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グローバルなネットワークを持つKPMGが仕掛けるスタートアップエコシステムの舞台裏に迫る。

はじめに

会計監査から税務、経営コンサルティングまで幅広く手がけ、世界4大会計事務所ネットワーク(Big4)としても名高いKPMGが、2022年新たに「ECOSYSTEM INSIGHT Powered by KPMG」と題してスタートアップエコシステムの設立に乗り出した。2022年1月27日(木)には、セッションシリーズ第1号として、「VCと語る(企業内)事業創出の新潮流 〜全ての新規事業担当者に捧ぐ!カーブアウトベンチャーのススメ〜」と題するセミナーを無料で開催予定。会計アドバイザリーファームとして業界最大規模の取引金額を誇り、業界での知名度・評価も高いアカウンティングファームの猛者が、今なぜスタートアップ業界に深く参入し、利益度外視でエコシステム創造に邁進するのだろうか。

今回は、ECOSYSTEM INSIGHT創設の仕掛け人であるKPMGジャパン阿部氏とスタートアップチームをお呼びし、「熱狂」とも言える創設への思い、ここに至るまでの苦悩に迫った。様々な壁を越え、彼らが語った本音をほぼ書き起こしでお届けする。起業家はもちろん、全てのビジネスマンに役立つだろう。

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阿部 博(HIROSHI ABE)氏
あずさ監査法人 常務執行理事 インキュベーション部長 /KPMGジャパン プライベートエンタープライズセクター スタートアップ統轄パートナー/公認会計士|監査法人に入社して以来、主に金融商品取引法監査・会社法監査をはじめ、株式公開支援業務、デューデリジェンス業務などに従事。現在は監査業務の他に、企業成長支援本部 インキュベーション部長として大学発ベンチャーへのサポートや、オープンイノベーションのイベントを推進。また、KPMGジャパンの活動としてプライベートエンタープライズセクター スタートアップ統轄を担当し、スタートアップの発掘・育成支援に従事。

ECOSYSTEM INSIGHT創設の背景

なぜ、今あえてアカウンティングファーム大手のKPMGがスタートアップエコシステムへ乗り出したのでしょうか。

阿部氏:KPMGはBig4とも呼ばれるグローバルな会計事務所ネットワークの一つで、日本ではKPMGジャパンとして、もともとスタートアップやIPOに対する土地勘がありました。加えて、会計ファームの中では、スタートアップとファミリービジネスにセクターを絞ってM&Aや税務など様々な観点から支援する体制がグローバルベースで整っていました。日本はある種特異な市場でもあったので、今まであまり介入してこなかった部分がありましたが、今回、グローバルでの活動を日本でも横展開していこうと、この活動がスタートしました。

全世界でスタートアップの潮流がどんどんと大きくなっている流れの中で、これまでのノウハウを活かし、KPMGジャパンとして大きくスタートアップ支援に力を入れていこうという想いがあります。

今、必要とされるCSVの視点

ECOSYSTEM INSIGHTは、スタートアップの大学連携支援とファミリービジネス支援の2軸での活動が特徴的です。なぜこの領域に?

阿部氏:海外を見ると、大学のアカデミアから起業するなど、社会課題を解決する良いシーズを活かして、教授たちが自分で事業を起こす動きが当たり前のように起こっています。さらに、たとえ事業化に失敗しても、大学に戻ってくることのできる体制が整っていますが、日本は一度失敗したら終わってしまうような感覚が残っていると感じています。しかし、2001年に法律が変わり、大学の目的が「教育・研究」から「教育・研究・社会実装」へと変わりました。社会実装つまりはイノベーションが加わったことで、社会に還元できる研究であることが重要視されるようになったのです。直近では、大学も国からの予算だけでなく、自ら稼ぐ時代が来ると思います。例えば、独自で社債を発行したり、一流企業と共同研究の契約を結んだりするといった動きです。大学関係者からは、「今頑張らないと、日本は欧米の背中さえも見えなくなってしまう」という声もあり、このままではそういった声が現実となってしまうこともありえます。しかし、こういった危機感を持っている大学や研究機関はまだまだ少なく、スタートアップをいかにして起こすのか迷っている状況があると思ったので、今まで多方面からスタートアップ支援を行ってきたKPMGでなければできないことがここにあると感じました。

