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『召使たち』④(作:ヴー・チョン・フン):1930年代ベトナムのルポタージュ

 Ⅳ 人間をする価値というもの

 ・・・題の意味することはつまり、人が太刀打ちできないほどに家畜が価値を持つ場合があるということだ。実際に私は犬の中でも主人に牛肉を買い与えられているものを見ている。また主の家の中で召使をしている者以上に犬が毎月主人に金を消費させていることもあるのだ。
 老若男女あらゆる種を備えた十六人は、各人が犬のようにと願おうと、また一方で非常に面倒で骨の折れるものでも意義のある労働に四肢を捧げて服したいと思おうとも、依然仕事も得られず稼ぐこともままならないままでいた。
 私はまだ十二歳にも満たない少年少女たちを指して婆さんに尋ねた。
「あの子たちについてですが、あなたは稼ぎの内で毎月どれほどの手柄を与えてやるつもりなんですか?」
 婆さんは頭から足先まで無軌道に私のことを見つめると踵を返し他の場所に移った。しばらくしてようやく返答した。
「このご時世に、私らはあの小僧たちにずっと労働の見返りに飯をくれてやっているんだ、見捨ててやらないだけでもありがたいと思え!」
「それでは、現金の給料はこれっぽっちも・・・」
「その通りだよ!しかしあの子らで得られるのも五スーと一ハオ程度だから、十分なものさ。ぼけっと座っているより、安値でも占い屋をしている方がいい・・・」
 私は自分と歳もそう変わらないような若者たちを指して尋ねた。
「それで彼らは?」
「あいつは五ハオ、あいつは三ハオ・・・」
「それじゃあ老女中として働こうとしているお婆さんたちは、あそこの木の隅でトウモロコシを座って頬張っている」
「値段を付けるほどに行き先もありゃしないよ」
 私は一人の乳母の女を指して尋ねた。
「それじゃあ、あの若い乳母は?」
 婆さんは声色を変えて答えた。
「あー、この子にはねえ、最低でも二ドン手柄は取れるような場所を見つけてやらないといけないね!給料は少なくとも一ドンを要求されそうさ!あの子は大層美人だからね!最高級の乳を出すんだ」
 この時婆さんは遠く方を見やると歩道に引き返し座った。しばらくして白く薄い絹の服と大きなイヤリングを身に着けた中年の女性が姿を現した。彼女は婆さんに手を振って言った。
「ねえママ! 先月来た乳母さんに家を出たいって懇願されましたわ!」
 手配師の婆さんはまるでバネに押されたように飛び上がって叫んだ。
「なんてこと! どうしてそのようなことを?」
「その子の夫が亡くなったんですって、それで十五日ほど帰省したいとか。わたくしその子にはちゃんとお休みを差し上げてよ」
「ああそれはよかった、何か悪い評判でもお与えになったものかとばかり」
 人が亡くなったという悲報を前にして老婆が長い溜息ついたのも、つまりは一瞬の不安が消えて安堵したからであった。その女性は続けざまに尋ねた。
「うちの息子の嫁だけど、未だに調子が悪いみたいなの、だからママの方で誰か今すぐに代わり用意できない?」
 婆さんは考え込むような様子をして見せて、しばらくしてからやっとのこと答えた。
「奥様、居ると言えばあそこにいるんですが・・・。しかしあそこにいる子に関しては私もリーさんと約束のようなものをしてしまっていて・・・。あの子を今すぐ奥様のところにやるべきか、もう少し待たせておくべきかは、私も判断しかねるところですし・・・」
 その女性は気にも留めずに言った。
「いいわ、ざっと見て良さそうだったら、すぐにその子を渡してもらいます。うちのお嫁さんは調子が悪いばかりで全然よくならないもの」
「奥様のご苦労はお察ししております。」
「まったく!今ならこんなに多く人がいるんだから、昔のようには苦労しないじゃない。リーさんにはママの所から他の子を見つけてあげられるでしょう」
