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初恋やったら何してもええのんか?

初恋の相手は中学の同級生、それはよくある話だが、その子の名前をまるッと娘に名付けた男がいた。

しかも、妻や親兄弟ほか誰にも知られることなく、姓名判断の本を熟読するふりをしながら、
自然な流れで命名していた。

犯人は自分の父だ。


中学生の頃、部屋で宿題をしていると父が入ってきた。

焦げ茶色の古いアルバムを抱えている。


「お、おったか。これワシの中学の卒業アルバムや」

「中学の? ふ~ん。パパ、どれなん?」


面倒くさいがわざわざ持ってきたので、見て欲しいのだと思い、娘としていちおう聞いてあげた。

すると父はうやうやしくアルバムを開き、そこに写る15才の自分を指差した。

 

鼻から。
口から。
いろんなものが吹き出た。


「ププップハーッ! え、これ中学生? 嘘やろ。顔、今と変わらんやんっ! ギャハハ」

お腹がよじれて痛い。
正しくは腹の皮が捩れて痛い。


地球がひっくり返っても返らんでも

キミデッタイ15ジャナイヨネ?だ。

15才の4乗みたいなオッサンが詰襟姿で空を見つめている。どこ見とんねん、カメラ見ろーカメラを。

涙がちょちょ切れた。


「詐欺やん! なんでこれが中学生なん!」


若い頃から老け顔だったとは聞いていたが、ここまでとは思わなんだ、ああ、お腹痛い。

しばらく抱腹絶倒したが、ん?
そこでいつもと違う気配に気づいた。


瞬間湯沸かし器型暴れん坊将軍の父だ。

通常であれば

 

「親をそこまで笑うなボケ!」

などと、言い返してくるはず。



それが妙におとなしい。


父は、お行儀よく座り直すと同じクラスのある女の子をスッと指差し

こう、言いやがった。
(二度言いますよ)
こう、言いやがった。


「お前の名前はな、この人から付けたんや」


「え? はあ? えー!?」 

何いうてんの、この人。理解が追いつかない。

「ここ見てみ、漢字も一緒やろ」

写真下の名前を見る。自分と同じ漢字。

「ええええっ! まじでこの子の名前を私につけたん? なんで? ほんで、これ誰なん?」


訳が分からず、まくし立てたが



「この人はなあ賢かったんや。それだけやないで、見てみぃ、写真でも別嬪さんて分かるやろ。性格もええし、おしとやかでなあ。まあ言うたら完璧な人やってん」

と、聞いてないことを説明される。

「やってんて……待ってぇや。だから、誰やの? この人」


芸能人や有名人、スポーツ選手の名前を子供につけたという話は、たまに聞くが

卒業アルバムの女の子の名前が、自分に付けられたなんて話。

いややっぱり何ひとつ見えない。

脳みそあちこち動かして、ふと、ある仮説を立てて


「わかった。彼女やろ。付き合ってたん?」
ニヤリと聞いてみたが

「いやっ。付き合ってない」
キッパリ否定してくる。

「え? ほんなら仲ええ友達やったん?」

「いやっ」


そのあと小声で

……憧れてただけや。口も聞いた事ないねや。ワシがいつも、ちょっと遠くからな、見ててん」

み、見ててんて! 見てただけの子かぇ?

 
いやもう、どろ沼に足を持っていかれそうな
恐怖に陥った。

が、なんとか踏ん張って


ーーまてまて。いったん整理してみよ。
  つまりやな
  彼女でもない、友達でもない。
  おまけに話した事もない
  片思いしてただけの子やろ?
  その子の名前を娘に付けたって事か……

  ひいいい! やめろ怖過ぎるやろー!


青ざめてる顔文字は、この時代まだ無いが、私は100%あの顔になっていた。

して、狼狽する娘をよそに父は夢の中。

 
【教室の掃除道具ロッカーから……
 廊下の窓サッシ隙間から……
 体育館の倉庫裏から……
 彼女の姿を目で追う
 15才の4乗男。

 彼女は気づいていない

 そんなオッサン顔が同じ
 クラスにいることさへ。
 いっさい認識していない。

 一度だけチラッと視界に入ったが
 彼女は用務員さんだと思って
 スルーした】



ぶるぶるぶる。こんなんホラー映画のプロローグやん。

ほんでオッさんの初恋物語はどうでもええ。
問題は命名物語だ。

そこで、あることが引っかかった。


「しゃあけどや、子供の名前て、ふつう夫婦で考えるんちゃうの、ママ知ってんの?」

すると

「アホやな。知ってるわけ無いやろ〜」

なぜか威張ってた。

……もうこれは悪夢。忘れよう。なんも聞かなかったことにしよう。むり。

自分に言い聞かせるようにして、さっさとリビングへ降りると台所に立つ母の姿が見えた。


煩悩のひとつでしょうかね、やめといたらええのに、確かめたい欲が勝っちまって

なにげなく、さりげなく母の背後に廻る。


「私の名前ってやぁぁ? どやって決めたん」


洗い物の手を止め顔をあげた母は、当時を思い出すような目をしてから


「ええっと、あ、パパが決めたんよ。名付の本とか、よおさん買ってきて熱心に調べてたで。字画がどうとかこうとか言って」


じーー字画てか! 初恋一択のくせになんと手の込んだことを……ハレンチ偽装工作員め。


そうなると自分がなんか悪いことしたみたいで後ろめたくなり、慌てて家を出た。  

そして公園の丘の上から叫んだ。


「こんなんホラーやろ〜!!」


父への怒りを込めて。
すると

「私だって、ホラーやわ〜!!」

名前を使われたと思われる女性の声が、やまびこみたいに返ってきた。

終わり









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