加えて、私たちは民間企業ですから利益を追うというのが前提にありますが、正直スタートアップ支援は利益を追求していては出来ないことばかり。他のファームを含めあまり力を入れてこなかったのが現実です。しかし、これからの社会では、会社は利益追求だけではなく、やはり社会に共通の価値を生み出し、作り上げていくCSV *の観点が必ず必要だと私は思っています。会計ファームはモノは作れませんが、知識で貢献し、スタートアップエコシステムの創造に取り組み、結果的にそこからいい会社が出てきたら良いなと思っています。最終的に監査につながれば、それはそれで良い結果ですし、たとえそうならなくとも日本にとって必要な動きだと考えています。

CSV:Creating Shared Value=共通価値の創造の略称。企業が、社会ニーズや問題に取り組むことで社会的価値を創造し、その結果、経済的な価値も創造されることを意味する。

もう一つの軸であるファミリービジネスに関しては、ヨーロッパを始め世界には未上場で何百年も続いているファミリービジネスが多く存在します。そういった企業は上場しなくても蓄えが十分にある一方で、変化のはやい時代の流れにどう対応していけば良いのかわからないという課題を持っています。同様に、日本にも未上場の家族経営会社が多くあり、同じような課題感を持っているといえますので、ファミリービジネスに関しても、先ほどのCSV活動に近い観点で、他の企業がやっていないからこそ、KPMGが新たな切り口で取り組んでいくことに価値があると思いました。

キーマンとの出会い

ECOSYSTEM INSIGHTの「場」「機会」としての価値はどのようなものでしょうか?

阿部氏:スタートアップ支援の場を作るということに対して、私自身も当初は「Thursday gatheringのような場所もあるのだな。」くらいにしか正直思っていませんでした。しかし、スタートアップ支援を進めるにあたって、人の輪の重要性に強く気付かされました。結局、会社対会社というのは、人が繋がってものを成していくということになる。だからこそ、ちゃんとしたキーマンに出会えなければ、大きく事業が育っていかない。

産学連携に関しては、大学や研究機関、学生、金融機関などが関わっており、基本的には各セクターはそこに収益があるから集まってきます。しかし、エコシステム創造においては、その場に果実があってみんなが集まってくるということではなく、人の縁やそこで生まれることに価値を感じてもらう必要性があるとVenture Café Tokyoの小村さんとも話しており、KPMGとしては、それをVenture Café Tokyoのようなグローバルで知見がある方々と共創することにチャンスがあると感じています。

大学発ベンチャーなんて無理だろうという空気

ECOSYSTEM INSIGHT創設は、KPMGとしてもイノベーティブな動きだったのではないでしょうか。創設に至るまでの苦悩や社内の反応などはいかがでしたか?

阿部氏:インキュベーション部が出来たのが約3年前ですが、ほとんどの人が正直、何をやっているんだと思ったでしょう。そもそもインキュベーション*って一体なんぞやという状況でしたし、社会課題解決型の大学発ベンチャーなんて無理だろうという空気が蔓延っていました。だからこそ最初は、とにかくがむしゃらに、日本全国をまわり、自ら足を運びました。しかし、ドアノックしても会ってもくれず、「うちは監査法人が入るスタートアップなんてないよ」と言われ、雪の中とぼとぼ帰った経験もあります。

インキュベーション:起業家の育成や、新しいビジネスを支援する活動

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しかし、そういう中で「本当は大学発のベンチャーを生み出していきたいけど、出来ないんだよね」という課題がちらほら聞こえてきたのも事実でした。私たちとしても、ベンチャー企業支援の実績はあってもエコシステムづくりは初めての取り組みでしたので、毎日がチャレンジの連続でした。1年たって、そこからようやく1歩抜けられた感覚があり、2年がたってやっと10歩前に進めたような時に、改めてVenture Café Tokyoと出会いました。部署ができた当時は理解できなかった場の価値が、その時には理解できるようになっていて、やはりこういう場が必要だなと実感しましたね。

