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X Talk 6.3 - 安心してキャリアを積むためには?

前回は、若手の男性が研究職のポジション探しに苦労するケースがあることをご紹介しました。社会におけるジェンダー格差は減少傾向にあるとはいえ、まだまだ女性が直面するハードルも多いのが現実でしょう。今回は、特に産休や育休に関してお聞きします。


産休・育休中とその後の課題

--:前回の対談で藤原先生がおっしゃったように、女性の場合、やはり出産という現実的な問題で仕事を続けることが難しいこともありますね。
 
藤原亜紀先生(以下、敬称略)出産は、本人が納得したタイミングが一番良いと私自身は思っています。私はキャリアアップが遅くなると焦りを感じると思ったので、少し仕事の経験を積んでからにしました。

でも生物学的な観点から言えば、何も考えずに妊娠したタイミングで産むのが苦労しないと正直なところ思います(笑)。もしも幸運にも授かることがあれば、キャリアのことは考えずに産んだ方がいいのかもな…と。例えばある程度キャリアを積んで35歳くらいになった時に、タイミングよく(赤ちゃんが)できるとは限りませんから。
 
--:獣医師の場合、産休後の仕事復帰はどうなんでしょうか?資格があるので難しくないのでは?
 
藤原:獣医師免許があるので「食うに困らない」のは確かです。でも自分が好きなこと、やりたいことを続けられるポジションを見つけるのは簡単ではありません。一旦仕事を離れた後で、望む環境で働けるかどうかは別なんです。
 
前田真吾先生(以下、敬称略)特に臨床はなかなか難しいよね。もちろん、お子さんを育てながら仕事に復帰して活躍されている先生もいるけど、まだまだ少ないと思う。
 
藤原:難しいね~。
 
前田:規模の大きい病院で、スタッフがたくさんいてシフトが柔軟に組めるような環境でないと…。獣医師が数人とかの病院だと、「早く帰ります」っていうのはなかなか難しいよね。
 
--:お子さんを生んだ後のこともあるわけですね。保育園に入っても、送り迎えや急な体調の変化とか…。融通が利く環境が必要ですね。それから、産休・育休後は、キャリアが一旦ストップしてしまう現実もあるのですね。戻ろうとしてもポジションが無ければ戻れない…。

バックアップ体制の不足

--:大学のような大きな組織であれば、産休や育休も制度化されていて取得しやすそうに思いますが。
 
藤原:もちろん大学では産休・育休を取ることはできます。でも、予算がなければ産休・育休で抜けた穴を埋める人を採用できないんです。私も、休んでいる期間もオンラインで学生の指導をしたり、家で仕事をしたりしていました。
 
--:ヘッドカウントや予算面までは制度化に至ってないわけですね。
 
前田:お休みの間は、別の人が期間限定で雇用されるのが理想的だとは思いますが、大学でも実現しているところは少ないですね。
 
藤原:国立大学では、産休・育休をとる教員の代わりに期間限定雇用の公募が出ることがあります。ポジション待ちの若手が採用され、業績が認められて次のステップにつながるパターンもあります。
 
前田:え?そうなの??すごくいい制度だけど東大の獣医にはないよ。
 
藤原:大学によるよね。岩手大学とか、国立大学には幾つかあるよ。育休を取った人も、「あなたがすぐに戻って来ると期間雇用の方も辞めなきゃいけなくなるから、好きなだけ休んでください」と大学から言ってもらえたそうだよ。
 
--:広がらないのは、予算の問題ですか?
 
前田:だと、思います…。
 
--:そうしたポジションがあれば、臨床よりも研究職の方が子育てをしながら働きやすいのですね。
 
前田:そういう意味では研究職は「あり」だと思います。でも、やっぱりポストの数が限られていて、狭き門なんですよ。だから(アカデミアに)入ることができれば「かなりハッピーなんじゃないかなあ」と思います。でも研究職でいうと、企業就職の方がサポートはずっと手厚いと思いますね。もちろん会社によるとは思いますが。

育休後に臨床を続ける道

前田:臨床獣医師の場合、出産・育児でブランクがあると自信を無くす先生も多いみたいです。現場を離れると、「ついていけないんじゃないか」って。実際には、全然そんなことはないんですけど…。
 
藤原:感覚は分かるな。出産すると、世間から遮断されるし、常に睡眠不足だし。
 
前田:心理的なハードルがあるみたいです。
 
--:それで、臨床を辞めてしまう女性もいるわけですか?
 
前田:はい、すごくもったいないなあと思います。東大研修医の卒業生も、約半分が女性です。東大を出て臨床獣医師として数年働いた後に、企業に転職したり公務員になったりするケースが多いですね。転職できる環境が整ってきたという意味では、働き方の多様性が増えて良いと思います。でも、「臨床を辞めました」という連絡を受けると、ちょっと寂しい気持ちにもなります。
 
藤原:仕事に忙殺されながら結婚して子どもを産むことを考えた場合、両立できている人が周りにいないので「たぶん無理だな」と思ってしまう気がします。
 
前田:ロールモデルが少ないんだね。
 
藤原:臨床を続けている人は専門医であるとか、何かの分野に秀でている人が多いよね。そういう方々を見てしまうと、一般臨床をやっていても将来が見えなくなるんじゃないかな。
 
前田:画像診断や臨床病理の分野は、子育てしながらでも働きやすいんじゃないかな?画像って最近はオンラインだし、顕微鏡があれば細胞診はできるし。実際に在宅勤務をしている先生も何人か知ってるし。専門医の資格を取る必要があるので、そこまでのハードルは高いけど、自分のやりたいこととマッチしていればハッピーだよね。
 
--:専門医というと、前回お話を聞いた福島先生のような?
 
