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夏休み怪奇特集 知らない作業員

 一切の陽の光が差し込まない暗黒の地下──免震階。ビルメンテナンスの方以外立ち入ることがない前提で設計されたその場所で工事をする作業員は、さながら迷宮に囚われたミノタウロスの様相を呈し、憤怒の表情で目を凝らし図面を眺めても現在地はおろか東西南北すら分からない。心細いヘッドライトの灯りを頼りに作業場所を探し歩いていると突然!
「ババーン! キャー」
鉄骨梁に干した軍手が───!

さて、お化けなんか嘘さと強がっていてもやっぱり怖いのは暗い場所。そして建築現場には暗い場所が付き物。地下、免震階、メンテナンスホールの中(ピット)、各種配管スペース、エレベーターシャフト、そしてそれら含む全てが闇に包まれる残業時。
軍手が梁からぶら下がっているだけでも恐ろしいのにそんな中を1人残業していると、ふと「今急にびっくりさせられたら死ぬ…」と思うぐらい怖くなる瞬間がある。ましてや実際死亡災害が起きている現場では──そう、建築作業員にとって死は身近に存在するものなのである。

 ある現場があった。そこで不幸な事故が起き、2人の作業員が亡くなった。現場検証、事情聴取、災害発生箇所には献花台が置かれ線香が絶えず炊かれている中、わたしはその現場に赴任した。作業内容は「事故を受けゼネコン会長が現場視察をするので3日後までに、現場全ての安全整備、整理整頓、清掃」だ。つまり72時間は帰れないという事だ。
25階建てのオフィスビル。躯体、外装工事が終わり内装工事全盛期、外部足場解体前で作業全ストップの状態。24時間で8フロアーずつやっていては終わらない。目標は初日で12フロアーだ。わたしには昼夜計30名の作業員が預けられた。所属会社はみんなバラバラ、急遽呼び集められた不幸な作業員たちは12時間毎に全員入れ替わる。わたし以外。
「いつも申し訳ないけど頼む!なんとかしてちょ。」
と社長に言われて来たが今回ばかりは手に負えないかもしれないと思った。

作業はやはり捗らなかった。原因は産廃ヤード(ゴミ捨て場)が4階にあることだ。エレベーターの積載量の関係で集積も搬出もままならず4階はクリスチャン・ボルタンスキーのインスタレーションのようになっていた。

ボルタンスキー展 2019年 強烈な死のイメージだ


初日24時間の成果は6フロアー。目標の半分だった。

2日目。わたしは「最後にして」と言われた1階をまず片付けて産廃搬出車両を常時待機させることを提案しに建物3階にある仮設ゼネコン事務所に向かった。ゼネコン事務所には立派な神棚があったがその真上が4階ゴミヤードだった…。やはり途中階にゴミヤードを作るのはダメだ。

2日めの成果は10フロアー。計16フロアー終了。最終日9フロアーやれば終わる…が、わたしには細い糸のような体力しか残されていなかった。

3日目は豪雨。社長が頑張って動いてくれたお陰で日勤、夜勤で計35名の人間が手配できたようだ。日勤で6フロアー終了。あと3フロアー───

深夜。0時から1時までの休憩時間の間にわたしの携帯が鳴った。
「外部足場からすごい浸水です。何とか助けて」
監督からだった。場所は25階。
「休憩中申し訳ない。誰か2名手を貸して。」
わたしはぐったりと休憩中の15名に向かって言った。3日目ともなると殆どが見知った顔になったので誰か手伝ってくれると思ったが、疲れからか誰も手を挙げなかった。
「残業2倍つける。」
すると後ろのほうで2名、ふらっ…と手を挙げた。知らない作業員だった。
「ありがとう。」
2人を連れ25階のガラスダメ部分にサン木とシートで雨養生をし水替えと送風器で被害を最小限に食い止めた。
「ありがとう。」
「……。」

2人とも終始無言だ。わたしは階段を下りる。その時、ハッ、と気づいた。

知らない作業員2名

事故で亡くなった作業員2名



────まさか!!!!わたしは怖くなって振り返った!2人は目を伏せて無言で追いかけてきている。真っ暗な階段をわたしは時々振り返りながら駆け足で1フロアー…2フロアー…3フロアー…4フロアー──!!
パニックになってなんか話しかけようとしたその時、通りかかった20階の土間に軍手がもっこりと落ちているのを見つけた。
「あっっごめんね!ちょっとああいう軍手とか落ちてると所長になんか言われるからさ拾ってきてもらってもいい?」
わたしが努めて明るく話しかけると、2名のうち片方が無言でゆらり、と軍手を拾いに行った。すると──


ムニュ 
もっこりした軍手の下から何かが出てきた。

「ワーすいません!これ!これ下ウンコです!!」
知らない作業員が大声で叫んだ。
「ウワー!!ウワー!!」
もう1人の知らない作業員が叫びながらわたしの後ろに隠れた。
「自分、ウンコダメなんですよ!ウワー!!」
絶対こいつらは幽霊じゃない、人間だ!OK!
わたしはとりあえず、うん手を余ったシートに包んでガムテープでぐるぐる巻きにした。
「ウワー!!」
「ウワー!!」
知らない作業員は2人ともウンシートから逃げ回っている。わたしは「大丈夫です!大丈夫です!」と言いながら階段で2人を追いかけた。1フロアー!2フロアー!!

仕事はギリ終わった。

怪奇特集 おわり


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