「もっともっとやらなきゃいけない」

大学発の社会課題解決型ベンチャーを生み出していきたいと伝えた時、何を言ってるんだという人がほとんどの中で、ビジョンに対して熱意がある人が集まっていた。私としては、日本からアカデミアの技術を社会実装させることを通して、若い人の大企業思考をどんどんと変え、大企業に行けなかったらそれで人生が終わってしまうということではなく、やっぱり自分が学んできたことで世の中に貢献できる、もしくは自分がすごいと思う人たちとともに会社を経営していける、そんな機会を提供していかないと日本に夢がなくなっていってしまうと思うのです。そんな思いを持ちながら、仲間を見つけ、今ここまで進んできたといえます。振り返ってみると、やってきたことは間違いじゃなかったなと思いますよ。もっともっとやらなきゃ行けない。まだ3割くらいの達成度だと思います。でも、明らかに3年前とは異なり、着実に進捗している実感があります。それは人の縁であり、良い人たちと共にやってこられたことだけでここまできたと思います。それがエコシステムの価値だと思います。

一方で、エコシステムにはタダ乗りしようという人も一定数います。そういった人たちもお互いの利害が一致すれば、結果的にCSV活動の一環になるのかなとも思いますが、やはり欲の塊だけでは長くは続かない。高いビジョンを持った人たちが集まらなければ、本当の意味での成功はないと思います。

変わり続ける社会構造とKPMG

3年前と今ではKPMG自体もどのように変わっていますか?

阿部氏:そうですね、まず世代が大きく変わっています。昔はやはり大企業思考がありましたが、今の若い社員は大企業に入って骨を埋めようという人は少ない。やはり、いつかは自分のやりたいことを実現させたいという人が多いです。加えて、彼らのやりたいことは金儲けではなく、社会貢献のような事を描いている人が多く、将来の社会構造がどんどんと変化していると思いました。自分で事業を起こして成功している人も続々と増えており、若い優秀な人が自分で事をなしているこの流れは止まらないなと思っています。

仕掛け人の心を突き動かすものとは

会計士としてプロフェッショナルである阿部さんを、ここまで多くの苦悩や壁があった中で、突き動かし続けているものはいったい何だったのですか?

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阿部氏:30年以上前にIPOの部署を立ち上げた先輩を見ていて、その方も周りからの多くの批判を受けながら、「自分はこの活動が好きだし、ベンチャーのIPO支援をしなければ日本はだめになっていく」と話していた姿を見て、自分自身も今そう感じています。その当時IPOの支援をしていた小さな企業が、今では当社の監査クライアントにまでなっている状況を見て、やはり、時代を超えて初めてわかることがあるなと感じます。今はきっとわからない。きっとみんな何をやっているんだと思う。でも、10年、20年、30年経って、やっとやってきたことの意義や価値がわかることがある。特にビジネスの世界では、アートと同じく時間を超えて評価されることがあると私は身をもって感じています。

さらに、大学連携・大学発ベンチャーという観点で言えば、私のようなおじさんが、20代そこそこの東大の学生の目の輝きを見ていると、彼らが20年後に40歳になった時、社会にどんなインパクトを起こしているのか見てみたいと思うのです。

生まれたからには、何か残したいんだ

私はもともと工作などものづくりが好きでしたが、会計士になった途端に「監査の仕事ではものづくりは出来ないな。」と正直思っていました。しかし、唯一会計士が新しいものを生み出すことができるのが、会社を作るこのビジネスだと感じました。音楽家が曲を作ったり、作家が作品を作るように、私たちの業界で何か生み出すにはこれしかなかった。そうなれば、もう私はここに燃えるパッションやエネルギーを注がないわけにはいかなかったですね!しかも、会社づくりに関わる人は、私以上に熱のある人ばかり。だからこそ面白い。

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やっぱり、生まれたからには何かを残したいじゃないですか。

失敗もあるかもしれないけど、普通にやっているだけでは味わえないものがある。10本打席があって、1本の大ホームランと2〜3本のヒットが打てて、社会に何か価値を残せる会社を生み出せればいいなと私は思います。ベンチャー企業や中小企業が罵られてきた時代を知っているからこそ何クソという想いでやってきていますし、大企業から中小企業までそれぞれが頑張っていて成り立っている。だからこそ、台風が来て、たとえ大木が倒れたとしても、折れることのない新しく小さな木々を支援したいと思ってやっています。

こういったことを、KPMGに来てくれる若い人にも教えていきたいですね。やはり、我々の業界は収益が評価の根本にある中で、もちろん大きな仕事をすれば評価されますし、それに対する納得感もあります。しかし、中身を見たときに、もっと大事なものもあるのではないかと思いますし、それが社会や会社にも波及し、尊重しあえたらいいなと思います。

