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アメリカの「救済」と「再生」: メディア化するビヨンセ 【REVIEW】 COWBOY CARTER - Beyoncé

2024年3月29日、タワーレコード渋谷に突如 "降臨" した Beyoncé(ビヨンセ)。150人限定の突発的なサイン会が開かれ、巷では「サインセのビヨン会」として早くも伝説として記憶された。

同日、彼女の8枚目の新作で、『RENAISSANCE』(2022) から始まる三部作の第二幕『COWBOY CARTER』(2024) がリリースされた。


※『COWBOY CARTER』のレビューは後半部にありますので、そちらだけ興味あるの方は飛ばしてください。※


「ビヨンセ」のアルバム


2曲の先行シングル(「TEXUS HOLD 'EM」「16 CARRIAGES」)やアルバムティーザーから、今作は彼女初のフル「カントリー」アルバムになるという予想(というか断言)は、リリース数日前に彼女自身によって否定された。

「これはカントリーのアルバムではない。"ビヨンセ"のアルバムだ」

This ain’t a Country album. This is a “Beyoncé” album.

@beyonce. Instagram

結果から言えば、アメリカの「カントリー」とその周りにある音楽を探求し模索しながら、「ビヨンセ」というパワーをもって再定義するのが今作の目的だった。


カントリーとアフリカン・アメリカン


『COWBOY CARTER』はハイコンテクストな作品であると言っていいだろう。このアルバムから聴こえてくる音楽、届けられる物語を紐解くために、カントリーとアフリカン・アメリカンの歴史について簡単に振り返ってみたい。

そもそもカントリーミュージックは、作家のAlice Randall(アリス・ランデル)によると、「アフリカ、スコットランド、アイルランド、イギリスなどの伝統的な楽曲形式の混合で、キリスト教福音主義的な視点をもつ」音楽である。

カントリーには欠かせない楽器のひとつであるバンジョーは、17世紀に西アフリカから輸入され楽器が、アメリカ南部およびアパラチア地方のアフリカ系アメリカ人によって独自の手が加えられた楽器とされている。

バンジョー

また、同じく必須楽器のフィドルは、イタリア語の派生語「バイオリン」に対する英語名であり、二者は実質同義であるが、前者はカントリーやフォーク、ブルーグラス(1940年代にアパラチア南部で生まれた、スコッチ・アイリッシュの伝統音楽の派生。音楽構成はカントリーと酷似)などの音楽の文脈で使われることが多い。

フィドル

しかし、20世紀、特に音楽の商業化が進む頃になると、カントリーは元来のルーツから離れていく。白人の音楽というパブリックイメージが普及していき、田舎の白人労働者階級の生活基盤の一部となっていくのだ。

そんな中で、カントリーやウェスタンミュージックに積極的に挑戦する(歴史を考えば挑戦と言う言葉自体が不適切なのだが)アフリカン・アメリカンのアーティストも存在した。その代表作が、Ray Charles(レイ・チャールズ)の『Modern Sounds in Country and Western Music』(1970)、『COWBOY CARTER』収録の「SPAGHETTII」「THE LINDA MARTELL SHOW」に参加している Linda Martell(リンダ・マーテル)の『Color Me Country』 (1970)、Destiny's Child(ディスティニーズ・チャイルド)の系譜である The Pointer Sisters(ザ・ポインター・シスターズ)の「Fairytale」などが挙げられるだろう。

その後もしばらくカントリー界はアフリカ・アメリカンのアーティストを軽視し、政治的な保守的なファンの基盤を保持し続ける。カントリーと政治性の関係性が最も露呈した事件が、あの Dixie Chicks(ディクシー・チックス)、現 The Chicks(ザ・チックス)のバックラッシュだろう。2003年に George W. Bush(ジョージ・W・ブッシュ)元大統領下のイラク戦争を批判した、ビヨンセと同じテキサス州出身の女性3人組カントリーグループのザ・チックスは、カントリーファンから痛烈な批判を受け、ほぼキャリアの終焉にまで追い込まれた。

Dixie Chicks(The Chicks)

話を一旦ビヨンセに戻す。6枚目のアルバムとしてリリースされた『Lemonade』(2016) に収録されていた「Daddy Lessons」は、彼女の初めてのカントリーソングだった。故郷テキサスでの父の教えと絆、ウイスキー、ライフル、聖書について歌った同曲は、正当なカントリーソングであり、話題作りのためにカントリーに取り組むのとは訳が違う、南部のプライドのとしての彼女の挑戦だった。

