みらいの子

書くことが好きなヴァイオリニスト。ミラノのオーケストラを退団した後パリに移住。note…

みらいの子

書くことが好きなヴァイオリニスト。ミラノのオーケストラを退団した後パリに移住。noteではイタリアのオーケストラで出会った楽しい仲間たちとの生活を描いた「ミラノ回想録」や、パリでの何気ない毎日についてコラムを発表しています。

マガジン

  • 後で絶対に読みたい作品

    今は時間がないけど後でゆっくりと楽しみたい投稿です。

  • 私のお気にいりの作品たち

    ピン!ときた作品や、楽しく読ませていただいた作品を集めています。

  • 素敵なクリエイター達

    時間がある時にゆっくり読みたい作品たち

  • 心にしみた作品たち

    心を揺さぶられた作品を集めています。

  • ミラノ回想録

    毎朝ウィーンのパン屋さんで [ヴィーナー•キプフェル(ウィーン風クロワッサン)ひとつ下さい!]と言っていた学生の私が、ミラノというもう一つのヨーロッパの都会から仕事人生をスタートさせる事になった。そこでの生活、そして仲間についての物語。

最近の記事

  • 固定された記事

G.グールドの波動

時々、行ったこともないトロントの、看板の寂びついたコーヒーショップで、大きくて時代遅れなオーバーコートに毛玉のついた手袋をしたグールドが、ペトラ・クラークなんかの話を店主としながら、バッハ演奏で煮詰まった頭を楽し気に開放しつつハム・エッグを食べている姿が頭に浮かぶ。大通りに面した、世界のどこにでもありそうなただのコーヒーショップだ。”どこどこの、なになにじゃなきゃ”なんて発想は時間の無駄に過ぎない。と彼が言ったかどうかは知らないが、少なくともこの変質的、熱狂的バッハ弾きからは

    • 令和にサザエさんを愉しむ

      少し前になるが、インフルエンザで何日もベッドにいた時にちょっとハマってしまった事がある。 それはYouTubeでサザエさんを観ることだ。 最初は軽い気持ちで見始めたものの、あっという間にその短くも微笑ましいエピソードの数々に埋没していく時間は心地よく、インフルエンザによる精神的、肉体的ダメージも忘れてふと気がつくと2時間が過ぎていたのである。 え?ちょっと待って!これってもしかするとAmazonプライムの映画やトリュフ味のポテチよりも中毒性があるのでは?と気がついた時には既

      • 悪役が好き

        2005年から15年余りも続いたアメリカのTVシリーズ、「スーパー・ナチュラル」を改めて観ていて、ある悪役にハマってしまった。仕立ての良いスーツに身を包み、イングリッシュ・アクセントで話すこの人物はエレガントな見た目とは裏腹に、ロシアの特殊部隊も顔負けの訓練を受けた強者。ジャズを聴きながら敵のいる現場にやってきて、車を降りた瞬間顔色一つ変えずにマシンガンをぶっ放す。 大多数の登場人物たちがチェックのボタンダウンシャツにジーンズでカンザスやミネソタなどを車で行き来するアメリカン

        • パリと昭和っぽさ

          この夏に帰国して驚いたのは、1年前と比べて入る店の多くが無人レジになっていたことだった。 フランスでもコロナ以降、現金の場合は日本のスーパーのようにマシーンにお金を入れるようになって来たけれど、まだとりあえずレジには人が立っている。私はレジの人とコミュニケーションを取れる買い物が楽しいと感じる方なので、無人レジは相当混んでいる時でない限り、味気なくて嫌いである。 家を一歩出たところに小さいけれど安くて美味しい野菜や果物が手に入るオーガニックの店がある。そこにはいつも顔なじみ

        • 固定された記事

        G.グールドの波動

        マガジン

        • 後で絶対に読みたい作品
          4本
        • 私のお気にいりの作品たち
          47本
        • 素敵なクリエイター達
          65本
        • 心にしみた作品たち
          16本
        • ミラノ回想録
          26本
        • レッスン
          5本

        記事

          C'est maintenant (それは今)!

