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『シャルトリューズ』

私はあまり、外でお酒を飲むのが好きじゃない。
ザルだから飲んだところで大して酔わないし、居酒屋のおいしいご飯は大好きだけど、食べ物と一緒に飲むお酒はそれほど好きじゃないから、おいしいおつまみと共に、飲みたくもないお酒を飲まなきゃいけないのが気に入らない。
おいしいものには集中したいんだ、私。

何人か集まる飲み会で、うぇーい!みたいなテンションにならなきゃいけないときは、テンション上げるために無理やり飲むけど、それだって、6割くらいは仕方なく飲んでいる。

酒を飲んでかったるくなった体を、引きずって家に帰らなきゃいけないのも煩わしい。
飲み会帰りの帰り道は、常に「どこでもドアが欲しい」と思ってる。

そもそも私は、苦いお酒が嫌いなのだ。
だからビールは逆立ちしても飲めないし、ワインなんかも私の基準からするとやっぱり苦い。

それでもレモンサワーみたいな炭酸系は気分がサッパリするから好きだし、居酒屋においてあるお決まりのカクテル類も、甘いから好き。
甘いのか、スカッとするやつか。
私が飲めるお酒はそれくらい。
あとは日本酒くらいかな。(ただし冷限定)


まあ、そんなわけで私は滅多にお酒を飲まない。
家でも外でも。基本的に誰かと一緒じゃないとお酒は飲まない。

だけど、時々、どうしてもひとりでお酒が飲みたくなる日がある。

それは大抵、仕事が壊滅的に忙しかった日で、普通なら定時に上がれるはずが、軽く2時間以上は残業した日。
残業するだけならまだいいけれど、それどころか来る客来る客これまた全員クソめんどくさくて、ついでに理不尽なお叱りやらクレームやら要求を受けたりするともうね。

“やってらんねえよコンチクショウ“となる。

私は思考メーターが0か100かに振り切ってるタイプの人種なので、“あーもーめんどくせー!“ってなったら全てがめんどくさくなるし、関係ない人にも当たり散らしたくなるし、良いことも悪いことも一緒くたに“どうでもよく“なってしまう。

普段はそれなりにまともそうな人間を装っているけれども、ほれ、中身はゴミだからね、私。

なのでそんな日は、ただそのまま家に帰ってもいいことはあまりないわけで、どうにかその、ささくれ立って触れるものみな傷つけてしまいそうな心を、回復させてあげないといけないのだ。


そんなとき。
私が向かうのは一軒のバーである。

住宅地の少し外れにあるこの小さなバーは、私が20代の頃からお世話になってる店で、根暗でビビリな私が、唯一ひとりで入れる飲食店。

最初に来たキッカケは、前にこのnoteでも書いたことのある人だけれど、私が好きだったD社長に連れてきてもらったのが始まりだった。

黒を基調とした店内は、いつでも静かで、騒ぎ立てる客もおらず(そもそも客がいねえ)、落ち着いている。
漫画の世界に出てきそうな、口髭を生やしたマスターが「いらっしゃい」と笑顔で迎えてくれる。
ここに来ると、なんだか“カッコいい大人“になれる気がして。
この店を知った日から、たまに顔を出している。

とはいえ、私は知らない人と話すのが大して好きでもない根暗だし、バーという社交場に来ても、マスターとごちゃごちゃ話したり、訪れたお客さんと交友したりはしない。(だからそもそも客がいねえ)

ここに来る目的は、一杯のカクテルである。

みなさんは、シャルトリューズ、というリキュールをご存知だろうか?

古い歴史がある薬草系のリキュールなのだけど、まあ、それはもうクセのかたまりみたいな味で、薬草独特の香りがすごくて、モヒートを10倍飲みにくくしたような味である。

苦味が嫌いで、甘いのがよくて、クセが強くない酒が好き、という、私の好みとは真逆の位置にいるこのカクテル。

実は、大好きなんだ、これ。

シャルトリューズを使ったカクテルだとアラスカなんかが有名だけど、マスターが作ってくれるシャルトリューズのカクテルはオリジナルで、酸味が強かったり、最後に舌に感じる甘味があったり、なんだか複雑な味がする。
色はエメラルドを溶かしたような緑色。

もしかしたらマスターの中では、このカクテルに独自の名前がついてるのかもしれないけど、場末のこの店でシャルトリューズを頼むのなんて私しかいないから、私が“シャルトリューズ“と言えばこれが出てくるのだ。

この店に来たらそれを頼んで、背中を丸めてチビチビ飲みながら、短い会話をマスターと交わす。
「元気?」とか「相変わらず暇そうだね」とか、そんなとりとめのない会話で、そう、中身のない天気の話みたいな。

そんなことをひと言ふた言話して、シャルトリューズを飲み終わったら、サヨウナラ。

滞在時間なんて、本当にたいしたことなくて、タバコを2本、吸うか吸わないかくらい。

でも、度数の強い酒でフワフワする頭を揺らしながら外に出ると、それまで感じていた鬱屈した気持ちとか、疲れとか、イヤなこととか。
全部、綺麗さっぱり溶けて消えてる。


シャルトリューズを頼む理由は。
私の大好きな小説のキャラクターが、いつも飲んでいたカクテルだから。

私より年下の女性。
最初に出会ったころは、私よりも年上だった彼女を、ついに私が追い越してしまった。

凛とした、カッコいいひと。
いつだって他人に優しくて、自分には厳しくて。
誰からも愛されているのに、ただひとりだけを愛し抜いたひと。

ずっと憧れていた。
その小説を読んだそのときから。
彼女にずっと憧れていた。

彼女が、自分の働いていたバーでシャルトリューズを頼んでいるシーンを読んで、「いつか私も同じことがしてみたい」と思っていた。
彼女みたいなカッコいい大人になって、バーにひとりで通えるような女になって。
シャルトリューズを頼んでやるんだ、と心に決めていた。

現実はそう甘くないけど。
私は結局、仕事に忙殺されて、毎日疲れ果てて、回らなくなった頭で、息抜きにシャルトリューズを飲み干すような、カッコ悪い大人だけど。

でも、そんな自分は嫌いじゃない。

人間、疲れたら癒しが必要で。
癒されて、また、頑張れる。

そうして癒されて、翌日も頑張る自分は。
いつだって前を向いて、どんなに辛いことがあってたとえひと時立ち止まっても、決して歩くことをやめなかった彼女に似てる気がするから。

だから、そんな自分は嫌いじゃない。

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