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『あなたの隣で注射を打ってる人間がいたら嫌ですか?』

先日、旦那と一緒にランチを食べに行きました。
そこは新しく出来たお洒落なカフェで、客層も若いカップルや女子同士が多い感じ。

新店開拓は私の趣味なので、新しいお店に来るとワクワクします。
どんな料理が出てくるんだろう。
可愛らしい手書きの文字で描かれた、小洒落たメニュー表を見ながら、旦那とそれぞれ食べたいものを決めて、注文。
店員さんも感じが良くて「ここは当たりかもね」なんて話しながら、旦那がポーチを取り出すのを見守ります。

旦那は1型糖尿病を患っています。
1型糖尿病は体内でインシュリンが生成されない病気なので、ご飯と言わず、食べ物をひと口でも食べる時には必ずインシュリンの注射が必要です。
まあ、実際にはひと口で注射を打つと低血糖になるので、“ちゃんとしたご飯“を食べる時以外は打ちませんが。

旦那がいつも持ち歩くポーチには、数種類のインシュリン注射が並べられています。
あとは注射針を捨てるガラス瓶と、消毒綿。
これがセットです。

それらをテーブルの上に並べていると、
ふと横から視線を感じました。

感染症対策で、ひと席空けたそのまた向こう。
隣の隣の席のカップルが、訝しげに私たちを見ていました。

こういうことはよくあります。
“何をしているんだろう?“と純粋に興味本位で眺めている方もいれば、不快そうな表情で、嫌悪感を隠さない人もいます。
どうやらそのカップルは後者のようでした。

旦那が注射を打つ場所は、お腹です。
ほんの少しだけですが、服をまくり上げて注射を打つ必要があります。
ですがなるべく裾の長い服を着て、基本的には隠れるようにしていますし、よほどまじまじと見ても、そうそう肌など見えないように配慮しています。
居心地の悪い視線を感じたのでしょう。
いつもより気を遣いながら旦那が服を少しずらして、注射針をお腹に刺す頃。
隣の隣の席から小さな悲鳴が上がりました。

「気持ち悪い!なにあれ!」
それは小さな悲鳴でしたが、私たちの耳に届くには十分な声量を持っていました。

これは珍しい、と私は少し笑いそうな気持ちになりながら、彼女たちを無視することにしました。
嫌な視線を浴びることはあっても、こう、あまり直接的に言われたことはありません。
皆さん見て見ぬふりをしてくれる方ばかりですし、「お食事中にすみません」とは思いながらも、私たちはそれに対して頭を下げることもありませんので。

「ごめんね(´・ω・`)」
「いつものことでしょ」

注射を打ち終わった旦那が謝りますが、私は別に気にすることでもないと首を振ります。
しかしカップルのほうはそうでもないようで。

「めっちゃ気持ちわるい〜。ご飯まずくなる〜!まじで迷惑なんだけど!」
その位置からは確実に旦那の腹は見えてないと思うのですが、カップルの女性はよほど腹に据えかねたのでしょう。
同席の男性にトロトロとした可愛らしい声色で告げると、こちらを思い切り睨みつけました。

私は根暗ですが、見た目だけはめちゃくちゃキツイと評判です。
そして見た目だけではなく、性格もキツいと自覚があります。
敵意を向けられなければ温厚を装いますが、
1度敵意を向けられると全力でやり返します。

「うるせえな、黙ってろ」と言外に滲ませながら静かに女性を睨み返すと、女性は憤慨したような顔をして、同席の男性にヒソヒソと何事かを囁きました。

「こっちの飯がまずくなるわ」
「嫁怒らないで(´・ω・`)」

私がキレかかってるのに気づいた旦那が、慌ててなだめにかかりますが、騒動はそれだけでは終わりませんでした。

「すみません、お客様。その、あちらのお客様から苦情が…」
「苦情ってなんですか?インシュリン注射を打ったことですか?」
「はい、いえ…その…」

しばらくして。
申し訳なさそうな顔をした店員さんが、私たちの席にやってきました。
店員さんの歯切れは悪かったですが、つまりそういうことなのでしょう。
店員さんの向こう側で、カップルの女性がニヤニヤしているのが見えました。
ここまでこじれるのは珍しいなぁ、と辟易しながら、私と旦那はアイコンタクトでどうするか相談します。

対処法はふたつ。
このまま店員さんに謝罪して店を出るか、居心地の悪い思いを我慢してご飯を食べるか、です。

少なくとも私たちがここで店を出なければ、
またあの女性は騒ぎ立てるでしょう。
そうすれば店員さんが嫌な思いをするし、周りのお客様も、きっと不愉快な気持ちでランチを食べることになる。
それはとても申し訳ないことです。

しかし。
「もう注射は打ち終わりましたし、このままここで食べさせてもらうわけにはいかないですか?」
私は“店を出ない“ことを決断しました。

店を出るには、時間が経ちすぎていたのです。
インシュリン注射には、いくつか種類があり、超即効性のものがあります。
打ったその瞬間から、血糖値を急激に下げる注射です。
そして旦那が食事前に打つのは、その超即効性。

打ってから10分以上が経過しているこの段階では、何も食べずに出てしまえば旦那の体が危険です。
探せば近くにコンビニはあるでしょうが、スマホで検索してそこにたどり着くまでに少なくとも数分はかかります。
その間に低血糖を起こしたらアウト。

「急いで食べますので、お願いします」
「かしこまりました。…申し訳ありません」

店員さんは頭を下げると、お料理をお持ちします、と裏に戻っていきました。
それを見ていた女性が囃し立てていましたが、もうそれどころではありません。
とにかく早く食べてここを出よう、と私たちは急いで食事をすることにしました。

