お姉さん、ありがとう
先日、新幹線の妄想食堂車の記事をあげた。
2000年に廃止された新幹線の食堂車へのオマージュであり、いつの日かの復活を夢見た記事だった。
なのに、次は今年10月末に車内販売までなくなるという。
小さい頃、車内販売のお姉さんが車両に入ってくるだけで緊張が走った。「コーヒー、サンドイッチ、お弁当にビール…」
海賊船の財宝のようにワゴンにぎっしりと積まれた商品たちが何であるかを知りたい、見たい…
でもお姉さんにその目線が見つかると、すっとワゴンが横づけで止まる。
そしてニコニコと訊ねられるのだ。
「何になさいますか?」
わぁ、何になさいますかって、ただ見たいだけで…
「オレンジジュースもありますよ」
あわわわ…「あ、いや、いいです」…すみません。
断るだけなのに、なぜか声がうわずる。
お姉さんはニコリと美しい笑顔を見せ、一礼をしてまた歩みをはじめる。
「お弁当にビール、コーヒー、サンドイッチ…」
あぁ緊張した…
大きくなってからは、逆に楽しみだった。
ものから人へ興味が移ったからだろうか。
ワゴンに何が積まれているかより、今日はどんな人かなって。
目が合うとドギマギして慌てて目をそらすのはあいかわらずだけど。
*
姪の結婚式で横浜に招かれ、新神戸からのぞみに乗り込む。
乗る前から車内販売でコーヒーを買おうと決めていた。
おそらく今回が最後の機会となるだろうから。
でも次の停車駅・新大阪まではわずか10分ほどだし、そもそも山陽新幹線の最後の区間だから車内販売はない。
新大阪から東海道新幹線になり、パーサーもワゴンも一新されていざ勝負。
とはいえ次の京都までも15分ほどだから、車内販売はない。
京都を過ぎ、次の名古屋まで30分ほど。
さすがに来るやろ。
来ない。
名古屋を出る。
次はもう降車駅・新横浜だけど、それまで80分もあるし来るやろ。
来ない。
さすがにちょっと焦る。
目の前のテーブルにはコーヒーと食べようと思って買っておいたパン。
こういうのって降りる間際に来て買えんのがオチよな…と思いかけた瞬間、
「コーヒー、サンドイッチ…」
来た! お姉さん来た! 早く早く!
静岡の手前だ。
お姉さんが客席を順に見回しながらゆっくりと近づいてくる。
あと少し、もう少し!
「あの、すみません…」
僕が言おうとした瞬間、2列前のおっさんが同じ言葉でワゴンを止める。
ウソやろ…
ようやく巡ってきた僕の番。
「コ、コーヒー、く、ください! ホ、ホットで!」
緊張でうわずった声は、あの頃のままだ。
100分待ったコーヒーが五臓六腑にしみわたる。
お姉さん、ありがとう。
これまでずっとありがとう。
お疲れさまでした。
*
昨日、いつも優しい眼差しの記事が楽しみな石川 恵里紗さんが車内販売のバイト経験をあげておられた。
販売側からの視点はとても新鮮で、本当にその仕事を楽しんでおられたことも伝わってきて、僕まで嬉しくなる。
前職では出張が多く頻繁に新幹線を使っていたから、もしかすると僕がドキドキして目をそらしたお姉さんは恵里紗さんだったのかもしれない。
(2023/8/21記)
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