ある種エコシステムとも言える、KPMGというビッグファームもやれることは限られています。だからこそ、他のエコシステムと繋がり、互いに尊重することでやれることを広げていく、そんな動きが重要ではないでしょうか。

「知の融合」が必要不可欠な時代へ

スタートアップ統轄チームの皆さんは阿部さんの動きやECOSYSTEM INSIGHTをどう捉えているのでしょうか。

佐藤氏:既存のビジネスモデルで成功している人が日本には特に多いですし、KPMG自体も従前培ってきた財産があり、コンサルや会計監査などで基盤ができています。しかし、アメリカなど時代の変化が早く、新しい産業構造を起こしているじゃないですか。そういった複雑な動きに適用できるように我々もなっていきたいと思っています。

難しい時代になっていると思うんです。一つの会社が考えたことを突き通して利益を享受し続けられる時代ではないからこそ、Venture Café Tokyoはじめ、自分たちとは異なったバックグラウンドを持ち、違う視点で物事を捉えている人たちと混じり合うことで受ける刺激はカルチャーの醸成につながると思います。一つの会社にいるだけでは、いくらアンテナを張っていても、社内のルールが社会のルールだと間違った認識をしてしまう。だからこそ、あえて外の人たちとエコシステムを成し、その中で考察(インサイト)を得て、知の融合をすることで、次の時代の種として育てていく必要性が高まっていると思います。そこに微力ながら貢献して行けたらいいなと思います。

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森氏:私は、昨年の7月に出向から戻ってきてこの活動に参加しています。以前から阿部とともに仕事をする中で、性格やこのパッションの熱さを感じていましたが、ここに来て日本全体に目を向けている視野の広さに正直驚かされました。日本の経済を上げていくために、個社単体の思想だけでなく、セクターを超えてこの活動をしなければいけないというメッセージにも共感しています。チームとして、私自身もこの活動を全力で頑張っていきたいと思っています。

最後に

最後に、30年経ってやっとモノの価値が現れてくるというお話されていましたが、阿部さんはECOSYSTEM INSIGHTを通してどんな30年後をつくっていきたいと思っていますか?

阿部氏:未来の社会像が自分の中で明確にイメージできているかと言われれば、できていないというのが正直なところです。一つ言えるとすれば、松下幸之助さんや本田宗一郎さん、稲盛和夫さんもこんな社会が作りたい!ということを想うより、個々人の強い想いで動いていましたよね。

私自身も、日本が世界から取り残されつつある平成と言う失われた時代を取り戻す必要があると想いで動いています。私たちが動くことによって、自分の子供や孫に向けて、何度でも挑戦できる文化や社会を残していきたいんです。ベンチャー支援の活動はまさにそうで、今は理解されなくとも、段々と見る人の目が変わって、「面白いことやっているね」となってくるはずなんです。同じ志を持った人が集まり、チャレンジングで明るい世界に誇れる日本をグローバルの中での「日本」として作っていきたいです。

今で満足はしていないですよ。たくさんの方にチャンスをいただいているからこそ、まだまだこれから。もっとやっていきたいですね!

お知らせ

ビッグファームと呼ばれる監査法人で、会計士としてプロフェッショナルにまで上り詰めた阿部さんから聞こえる、それでもまだ足らない、何かを残してやりたいという燃えるような志が、強く滲み出るインタビューとなりました。2022年1月27日(木)に行われる「VCと語る(企業内)事業創出の新潮流 〜全ての新規事業担当者に捧ぐ!カーブアウトベンチャーのススメ〜」では、阿部さん自らがご登壇されます。このセッションでしか聞けないパネリスト同士の熱いパネルディスカッション。現在、社会課題解決に向けて新しい事業を起こしたい、世界に誇れる日本の実現のために取り組んでいる、社内起業に興味がある、そのような起業家や研究者、ビジネスマン、学生の方は是非ご応募ください!

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Venture Café Tokyoは毎週木曜日16時-21時に「Thursday Gathering(サーズデー・ギャザリング)」をCIC Tokyo(虎ノ門ヒルズ ビジネスタワー15F )で開催しています。多様なイノベーター達によるセッションやイノベーションを加速させるワークショップ等を通じて、参加者は学びを得ながら、そこで得た共体験を梃子にネットワークを拡げることが出来ます。良きイノベーションの輪を拡げることを通じて、共に世界を変えましょう。








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