「ごめんね、せっかくのランチなのに(´・ω・`)」
「アンタは別に悪いことしてないんだから堂々としてなさい」

イライラとした気持ちをおさえ、運ばれてきた料理を味を噛み締めることもなく流し込んでいる私たちを哀れに思ったのでしょう。
隣の隣の席の女性は、最後っ屁のように少し大きな声で言いました。

うっわ、恥ずかしい〜!そこまでしてここのご飯食べたいのかなぁ?他の人の迷惑になってるのに、気にしないってすごいね!」

私の箸が止まりました。
迷惑ってなんだろう、と純粋に疑問に思いました。
私たちはみんなと同じ金額を払い、みんなと同じように美味しいご飯を食べに来ただけです。

恥ずかしいとはなんでしょうか。
こうして夫婦の時間を過ごすことは、誰かにとっては恥ずかしいことなのでしょうか。

1型糖尿病患者に対して「人前で注射を打つな」という声があることは知っています。
みっともないから、とか、不快だからとか。
例えばトイレで打ってくればいい、と。

注射針は体内に入れるものです。
いくら消毒をするとはいえ、あなただったらそんな不衛生な場所で打ちたいと思いますか。

店に入る前に、車の中で打てばいいという人もいるでしょう。
先程記したように、インシュリン注射は超即効性です。
もし車の中で打ったとして、料理が出てくる前に予想以上の時間がかかってしまったら?
外からは見えなくても、店内に入ったら待っているお客様がたくさんいらっしゃったら?

「病気を理由に人を不快にするな」という人もいるでしょう。
私たちが外食に行くこと自体が不快だと思われるなら、私たちは一生家で飯を食ってろ、とでも言われるのでしょうか。

そもそも病気を理由にするな、は筋が通らないのです。
何故なら詐称ではなく、間違いなく病気なのですから。
病気を理由にすることに、なんの問題もない。
世の中の人はもっと、開き直っていいと私は思ってます。

私は旦那に、美味しいものを食べて欲しい。
家では作れない美味しいものを、たくさん食べて欲しい。
そして、美味しかったね、と一緒に笑いたい。
ただそれだけなのです。

涙が出そうになりました。
久しぶりに尊厳を踏みにじられたような気がしました。
こんな時でも「慣れてるから」と怒りもしない旦那に腹が立ちました。
「慣れてしまう」ほど、こんなことが繰り返されてきたことに悲しくなりました。

食欲もなくなり、食べ物を残すのは申し訳ないけど、旦那が食べ終わったらすぐにここを出よう、と私が心に決めた時。
ずっと黙っていたカップルの男性が口を開きました。

「俺の弟は足悪くして車椅子なんだけどさ」
「あっ、そうなんだ…」
「こうやって狭い店に飯食いに来て、車椅子の人がいたら、お前はそれも邪魔だって言うの?」

ハッと顔を上げて思わず男性を見ると、男性は怒った顔で女性を見ていました。

「何が気に入らないんだか知らないけど、自分がわかってあげられない人のこと悪く言うの、やめろよ」

女性はあたふたして男性に言い訳をしていましたが、彼の表情を見ている限り、ちっとも響いてはいなそうでした。

その間に私たちは食事を終え、さっさとお店を後にしたので、彼らがその後どうなったのかはわかりません。
ほんの少しだけ、胸がすく思いがしました。

例えばなんらかの病気にかかっているとして。
それを理由に、自分の意思を押し通そうとしたり、なにか利益を得ようとしたり、他の人より得をしよう、と考えたら、それは間違っていると思います。

でも車椅子の人が普通に車椅子で外に出かけたり、骨折をした人が松葉杖をついていたり、目が見えない人が白杖をついて歩いていたり。
当たり前のことをしているだけなのに
その当たり前まで否定されたら、きっとその人たちは生きていけなくなります。
生きてはいけても、楽しみなど何もなくなる。
味気ない人生になってしまう。

こんな人がいます。
関ジャニ∞の安田くん。
彼は以前脳腫瘍を発症し、摘出手術は成功しましたが、その後の後遺症で光を緩和するための色付き眼鏡が今も欠かせないそうです。

色付き眼鏡。きっとそれをした安田くんを、TVで見たことのある方も多いかもしれません。
それをして、例えば高級料理店に行ったらどうでしょうか。
TPOをわきまえろ、と不快に思う方もいらっしゃるかもしれませんね。
でも、それがないと彼は日常生活を送れない。

1型糖尿病も同じです。注射がなければ、旦那はパンのひとかけらさえ食べることが出来ないのです。

配慮しろとか、気を遣えとか、そういうことじゃないんです。
ただそこに在ることを許して欲しい。
理由があってそうすることを理解してほしい。
それだけなのです。

今回ここまでこじれたのはとても久しぶりです。
普段はなんの問題もなく外食出来ますし、もちろん視線を感じることはありますが、大多数の方々はすぐに興味をなくして視線を外してくれます。

あの女性が特殊だっただけ。
それもよくわかっています。

こういうこともあるよね、ってことで、自分の中で消化するためにも書いてみました。

これから先、いつかの未来。
何かしらハンデがある方が生きやすい世の中にしていくためには、ほんのちょっとしたことでも、発信するのが大切なのではないかと思ったのです。

どんな人でも、自分の好きな場所に、行きたい場所に。
いつだって行けるようになるといいですよね。


もしもサポートをいただけたら。 旦那(´・ω・`)のおかず🍖が1品増えるか、母(。・ω・。)のおやつ🍫がひとつ増えるか、嫁( ゚д゚)のプリン🍮が冷蔵庫に1個増えます。たぶん。