僕はラクダだ
出張で泊まった東京のホテルは朝食会場がなかった。
代わりに渡されたチケットで、ドトールのモーニングを食べるか、目の前のコンビニで900円の買い物ができると説明を受けた。
めんどくさっ!
だが僕は後にこのチケットに助けられ、ラクダになることになる。
*
本来は今晩の夜行バスで帰るはずだった。
昨日今日の2日間みっちり仕事をし、それからバスに乗り込むはずだったのだ。
台風から逃げて東京入りを1日早めたのに、3日経った今もまだ台風は来ていない。
途中で仕事を投げ出して帰ることになるかもという心配も、これなら大丈夫そうだと安心もした。
そこに届いた1通のメール。
「ご予約いただいている明日の神戸・姫路行きのバスは運休となりました…」
え? うそやろ?
予報では台風が列島を縦断するのは数日後って言うてるやん…
心配になって翌日の新幹線を調べる。
「終日、三島⇔名古屋間で運休します…」
え? マジで言うてる?
仕事をしている場合ではなくなった。
翌日帰るのを諦めるしかない?
でももしそうしたらこのノロノロ台風のことだ、僕は数日間にわたって東京から出られなくなるのは必至。
なら仕事を投げ出して今日帰る?
仕事をしながらそんなことが頭をぐるぐる。
みるみるうちに当日の新幹線の席が埋まっていく。
翌日動けないと知った人たちの取る行動はやはり同じだ。
僕はかろうじて最終便に席を確保した。
でもふと思う。
もし途中、大雨でその新幹線に遅れが生じたら、後続の地下鉄の終電を逃して僕は三宮に泊まることになる。
でも他の人も前倒しで行動しているということは三宮のホテルも軒並み満室だろう。
土砂降りのなか、行くアテもなく三宮の街を徘徊する自分を想像してぞっとした。
そんなあれこれを考えていると、当日の新幹線もほぼ全線で大雨で止まり出した。
せっかく予約した最終便も「出発時刻未定」の表示に。
昨日のうちに帰る選択肢はなくなった。
でも夜行バスはなぜか大丈夫らしい。
2便だけ空きがある。
よし、バスで帰ろう。
しかし手続きをしている間に1便は満席に。
もうなりふり構わぬ争奪戦だ。
名前の入力を間違えたかもしれない、住所も間違えたかもしれない。
でもそんなことに構ってはおれない。
なんとか最後の1便の最後の1席を確保した。
仕事はそこで終了。
いっしょに仕事をしていた人たちが心配してくれて、もういいよ(早よ帰れや!)と。
その言葉をありがたく受け取って仕事場を後にする。
歩きながらに高速道路の状況を調べると静岡で大雨のため通行止めと出ている。
万事休すと思われたが、中央道経由で運行するらしい。
新幹線と違っていかようにも迂回できるバスの強さに救われるが、相当な遅れが見込まれるようだ。
2泊するつもりで荷物の大半を置いたままにしているホテルに急ぐ。
長旅に備えてシャワーを丹念に浴びる。
もしかするとバスの中で何日も過ごす可能性だってあるから。
荷物をまとめ、フロントに事情を説明する。
夜行バスで帰るつもりで鍵は今渡すが、もしバスが運休になったら戻ってくるので、その時は部屋で寝かせてほしいと。
フロントは快く承知してくれ、僕はホテルを飛び出した。
目の前にコンビニ。
コンビニ? そうだ! 僕は翌朝用の900円の金券を持っている!
おにぎり3つ、スティックパン、魚肉ソーセージ、トマトジュース、スポーツドリンクを買い込んでリュックにぎゅうっと詰めた。
めんどくさっ!と思ったチケットがまさかこんな形で役に立つとは。
これで3日くらいバスに閉じ込められても生き延びられる。
いや、背中にこれだけ負っていれば砂漠でも大丈夫。
バスは今4時間ほど遅れて大阪に着いたところだ。
神戸まであと少し。
ここから先、日本一渋滞がひどい阪神高速神戸線。
でも大丈夫、僕はラクダだ。
(2024/8/30記)
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