「立て、早くこっちに来い、そんなあほ面さらして座っているつもりか?」
 女性は頭から足の先まで例の若い乳母を見終わると頷き言った。
「ふーん、いかにも美人って感じね、母乳の方を見せてもらえる?」
 婆さんはすぐさま答えた。
「申し上げます。それは元々田舎に住んでおりました。彼女は村長代理の妻でしたので、生まれてこの方一度も労働で手足を汚したことがございません!」
 若い乳母は下着を外すと白く柔らかい乳房があらわになった。彼女は片側の手の平に母乳を絞り落とした。
「とりあえず、いいじゃない」
 不満があったのか、婆さんはその女性に断りを入れた。
「いまなんと! このような乳に奥様は『とりあえず、いいじゃない』とおっしゃいましたね。一級品の数えられるほど良い乳なのですよ、奥様」
 女性は口をへの字に曲げた。
「ええ、一級品ね!」
「間違いございません、彼女は初子を産んだばかりですし、生まれてこの方一度も働いたことがないときた。さらに元村長代理の妻で、他の人様のように苦しみ生きたこともありませんから、母乳が良くないわけがございません」
「それでいくらなの?」
 婆さんが先にしゃべるので、若い乳母は答えるのに間に合わなかった。
「ぜひ奥様にもリーさんがその子に述べたような金額を・・・」
「だからいくらなの?」
「それがリーさんは毎月三ドン程度の美しく良い乳母を一人見つけておいてくれないか告げられておりました。最近は少し私も忙しくて、それでリーさんにはまだ彼女をお送りしていなかったんです」
 乳母を雇いに来た女性は口を尖らせて言った。
「いやよ、わたくしは前の乳母と同じ金額しか払わないわ、つまり二ドンね」
 直ちに婆さんは手を合わせたまま礼拝を繰り返した。その様子はまるでどこか宮殿の戸の前に立っているかのようであった。その後顔を他の場所に向けてしまうと、婆さんは返事もしない。
「どうなの?」
「恐れ入りますが、彼女には二ドンと九ハオと九スーをお支払いください。奥様は真剣に彼女をご覧になられているのですか?」
 我も忘れてその中年女性は叱りつけた。
「一体あなたに何の関係があるというの? 自分の立場を知りなさい、あなたは自分の謝礼だけもらっていればいいじゃないの、どうして他人の給与にまで首を突っ込みたがるのかしら」
 若い乳母は末恐ろしくて婆さんを正面から見られないでいた。婆さんは物腰柔らかく静かな口調で述べた。
「お言葉ですが奥様、お借りする際には、奥様にもこの乳母にはリーさんが提示した給与と同等の金額をお与え頂きたく存じます、何か約束を破った時には補償もいたしますので」
 その女性はしばらく驚きで立ち尽くした後、踵を返し消えてしまった。私は老婆に尋ねた。
「ねえママさん、さっきまでひと月辺り二ドンは要求するって言っていたと思うだけど・・・」
「そうさ、しかしこの商売は搾り取れるだけ搾り取った方がいいのさ。あんたはこれからどうなるか見ておき、どっか行くんじゃないよ今は」
 六時半ごろ、案の定あの女性が再び姿を現して言った。
「いいわ、わたくしも誠意をもって彼女には毎月三ドンをお支払いしましょう。それでママは何時がお暇かしら、その時にまた謝礼をお持ちしますので」
 嫌悪感を表すように老婆は頭を一度引っかくと、顔の皺をゆがませ不満を述べた。
「恐れ入ります、誠に奥様には頭が上がりません! 今より私は先客のリーさんのために他の乳母をすぐに見つけに行かねばなりませんねえ・・・、奥様には五ハオを先払いして頂きたく存じます」
 女性が五ハオ払うことを認めたので、老婆はその若い乳母に告げた。
「じゃあこの奥様についていくんだよ。午後に私も謝礼を全部もらっているだろうから、夜にはお前の所に立ち寄って服の入った籠を届けるよ・・・。まあ、奥様の福徳の人だし、ご夫妻も慈悲のある人なら、あんたも相手家族には礼節と恩義を持って生活するんだ。大人しくしていれば子どもをちゃんと世話しているように見えるから」