          アリアーヌ どこへ行くんだい? ちょっと着いてきて! 秘密の場所へ連れて行ってあげるから。 秘密の場所って? 前に話した「白い馬の幽霊」が出る庭よ。 あの建物の裏にあるの。今ならきっと怖くない。 やっと夏になったから。 でも、パパがもう行くって言ってる。 だめよ。今なら怖くない。 今しかないわ。

          C'est maintenant (それは今)!

          かみひこうき

          あ、隣の部屋で今日もブラームスの「雨の歌」を母が聴いている。 子供部屋でひとり、人形遊びをしていた私の手がふと止まる。6歳の私はその曲の細部に至るまでよく知っていた。ヴァイオリンの音色が微かに暗さを帯びる瞬間や、それとは逆に新たな音の輝きが増し、それまでの憂いや哀しみを一掃する晴れやかな瞬間などを一瞬も聞き逃すまいと私は身を硬くしていた。 演劇を観るかのように、音楽の中では絶え間なくドラマが起きていた。目も眩むような音のカンヴァス。 そして私には音楽が鳴っている間、周りの世界

          かみひこうき

          今朝窓を開けると眼の前の大きな木に青い鳥が遊びに来ていた。窓から身を乗り出すと空気はびっくりするほど暖かったし、いつもよりも30分も早く朝日が灰色のアパルトマンをバラ色に染め始めていた。 そして勿論、これが幸せだと気づくのに1秒もかからなかった。

          今朝窓を開けると眼の前の大きな木に青い鳥が遊びに来ていた。窓から身を乗り出すと空気はびっくりするほど暖かったし、いつもよりも30分も早く朝日が灰色のアパルトマンをバラ色に染め始めていた。 そして勿論、これが幸せだと気づくのに1秒もかからなかった。

          年末年始に読もうと決めた作品からの抜粋。 すでに電流が走るフレーズだ。 “たとえば地球が球状の物体ではなく巨大なコーヒー・テーブルであると考えたところで、日常生活のレベルでいったいどれほどの不都合があるだろう?” 村上春樹「世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド」より。

          年末年始に読もうと決めた作品からの抜粋。 すでに電流が走るフレーズだ。 “たとえば地球が球状の物体ではなく巨大なコーヒー・テーブルであると考えたところで、日常生活のレベルでいったいどれほどの不都合があるだろう?” 村上春樹「世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド」より。

          TOKYO・ロス

          一昨日、セーヌに架かる橋の上を歩いていたら、突然コンシェルジュリー*が美しい夕焼けに包まれているのを見た。それからその空は私の視線をどんどんと遠くへ誘導して行き、こんなに乾いた街、パリ全体が波止場であるかのように、夕日の沈む地平線が見えたのだ。 それが現実なのか、夢であるのかは少しも問題ではなかった。大切なのは、そのとき燃えるような地平線が見えたということだ。天国のように、蜃気楼のように、そしてなによりも故郷のように。 わたしが「故郷」と聞いたときに思い浮かぶ場所はいくつか

          救いの手

          ある日なんだかとてもくすんだ気持ちで、私はいつものようにパリのメトロに揺られていた。 ぼんやりとではあっても、このまま人生を続けていても一体どんな意味があるんだろうとすら考えていた。 そんな時ふと、ある人の事を思い出した。 ほんとうに何十年も忘れていた人だ。 まるで誰かが私の錯綜した記憶の中からそっと彼女を取り出して、ほら、見てごらんと目の前に置いて行ったみたいに。 途端に不思議なほど目に写っているもの全てが色彩を取り戻した。 彼女のニックネームはナオさん。 ナオさんといえ

