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やりたいこと、できること、人の役に立つこと

お世話になります。てっぺいです。

全30回あった平成の夏が終わりましたね。
僕は1988年生まれなので、全ての平成夏を経てきましたが、第14回、第18回、第26回、第28回がめちゃ楽しかったです。

最後のこの夏も、やりたいことは沢山ありましたが、できたことは先祖の墓参りぐらいで、特段語るような夏の思い出はありません。

やりたいことを全部できた人はすごい。
行動力と実現力に敬服します。

やりたいことを実現するのは本当に難しいです。

これは「生き甲斐」についてまとめた有名な図です。
好きなもの(やりたいこと)、得意なもの(できること)、世の中が必要としているもの(人の役にたつこと)、対価を得るに値するもの、それら全てを兼ね備えたことが生き甲斐。

それはその通りだなと思います。
もしも生き甲斐を仕事に出来たらどれほど素敵なんだろうとワクワクしますが、すぐにというのは難しそうです。

とりわけ僕らクリエイターは「やりたいこと」への執着が強い気がします。

僕も、映画やアート、お笑いが好きで、美大に進み、結局そのまま映像の世界で、今日まで自分のやりたいことを表現できる術を模索してきました。

やりたいことをやっている人はカッコいいです。偉いです。

ただ、「やりたいこと」をやるには越えなくてはいけないハードルがあります。
それをしているだけで満足できるようなものであれば良いですが、「やりたいこと」にそれ以外の目的が附随するとさらにハードルは高くなります。
「やりたいことで認められたい」「やりたいことで役に立ちたい」「やりたいことでお金持ちになりたい」
これが難しいし、苦しいです。

自分もそんなモヤモヤを抱えていた一人でしたが、最近、ちょっとした心情の変化がありました。

僕は今まで、脚本、撮影、編集とクリエイティブの内容に直接関わる仕事をする機会が多かったのですが、最近は会社の体制が変わったこともあり、すでにある内容を元に作っていくディレクターとしてや、プロジェクトを推進させるプロデューサーとしての役回りが増えてきました。

これまでずっと、自分がゼロから生み出した発想を形にしていくのがクリエイティブで、自分もそうなりたいと願ってきましたが、違うポジションで働いてみて、誰かの発想をさらに広げていくことの方が性に合っている気がしています。

例えるなら、自分は俳句や短歌の選者に向いているのかなと。
自分で句を詠むのではなく、何が良いものかを決められる力。
自分の感性でゼロから生み出すことはできなくても、何が良いもので、それがいかに良いのか、どうすればもっと良くなるのかを判断できる。
そこには自負があります。

この想いが芽生えてから、「できること」をまずしっかりやろうと決心しました。

ずっと片想いし続けた「やりたいこと」への固執は夏の終わりとともに見事に散りました。

いまやりたいこととのギャップに苦しんでいる方がもしいたら、自分のできることについていま一度考えてみるといいかもしれません。


この文章を書いていて、ふと、
『やるべきことをやるだけさ、そうすればうまくいく。』
とボブ・ディランが言っていたことを思い出しました。

ボブ・ディランが言うんだから信じていいはずです、きっと。

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