った包丁を、「昔、一緒にこれを使って料理したなあ」なんて、幸せだった頃の記憶を走馬灯みたいに思い出しながら、首めがけて力一杯、振り下ろした。



連載は、マガジンにまとめてあります。
https://note.com/virgo2020/m/mbb11240f6784


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