前田:アメリカ専門医であれば文句なしなんじゃないでしょうか。福島先生がいる「どうぶつの総合病院」も、画像診断と臨床病理の米国専門医は2人とも女性の先生ですね。
 
藤原:どうぶつの総合病院のような二次病院だけでなく、一次診療でも子育てしながら続けられるような環境ができ始めているとは思います。例えば、イオン系列の動物病院は、私たちが学生時代にはあの規模ではありませんでした。
 
--:大きな規模なら、ローテーションを柔軟に組めそうですね。
 
藤原:イオンの二次病院で働いている先生によると、(一次病院でも)かなりの数の獣医師や看護師が産休や育休から復帰しているそうです。ただ、そういった動物病院って、まだ、多くはないんです。
 
臨床女性獣医師の働き方を考えるセッションを学会で企画しているのですが、そういう組織の仕組みを紹介するプログラムを採り入れたいと考えています。ちなみに夫婦で獣医師や動物看護師などの家庭が多いので、今年からいくつかの学会で託児所が設けられるようになりました。
 
前田:え、そうなんだ?すごいね!
 
--:獣医さん同士の結婚は多いのですか?
 
前田:女性獣医師が臨床を続ける場合、獣医師同士で結婚して夫婦で開業するのが古くからある“ゴールデンパターン”なんじゃないですかね。
 
藤原:そのパターンだったら確かに臨床を続けられるけど…。本当はもっと第一線でやりたいのに、子供に何かあると「私が仕事を抜けて行かなきゃならない」って不満をもっている女性の友人は沢山います。
 
前田:最近は夫婦で対等にやってるのかと思ってたけど、そうでもないんだね。
 
藤原:まだまだ!(笑)
 
前田:最近は民間の動物病院でも1.5次的な規模の大きい病院もあるし、グループ展開している大きいトコロも増えているよね。そういう病院も選択肢に入ってくるかもしれないね。
 
--:そうした状況がある一方で、動物病院の経営者からは人材難だと悩みを聞いたことがあります。
 
藤原:獣医業界全体としては人材不足です。でも、人気のある病院には溢れているんです。手当てがある、教育がしっかり受けられるなど、「サポートがしっかりしている」というのが最近の職場選択を考える上で大前提になってきています。それに加えて、「自分がどれだけ学べるか」で職場を選ぶ傾向がありますね。
 
一定期間はパートタイム勤務を導入して、女性獣医師を確保している大きな病院も出てきています。あと、今は夫婦で対等に働きたい方が増えているので、男性も夜遅くまで働いていられるわけではないんです。サポート体制がしっかりしていないと、女性だけでなく男性の獣医師も来なくなってしまうと思います。
 
--:海外はどうしているんですかね?
 
藤原:業種によるとは思いますが、産休・育休がかなり短い反面、仕事復帰後のサポート制度がしっかりあるようです。そういう意味では、日本は産休・育休はすごく恵まれていると思います。海外では出産前後に日本のようには長く休めないと思います。
 
アメリカは6週くらいの産休で復職しないといけないようです。ただ、その後のシステムが整っています。学内に託児所があったり、仕事中に授乳しに行くのが当たり前だったりします。周りも何も言いません。日本とアメリカ、どっちのシステムが良いかという議論はありますが…。
 
前田:確かに。アメリカ的な「出産が終わったらすぐに職場復帰」という状況も、大変な部分はありそうだね。
 
藤原:大変だけど、ポジションがなくなることは一切ないんだよね。あと、17時や18時にはみんな帰る。男性も帰るのが当たり前なので、システムが機能しているんだと思う。日本は男性が帰らないので、「女性が帰るのもおかしいじゃん」ってなっちゃう…。
 
前田:なるほど。確かにそれはあるよね…。そういう意味ではアメリカ式の方が公平ではあるね。
 
--:システムだけでなく、文化を含めた環境が違いますね。単純に制度だけ持ってきても機能しないんですね。
 
藤原:難しいですね。
 
前田:思想とか習慣とか…。
 
藤原:ホントは、そういうことを考えずにどこでも働けるのが一番いいんだけどね。さっきの話に戻るけど、大きい病院だと、「どうやって女性に長く働いてもらうか」って考えるのが人材確保のために重要だって分かっている所が増えてきているのは良い傾向だと思う。

一次診療で女性が長く働き続けられるかどうか、ポイントの1つは大手の病院がどの様に体制を整備していくかということのようです。獣医師業界の人材難が、中長期的には働く環境の整備に役立っていくかもしれませんね。

最終回の次回は、藤原先生の今後の目標についてお聞きします。

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