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初めてアウェイ先まで行って現地で試合を見なかった話

 きっかけは年明け、Jリーグの日程が発表された頃だった。

 僕はサッカーJリーグの徳島ヴォルティスファンだ。徳島の大学生だった頃から熱の高低はあったが、就職で地元の関西に戻ってからもファンを続けている。よくサッカーファンのことを「サポーター」と呼ぶことがあるが、僕自身はファンだと思っている。

 サポーターは「支援している人」という意味合いがあるが、僕の場合は毎試合のようにゴール裏で叫んでもいないし、個人スポンサーになっているわけでもない。今は関西に住んでいるので、DAZN観戦はしているが現地に赴くのはたまにしかない。だからプロ野球のファンと同列だと思うので、あえて「ファン」と言っている。

 ここ何年か、静岡にいる友達と毎年一回くらいのペースで遊んでいる。学生時代からの友達で、僕にサウナを教えてくれた大切な友達だ。「今年はどのタイミングで遊ぶかい?」と年明けに話していた。

 「今年も静岡遠征あるやろうから、その時にするか」と日程が発表されると、友達とスケジュールとにらめっこ。昨年もアウェイ藤枝戦にあわせて、静岡に行って遊んでいた。

 「最速やと4月3日の清水戦やな」と伝えると「それやったら遊べるよ」と返ってきた。「じゃあそこで」とすんなり決まった。「桜きれいな頃ちゃう?楽しみやな」とのんきに思っていた。

 2月24日、明治安田J2リーグが開幕する。25日に初戦を迎えたヴォルティスはヴァンフォーレ甲府に1-5の大敗を喫してしまう。「向こうはACLでヘロヘロのはずやのにどうした?」いきなりの展開に不安が高まる。

 危惧していたというか案の定というか、ヴォルティスは負け続ける。3月13日のルヴァンカップに至ってはJ3の長野パルセイロに1-5で敗戦。1回戦でトーナメントから姿を消すことになった。

 僕は昨年からこのような状態に陥ることを危惧していた。

 昨シーズン初めはスペイン人のラバイン監督が指揮をとっていたが、成績は低迷。長いこと降格圏に落ち込んでいた。クラブは史上初の途中解任に踏み切る。そこで招かれたのが吉田達磨だ。ヴァンフォーレ甲府で天皇杯優勝監督となっていたが、そのシーズンは下位に低迷し、退任している。僕は就任時から「なんで?」と疑問を持っていた。

 残り少ない試合数でなんとか残留は出来たが、23シーズンのみで退任し、またスペイン路線を継承できる監督が招かれると思っていた。

 そこで発表された留任のニュース。その際に、僕は残念なツイートをしていた。

 「僕たちが見たかった面白いサッカーもう見られなくなるのか」そんな思いだった。

 その後も当たり前のように負け続ける。勝てた試合もひとつだけあったが、見ているこちらが「なんで勝てたんだ?」と分からなくなるような試合だった。

 「意思が全く見えない」サッカーをされていてもファンは黙っていられない。解任運動が巻き起こる。当たり前だ、今までファンが見て楽しく感じていたサッカーをしない上に負けていれば。

 3月30日ホーム群馬戦。前年までチームメイトだった川上エドオジョン智慧に決勝ゴールを決められ0-1で敗戦。「これが決定打だ」と吉田監督の解任が発表された。

 はなから危惧していた自分には「当たり前」だと思っていたし「これでもとに戻さねば」という感情だった。

 そんなさなかに衝撃的な事件が起こる。

 西谷和希契約解除へ

 ニュースを見た瞬間「は?」と声が出てしまった。どう考えてもあり得ない。J1から降格し、ほとんどの選手が個人残留して移籍していく中、クラブに残留してくれた数少ない選手。西谷こそ、クラブのアイデンティティーを引っ張っていってもらわなければいけない人物だろ。

 それまでのネット上での騒動を遠巻きに見てはいたが「これはない」。監督だけでなくクラブにも不信感を持った。「なにを考えてんだ」。

 不信感だらけのなかでも日付が進めば試合は待ってくれない。静岡に行く日になってしまった。

 明るい話題はゼロ。見たくない気持ちしかなかった。しかし、友達と約束した手前、静岡には行くことにした。ホテルも予約してたし。

 試合前日に静岡入りし友達と遊んだ。軽く花見なんかもしちゃったりして。夜は毎度会うたびに行くおでん屋さんで盛り上がった。

 試合当日、静岡は朝から雨だった。昼間に用事を済ませ、試合時間が近づいてきた。「どうしよう」まだ迷っていた僕はホテルの部屋から出られなかった。バス一本乗ればスタジアムに行けるのに。

