何がどこで役に立つか分からない
この日曜からの出張は、ある農家の下について泥にまみれる1週間だった。
農作業なんてベランダ菜園くらいしか経験がないのに、いきなりガチの田んぼに入るのだから、大変でないわけがない。
胸まである長靴を〈胴つき長靴〉ということも初めて知ったが、これを履いて田んぼに入っていく。
途端に足はズブズブとめり込んでいくが、泥水の中だから何も見えない。
ヤバい!と体勢立て直そうとしても、足が抜けない。
無理に身体の向きを変えようとして、股関節を痛めてしまったりもした。
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昨日、1日の作業が終わったすぐ後に、人と会わなければならなくなった。
が、長靴の中は汗だまりができるほどの状態、腕にも肩まである手袋をはめているのでこっちの中も恐ろしい状態だし、なにせ服も顔も泥まみれ。
とてもこのまま人様に会えるような状態ではない。
いったんホテルに帰って着替えるよりほかないが、汗まみれのままきれいな服に袖を通したくはない。
待ち合わせ場所までの移動を考えると5分しかなかったが、シャワーを浴びることにした。
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東京で一人暮らしをしていた頃、風呂なしのアパートに住んでいたから、毎晩近くのオンボロのコインシャワーに通った。
お湯が出るのは、100円で4分間限り。
それまで大学生活を送った京都では100円で10分間だったから、物価の違いにおののいたものだ。
いくら社会人になったとはいえ、200円も出す気にはなれず、毎夜4分間ですべてを洗うしかなかった。
コイン投入、よーいドン!
出てくるのはまだ水だが、これで頭のてっぺんから足の先まで濡らす。
先にシャンプーするとすぐ流したくなるから、身体から洗うのは鉄則。
全身洗い終わっても流さずその泡で髭を剃り、次はシャンプー。
そして最後に頭から足まで一気に流して終了、はい4分。
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田んぼから上がって泥だらけ汗まみれの僕は、身体を洗い、頭も洗い、服を着て、頭乾かし整えて、5分きっかりで生まれ変わった。
実際にシャワーを浴びていたのは2分間くらいだったろうか。
時短シャワーは何十年かぶりだったが、手順は身体が覚えていた。
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田んぼの中では最初、立つとズブズブ沈むので、ひざまずいてハイハイするしかなかったが、1週間経つと少しだけ歩けるようになった。
かかとの体重のかけ方なのか、なんとなく足がコツを身につけたのだ。
時短シャワーは今回大いに役立ったが、田んぼの歩き方だっていつか必ず。
何がどこで役に立つか分からない。
(2021/5/22記)
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