 彼女らは離別した・・・。手配師の老婆は無事「人の首を絞める」生業に成功した。人間をする価値とは、特に召使たちに関して、決してその個人の力量にあるのではない。それは下いびりの上へつらいで一生において真実など決して述べることない口達者に全てを巻き上げる糞婆の舌先に追従するのである。
 この日の朝はそのようにして過ぎ、夕方を迎えた。結局老婆が「売り込めた」のはあの若い乳母一人だけであったが、それでも老婆が金を手に入れたことには変わりない。一方で十五人の人々がさらに飢えていくからと言って、老婆に何を求めよう。なぜならば、事に老婆に関しては、他人の代わりに飢えてやる必要などないのだから。彼ら彼女らの仕事はひたすらに歩道の端で見捨てられたまま商品としての陳列を成すこと。それ以外は足を外に伸ばすか股を割るかしてズボンの腿の辺りまでめくる上げたまま行われる人類のすね毛に関する「探究」か、居眠りである。
 次に私はある下女に尋ねた。彼女とは昨夜飯屋で幾らか話をしていた。立ち上がり辺りを見回すと、彼女が歩道の隅で大きなブンチャーをがつがつ食らいながら身をかがめているのが見えた。私は尋ねた。
「なんとまあ、大層なマナーじゃないか?」
 彼女は無邪気に笑い、返答した。
「ご丁寧にどうも! あなた数日で仕事辞めたばかりなんでしょう、何をやらかしたの、ご飯も三スーすらももらえなくなっちゃって!」
「まあね、そこの主人も俺を首にしたばっかりだから、人手が必要なのにまだ誰も雇えてない状況なんだぜ。興味があったら、君のこと話して来てあげるけど」
 彼女は深く考えることもなく返答は滑らかであった。
「あんがとー、あなたってとても親切ね」
「心がこもっていないなあ、そんなあっさり言われちゃあ。俺は冗談を言ったんじゃないんだぜ」
 彼女は依然心ここにあらずに述べた。
「自分の仕事を辞めてまで果たしてくれた親切なのね、なんて親切なんでしょうねえ?」
 私は弁明した。
「いいや、私が仕事を辞めたのは個人的な理由さ。むしろそこの主人が野卑な奴だからってわけじゃないんだ」
「そう?」
 彼女の最後の一言はあくまで自らに発したもので、それは寡黙を支えるためのものであった。彼女は再び静かに頭を下に垂れて食事を始めた。このお嬢さんはまったく失業している最中であるというにもかかわらず、仕事を必要としている素振りもない! 彼女はただそこでぼんやりとするばかりなのだ。
 私はその場を離れて元締めの老婆のご機嫌取りに向かった。
「ねえママさん、私がやめちゃったところなんですけど、あそこって女中を一人必要としているんですよ。それでママさん、あそこのお嬢さんはどうです? 私も本気じゃないなら、わざわざこんなことは言いません。絶対彼女なら、そこの人々たちに歓迎されるでしょう」
 この老婆はとにかく冷淡に述べた。
「本気か冗談か?」
「本気です、むしろどうして冗談なんか?」
「人が欲しいという客人らだったら、ここに来とるはずじゃ!」
「しかし、彼女にはどこか即日に仕事をやった方が、だってその日のうちの方がいいでしょう? 彼女に次の仕事を待たせてばかりで飢え死にさせるよりはましじゃないですか?」
 老婆はさっそく明らかに口先を長く尖らせて言った。
「あの女がすぐに飢え死にしそうだと!」
「そうですよ、彼女は仕事に行かせてやるべきでしょう?」
「あんた、その女に一度聞いてみな!」
「もし仕事が必要だと言ったら、そこが一番良い所ですからね!」
 老婆は激怒し述べた。
「うるさい奴め、これ以上しゃべるな、女に聞いてみやがれ、お前さんは仕事を必要としているのか?とな」
 嗚呼!奇妙な! 召使というものが、その失業の最中、仕事を欲しないだなんて! それは一体どんな理由があるというのだ? 細部を知らぬ私がそれを理解するべくもなかった。

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