 僕は怖かったのだ。今まで僕みたいな素人が見ても楽しいと思えるようなサッカーをしてくれていたヴォルティスが、全く違うスタイルになってしまったうえに負け続ける。そんなサッカーを見続ける、応援し続ける気力が僕にはなかった。

 キックオフの時間は迫っているのに動けなかった。そのことを友達に相談すると「見に行きたくなかったらいいんじゃない」。友達に背中をむしろ押さえてもらう感じになったのだが、僕はスタジアムに行くのをやめた。

 ホテルに居続けると沈み込んでしまうと感じたのか、友達はその晩も街に連れ出してくれた。飲み屋さんで「DAZNでは見たら?」と勧められて清水戦を見た。

 さすが上位を走るチーム。開始早々、清水・ルーカスブラガに押し込まれ先制される。「はあ、まただ…、なんでDFはGKの後ろで眺めてるだけやねん」カウンターでうろたえる僕を友達は笑う。「ちゃんと応援してんじゃん」。

 その時ふと思った。「現地に見に行きたくなかっても、クラブに不信感はあっても応援したい気持ちはある」

 前半は清水に圧倒され続ける。GKホセアウレリオスアレスには全く頭が上がらないほどの好セーブを連発しながらも攻撃陣は攻め手を欠く。だが、後半になって返す場面が増えてきた。のちに分かってくる増田功作代行監督の持ち味だった。時間とともに相手に対応していく修正力が兆しを見せていた。

 だんだんと清水ゴールを脅かし始める。杉森考起が前半最後に決定機をつかむが惜しくも清水GK権田修一に阻まれる。「あれ?清水にコテンパンにされるんじゃないの?」僕の予想していた展開と異なり、ある意味戸惑っていた。友達はニヤニヤしている。

 後半に入ると、清水の有名なチャント「グリコ」が流れるなか、途中交代で入った渡大生のヘディングは惜しくもポストの上。57分コーナーキックから前半清水が入れたみたいな押し込む場面も作るが入ってはくれない。

 しかし、その時はやってきた。終了間際87分、ペナルティエリア内で棚橋尭士が倒される。「PKやろ!」僕と、僕を笑って見ていた友達とふたり立ち上がって叫んでいた。店員さんにびっくりされて恥ずかしかった。

 PKとはいえ緊張する瞬間、棚橋は落ち着いてゴールを左に決める。友達と「おおお」とうめき、店員さんにまたびっくりされたので、申し訳なくなり追加の料理とお酒を注文した。

 そのまま試合は終了。監督解任後初戦を1-1の引き分けで勝ち点1を持って帰ることになった。

 見逃せない場面があった。ゴールを決めたあと、棚橋はユニホームのエンブレムにキスをしたのだ。複雑な思いはすべての選手にあるだろうが、選手、スタッフ、背広組、ファンみんなが持たないといけない思いであるべきだ。

 僕は見たことがない、つまんないサッカーなうえ負けるヴォルティス、居てもらわないといけない選手を契約解除してしまうクラブを不信感から見たくなくなってしまっていた。

 そんなズタボロの状態でも、クラブをあるべき姿にしたいと思っている選手はいる。少なくともそんな選手たちには僕も応援してあげるべきではないか。

 そして、自分の周りの環境にも変化があった。会社に入ってきた新人がJ2クラブのファンだった。雑談でいろんなクラブの面白い話をすることはこれまであまりなかったので新鮮だった。

 その後、増田監督の修正力でチーム状況が改善していく。連勝する時期も出てきた。ただ修正することが前提のサッカーは見たい理想のサッカーではない。だが、いくぶんマシになっていると思う。

 これから相手チームが対策をし始める頃だ。対策をいかに跳ね返すか、増田監督の腕の見せどころになってくるだろう。

 不信感はまだなくなっていない。

 だが、僕は前を向いてくれる選手は応援したくなってきた。

 23日の水戸戦、今年初めて鳴門に観戦に行きます。もう一度ちゃんと見て、応援して、どう思うか。「ファンではなく、サポーターになりたい」と思えるのか。自分自身を確かめたい。


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