同年、カントリーミュージックアワードにて、ザ・チックスと共にビヨンセは「Daddy Lessons」をサプライズパフォーマンスした。素晴らしいテキサス讃歌を届けたのにも関わらず、SNS上ではカントリーファンから痛烈な批判を受けた。あの時のザ・チックスと同じように。この反応は、あの事件から13年経っても、カントリー界の政治的閉鎖感は変化していないことを示すことになった。

2010年代は、トラップを中心としたラップ・ミュージックの隆盛に合わせて、Hip-Hopやエレクトロニック・ミュージックを取り入れたカントリーのサブジャンル、ブロ・カントリーなる音楽も一定の支持を獲得し始めた。しかしこのブロ・カントリーは、カントリー界に従来あったミソジニーやレイシズムをさらに露呈させたとの見方もある。

加えて直近数年の変化にも触れておくと、2020年代に入ると突如としてアメリカのメインストリームのトレンドが変化した。Morgan Wallen(モーガン・ウォレン)、Luke Comb(ルーク・コムズ)、Zach Brian(ザック・ブライアン)のような旧来のスタイルのカントリーが若い世代を中心に再評価され始めたのだ。これらの音楽は、息切れしたラップ・ミュージックとレゲトンに取って代わるように、「歌モノ」音楽に飢えたオーディエンスを満たすことになった。

そして2024年2月11日、ビヨンセは突如カントリーソング2曲をリリース。同時にカントリーを中心に据えたアルバムを予告した。誰も予想していなかった一手である。


「ジャンル」はおかしなコンセプト

先に述べたリンダ・マーテルは「SPAGHETTII」の冒頭でこう問いかける。

「ジャンルっておかしなコンセプトじゃない?」

Genres are a funny little concept, aren't they?

SPAGHETTII. Beyoncé. COWBOY CARTER. 2024

アメリカのポピュラー音楽の「ジャンル」はその有史以来、常に「人種」と不可分であった。音楽の性分ではなく、アーティストの肌の色で音楽をカテゴライズし、乱暴に定義してきた。もちろん構造的差別によるもの。ビヨンセは『COWBOY CARTER』で、この歴史に立ち向かおうとしている。彼女が今作を「カントリー」アルバムと呼ばないのは、カントリーという「ジャンル」自体が、虚構であり間違ったコンセプトだからである。

カントリーミュージックの歴史を忘却し、考えること、思い出すことすら忘れてしまったアメリカの罪を洗い流すべく、真っ白な馬が駆け回る。手綱を握っているのは、カウボーイハットを被ったビヨンセ・ノウルズ・カーターだ。


ALBUM REVIEW

Beyoncé(ビヨンセ)はメディアになろうとしている。『Lemonade』(2016) のシングル「Formation」で「あなたの曲をラジオで流してあげる(I might get you song played on station)」と歌ったときから、その目的は一貫している。『RENAISSANCE』(2024) もまさに、彼女の先にいた数々のアフリカン・アメリカンの女性アーティストたちとクィア・アーティストたちへのリスペクトを、ビヨンセというメディアを通して世界に普及させるコンセプトをもっていた。

同じコンセプトを継承した、三部作の第二幕にあたる『COWBOY CARTER』は、前作よりも焦点をグッと広げ、アメリカという国の音楽を再定義しようと試みている。それはオープニングトラック「AMERIICAN REQUIEM」を再生してすぐに気づいた。カントリーミュージック一辺倒ではなく、Brian Wilson(ブライアン・ウィルソン)や Van Dyke Parks(ヴァン・ダイク・パークス)による The Beach Boys(ザ・ビーチ・ボーイズ)的なアレンジが聴こえてきたからだ。20曲目「YA YA」で同じくザ・ビーチ・ボーイズの「Good Vibration」がサンプルされていることからもわかるように、今作はサイケ、ポストサイケ、バロック、ゴスペル、ひいてはオペラにまで手を伸ばした、無謀とも思える挑戦なのだと、我々はここでやっと気づく。

公民権運動について書かれた Paul McCartney(ポール・マッカートニー)の「Blackbird」と、『Lemonade』収録の「Sorry」の続編とも捉えられる、クイーン仕様に歌詞をアレンジした Dolly Parton(ドリー・パートン)の「Jolene」のカバーは納得の選曲であり、ビヨンセがカバーする意義のあるアレンジに仕上がっている。

