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ただそこに選択肢があること

ラクトースフリー、オートミール…牛乳にも色々な種類がある。
スウェーデンでは、スーパーの棚にもお店のビュッフェにも様々な「牛乳」を置いていることが多い。
カフェでラテを頼むと大体「regular milk? or special one?」と聞かれる。
特にどの牛乳が体に良いとか、どれが環境に優しいとか、必要以上に強調されることはない。

ただ、そこにあるのだ。
誰かに何か特定のものを勧めるわけでもなく、ただそこに選択肢がある。

これはヴィーガンに関しても同じように思う。
どのレストランのメニューにも大抵、少なくとも1つはヴィーガン用のメニューがある(例えばランチメニューが3つある場合、最後の1つはヴィーガン用のメニューになっていることが多いし、ラーメン屋にもヴィーガンラーメンがある)。
また、一般のスーパーとは別にヴィーガン食材のみを売っているお店もあるが、それが特異な存在としてあるわけではないように思う。アジア食材を売っているアジアンマーケットと同じように、必要な人に対して必要なものを売っているお店、というだけだ。

選択肢がある。何を良いと感じ、どれを選ぶかはその人次第。
選択肢が対等に、その場に馴染んで自然に存在していること。
特定の選択肢のみが正解であるかのように語られていないこと。

色々な個性がその場に馴染んで存在している状態そのもの、そこに誰かの主観や判断が入り込まない状態が、様々な人の在り方をありのまま受け止めるやわらかさを生み出すのかもしれない。

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