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X Talk 6.2- 誰もが働きやすい社会に

前回は、世界中のイヌやネコを呼吸器疾患から救うため、藤原先生が取り組んでおられる臨床研究についてご紹介しました。今回から少し角度を変えて、獣医学研究や臨床におけるジェンダー問題について考えます。女性だけでなく、若い男性が苦労するケースもあるというのが昨今の状況だそうです。


「男だから」「女だから」

--:今回、初めて女性の先生をお迎えしました。センシティブな話かもしれませんが、獣医学研究者や大学教員として「女性だから」という理由で不自由を感じることはありますか?
 
藤原亜紀先生(以下、敬称略)私の場合、何かの時に「女性だから選ばれた」と言われるのが嫌だったので、明確に実績を残すよう常に努力するようにしていました。そういう女性はたぶん多いんじゃないかなと思います。
時には、「あ~、女性だからね」みたいな雰囲気を感じる時もありますが(笑)、私自身は「女性だから」ということでやりづらさを感じたことはあまりありません。
 
前田真吾先生(以下、敬称略)世代によっても違うんじゃないかと思います。僕たちの世代以降は、「男だから」「女だから」という感覚はあんまりないような気がします。
 
藤原:そうだねぇ。私たちよりももう少し上、10歳くらい上の世代からは、男女が同じように働くことに理解がある気がします。子育てに参画する男性が増えて、パートナーも働く家庭が増えたようです。お子さんのお迎えに、17時に仕事を切り上げて帰宅する若い男性研究者の同僚もいます。
 
前田:オンラインミーティングの普及で、ワークライフバランスは取りやすくなったよね。
 
藤原:あれは本当に助かってる。あんなツールがあるとは思わなかったね。
 
前田:ツールの普及や社会環境の変化で、10年後はもっと良くなっているんじゃないかな。今は過渡期で、女性だけでなく若手の男性も不幸になってしまっている気がしていて…。女性でも男性でも、能力があれば教員や研究職のポストにどちらも採用できる予算があればいいんだけど…。


男性も不自由を感じる過渡期

--:若手の男性にも苦労があるのですか?
 
前田:大学教員の公募で、男性は応募できない(女性限定の)ポジションがあったりします。
 
--:女性限定なのですか?
 
藤原:獣医だと国立大学で主に女性限定公募が出ていますね。「何年までに女性教員の割合を何%まで増やす」という目標を打ち出す大学も増えています。
 
前田:国が数値目標を設定してるんです。歪んでいる部分はあると思いますけど…。
 
--:なるほど…。企業と同じですね。同じレベルの評価だったら、女性を昇進させる人事方針の会社は増えています。女性管理職の比率を増やすために、ある程度の仕組みづくりは必要だという判断です。
 
前田:男性優位な環境を変えていくために、過渡期である今はそうせざるを得ないかもしれません。でも、それに不満を訴える男子学生や若手研究者もいます。彼らがそう思うのも当然だと思います。今の若手(男子)が、昔のツケを払っているような状況はできる限り改善すべきだと思いますが、なかなか難しいのが現状です。
 
藤原:大学教員のポストを探す場合、今は男性が苦労するケースはあるよね。“限定”とまではいかなくても、同じ実力の女性と男性が応募したら「女性を採用する」と明示している公募も多いし。
 
--:不利な状況にあるのは“若い”男性なのですか?
 
前田:そうですね、現状は若い男性の方が中堅以降の男性よりも不利だと思います。例えば教授のポジションを女性限定で募集しても、そもそも全体的に女性の研究者が少ないのでなかなか適任者がいないんです。若い方がいきなり教授にはなれませんから。だから、まず若手から女性を増やさなければならないので、女性限定の募集があるんです。昔のしわ寄せが、今の若い男性に来ているんです。
 
藤原:そうだね…。そこは本当に気の毒だと思う。
 
前田:女性か男性のどちらかを優遇しよう、ではなくて、フェアな環境を整えたいよね。でも一昔前は、男性の方が明らかに有利な状況が現実的にあったわけだから。難しいよね…。


大学院に進むハードル

--:でも、獣医学科の学生さんは、昔から女性が多いと思うのですが?
 
藤原:理系のほかの学部に比べれば女性は多いです。
 
--:その中から、教員になる方が少ないのですか?
 
藤原:博士課程に進む女子は少ないです。学部生は7:3から6:4くらいで女子の方が多いですが、大学院では2割が女性という感じです。
 
--:大学院に進む女性が少ないのはなぜでしょう?
 
藤原:学部を卒業した後、さらに4年というところにハードルがあると思います。学部が6年制ですから、最短でもPh. D.を取るまでに10年…。
 
--:時間がかかりますね。
 
藤原:獣医学科以外の(高校時代までの)同級生は、私たちがまだ学部にいる時に働き始めます。(6年間の勉強を終えて)獣医師になった後、Ph.D.のために「また4年」ってなると、「いつまで学生なんですか…(笑)」って。
 
前田:その負い目は僕にもあった。新卒でも、大学院を卒業するころには30歳が目の前…。
 
藤原:男性も「周りが働いているのに…」というのはあるだろうね。女性でも、例えば結婚が30歳、出産が35歳という風に数字として見えてきてしまう…。そもそも、(Ph.D.を取った後に)「就職できるのか問題」もあるし。国って、今、大学院生を増やそうとしてるのかな?私たちの頃って、増やそうとしてたじゃない。

--:そんな時代があったのですか?
 