          パリ食べ物日記③

          心が曇り空の時に食べるもの パリの11月は冗談じゃなく心が折れそうになる。 夜7時でも真昼間のように明るかった、あのちょっと前までの日々はどこへやら。 朝は9時を回らないと部屋が明るくならないし、夕方は5時を回る前に薄暗くなる。 日が極端に短くなるだけではない。 太陽そのものが姿を消したのではないかと思うほど灰色の空の下で 毎日が過ぎてゆく。 だからたまに午前中、日差しが窓から差し込むと私は太古の人々よろしく窓際に駆け寄って太陽を拝む。拝まずにはいられない。 ビタミンDをあ

          パリ食べ物日記③

          今日は父の85回目の誕生日だったので、プレゼントは何がいいかとパリからLineで兄に相談したところ、これからの季節は温かい股引が一番いいだろうということだった。急いでAmazon でチェックしたらいいものが見つかり、誕生日の日に届けることができた☺️アマゾンさまさま🙏🙏🙏

          今日は父の85回目の誕生日だったので、プレゼントは何がいいかとパリからLineで兄に相談したところ、これからの季節は温かい股引が一番いいだろうということだった。急いでAmazon でチェックしたらいいものが見つかり、誕生日の日に届けることができた☺️アマゾンさまさま🙏🙏🙏

          現代の怪談「タワマン文学」を読んでみた。

          「この部屋から東京タワーは永遠に見えない」 普段ならあまり手に取らない種類の本かもしれない。理由はわからないけれど、日本のいわゆる常識とか共通の認識みたいなものには若い頃から苦手意識が強い傾向にある私は、ある種の作品を避けてきたところがある(後にこの作品がタワマン文学という謎のジャンルに分類されるということを知った)。 昔から、何かと「常識」を振り回したがる日本の老若男女と話す度に自分の可能性が狭められたような、下敷きを頭にこすり付けられたような不愉快さを感じ、「そんな事偉

          現代の怪談「タワマン文学」を読んでみた。

          どこにいるの?

          「どこにいるの?」 瞬発的でありながら、理屈抜きに相手に働きかけるこの言葉の持つ力に気づいたのはいつのことだっただろうか? スクリーンの中、メトロ、 道端など至る所で聞かれるこの言葉は、携帯を握りしめる若きパリジェンヌに限らず日常誰もが発し、どこにいても耳にするわけなのだが、もしあなたがこの短いフレーズをつまらないと思うのであれば、 ぜひ一度このつまらない言葉を「注意深く」発音してみてほしい。 できれば、あなたが日頃から愛情を感じる人物や動物を思い浮かべながら。 そうすれば

          どこにいるの?

          夏とエコバッグ

          夏休みのパリはリラックスムードのファッションが多い。私が真っ先に思い浮かべるのは、超ミニのワンピースから伸びるツヤツヤでよく日に焼けた素脚にぺったんこのサンダルを履いているパリジェンヌの姿。 このスタイルは年令を問わずこれからもずっと夏のパリの街に残り続けるだろうなと思う。 一方で、肩の出たちょっぴりセクシーなロングワンピースという人もいる。ところが意外と目につくのは夏の軽い洋服に、バッグは意外と年季が入ったイカツイものを持っていたりするところだ。 今日もメトロの中でサマー

          夏とエコバッグ

          19年目の滞在許可証

          パリにやって来て今年で19年目になる。 わたしは一体なぜそれほど長くこの街に住み着いてしまったんだろうか? 自分でも良くわからない。ただパリに辿り着くことが自分の人生にとって相当大切なことだったんだろうなとは思う。 今思えばわたしのパリ狂ぶりは筋金入りで、それは高校時代にまで遡る。 寝ても覚めてもシャルロット・ゲーンズブールとかリタ・ミツコなどのフレンチ・ポップスを聴いていた。とにかくシャルロット・ゲーンズブールが好きで、彼女が出演した映画は必ず観に行き、中でも「小さな泥棒」

          19年目の滞在許可証