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『召使たち』(作:ヴー・チョン・フン)の翻訳を掲載するに当たって

これから十回に分けて、1936年にハノイ新聞で掲載されたヴー・チョン・フンのルポタージュ『召使たち』の翻訳を稚拙なものながら掲載していく。

内容は題名が指し示すように、1930年代のハノイを召使として生きた人々たちのルポタージュになる。作者自身が無職者を装い、召使や乳母などの手配師をしている老婆の下に直接出向いて、また飯屋の屋根裏部屋を寝借りしながら、書き上げた潜入型のルポタージュになる。

ほぼ同じ時期に日本では、細井和喜蔵が労働者の体験記録兼調査書である『女工哀史』(1924年)を出版している。またフランスではシモーヌ・ヴェイユが一年ほど工場で労働を行ったのも同じ頃(1934年)だったという。特に何か国語も通じているわけではないので確かなことは言えないのではあるが、各国で資本主義的な経済が大きな力を見せるようになり、その労働環境が大きく変化していこうとする社会の中においては、自国の今の実状を後世に伝えたいと願った作家たちが(まだその時は市井の人であったであろうが)世界各地に存在していたのではないかと思う。ベトナムにおいて、その願いを持ち合わせていた作家がヴー・チョン・フンであったといえよう。

まるで通じ合っていたかのように、自国の労働環境の歴史を残そうという意識の醸成がなされた時代の作品が今の時代に何を伝えようかといったことについて長く講釈を垂れるのは私自身得意のするところではないが、良き読者であれば、こういった作品を翻訳する意図は容易に汲み取ってくれると思うのは、いささかも怠慢ではなかろう。現代、派遣労働や技能実習制度がメディアに取り上げられる際にはその実態に様々な色がつくこともあるが、雇用する側の人間と雇用される側の人間との間で生じる社会関係性を根本的な態度で改めようとする時に、この作品が些細な一助になれば幸いである。

なお上記に掲載写真はフランス人写真家であったCharles Peyrinが1930年代にハノイのハンダオ通りを映したものである。

Cơm Thầy Cơm Cô (Tác giả: Vũ Trọng Phụng)
Đăng trên Hà Nội báo(số12-18)-1936

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