前田:「ポスドク1万人計画」という国の施策が1996年から2000年まであり、日本の博士取得者数は2006年がピークだったようです。僕らが進学したのは2009年ですが、その頃はまだ大学院に進学する人が多かった印象があります。ちょうどその頃から「高学歴ワーキングプア」という言葉が話題になったりもしてきましたね。
 
藤原:私たちは、まさにその世代だよね。
 
--:高学歴ワーキングプアですか…

前田:(国は)博士取得者を大幅に増やしたんですが、受け入れ先である助教など研究職のポストを増やさなかったんです。就職できない大学院生が溢れて、社会問題になりました。


Ph.D.のススメ

藤原:あと、日本は博士号を持っている人にメリットを感じない企業が多いと思います。獣医師だったら、(10年かけて博士号を取った人よりも)6年で卒業した若い人を雇うと思います。給料が少なくて済みますから。博士に対する社会的な評価の低さも、大学院に進む学生が増えない原因の1つだと思います。
 
前田:Ph.D.に対する評価は海外と日本では違うんだろうね。僕も、それは変えたいと思っている。「Ph.D.って、やっぱりすごいね」って。実際に能力は高いと思うし。個人差はあると思うけど、それなりのトレーニングを積んだことで習得したものはあるはず。
 
--:学位を肩書として見るのではなく、取得の過程でどんな訓練をしてきたのかも含めて価値を認めるべきですよね。私が知っているドイツの自動車エンジニアたちは、ほとんどが“ドクター”です。
 
前田:「(欧米では)研究職であればPh.D.はもっていないと話にならない」という雰囲気はありますね。国内の製薬会社でも最近は海外とのやり取りが増えているようです。その影響で、日本でもPh.D.を採用する企業が増えてきています。10年前に比べると、博士取得者が優遇されるようになったと思います。
 
藤原:Ph.D.を“遠回り”に感じる若い人もいます。特にうちのような私立大学では獣医学科卒業後は臨床に行く学生が多いんですが、日本には欧米のような専門医制度がほとんどありません。「Ph.D.で4年費やすよりも、臨床経験を積んだ方が専門性を身に付けられる」と思っている学生が多い印象は受けます。
 
--:Ph.D.と臨床、選択に悩む後輩がいたら、アドバイスは?
 
前田:研究が楽しい、研究したいという気持ちがあるのであれば、僕は大学院を推しますね。その人の経済状況とか興味・関心などは色々なので、「絶対、大学院に行くべき!」とは思いませんが、選択肢として一度は勧めると思います。
 
--:なぜですか?
 
前田:遠回りに思えるかもしれないけど、本質を学べるからです。そこで得た理論的な思考は臨床にも生かせるし、汎用性は高いです。それが理解されず、大学院やPh.D.が「使えない」と思われているんですが…。Ph.D.が「足の裏の米粒」って揶揄されるように(笑)
 
藤原:そうなの?足の裏の米粒??
 
前田:え、知らない?
 
藤原:知らない(笑)。何それ?
 
前田:有名な話だと思ってたけど…(笑)。意味はね、Ph.D.って足の裏についた米粒と同じで「取らないと気持ち悪いけど、取っても食えない」(笑)
 
一同:爆笑
 
前田:昔からそう言われているみたいなんですが、「そんなことねーぞ!」って言いたいですね。何をやりたいかにもよりますが、専門医を目指したいというのであれば、まず大学院で考え方を学ぶというのは一つの選択肢としてすごくいいんじゃないかと思います。臨床に行く方が専門医への近道に思えるかもしれませんが、大学院で専門性を極めた方が結局は近道です。「急がば回れ」は本当にその通りだなあと思います。もちろん、絶対的な正解はありませんけどね。
 
藤原:うんうん、私もそう思うな。
 
--:本質を学ぶのは大切だと?
 
藤原:専門医のコース(レジデント)では、論文を書かないといけないんです。Ph.D.を取らずに進んでしまうと、論文の書き方が分かりません。それを指導医が一から教えるのは、かなり大変だと思います。自力で論文を書ける人の方が、専門医のコースに入りやすいと思います。
 
それ以外にも、考え方、学会での発表やディスカッションなど、専門医に求められる条件はたくさんあります。どれもPh.D.を取る過程で得られるものなので、専門医の資格が欲しい場合は私も「先にPh.D.をとった方が良い」とアドバイスすると思います。
 
前田:専門性を高めたいんだったら、大学院に行くのは個人的にはお勧めすますね。集中して学べる環境って、働いていたらありませんし。
 
藤原:大学院で研究してたときって、良い時間だったよね。今思えば。
 
前田:みなさん、Ph.D.お勧めですよ!(笑)

現在は、若い男性が苦労するケースもあるそうです。前田先生がおっしゃるように、性別に関係なく、能力のある人がすべて希望のポストに就ける時代が早く訪れることを願います。そうした難しい環境の中、Ph.D.はキャリアを着実に積んでいくための武器になりそうですね。

次回は、産休・育休といった制度に関して、藤原先生の実体験も踏まえながらお話をうかがいます。

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