「TEXUS HOLD 'EM」ではノース・カロライナ出身のカントリー/フォークミュージック奏者の Rhiannon Giddens(リアノン・ギデンズ)が招集され、印象的なバンジョーとフィドルの両方を演奏している。同曲は4つ打ちのキックが基盤を成しており、オーディエンスを踊らせる___「ホンモノの人生とホンモノの踊り/怖がらないで/フロアに降りてきて」。知性とリスペクトをもって音楽を追求することと、ただがむしゃらに踊ることの上手いバランスは、思い返してみればデビュー当時からの彼女のシグネチャーだった。

Miley Cyrus(マイリー・サイラス)との「II MOST WANTED」は、ボーカルがすごすぎて相手をオーバーキルしてしまいがちなビヨンセにしては珍しい、上質でバランスの良いデュエットソングだ。マイリー・サイラスの最大の魅力はキャラクター性ではなく歌声だと言い続けている筆者の主張をここでもちょっと認めてほしい。一方で「LEVII'S JEANS」で客演している Post Malone(ポスト・マローン)は、ビヨンセと張り合おうなんて毛頭思ってもいない。一歩下がって、ただ楽しそうに歌っているだけだ。

ザ・ビーチボーズに加えて Nancy Sinatra(ナンシー・シナトラ)の「These Boots Are Made for Walkin'」がサンプルされている「YA YA」は今作のハイライト。西海岸のポストサイケ、60年代のスダンダードポップ、そして曲名からも香る Outkast(アウトキャスト)由来のサウスのエッセンスが、この一曲に詰まっている。「テキサスからゲイリーまで/NYCまではるばる下って(From Texas to Gary/All the way down to New York City」と、少し地理的に変な移動をしているのは、Michael Jackson(マイケル・ジャクソン)の故郷、インディアナ州ゲイリーを訪れるためだろう。ビヨンセはいつまでも、自分の音楽的父親が誰であるかを忘れていない。

23曲目「RIIVERDANCE」を境に、アルバムは形相を変えて終盤へ向かう。16分の1のキックがフィーチャーされ、『RENAISSANCE』のグルーヴがほんのり漂う。「II HANDS II HEAVEN」と「TYRANT」でビート志向へと舵を切り、『Lemonade』のような懐かしさを感じる(もう8年前ですから、懐かしいもんですよ)。Pharrell Williams(ファレル・ウィリアム)プロデュースの「SWEET ★ HONEY ★ BUCKIIN'」まで辿り着くと、今度はジャージークラブまで鳴り始める。ビヨンセの古今東西アメリカの旅は、現代のニューヨークで終着点を迎えるのだ。

「AMERIICAN REQUIEM」と対をなすクロージングトラック「AMEN」は、1時間18分の旅の走馬灯のような、あるいは時を逆行するかのような演出で終わる。ここでオープニングに戻って、もう一度再生してみると、あることに気づく。「何も終わらない/何かが同じであるためには また変わらなくてはいけない/やぁ古き友よ(Nothin' really ends/For things to stay the same, they have to change again/Hello, my old friend)」。ビヨンセは、アメリカの歴史を正しく守るために、メディアとなって変化を促す。我々は『COWBOY CARTER』という旅をしていたようだ。罪が洗われて、我々はまた同じ場所に帰ってきた。我々は変わり続けなければいけない。これは、ビヨンセが始めた、「救済」と「再生」の物語だ。


参考記事

https://variety.com/2024/music/reviews/beyonce-song-review-texas-hold-em-16-carriages-country-1235907579/

https://t.co/2h64MykO6B

https://oxfordamerican.org/web-only/black-country-a-love-letter-and-living-archive

https://hyfin.org/2024/02/12/beyonce-goes-country-exposing-the-genres-hidden-black-history/

https://www.prnewswire.com/news-releases/beyonce-releases-cowboy-carter-302103396.html


https://www.independent.co.uk/arts-entertainment/music/reviews/beyonce-cowboy-carter-album-country-review-b2520535.html

https://www.theguardian.com/music/2024/mar/28/beyonce-cowboy-carter-review-from-hoedown-to-full-blown-genre-throwdown

https://genius.com/albums/Beyonce/Cowboy-carter

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